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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 スレッティーによると、オーラの嫁ぎ先は彼女の祖父の故郷にある名家のようだ。祖父の代には彼らとも付き合いはあったが、彼が帝都に移ってからは親交は途切れていた。それがオーラとの婚約を期に復活した。オーラが選ばれた詳細は不明だが、地元の名家とあって、それなりの相手を探しているうちに彼女に行きついたと思われる。

 当の本人であるオーラは婚姻の段取りが整うまで、自分が結婚をすることすら知らなかったようだ。その手の話はフレアも何度か聞いたことはある。本人より家のための結婚、両家を保つための婚姻だ。オーラもその為に嫁ぐこととなった。

「オーラからそれを聞かされた時はわたしも気が遠くなりました。彼女に一緒に逃げようと誘ったのですが、家のためにそれは出来ないと言われました。彼女は未来の夫の顔も知らないうちに僅か数週間の婚約期間を経て嫁いで行きました」

「家のためってどういうことですか」とフレア。

「早い話がお金ですね。彼女と知り合った子供の頃はオーラのお家も十分に裕福だったんですが、ここ数年で事業の失敗や家族の不幸が重なって経済的にやりくりがつかなくなってしまって、そんな折に先方との結婚の話が舞い込んできたようなのです。多額の持参金も用意されたようで……同意されたようです」

「まるで人買いですね」

「えぇ、でも家族を救うためにはしかないとオーラは出て行きました」

 それ以後もスレッティーはオーラの事を思い続けていたようだ。そこへ今回の手紙がやって来た。オーラへの思いが爆発しても無理はないだろう。ローズとの出会いが無くともいずれスレッティーは彼女の元へ旅立ったかもしれない。


 夜が更けて、スレッティーは床に就いた。前夜の様子にも拘わらず横たわってからほどなく眠りに落ちた。うなされている様子もなく朝まで眠り続けた。朝食もパンが多少パサつくとは言いはしたが、出された料理は不平も言わず全て平らげた。寮で出される料理と大差ないという。

「寝台の寝心地も食事も寮と大して変わらない。旅に出た気がしないわ」

 朝食後、部屋に戻りスレッティーは呟いた。とりあえず、まだ軽口を叩く余裕はあるようだ。

 宿で道中のための食事と水を調達し、オーラの嫁ぎ先があるという村アクシェヒルへと出発した。スレッティーは十分に眠ったためか、幌が開け放たれた客車から外を眺めていた。途中の休憩でも馬の世話を積極的に手伝った。アクシェヒルに到着したのは昼過ぎだったと思う。明確な表示を目にしなかったためわからなかったのだ。住居や商店などの建物が増えてきたため、フレアは馬車を止め、ここはどこかと尋ねてみた。

「ここがアクシェヒルだよ。お嬢さん」それが行き交う住人からの答えだった。

 ほぼ予定通りの村への到着だった。思っていたより小さな村で、尋ねなければ行き過ぎていたかもしれない。

 村への到着が確認されたため、二人は次の段階へと事を進めた。オーラが嫁いだとされるランス家の在処を探さなければならない。この地域では名家とされているためか聞いた村人全員から反応があった。だが、男女、職業を問わず、オーラの嫁ぎ先であるランス家の名を耳にしてからの反応は芳しくなかった。誰もが表情を曇らせ、あるいは困惑し、恐怖を顕わにし早々に二人の元を去って行った。

「何のつもりか知らないが悪い冗談はよしてくれないか」

 最初話しかけた時は穏やかな笑みを浮かべていた野良着姿の男はランスの名を聞いただけで表情を変えた。怯えているようにも見えるが、それだけではないローズならその背後まで見通すことが出来るだろうが、フレア達は彼の声音で判断するしかない。

「何を聞いたのかは知らないが、何もかも忘れて帰るんだな」男はそれだけ言うと踵を返し去って行った。

「どうなっているのかしら」フレアは男を見送りながら呟いた。

 さっきのあの男でさえ最も相手にしてくれた部類に入るのだ。ほとんどは言葉も交わすこともなくフレア達からなく離れていった。

「そう言えば、亡霊に囚われている、出ることが出来ないとオーラも手紙に書いていましたね」とスレッティー。

「あぁ、あのお手紙では誰かに閉じ込められているというよりは、出ることができないといった印象でしたね」

「それも全員が囚われているかのような」

「はい」とフレア。

「誰か詳しく話を聞ける人がいればいいんですが……」周りを見回すが、こちらへ向かう眼差しから協力を得るのは難しそうだ。

 予想に違わず、聞き込みの成果は上がらなかった。誰もが可能な限り関わりを避けているようだ。まるでランス家がこの地には最早存在しないような口ぶりの者までいる。

 それでも、ランス家の屋敷がある方角へ向かう馬車を見かけたという男をようやく見つけ出し、その時の状況を聞き出すことが出来た。男は使用人が御者を務める馬車に茶色く長い髪の若い女性が乗っているのを確かに見たそうだ。そして、その馬車にはランス家の紋章が入っていた。残念ながら、その目撃談は誰にも信用してもらえないと男はこぼしていた。

「オーラに違いないわ」

 その後、ランス家の屋敷の位置を住民から強引に聞き出したスレッティーはすぐさまに馬車で向かうようにフレアに指示をした。これから向かっても夜になってしまう。フレアが断ると荷物を手に馬車から飛び降り走り出そうとする。フレアはそれを捕え落ち着かせようとするが、棒術で鍛えているおかげか思いのほか力強い。周囲からは主人と使用人が取っ組み合いの喧嘩を始めたように見えたかもしれない。

「お姉ちゃんたち、これ」

 子供の声に振り向くと野良着姿の男の子が力強く封筒を差し出していた。さっきまで手伝いをしていたのか手も顔も土まみれだ。

「ありがとう。誰から?」

 取っ組み合いは休戦となりフレアは男の子から封筒を受け取った。

「司祭様から」

「司祭様はどちらにいらっしゃるの?」とフレア。

「あっち」彼は身体を後ろに向けそちらを指差した。「ちゃんと渡したからね。じゃね」

 男の子は踵を返し、走り去っていった。

「何かしら」フレアは受け取った封筒に記名はない。裏は簡単な糊付けで封蝋などはされていない。慎重に剥がし中の手紙を取り出す。

「お尋ねの件でお話したいことがあります。教会までお越しください」スレッティーが声に出して読んだ。内容はそれだけだ。

「行きましょうか」とフレア。

「えぇ」

 スレッティーは鞄を手に客車に飛び乗り、フレアは御者席に座った。男の子が去って行った方角へと馬車を進め、消えた角を曲がる。ほどなく古びた教会が見つかった。凝った細工の彫刻などは施されてはいないが、この辺りでは一番の大きさの建物と言えるだろう。馬車が止まり次第スレッティーが飛び降り、駆け足で開け放たれた扉へ向かった。フレアは扉の脇で馬車を止めるとスレッティーに続いて中へと入った。扉から続くのは奥の祭壇まで伸びている通路である。その両側には簡素な長椅子が等間隔に並べられている。最奥の祭壇の傍では黒い前垂れの僧服を纏った初老の男が佇んでいる。スレッティーは力強い足取りで男に向かって歩いて行く。さっき手に入れた封筒を目の前に掲げる。

「司祭様ですか?わたしはスレッティー・レインホルツ、帝都から参りました。後ろにいるのはフレア・ランドールさん.、わたしのためについて来て下さいました。わたし達にお話とは何でしょうか」

「いかにも、わたしは司祭のダヴィッド・ヴァ―リンです。ようこそお越しを、ありがとうございます」ヴァ―リン司祭は軽く頭を下げた。

「これはやはり……」司祭は一呼吸の間を置いた。「何かの主示しかもしれませんね。こちらでお話しましょう」

 向かって祭壇左手奥の通路の入り口を示した。司祭は身体の向きをゆっくりと変え、通路へ入っていった。フレアとスレッティーも頷き合いそれに続いた。


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