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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

 夕暮れから一刻ほど過ぎた塔の最上階ではローズとフレアが今朝届いた新聞をのぞき込んでいた。


「何かとてもおかしな具合になっているようね」言葉とは裏腹にローズは楽しそうに笑みを浮かべている。


 ローズ達の視線の先にあるのは数日前に掲載された広告に関する記事の後日談だ。その広告ではクレマ・デ・ファジョーレなる人物の行方を探していた。


 記事によるとその広告主の依頼人は名前以外の性別を含めて、その人物を特定するための情報は一切持ち合わせていないようだった。正体もわからないが恩人であるとされるデ・ファジョーレと会いたい。その一心で何社もの新聞社に広告を掲載した。広告には情報への謝礼に関する記述も記載されていた。人探しの広告など特に珍しくもなく、目にしてもすぐに記憶の淵へと落ちていくのだが、これは違った。


 広告は見知らぬ恩人を探すため礼金付きで情報を募り、本人に名乗り出てもらうように懇願する内容にすぎない。だが、二人の記憶に残ったのは奇妙な紋様が入った広告原稿の紙面である。彼女らはそこから名状し難い嫌悪感を抱いた。そのため記憶の表層に残っていた。


「あんな広告出せば少なからず金目当ての偽物が現れる恐れはあったけど、こんなことになるなんて……」


 これは記事を目にしたローズの言葉だが、事態は予想された懸念を遥かに上回る方向へと転がっている。現在広告主には真偽不明の情報が多数届いている。それについては問題はないだろう。それらの一つずつ、裏を取っていくのは織り込み済みだろう。警備隊も日夜同様の活動を持って捜査に当たっている。


 呆れたのはクレマ・デ・ファジョーレを名乗る人物が四人も現れたことだ。男女合わせて四人はそれぞれ独自の物語を作り上げ、我こそは真のクレマ・デ・ファジョーレであると各自が記事を手に新聞社へ乗り込んできた。そのため今や新聞各社が一人クレマ・デ・ファジョーレを抱えている事態となっている。


「どう考えても確実に三人は偽物ですよね。もしかしたら全員かも、調べればすぐにばれるだろうにどうしてこんな馬鹿なことを……」フレアも楽しそうだ。わざわざ問わずとも答えはわかっている。


「自分なら騙し通せると思ったんじゃないの。そのうちに退くに退けなくなった。新聞社もわかっていて煽ってる。いいネタだもの。そのうちクレマ・デ・ファジョーレ決定戦でも始めるかもしれないわ」


「それ見てみたいですね。本物の座を賭けての格闘試合なんてのもいいと思いますよ。昔は決闘裁判ってやっていたんでしょ、勝った方が正しいって決め方で」


「それ、いつの話をしているの」


 ローズも偽者たちが殴り合うのを見てみたい気はした。もちろん、その結果に拘束力などない。ただのお祭り騒ぎだ。その水面下で本物探しは粛々と進み、偽物達はほどなくして忘れ去られるだろう。




 旧市街の南、工房区にほど近い集合住宅の一室でも同じ記事が話題となっていた。


 眉を寄せ顔をしかめるボロ・バンビーノと落ち着いた面持ちのクレマ・デファジョーレだ。現在はウオモ・バッテリを称している。


「つまらん騒ぎなど捨て置け、どうせすぐに収まる」


「確かにそうでしょうが……」


 クレマは今すぐにでも、件の広告を出したツジ・ユアンなる者の背後を探るため詰め寄りたいところだったが、それでは相手の思う壺となりかねない。そのため、ここへやって来た当初と同様に動きを極力控えるだけに留めておいた。こちらに来た時の伝手を使い調べることも考えたが、どこに何が潜んでいるか、慎重にならざるを得ない。


「下手に深淵をのぞき込み、向こうにこちらの存在を悟られては事だからな」


 コンチーヤ側は何らかの手によってクレマがリヴァ・デルメルに入ったことまでは掴んだのかもしれない。だが、詳細までは不明なのだろう。それがわかれば即、追手が襲い掛かってくるはずだ。


「恐らく、狙いはこちらが不安を感じ動くことだ。探りを入れてくるの待っているのだろう」


 と動きを控え、静観していればこの茶番劇の始まりだ。


 何人ものクレマ・デ・ファジョーレが名乗りを上げ、それが記事に取り上げられてしまった。これでは同郷の者に要らぬ関心を持たれ、クレマについて知っている情報を悪意なく先方に告げられる可能性がある。


「それよりも国元よりの知らせが聞きたい。受け取ることは出来たか」


「はい。これに……」


 ボロはクレマに砂色の封筒を手渡した。宛名はマルメ・ラータとなっているがそれはボロのこちらでの変名だ。


 クレマは受け取った封筒から二つ折りになった手紙を取り出し読み始める。


「ん……」


 唸り声を上げ、訝し気に眉を寄せる。


「クレマ様……」


「……コンチーヤが亡くなったようだ……」


 叔父であるコンチーヤはクレマから受けた傷が元でこの世を去ったようだ。事の始まりはグンブスバッカ伯爵家を長年治めてきた祖父パネセプリスが逝去したことによる跡目争いだ。


 予てから伯爵家はクレマを推す派とコンチーヤ派に分かれていた。それが祖父の死により明確となり一家は完全分断された。クレマは二親を失い兄弟もいない。伯爵家では孤独な身となっていた。跡目などにはあまり興味はなかった。そんなものはコンチーヤの家にくれてやってもよかった。


 だが、事は簡単に進まない。祖父は長男の子であるクレマを推していたとの祖父の側近の言葉により自身が口を挟む間もなく担ぎ上げられた。叔父自身も今までの実績を掲げ名乗りを上げた。始まった跡目争いは話し合いでは済まず、刃を伴う全面抗争となってしまった。


 散発的に起きる刃傷沙汰を収めるため クレマの屋敷で和平の会合が行われることとなった。しかし、それはクレマを直に討つための策略に過ぎなかった。邸内では両派の大乱闘となり、彼は大将である叔父に手傷は負わせたが、クレマ自身は多くの部下を失い、敗走することなった。


「それでは……」 ボロが息を飲む。


「いや、まだその事実は公表されておらず葬儀なども行われていない。そうせざるを得ないのかもしれない。現在事の真偽を確認中とある。これがもし真実なら、俺が残ったことになる。その場合、彼らがどう動くかだ」




 クレマの部屋でそんなやり取りがあった翌日の朝クレマ・デ・ファジョーレの一人が死亡した。彼は今回名乗りを上げるまではステラ・ヒューメと称していた。属州スラビアからやって来た移民だ。前夜、妻と共に寝台で眠りにつきそのまま目覚めることはなかった。普通の木工職人だった彼の死が新聞紙上に取り上げられたのはもちろんクレマ・デ・ファジョーレ探しで名が知られたためだ。彼はほんの出来心から深く考えることもなく、今回の捜索に名乗りを上げた。

 

 彼は仕事中に誤って腕を負傷し、やむなく休職していた。腕の怪我は回復してきたもののまだ動きがままならぬ、仕事を失う不安を抱えていたところに広告を目にして名乗りを上げた。ステラは大きくなった騒ぎに驚き、身を引くつもりでいた。


 ステラの死亡を記事にしたのは彼が名乗り出たテベス報道社の記者だった。記者は他社と共同で行うクレマ・デ・ファジョーレ関連の催事についての打ち合わせのために彼の住居に訪れた。ローズを含め多くの者が予想していた通り彼らはお祭り騒ぎを企画していたようだ。


 その際にステラの突然の死を知り、ベニーに告げることなく記事は書かれた。そして、それは市中に拡散することとなった。


 ステラ・ヒューメに続き二人目の死が明らかになったのはその記事が掲載された翌日の事だ。クレマ・デ・ファジョーレを自称するオーベスト・ヴラッジャの死は彼の同僚であるクルードが発見し、そこの大家により警備隊へと通報された。クルードはオーベストが出勤時間になっても職場に現れないため上長に様子を見てくるように命じられた。彼はその日の退勤後、オーベストの住居を訪ね、床に倒れている彼を発見し一緒に居合わせた大家と共に通報をした。


 オーベストは扉のすぐ傍で胸を押さえ、助けを求めるようにして手を伸ばし倒れていたという。オーベストの下に住む住人が前夜遅くに物音を耳にしていることから、その時に何らかの発作に襲われたと見られる。胸の苦しさに耐えそこまで歩き、こと切れた。そんなところだろう。いずれにしても通常なら気の毒な死の一つとして静かに処理されたに違いない。


 だが、彼もクレマ・デ・ファジョーレの一人だったために紙面を賑わす事となった。

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