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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話

 フレアとスレッティーは教会に隣接する司祭館へと招かれた。通された応接間は信者からの贈り物だろう、様々な人形や小物、色鮮やかな民芸品が置かれている。部屋に飾られた品々の多さから彼が村人から慕われていることを察することが出来る。

 勧められた椅子に座った二人はそこで司祭が手ずから入れた茶を受け取った。甘い香りが鼻をくすぐる。ヴァ―リン司祭も彼女達の対面の席に着いたが、まだ誰も黙り込んだままだ。聞こえるのは僅かに窓を揺らす風音のみ、遠くで遊ぶ子供の喚声が時折混じり込む。

 風音を何回聞いた後で、ようやく司祭が口を開いた。

「まずお聞きしたいのは、あなた方はランス家について村の皆さんに訊ね回っておられた理由です。何がありましたか」

「それは……わたしの友人の行方に関わる事なんですが……」

 司祭の問いに対して、スレッティーはここへやって来ることになった顛末を話して聞かせた。

「あなたのご友人がランス家に嫁いだ……」司祭は訝し気に眉を寄せる。「そして、最近になってあなたに助けを求める便りを寄こした……というのですね」

「本当です。手紙ならここにちゃんとあります」

 スレッティーは司祭の反応を目にしてオーラからの手紙を鞄から取り出し、目の前のテーブルに置いた。勢いの強さに茶が入ったカップが揺れる。そして、封筒から手紙を取り出し広げて見せる。

「これは……」

 司祭は手紙を取り上げ読み始める。読むにつれ、紙面に引き寄せられるように顔を近づけていく。

「これは……間違いなく本物なのですよね」困惑に声音が乱れる。

「嘘じゃないんです!」とスレッティー。「彼女に似た女性がランス家の紋章が入った馬車に乗って行く姿を見たって話も聞きました」

「ゲイルですね。そうですか」司祭も噂は耳にしていたようだ。

「何かご存じですか」とスレッティー。

「いいえ、残念ながら……」

「司祭様!」

「本当に何もわからないのです……」司祭はため息をつく。「もうランス家方々がこのアクシェヒルからいなくなって二十年ほどになるでしょうか。今、残っているのは村はずれに廃墟と化した屋敷が残るのみなのです」

「そんな……それじゃオーラはどこへ行ったんですか。持参金まで受け取って家を出たというのに」

「不可解な話ですね」と司祭。「しかし、実際にそれは起こっている……」

 そして、黙り込む。

「ひとまず、村の警備隊に連絡を入れて捜索をお願いすることにしましょう。ですが、見つかるかどうか」

「まさか……他にもいなくなった方がいるのですか」フレアは嫌な予感が浮かび、司祭に訊ねてみた。

「はい、肝試しと称して出向いた若者が行方不明になり、他にも何人か姿を消しています。その都度捜索はしているのですが、手掛かり一つ見つかった試しはありません」

「ランス家というのはどういうお宅だったのですか?」

「この地を治めるタイセン家の血筋を引き、この付近にある複数の村の農地を管理されていました。当主のヨアキムさんは気さくに村人と接しておられ、彼らの困りごとには積極的に援助の手を差し伸べられていました」

「そんな方に何があったのですか」

「そうですね。あれは二十年程前の事でしょうか。村が流行り病に襲われ、多くの人が亡くなり後遺症にも悩まされました。ランス家でもヨアキムさんの息子マーカスさん、孫のクリストフさんが亡くなられ、ご自身も体力などの低下に見舞われました。随分悩まれた事でしょう。ご夫妻でこちらへも何度かお見えになり、お話をする機会もありましたが、わたしはあの方々を癒すことは出来ませんでした……」

「それは司祭様のせいでは……」

「ありがとうございます」と司祭。「誰もが新たな現状を受け入れがたかったでしょう。そして、思うのです。皆がいたあの頃に戻れないか、せめて今のまま亡くなるまで健やかに過ごすことできないかと。当然でしょう、わたしも気持ちの折り合いをつけるのに長くかかりました。そして、ヨアキムさんは、あのご夫妻は……」

 一度息をつめ、そして大きく吐き出す。

「ご夫妻は動き出しました。亡くなったマーカス、クリストフさんを取り戻すのは叶わないまでも他の皆とは屋敷で死ぬまで健やかに暮らしたいと願い、その願いを叶えるために熱狂的に動きました」

「動きましたって、まさか、それを魔法で叶えようとしたんじゃぁ……」フレアは思わず身を乗り出した。 

「残念ですが、その通りです。ご夫妻は魔法を使い、自分たちの夢の世界を作ろうとした。当然、わたしも止めるように説得をしました。それは明らかに自然に反することです。思わぬ災いを呼びかねない。しかし、夢に囚われた夫妻の熱意は凄まじく誰もそこに踏み入ることは出来なかったのです」

「それで御一家はどうなったのですか」

「屋敷だけを残して使用人まで含めて全員姿を消しました。それを発見したのはわたしです。欠かさず来られていた礼拝に欠席されたのが心配で、お屋敷にお伺いしたのですがその時にはもう誰も居られませんでした。そして、今まで誰も発見されてはおりません」

「それ以後も人が消えている。村の人達の反応はそれが原因ですか?」とスレッティー。

「そうですね。あれ以来、あの方々は良き隣人から呪われた存在となってしまったのです」


 一通りの話し合いが終わり二人は司祭館を出た。司祭はフレア達の面前で従者に指示を出し、警備隊へと向かわせてくれた。

 希望は失わないようにと助言を与えたはくれたが期待は薄そうだ。ランス家絡みの失踪者は過去誰も戻ってきた者はいない。所持品一つ見つかってはいない。

「オーラはどこに行ってしまったのか……わたしにできることはあるんでしょうか」スレッティーが呟いた。フレアに訊ねた訳ではない。視点は見上げた空の雲にある自問自答に近いだろう。

 教会を出た二人は馬車を止め、近くにあった食堂に入った。二人で改めて話がしたい。居合わせた客や給仕達の視線に気まずさを感じたが、軽く頭を下げ席に座った。注文した茶が届き、甘い香りが周囲に漂う。さっき飲んだばかりだが、何も頼まず座るのも気が引ける。

「フレアさんはよくローズさんと一緒に事件の調査をしているんですよね」スレッティーの視線が向いたが道中で感じた力はない。

「……えぇ、ご存じの通り」とフレア。

「ローズ様がいれば村の人達の意識を読むんでしょうが、今回の場合司祭様のお話からして、事の進展は期待できないでしょうね。あの方も本人が知らないことは知りようがないって、よく言っていますから」

「そうですよね……」スレッティーは項垂れる。

「後は足取りを追うというのもありますが、今回の場合だと」

「ランス家のお屋敷に様子を見に行くという事ですか。馬車がそちらに向かったと聞いていますし」

 スレッティーは椅子から立ち上がった。

「やはり、一度見に行くべきなんですよ」

「司教様を含めて他の皆さんによるともう廃墟も同然のようですよ」とフレア。

「一度見ておきましょう。一度でいいんです。それで納得できるんです」スレッティーは両手を胸元で合わせ懇願する。オーラのこととなれば力が自然に湧き出してくるようだ。強い視線で彼女を見つめる。

「どの道、警備隊の捜索が落ち着くまでわたしは帰る気になれません」

「わかりました」落ち着かせるために両手を上げる。「それで……いつにしますか」

「今からです」フレアにきっぱりとした口調で告げる。

「いいでしょう、それならせめてお茶は飲んでいきましょう」

 無理に宿を取って休ませたところで、そこから一人で抜け出してでも屋敷に向かうことだろう。そちらの方が問題だ。二人で出向き納得させた方が幾らかましだろう。

 茶を急いで飲み干したスレッティーは鞄を手に馬車に飛び込んだ。客車の大きな揺れに馬は驚いたが、フレアがうまくなだめ駆け出した。

 ランス家の廃墟に到着したのは夕暮間近だった。屋敷の敷地は特に仕切られてはいないため、玄関前の車止めまで容易に近づくことができた。馬車を降り、二人で周囲を観察して歩く。庭は荒れ果て、外壁は雨や埃で黒ずんでいる。窓ガラスは割れてはいないが埃まみれで中を窺うことは出来ない。汚れてはいるが住めない訳ではない。フレアはもっとひどい条件の建物に住んだことはあるが、この雰囲気では廃墟と言われても仕方ないだろう。表からでは人気は感じられない。

「中の状態はどうなんでしょうか」フレアは玄関扉の取っ手に手をやった。

 真鍮製の取っ手は造作もなく回る。鍵はしまってはいない。扉を引くと簡単に動き、中に足を一歩踏み入れると料理の匂いが漂ってきた。玄関広間はランプが灯され足元は十分に明るさがある。

「誰か住んでいるようですね」

「それも手入れが行き届いたきれいなお家じゃないですか」

 スレッティーも開いたままの扉を抜け、玄関広間に入ってきた。彼女も屋敷の外と中の雰囲気の違いに驚いている。

 フレアがスレッティーに声を掛ける間もなく、開けたままだった扉がひとりでに閉じた。そして鍵が閉まった。

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