表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

206/347

第5話

 ホワイトが出した光球で足元を照らしつつ、ホワイト達は地下へと向かう階段を降りた。下の階層へ降りるとすぐにホワイトは新しい光球を呼び出し、手元から周囲へと送り出すという手順を繰り返した。地下の空間が対面の壁まで光球に照らし出されると、そこが旧市街の公会堂の倍以上はある広間であることがわかった。柱により見通し悪いが、それは崩落防止の処置だろう。


「お前も見覚えがあるだろう」とアイリーン。


「えぇ……」とフレア。答える頬が引きつるのがわかる。


「例の魔導師が蟲を使役し穴を掘らせたのだろう」 ホワイトは床や天井の出来を吟味するように眺めている。


 あの時は人と融合した親蟲が大量の卵を産んでいた。今回は何も見かけない。 この先の闇に逃れているのか。


「心配ない。蟲はここへ穴掘りのために呼び出されただけだ。気配は消えている」アイリーンが答えた。


「奴らは穴掘りだけに呼び出される。そして、住み着く間もなく返される。それにお前が以前目にしたのは人と交わった亜種だ。そのため野放図に増えていった」


 やはり、食い止めなければ大変なことになっていたか。フレアの脳裏に地下で蟲に囲まれた記憶が蘇ってきた。特に親蟲の回復力には手を焼いた。


「手分けしてここを調べてみるとしよう」ホワイトはそれだけ告げると対面の壁に向かって歩き出した。


 アイリーンが左手に行ったためフレアは右へ向かった。三人は壁に柱、床と仔細に調べてみた。発見されたのは下層へと向かう階段だけで、それ以外は何もない。原材料の調達、掘られた意味はそれだけのようだ。


 壁や柱の淡い光沢にフレアは疑問を持ったが、即座に蟲が吐き出す補強材であるとの解説が頭に飛び込んできた。以前の地下道は使用に耐える強度だったため手間は掛けなかったのではないかとの見解だ。


 再び三人で並び、また同じ手順で階下へと降りていく。 この階も何もない広間かと思われたが違った。北側の壁に穴が開き。周辺に古びた煉瓦が乱雑に積まれている。光球で照らすと穴の向こうに下へ向かう階段が浮かび上がった。


「蟲が掘っていた穴が近所の地下と繋がった?」


 フレアは照らし出された穴を中を覗き込んだ。階段はすぐに闇に包まれ見えなくなっているが先は長そうだ。


「この様子だとその御近所はまだ気づいてはおらんようだな」 とホワイト。


 壁の穴をくぐり抜け階段に降り立つ。何の飾り気はないが作りはしっかりとしている。階段を上ってみたがすぐに瓦礫で埋まり通路は塞がっていた。これでは地下で何が起こっていようと気づくことはない。いつの事か落盤が起きて以来復旧されることもなく放置されているのだ。もう存在自体忘れられているかもしれない。


 一同は階段を塞ぐ土砂を少しの間眺めていた。


「降りて行ってみるか」 ホワイトは返答を待たずに階下へと歩き出した。


 十段も降りないうちに、光球が階段に転がる白い物体を照らし出した。それは引き裂かれた作業着を身に着けた人骨だった。古くはない、まだ十分に食べられる骨髄が残っている程度には新しい。フレアは一目でそう判断した。これもあの時に目にしたことがある。


「哀れなことに制御を失った蟲から逃げきれず食われたのであろう」


「それじゃこれが……」フレアは階段に横たわる骸骨に目をやった。「いなくなった……」


「工場長であろうな」


 ホワイトは工場長の亡骸を踏まぬように避けて更に下へと向かった。


「知らせてあげないの?せめて外に出してあげなくちゃ……」


「それは後だ。少なくともあと一つは同様の骨が見つかるかもしれん」


「この男は煉瓦は作れたかもしれんが……」とアイリーン。「蟲を操ることは出来ん、だろ」


「あぁ……」


「恐らく、この男は……採掘現場に穴が開いたの聞きつけ様子を見に来たのだろう」ホワイトは階段を降りつつ話し続ける。「そして、こちらに入ってきた。何らかの異変が起こり蟲に襲われることとなった。それが故意か事故かはわからんがな」


「下に手がかりが……」


「あるかもしれん」


 階段を降りた先にあったのは長らく放置された研究開発施設だった。ホワイトやアイリーンの見立てでは二百年以上前に放置されて以来使われなくなったと見られる。蟲はおらず、それを操っていたはずの魔導師の姿もない。遺体も含めて、まったくの無人だ。彼らが歩き回ったらしい、足跡は残っている。


「こんな施設を街中の地下に作ってたの」フレアが眉を顰める。


「二百年以上前のこの辺りは帝都でも辺縁部だ」ホワイトがフレアに目をやる。


「それにしても」 フレアは食い下がる。


「ローズがやって来る前だからな。時の皇帝が帝国を盛り立てるべく必死になっていた頃だ。先の「空中庭園」を始め様々な開発がなされていたたはず、その一つがここかもしれん」


「でも、それならどうして復旧せずに埋まったままなの。いらなくなったとしてももっとやり方があるでしょうに」


「それもそうだな」


「何か面倒が起きて逃げ出し、埋めて封鎖した」アイリーンの言葉に二人の視線が向く。


「あぁ、有り得るな」とホワイト。


 その目で見ると施設の状況は頷けた。小物や書類などは放置され椅子なども転げたまま埃を被っている。まったくの無人で遺体も何もない。施設に対する見解はここまでだ。


 工場長失踪の件に関して最終的に彼女らが出した結論はこうだ。新しい足跡から見て工場長達はここまで二人でやって来たのだろう。そして何らかの諍いが起き工場長は魔導師が操る蟲に殺された。その後魔導師は逃げうせた。諍いの原因を探すのは警備隊の仕事だ。それに関わる必要はない。これで終了だ。


 失踪の件が落ち着きホワイトの興味はこの施設で行われていた研究へと移った。放置されていた書類を物色し、めぼしい資料を集めるのをフレアも手伝わされた。そして、埃まみれの戦利品を抱え帰途についた。


 

 

  特化隊に警備隊から新たな応援要請が入ってきた。場所は旧市街の北側にある煉瓦工場だ。敷地内で見つかった地下施設から変死体が発見された。魔導師隊もそちらに出向くとのこと。 一番近くにいたビンチとフィックスが出向くことになった。まったく人使いの荒い事だ。


 現地で警備隊から事情を聴くと、まず、地下施設を発見したのは外へ材料の土を取りに出た工員だった。彼は土山の周囲の不審な足跡を目にしてその後を辿ってみた。

それは裏手奥にある小屋へと続き、その扉が開けられたまま放置されているが目に入った。中を確かめると無人ではあったが床に大きな開口部があることに気が付いた。乏しい明かり中で穴の中を探ると下への階段が見て取れた。そこで上長に相談し共に地下へ降りるとそこは巨大な地下広間となっていた。


 誰が工場の地下を掘ったのか。対処がわからず警備隊へ相談し、彼らと地下へと降り探索の末に発見したのが、古びた地下施設とそこに横たわる白骨死体という事らしい。


「さて、俺たちにお鉢が回ってきたのは、どれのせいだ」愚痴っぽくビンチが呟く。


 待機していた警備隊士の案内で最下層まで降り、二人は古びた施設を眺めている。施設内を先に到着した魔導師隊が慌ただしく動き回っている。


「全部だな」 フィックスの声が頭蓋に響いた。


「勘弁してくれ」


 謎の地下掘削工事に古びた研究施設、白骨死体これらすべてに魔法が絡んでいるようだ。出番が回って来ても無理はない。


「ここは彼らに任せて俺たちは上で聞き込みとするか」ビンチはフィックスに告げた。


「了解」


 工員たちに心当たりを訪ねているうちに浮かんできたのは、地下の空間は煉瓦の原材料調達のため掘削されたのではないかという推測だ。最近、工場長の友人という触れ込みで出入りしていた魔導師を彼は「ジンさん」と呼んでいた。ジンは魔法に使用する良質な土を求めているという説明だった。だが、それは偽りで実際は客ではなく取引相手だったのではないかというのだ。


 工員たちは原材料調達に表に出せないからくりがあるのではないかと感じていたが、まさかそれが工場の地下で行われているとは思いもしなかった。そして、今の現状を壊したくないとの思いから、誰も工場長に意見することはなかったようだ。


 見つかった遺体は持ち物と作業着などから行方不明となっている工場長と判断された。彼は恐らく地下掘削の際に見つかった施設の内部の確認のため侵入したのだろう。そこで掘削のために使役していた魔物に襲われ死亡した。今のところ工場長以外の遺体は見つかっていない。同行していたはずの魔導師も行方不明だ。彼無くしては工場長もここまで来られるはずもないのだが。


 彼らには気の毒だが、工場は何らかの処分を受けることだろう。それについては特化隊は管轄外だ。


「室内の状況から見て最近ここから持ち去られた物がありそうです」魔導士隊からの通話が入ってきた。


「それは……他にも誰か入ってきたという事か」とビンチ。


「その形跡もあります」


「他にもね」とフィックス。「……ここは何の目的で使われていたんだ」


「それは今のところは何も……当時の記録を当たらなくてはなりませんね」


 時折、彼らはこのような過去の遺物に悩まされることになる。それが帝都の難点でもある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ