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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第8話

 ガバオは陽が暮れるまで街をうろついていた。これは昨夜のうちにカルデローネと接触し、ガバオの所在を突き止め意識に枝を忍び込ませていたローズの細工によるものだが、警備隊としては用心をして彼らやクレマ側の尾行を撒くためのことだろうと解釈した。追手を振り払った後、目的の場所へ出向くつもりなのだと。だが、小型の使い魔と人手を使った追跡からは逃れられるわけもない。おかげで、彼らとしては十分な準備時間を得ることとなった。


 警備隊は面通しのためツジ・ユアンを連れ出した。最初はこの試みに立ち会うのを渋った彼だったが、この協力が後の状況に関わる可能性を示唆され、やむなく同意した。カルデローネも同行を申し出た。ガバオが出向く相手が面識のある相手である場合に備えてだ。


 ガバオが最終の目的地である旧市街の宿「キャステリ・イナリヤ」に到着した時には陽も落ちてしばらく経っていた。ここも外国からの来客も多数宿泊している宿の一つである。彼はそこの玄関口を抜けると真っすぐ受付へと向かった。受付で少し会話を交わすと奥の来客用の待合室へと歩いて行く。


 彼は待合室に置かれた椅子の一つに腰を下ろした。椅子は座ればそのまま中に取り込まれそうなほどに柔らかい。給仕がすぐさま飲み物の注文を取りに来る。ガバオはそれに動じることなく笑みを浮かべ答える。さすがに商談のため旅をしているだけあってこの手の対応には慣れているようだ。


 姿を消しガバオと共に入ったパメットとトゥルージルは近くの壁に沿い待機している。


「こちらパメット、俺たちも到着した。厨房の傍にいる」ビンチの声が頭蓋に響いた。「ビンチだ。こちらも到着した。客人も傍で待機している」


 お互い姿を見ることは出来ないが、大まかな配置は打ち合わせてある。即興の立ち回りが必要な事案ではいつもの事だ。


 賑やかな会話を交わす外国人客がいる。他の客は閉口気味のようだが、こちらとしては好都合だ。客人二人は通話の際に発話が避けられない素人だ。これなら少々の物音も隠すことができる。


 ほどなく、二人連れの男が待合室に入って来た。一人は明らかに近東の装束だ。顔を隠すつもりか派手なターバンを顔の周りに巻いている。目の周りや手の皺で中高年であることは見て取れる。一人は若く服装はウエストコートにクラバットでこちらに馴染んだ外国人だ。


 二人に気づいたガバオは立ち上がった。立ち上がったガバオに二人が近づいていく。様子から見て年嵩で近東装束の男が身分が最も高く、ガバオと連れの男は同格と見てよいか。三人はテーブルを囲む席に腰を下ろした。


 簡単な挨拶と給仕への注文が終わると、ガバオはカルデローネから受け取った書面が入った封筒を年嵩の男に手渡した。あの男が元受けに間違いないだろう。


「決定的だな」とパメット。


 彼らがよく理解できないのは、なぜこのような人目につきやすい場所で秘密の取引を行うのか。手間がかからないのはありがたいが、その心情は全く持って共感できない。


「若い男がイシュ・インという名の在外要員」とビンチの声が客人たちの言葉を復唱する。「もう一人のターバンの男はボォイ・ファンタ、コンチーヤの側近の一人だそうだ」


「了解」 オ・ウィンの声が頭蓋に響く。


 封筒の受け渡しが済むと密談は終了となりファンタとインは連れ立って引き上げていった。彼らが二階に向かい階段を上がっていくと同時に宿の玄関口から警備隊の集団が踏み込んできた。


 二手に分かれ四人が整然と並び待合室へと向かう。警備隊士がガバオを取り囲み、一人が事情を説明し同行を要請する。ガバオは警備隊を目にしても取り乱すことなく一切抵抗せず同行に応じた。


 受付に問い合わせたところファンタが滞在しているのは二階の二〇五室とわかった。その従者は隣の使用人部屋を使っているとの事だった。姿を消し先行している警備隊士もそれを確認しているため間違いはないだろう。


 ビンチ達はユアンとカルデローネを宿の外へ送り出し、 パメットとトゥルージルと警備隊士たちは先んじて二階のファンタの部屋へと駆けつけた。既に待機していた隊士と合流する。簡素な手信号により人員を分け、突入すべく二つの扉の前に音を忍ばせ駆け寄る。二つの扉に鍵は掛かってはおらず二班とも容易に客室へと踏み込むことが出来た。


「ボォイ・ファンタさんですね。魔導騎士団特化隊です」


 パメットが突入時の口上を述べている間に同時に突入した警備隊士達が左右に展開する。ユアンと名乗っていた男は抵抗する暇もなく取り押さえられ床に膝を付けさせられた。隣の使用人部屋側からも隊士が現れ退路を封鎖した。




 突然の制服隊士達の急襲にファンタは言葉を失った。更に彼を戸惑わせたのは拘束しようとした男達が凍りついたように動きを止めたことだ。時が止まったように身じろぎもしない。


 ファンタは周囲を見回した。両手を胸の高さまで上げ指を何度か動かしてみる。自分だけは動くことが出来ることを確認すると、この部屋から逃げ出すことを思い立った。


 どちらの扉から逃げ出すのが良いか。ファンタが考える暇もなく、扉が開き長身の女が部屋に入って来た。真っ白な肌に真っ赤な瞳、艶のある黒い髪の女である。漆黒の外套を身に着けた女はファンタに微笑みかける。


「ボォイ・ファンタさんですね。こんばんは」


 女はファンタに声をかけたきり、しばらく黙り込んでいた。この間にも逃げ出したかったが、今になって体の自由が利かず、指一本動かすことができなくなった。


「一体どうなっているのかと思っていたら、そういう事ですか。コンチーヤさんはもう生きてはおられない。そればかりか、この世から旅立つこともままならない状態に置かれている」女は残念そうにため息をついた。


「今回の件はコンチーヤさんが激しい妄執に囚われた末の行いのようですね。強い苦痛や重い病い、死の恐怖は冷静な判断を鈍らせる。認識を拗らせる。悲しい事ですね」


「確かにそうだな……」言葉は出るようになった。


 相変わらず足は根が生えたように動かないが上半身は自由を取り戻した。


「今のあの方をあなたはどう思いますか?」女が悲し気に問いかける。「己が術式に縛られ、魔物と共に動く存在と成り果てしまった主人をどう思います」


 ファンタは女に改めて昔から仕えてきた主人の現状を問われ、込み上げてきたのは悲しみだった。最早あれに主人と慕ってきたコンチーヤの面影は残ってはいない。黒いぼろを纏った忌まわしき骸骨だ。


 クレマ様から受けた傷は思いの他深かった。深い眠りから意識を取り戻しはしたものの、床から出ることは叶わなかった。傷が元で他の病にも陥り、痛みのために眠ることもできぬ始末、処方された痛み止めによりその聡明さも失われてしまった。

 そんな中でコンチーヤ様に残ったのはクレマ様を自身で討ち果たすという思いのみだった。余命を賭け、術式を構築し魔物と契約を結び「クレマ・デ・ファジョーレ」を討たんとした。

 だが、術式は十分なものではなかった。仕方ない、あの時にはもう以前の力は失われてしまっていたのだ。残されたのは妄執のみ。ファンタにできたのは騒ぎを横目に本物のクレマを探すことぐらいだった。

 

「悲しい限りだが、その通りだ。だが、どうしろというのだ。私にできることがあるとすれば、あの方にクレマ様を討つという本懐を遂げさせる事のみ」


「最早、呪いでしかない術式から、妄執から彼を解放してあげればどうです」と女。


 それがあったか。だが、国元から遠く離れた地で何ができる。


「この地だからこそ叶う希望なのです。あの方を呼び出してごらんなさい。わたしが解放してさしあげましょう」


 あの方を呼び出す、どうすればいいのか。


「あなたはあの方を呼び出す術をよく知っているはずですよ。あなたがただ、よく知っている仇敵の名を口にすればいいんです」


「そうか……」


 仇敵の名があの方を解放する手助けになるとは物事とは何と皮肉にできていることか。ファンタは大きく息を吸い込んだ。大声であの方の名を呼ばわり、件の使い魔の耳に入れなければならない。


「我はクレマ・デ・ファジョーレである!」ファンタは威厳を持って叫んだ。


「我こそはクレマ・デ・ファジョーレである!」宙に向かい拳を振り上げる。

  

「コンチーヤ様お出ましください……」 そしてそっと胸に手を当てた。


 ファンタの面前に大鎌を手にした魔物が現れた。黒いぼろを纏った骸骨だ。骸骨はファンタの姿を目に止めると手にした大鎌を振り上げたが、そこで動きを止めた。胸の辺りが金色に輝き、ぼろが崩壊していく。胸に大穴が開き、それが骸骨の全身に広がっていく。その向こうに手をかざす女の姿が見えた。骸骨を包んだ金色の輝きは一陣の寒風と共に消えた。


 これでコンチーヤ様は無事去って行ったのだ。 ファンタは安堵し、その場に座り込んだ。


 気が付けば女は姿を消していた。踏み込んだ男達が何やら話していたが耳に入らなかった。そのため、ファンタはただ首を縦に振るだけにしておいた。




 それから数日後のこと、クレマの元に魔導騎士団特化隊のディビット・ビンチが訪れた。今回の件の真相をクレマに告げるためだ。


「あなた方が聞いていた通りコンチーヤ殿は既に亡くなっていたようです」


 彼によるとコンチーヤは一連の騒ぎの元なった広告が出される前にクレマから受けた傷が元となり亡くなっていた。しかし、その意識はこの世に留まり、使い魔と共に名乗り出たクレマ・デ・ファジョーレを殺害して回っていた。


「あなたを討ち果たすことに取り憑かれた彼は事後発動の術式に手を出した。死して魔物と一体化し、クレマ・デ・ファジョーレの名を持つ者を討つ術式を組んだのです。彼はどうしても自分の手であなたを討ちたいという思いから離れられなかった。そして、残念なことに臣下の誰もそれを諫めることは出来なかったようです。

 あの広告もあなたが大筋で推測した通りです。あなたの動きを誘う目的とあわよくばその命を奪うためです。広告もあなたの言っていた通りの術式が組み込んでありました。術式をあなた自身に紐付けられなかったのは病の影響でしょう。著しく力が落ちていた。そのため名前以外を目印に絡めることは出来なかったのでしょう。あの魔物が使われたのはあなたをこの国での客死と見せたかったからです」

「それによって騒ぎを収めるつもりだったか」とクレマ。「逃げ延びた地で病で果てた者など誰も推すことはないからな」

「クレマ様……」

 最後にビンチはクレマの残り時間も少なくなっていたことも告げた。何度も訪れるボロの存在にガバオが気づき動き始めていた。あと少しでもこちらの行動が遅れていればクレマは居場所を掴まれていただろう。




 それからしばらくしてローズの元にクレマがボロと共に帰国したことが告げられた。彼は住宅の住人やインフレイムスの店員には本名は明かすことはなかったが、身分を偽っていたことは告げて仮の住まいから去って行った。


「クレマさん、これからが大変なんですよね」 フレアは呟いた。


「えぇ、彼が残った一人になってしまったんですもの、今回の騒動で歪が生じた一族を建てなおして行かなければならないわ。今までのように理由を付けて逃げてはいられないわ。大変よ」


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