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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第8話

 夕暮れが迫る公園でフレアは意識を研ぎ澄ませる。狩りをしていた頃のように獲物の匂いを嗅いだ時の事を思いを馳せる。工場裏の土山、地下の採掘跡そして封印された研究施設。それらの断片が感じられないか。


 東西に延びる遊歩道を東へ行く。そちらに何かを感じた。歩いては止まり辺りを探る。ホワイトは一切声をかけることなく、傍でフレアを見守っている。


 匂いが強くなってきた。その場にしゃがみ込み土の匂いを確認する。蟲の排泄物と封鎖された施設の雰囲気が綯い交ぜなった匂いが漂ってくる。


「近いわ」フレアは立ち上がりホワイトに目をやった。


 ホワイトが無言で頷く。


 どちらがより匂いが強いか空気の流れも考慮に入り判断する。遊歩道から木立への出入りを繰り返し最も匂いが濃い方角を見つけ出した。木立に入って行くと、どこから持って来たのか円形の薄い石板が地面に置かれていた。表面には花の文様が彫り込まれている。薄いと言っても石材だ、重量はある。ここまで移動させるのは容易ではなかっただろう。フレアは石板の傍でしゃがみ込んだ。 対面側に細い轍が出来ている。石板を転がしてきた跡に違いない。


「この下から匂いが上がってくる」


「剥がしてみるか」


「えぇ」


 フレアは石板の片側に指を入れ持ち上げた。次第に採掘跡で感じた匂いが強くなってくる。石板を脇へよけるとその下に地下へと通じる荒削りの階段が姿を現した。


「でかしたな。なぜ、他に出入り口があると考えた」 とホワイト。


「古めかしい鎧で家から出歩いてるなんて、すぐに目につくんじゃないかと思ってね。こういうお家の人達ってご近所の事をよく見ているのよ」


「それがないとなれば、他に目につかない方法はと考えたか」


「そんなところね」


 ホワイトは頷きフレアから視線を外した。


「アイリーン、お前もこちらに来い。フレアが別の入り口を見つけた。そちらはもうよい。一緒に中に入ってみよう」


 ホワイトは笑みを浮かべ頷いた。フレアはアイリーンの「はい、お母様」という答えが聞こえた気がした。




「よくやったではないか」


 アイリーンは闇に沈んだ木立の中でフレアに会うなり声を掛けてきた。


「ありがとう」


 ホワイトが出した光球の輝きを頼りに階段を降りる。地下に着くと煉瓦工場の採掘跡と同じ匂いがした蟲が掘った穴に間違いない。それを二人に告げると静かに頷いた。


 穴は光球の力が及ばない闇の先に続いている。三人は無言で歩き出した。硬い地面を踏みしめる足音だけが響く。しばらく歩くと通路を抜けて地下室へと出た。天井も高く長身でも窮屈さを感じなくて済みそうだ。広々とした部屋が二つ、それぞれ小規模ではあるが書庫と工房に充てられている。 地下室は以前からあったようだが、通路はつい最近掘られたようだ。床には土塊が転がり片付けもされていない。整えられてた部屋は土で汚れ台無しとなっている。


「既に実績は持っていたのだな」ホワイトは小綺麗にまとめられた工房を見渡した。


「これはいい見本になるわね。路線は間違っていなかったのよ」背後から聞きなれた女の声が聞こえた。「あなたも格安で地下室が持てますと売り込めばいい商売になった」


 振り向くといつもの外套を羽織ったローズが立っていた。


「そうだな」とホワイト。「ただ、やり過ぎた。ものには限度がある、度を超すとひどいしっぺ返しを食らうことになる」


 ホワイトはローズを歓迎するように両手を上げて開いた。


「よく来たな。間に合ってよかった」そして頷く。


「わたしが来たからには鎧は眠らせておくなんて軟なことをする気はないけど、いいかしら」とローズ。


「お前らしいな、かまわんそれでいい。その代わりケリはわたしにつけさせてもらえないか。取っておけないのなら自分で壊しておきたい」


「任せるわ」ローズは口角を上げる。


 地下室の捜索を再開してまもなく、更に下へと降りる階段を発見した。工房に置かれた作業机の傍に大きな穴が開いている。床板は無造作に剥がされ、穴の形は整えられてはいない。こちらも横穴の通路と同様に床を掘り返し、地下へ降りる階段を作り出している。


「もはや鎧の乗り物となり果て、きれいに使ってきた部屋に何の気遣いもなくなっているわね」


 ローズは床に転がる土塊を蹴りつけ床に開いた階段に落とした。


 階下に降りるとローズは光球を六つ呼び出した。四つをそれぞれ隅に飛ばし、残りの二つを中央付近に設置した。


 地下が光で満たされるとここは煉瓦工場の地下の採掘跡と同様の蟲が作り出した空間であることがわかった。


 その対面の壁付近に光球を纏う鎧が土でできた腰掛に座っていた。薄緑色をした旧様式の全身鎧である。古めかしい様式と緑青に覆われた見た目、これなら目撃者は年代物の鎧と形容するだろう。鎧の周囲を回る弱い稲光を伴う光球も目撃証言の描写通りだ。


「せっかく自由を得たというのに、自ら拘束されていた当時の姿を再現して見せるとはどういう心境なのか」


 ホワイトは手元に片刃刀トモ・クニシゲを召喚した。宙に現れた二振りの刀を両手で掴み取る。


「精霊にそんな感傷的な思いなんてないわ」とローズ。「囚われた蟲使いの魔導師はもうこの世にはいない。呪われた鎧に使い勝手の良い中身にされている遺体だけ」


「それなら手加減は無用だな」


 ホワイトが口角を上げる。


「えぇ、そして身体も記憶も解放してあげて、それがせめてもの救いだわ」


 満たされた光と人の気配を感じてか。鎧は土塊の腰掛から立ち上がった。


「ローズ、お前も案外、人なんだな」


 ホワイトは鎧に向かい飛び出し間合いを詰めていった。初撃で頸部を狙い振りかざす。鎧はそれを前腕の補強板で受け止めた。着撃と共に激しい稲光が発生したが、ホワイトとトモ・ヒロシゲ両方共に被害はなさそうだ。


「彼女程度の力と加護があれば、雷撃を気に留めることはなさそうね」とローズ。


 ホワイトが鎧に一撃を見舞う度に雷撃が放たれる。鎧の表面に巣食う魔法生物が波打ち刃との間で糸を引く。光球も戦闘に参加しホワイトの体に突撃、衝突するが効いていない。形を歪ませ跳ねるだけだ。


 腕や肩、胸などの補強板が斬撃の度に傷つき剥がれはするが、その都度魔法生物が糸を伸ばし支え引き戻し補修をする。突きを受け止め、断裂を補修する。補強板の隙間に刃を付き込み、中身に致命傷を与えればその動きを止めることが出来るが、それでも鎧は動き続ける。「不滅の鎧」とはよく言ったものだ。


「ローズ様」とフレア。


「何かしら」


「上が騒がしくなってきました。警備隊が突入を開始したようです。ここが見つかるのもさほどかからないでしょう」


「そのようね。仕方ないわね」


 ローズが前方に向け手をかざすと鎧が動きを止めた。鎧は拘束から逃れようと必死にその場でもがいている。


「ローズ!何をする」 ホワイトの怒声が地下の広間に響き渡る。


「上に警備隊が来ているわ。もう時間がないの」


「ではどうしろと、逃げろというのか?」鎧を見据えつつローズに声を投げかける。


「彼女の血を使わせてもらったらどう?」ローズはアイリーンを指差した。「あの空中庭園も落としたような血なんでしょ。そんな鎧なんてわけないはずよ」


「つまらんがそうするか。もう少し打ち合いを楽しみたかったが……」とホワイト。


「連中の方を止めるわけにもいかんか、仕方ない」


「アイリーン!」ホワイトはアイリーンに向かい右手の片刃刀を投げつけた。


 それを指を伸ばしてアイリーンが掴み取る。刃に指先を擦りつけ、流れ出た血を塗り付ける。


「お母様」アイリーンが刀を投げ渡し、ホワイトが受け取る。 


 それを見届けたローズが鎧の拘束を解く。


 ホワイトが刃が赤く染まった片刃刀を振るう。鎧の胸の補強板に袈裟懸けの赤い筋が描かれた。


「ほら、わけもないでしょ」ローズが呟き、口角を上げる。「造作もない」


 赤い筋は見る間に広がり緑青色の魔法生物を駆逐していく。魔法生物も波打ち抵抗しているが力及ばず後退する。やがて暗い赤に染まり、最後には古びて朽ちかけた鎧へと変わった。力を失った鎧はその場に仰向けで倒れた。


「出るわよ。急いで」ローズが声をかける。


 鎧の最後を見届けた一同は来た道を足早に戻っていった。遅れてやって来た突入部隊が目にしたのは朽ちた鎧と魔導師チクラモの遺体だった。




 新聞に掲載された公式発表によると今回の一連の犯行はすべて亡くなった魔導師ジン・チクラモに押し付けられていた。彼が秘密裏に開発した魔力を帯びた鎧が制御を失い暴走して一連の強盗殺人及び窃盗事件に発展したとされた。


「ひどい話だな」その記事を目にしたホワイトは呟きだ。他の三人も同様の苦言を呈した。帝都のいつもの対応だ。身分にかかわらず真実を帝都民が知ることはないだろう。


 以後のアイリーンの調査によりこの事件へのローズ達の関与は気付かれていないことの確認が取れた。鎧がホワイトに倒れされたなど考えもしていない。鎧が朽ち果ててしまった原因は定着させた魔法生物の暴食による自滅とされた。結局、鎧の失敗作の烙印は覆されることはなかった。これであの鎧が二度と日の目を見ることはないだろう。

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