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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話

「目障りだな……それにどうにも窮屈だ。熟考の妨げになる」


 クレマは部屋の中央に置かれた椅子に座り、閉ざされた窓を眺めて呟いた。窓には護符が貼られ、否が応でもそれが目に入る。それはボロがクレマの支援者であり、帝都での重要な伝手でもあるチィーボ・カルデローネにより手に入れてもらった品だ。他の部屋の窓や扉にも同じ護符が貼られ防壁を形成している。使い魔などの侵入を防ぐことはわかっているが、これでは自分が封じ込められている気がして息が詰まる。


「すみません、今回の騒ぎの事を考えれば止むを得ない処置と思われます」とボロ。


 こんなやり取りはもう何回目になるか。


 魔導師であるコンチーヤが大まかであるにしろ、こちらの居場所を掴んでいるのであれば、それなりに対応の強化が必要となった。どこから襲ってくるとも知れない異界に棲む使い魔などなら国の境界など無いも同然だ。コンチーヤの生死が確定するまで気を緩めることは出来ない。


「理にかなったこととわかってはいるのだが、どうにも落ち着かん、そのせいで考えがまとまらん」クレマはボロに目をやり頭を振った。


 クレマが落ち着かないのはこちらに打ち手がなく、閉じこもるしか手がない事だ。クレマ・デ・ファジョーレを探す広告を茶番と捨て置き、周囲の警戒に務めた。盛り上がる騒ぎの末に彼を騙る四人のうち三人が急死した。そのうち一人は、帝都の警備隊が保護に置いたにもかかわらずだ。


 コンチーヤ相手では戸口に立つ門番など何の役にも立たない。彼は魔物を使役することができるのだ。それを標的となる人物の目の前に送り込むことなど造作もない。


 こんなことなら例の広告を出した業者の元に出向き、圧力をかけ繋がりを背後を探った方が良かったか。それとも警備隊へ出向き自分が真のクレマ・デ・ファジョーレであると告げ、自らを餌に追手を迎え撃つ方が良かったか。何度もそんな考えが脳裏を巡った。無関係の住人達を巻き込んだことでクレマはひどく心を痛め、ボロが命を懸けて懇願しなければそのまま街へと飛び出していただろう。


「コンチーヤはどうしたのだ。何がしたい。何があった」浮かんでは消える疑問が口をつき飛び出してくる。


「あの広告は理解はできる。広告により俺の所在を探すのは元より同時にこちらの動きを誘い、釣り上げる目的があったのだろう。だが、なぜ無関係の住人を巻き込む必要がある。庇う気はないがあの男らしくない」


「新聞の記事には使い魔の存在が示唆されていました。当人の名前を標的とする式が組まれていたのかもしれません」


「それも疑問なのだ。ただ単に名前だけを標的にするなどあのコンチーヤとは思えん雑さだ。それ以外にも確実性を持たせるため持ち物や身体的特徴に紐付けるなど俺でも知っている事だぞ」


「わたしもそれが妙に思えてなりません。名前を標的に探すことはあっても、記事にあった使い魔を差し向けるのも解せません。クレマ様から受けた傷が元で動くことがままならないとしても使い魔に乗ることは出来るはず、ならばあの方のことご自分で出向いてくることでしょう」


「俺もそう思う。それが最もあの男が好む策だ。まず大量の手の者を動員して索敵し、発見後自身が乗り込む」


「はい」


 クレマの屋敷での会合もその考えがあっての事だ。会合で彼は多数の使い魔を操りクレマと相対した。それが散発的な争いで疲弊し、追いつめられたクレマに皮肉にも幸運をもたらせた。敗走することにはなったが、あのままではいずれ動きを封じられていただろう。 


「だから、今回は何もかもが解せん。コンチーヤが亡くなったことにより指示系統に乱れが出ているとみてよいのかな」


「あの方の死去については先にクレマ様にお知らせした通りです。間違いはないと思われます。ただ、それ以来あの方の屋敷の警備が強化されたそうです。特に生前の居室や寝室があった区画が封鎖されその内部を探ることが困難になっています」


「作戦立案が乱れつつも、コンチーヤの死は隠すつもりか。ならば、この騒ぎも別の何者かの仕業かもしれん。それなら手際の悪さも頷けるが……あの広告からして……」


 クレマはしばらく黙り込んだ後、ボロを見つめた。


「どうしました」とボロ。


「例の新聞はまだ取ってあるか。例の広告が載せられた新聞だ」


「はい、まだ焚き付けにはなっていないと思います」


「もう一度見てみたくなった。取って来てくれないか」


「はい」


 ボロは新聞が読み終えた新聞が集めてある厨房へと急いだ。クレマも待ってはおれず彼の後に続いた。厨房の床に座り込み二人新聞を捲り広告を探す。ほどなく件の広告を見つけだすことが出来た。折り畳み床に置き、二人で覗き込む。


「これは……」とボロ。


「やはり、何かあったか」


「はい、あまり長く見つめないようにお願いします」


 ボロは新聞を折り畳み広告を隠した。


「広告に奇妙な地紋が施されている事のお気づきでしたか?」


「そうだな、どうにも見苦しく不快だ」とクレマ。


「そうですか」ボロは安堵し笑みを浮かべた。


「どうした」


「仔細に見てようやく気が付きました。あの地紋は弱くはありますが、人を惑わせる効果があるのです」


「何だと……」


「大半の者は不快感を覚え、退けることでしょう。ですが、目にする者の体調や心身の状態次第で地紋に影響され、書かれた文言に強く惹かれる場合があります」


「まさか、あの四人は……」


「可能性はあります」


「その心身状態とは、例えるならどんな……」


「強い悩みや不安、緊張感、疲弊などでしょうか」


「ここへ来る前の俺なら危なかったか」


「……かもしれません」


「となると、時期によれば雑な作戦とも言えなかったか。俺が愚かにも術中にはまり名乗り出ようものなら迷わず使い魔を放っていただろう。その場合は他に何人巻き込もうとかまわんだろう」 クレマは大きな息を付くと、新聞を取り上げ積み上げてある山の上に向かって投げた。新聞は半回転し着地して、新聞の山と同化した。


 二人の会話により導き出されたのは幸運な成り行きだった。クレマは自身の力でコンチーヤの魔の手を逃れたわけではない。その先で二人がたどり着いたのはやはりこの疑問だった。


「コンチーヤは本当に死んでいるのか」


 それに尽きる。それが解明されない限り、今の状態からは解放されないだろう。




 コハクから告げられた住所は繁華街の南に位置していた。古い四階、または五階建ての集合住宅が密集する地域である。主な住人は繁華街の商店や、工房区または少し西にある住宅地へ通う使用人達だ。その中に生活費を切り詰めたい貴族や外国人が混じり込んでいる。コハクから聞いた描写を加味すると、インフレイムスに現れたクレマ・デ・ファジョーレはその物腰から後者であろうとフレアは考えた。


 目指す集合住宅の付近に警備隊の姿はない。子供が駆け回り、建物の傍に住人が椅子やテーブルを出しカードに興じ新聞などを読んでいる。停めたままの馬車も見当たらない。慣れない手つきの物売りもいない。街路での警戒態勢は取られていないという事か。


「こんにちは」


 フレアは集合住宅の前にテーブルを出しカードの興じている男たちに微笑みかけ声をかけた。


「……こんにちは」男達が一様に浮かべているのはよそ者に対しての警戒感とフレアに対する興味だ。


「お尋ねしたいんですが、こちらに若い外国人の方はお住まいですか?近東から来られた赤い髪の男性です。よく顔にターバンを巻いて出かけられているかと思われます」


 騒ぎになっているクレマ・某の名は出さないでおいた。余計な警戒心は与えたくない。それに周辺の様子から見て、別名義で暮らしているのは間違いないだろう。


「そういうお嬢ちゃんは何者だい」彼らは答えはしないが心当たりはあるようだ。微妙な表情の変化がそれを現している。


「すみません」そうだったとばかりに笑顔を浮かべる。「わたし、その方がよく立ち寄っているお菓子屋さんのお使いで来たんです。前に予約をされたお菓子がもうすぐ無くなってしまいそうなので、お早めにお買い上げをとお知らせに来たんです」


「お菓子ねぇ」少しは警戒は緩んだようだ。


「あの人は最近は見かけないが会ったら話しておくよ。それでいいかい?」と別の男。


「はい、お願いします」フレアは軽く頭を下げた。


 とりあえず、ここに赤い髪の外国人がいるのは確かなようだ。これ以上の詮索は騒ぎの元になりかねない。フレアは速やかに退くことにした。後はローズに任せた方がいいだろう。

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