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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 夜が明けて、フレアはケインの元で問題の煉瓦工場の位置を聞き出した。彼は最初こそ不思議そうにしていたが、ローズの名を出すと納得したようだ。ローズが興味を持った、気にしているなどの説明だけで十分な説得力があるようだ。


 ケインの工場で教えられた場所には真っ赤な煉瓦の造りの建物があった。この工場も建てられた当時は街の北端だったのだろうが、広がり続ける帝都ではもう北側にあるに過ぎなくなっている。工場の周囲は他の工房で埋め尽くされている。手つかずの荒れ地は遥か北だ。これでは原材料の調達が手間となっても仕方がない。


 工場の周りに塀などはなく建物の外はすぐ街路となっている。ただし、窓はひどく汚れており、そこにぴったりと貼りついたところで中の様子は伺い知れない。

「ハイロー窯業」と書かれた看板の前を通り過ぎ壁に沿って歩く。やがて裏手にある土の山に行きついた。以前は円錐形に近い形で積まれていたのだろうが、土の補充が追いつかないためか、上部が削り取られた歪な形になってしまっている。土山の奥には建てられて間もない新しい小屋があり、左手には工場裏手の引き戸が位置している。 山と引き戸の間にはそれらを結ぶ台車の後が何重にもついている。積まれた土はあそこから工場内へと運び込まれるのだろう。


 ふと背後から気配を感じた。


「お前たちもここに興味を持ったのか?」 落ち着いた若い女の声が聞こえてきた。


 ふり返ると白と真紅の女二人が目に入った。それだけで十分、顔など見なくとも何者かわかる。アイラ・ホワイトとアイリーンだ。彼女らが現れたとなると、この件も単なる夜逃げでは済まなくなりそうだ。フレアは眉を歪め落胆した。


「おい、我らの顔を見るなり、それはないだろう」とアイリーン。


 この二人とも意識が読める。隠し事は出来ない。 まぁ、表情まで歪めば誰でも察しはつくか。


「まぁ、よい。何があった。話してみよ」とホワイト。相変わらず尊大な物言いの元女王様だ。


 拒んだところで意識を読まれるだけだ。それに特に隠し立てする内容でもない。ホワイトが何か情報を持っているならこちらも共有もしたい。フレアはこの工場へやって来た顛末を二人に話して聞かせた。


「なるほど」とホワイト。


「あなた達はどうしてここに?」


 今度はフレアが尋ねる番だ。


「アイリーンがまた妙な動きを感じてな」ホワイトは一歩下がった位置に立つ彼女を手で示した。いつも通りの真っ赤な装いだ。「それを探しているうちに、別の何物かの残滓がこの辺り一帯に撒かれているのに気が付いた。そちらを追っているうちにここに辿り着いたというわけだ」


「それってどういうこと?」


 二人とも答えることはなく、無言でアイリーンが歩き出し土山へと歩いて行く。真っ赤な着物の裾をたくし上げて膝を折り片手で土を手に取る。


「お母様、これが原因のようです。これをここで働く者や通りかかった者が踏みつけ、靴底に着いた物が市中へとばらまかれたのです」アイリーンはホワイトに向かい手の平の土を示した。


「そうか」


 母娘二人は納得しているようだが、フレアは状況が読めない。


「蟲の排泄物だな」アイリーンがフレアの様子に気づき説明を付け加える。


「排泄物?」


「お前も蟲は知っておろう。少し前に地下で出遭ったはずだ。犬ほどもある黒々とした甲虫といったところか。出遭った者は何でも食らう」


「あぁ、あれ……」


 フレアに新市街の地下での出来事が蘇ってきた。あの時は魔導書の扱いが原因で蟲と人が融合した異形が作り出されてしまった。 それが大量の蟲を生み出し危うく大騒動になるところだった。


「そう、それだ。本来あの蟲は地を掘り巣を作るのだ。その際そこに含まれる生き物、砂利、石塊まで食って餌にする。排泄物として出てくるのが細かな土だ」


 フレアは顔をしかめ、アイリーンは口角を上げ笑みを浮かべる。


 それがどうしてここにあるのか。誰かが蟲に穴を掘らせて、その糞を原材料としてここに運んでいたということなのか。フレアは昨夜のローズとの会話を思い出した。


「そんなところだろう」とホワイト。


 工員たちによる冗談交じりの与太話が事実だったという事か。


「そうだな。まさに瓢箪から駒といったところか、冗談のつもりが事実を言い当てていたわけだ」


 ホワイト達と話していると思考を発話が綯い交ぜとなった妙な会話となる。フレアもややあってそれに気づく。


「蟲はどこにいるのかしら」


「それはまだ我らもわからん。ただ、ここに排泄物が運びこまれ、街に拡散しているのは間違いない。どこかからやって来たとしても、ここからはさほど離れてはいないはずだ。少し中の連中に当たってみるか」


 聞き込みはホワイト達に任せ、フレアは工場から少し離れて待つことにした。ホワイト達は姿を消し工員たちの意識を読んで回った。ケインが聞いた話に嘘も誇張もなかった。彼らは工場長であるマサ・キキトの行方は知らず、土の入手先も知らなかった。最近になって工場に出入りを始め「ジンさん」と呼ばれていた魔導師が関わっているのではないかとは感じていた。


「薄々は気が付いていたのだろう。危険性も感じ取ってはいた。しかし、誰も口にしなかった。せっかくの儲けをふいにしたくはなかった。指摘して自分がその原因にはなりたくなかった」ホワイトは腕を組み工場を眺める。


「ローズ様の言う通りのようですね」 とフレア。「それで土はどこから来ていたんでしょ?」


 周囲を見回す。


「わからんが、誰もがあの小屋を気にしていたな」ホワイトは土山の後ろに見える小屋を指差した。


「彼らによると、あの小屋は新しく建てたにも拘らず、ろくに使いもしていない。物置だが鍵が掛けられたまま放置されている」


「とりあえず、中を調べてみましょうか」


 小屋の扉は通りとは反対側にあり、工場の敷地に入り土山を迂回しないといけない位置となっていた。小屋の扉に鍵は掛けられてはいなかった。気づかれなかったのはそのためか。


  内開きの扉は軽く押すだけで何の抵抗もなく開いた。中には使い込んではいないシャベルや鋤などが置いてあるだけで、他には何もない。物取りがこじ開けたのならこれらは持ち去っただろう。洗えば新品と変わらない。


 出入りは頻繁に繰り返されているようで床は土で汚れている。例の蟲の排泄物だ。どんな目的で使われていたのか。フレアは室内の中央部と壁際の汚れの差を見て取った。 跪き床の何カ所を裏拳で軽く叩いてみると、明らかに音の響きが違う場所がある。


「床下に空間がありそう」


「うむ、少し下がっておれ」ホワイトの声にフレアは立ち上がり壁際へと退いた。


 フレアと交代しホワイトが前に出る。目を細め床を見つめた後、床に膝を着き静かに手を当てる。僅か床に魔法陣が浮かんで消えた。床に変化はないように見えたが、それは間違いだ。細かな土で床の中央に正方形が描かれている。その真ん中に一本線が引いてある。その線を挟むように小さな長方形が添えられている。二枚の両開き扉のように見える。


「魔法で目隠しをしていたようだ」ホワイトは立ち上がり手に付いた土を払い落とす。


 フレアは膝を折り長方形の端を軽く押してみた。長方形は簡単に窪み反対側が持ち上がる、半円形の取っ手が隠されていた。アイリーンと左右を手分けしてそれをゆっくりと引っ張り上げると床がめくれ上がり地下へと降りる階段が現れた。

 

「本当にここの人達は地下が好きね」フレアは半ば呆れ気味に呟いた。 最近だけでも何カ所の地下施設を目にした事か。


「人口の割に占有できる土地が少ないからだろう。それに地下は物を隠すには持ってこいだ」とホワイト。 「降りてみるとするか」


「はい、お母様」


 ホワイトとアイリーンがフレアに視線を投げる。フレアも頷いた。断る余地はなさそうだ。フレアとアイリーンで外した床を壁際に片付けると、三人は地下への階段を降りて行った。

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