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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

「だから言ったでしょ。そんな簡単にはいかないのよ」


 ローズの笑い声が高らかに居間に響く。


「えぇ……収まるどころか、余計にこじれて来て」


 日暮れから一刻ほど過ぎて身支度や食事も終わり、ローズ達にとっては塔最上階での寛ぎの時間だ。


 フレアは今日も煉瓦職人のケインに塔の傍で呼び止められ、前回からの進展を聞かされた。問題の同業者である工場の工場長マサ・キキトは突然姿を消し、原材料の供給は予告もなく停止された、そのため工場は混乱状態となっている。


 工場長であるキキトは原材料の供給先を誰にも明かしてはいなかった。煉瓦の原材料の流入を絶たれた工場は他からの供給を確保するため必死となっている。このままでは材料不足で発注量を製造確保することもままならない。加えて、以前の価格では煉瓦の供給は不可能となったため納入先と再交渉が始まっている。当然のごとく交渉はもめてこじれて、原材料の確保から製造、価格のすべてにおいて大混乱をきたし、その影響はケインが勤める工場のような同業者にまで波及している。


「そんなの帳簿を見れば簡単に調べはつくでしょ。どんな取り決めがあったにせよ、そこと改めて交渉するしかないでしょうね」


「それが取引先を変えてから記録が無いようなんです」


 フレアに話したケインもその工場に務める友人からの又聞きである。工場裏に積まれた土の山はある時から使っても減らなくなった。夜には小さくなっても朝には元に戻るのだ。夜の内に補充をしているとしてもその業者は誰も目にしていない。誰もが不思議に思っていたが口に出さずにいた。


「何、その変な話は……」


「工場長が取引先を変えて以来そんな様子で、工場長が魔法で土を取り寄せているんじゃないかと冗談半分に噂していたようです」


「魔法って……」ローズの顔から笑み消える。


「その土山が減らなくなったというのが、工場長の友人という触れ込みの魔導師が出入りするようになってからなので、その人が関係しているんじゃないかって思っていた人もいるようです」


「魔導師ねぇ、いつも言っているように魔法はそんなに簡単なものじゃないのよ」 


 最初は寓話めいた笑い話に思えたが、魔法の匂いが漂ってきてはローズは笑ってはいられない。魔法の気軽な乱用は墓穴を掘りかねない。


「その辺の土でもですか?」


「当たり前でしょ。水じゃないんだからそんなに簡単に行くもんですか!たとえ水でも大量に集まればただじゃすまない」


「すみません」ローズの突然の怒りにフレアは座ったまま体を退いた。両手を頭を守るように目の前にかざす。


「……とにかく、乱暴なことしたら何が混じり込むかわからないわ」ローズは一息つき気持ちを落ち着ける。フレアに落ち度はない。


「細かな土だけ取り寄せるなんて、そんなに都合よく選べないの。召喚した領域ごと転移してくるんだから、いい加減な事をすれば砂利や硬い木の根、それに大きな石まで混じってくるわ。そんな中身も定かじゃない塊がいきなり転移してくるのよ。突然、誰かの目の前に向かって大きな石が転がっていくってことがあり得るの。まず、現地で選別が必要ね。あなたにもここを建てた当時の事を話したことがあるでしょ」


「はい」


「あの時はまず夜にわたしがある程度丘を切り崩しておいて、それを日中にリチャードが雇った人達に選別をしてもらって、柔らかな土だけを塔の建設現場に運んでもらっていた。あれを一人でやっていたら時間は倍以上かかっていたでしょうね」


「もしそうなら、そんなの手間でとてもお金を浮かせるなんて無理なんじゃないですか。黙ってやるなんてとても」 手を組み天井を見上げるフレア。


「……まぁ、お金を対価としない、必要としない無駄口も叩かない存在に手伝わせていたとすれば……可能ではあるけど」ローズは呟いた。


「それってやっぱり魔法……何かを呼び出して」


「……だから言えなかった。秘密にしていた……可能性はある」ローズは眉間にしわを寄せた。 話の思わぬ帰着に胸騒ぎが起こる。


「あぁ、もう」大きなため息をつく。


「魔法だとそこまで深刻ですか」フレアは引きつり気味に問いかけた。


「現にその人は行方不明なんでしょ?」


「はい」とフレア。


「ご家族も知らないのよね」


「えぇ、夜に工場に呼び出されて、そのままいなくなって、それ以来頻繁に出入りしていた魔導師の人も姿を見せなくなったようです」


「魔導師が本当に友人で、納品先ともめて夜逃げとかならまだいいけど……」


「そうじゃなかったらどうなりますか」


「気の毒だけど、もういないかもしれないわ」


「どうしましょうか?」


「どうしましょうかと言っても、今の状況じゃご家族に家出の届けを出してもらうのが関の山ね。わたしが深刻に受け止めているだけだといいんだけど、それを確かめるにはこちらで動くしかない……か」


 ローズはまた大きなため息をついた。


 いつから自分はこの街の何でも屋になってしまったのかとローズは考えた。自身のすっかり立場はおかしくなってしまっているが、物事への興味や一度起きた胸騒ぎは抑えることはできない。それを解消するには調査して解決するまでだ。そう自分に言い聞かせ納得した。




 一体何が起こっているのか。


 それが現場を目にしたビンチが一番に感じた印象だった。皇宮騎士オルゾ・ヴァーレを襲った同一犯の犯行との知らせを受けてビンチとフィックスが駆けつけたのは旧市街の倉庫だった。前回の工房区からは少し西に当たる地域だ。この辺りも夜になると人気が絶える地域である。


 襲われたのは夜番担当の倉庫番だ。ヴァーレ同様雷撃に撃たれ死亡していた。彼らも片腕から胸にかけての肌に文様が浮かび衣服や靴が弾け飛び、半裸の状態で横たわっていたという。警備用に大振りの鉈を持っていたと思われるが革の鞘を残し消えている。 手口は同様だが皇宮騎士と倉庫番の繋がりは見当もつかない。


 発見したのは港での仕事に向かう荷運びの男だった。彼は職場となる埠頭に行く途中で中途半端に開けられた大扉の中を何気なく覗き込んだ。裸で寝転がっている奴がいる。最初はそう思ったようだ。仕事をさぼって酒を飲み羽目を外すとはいいご身分だと。興味を惹かれ更に近づくとそれが間違いだとわかった。間違いなく死んでいる。男は埠頭の組合詰所に駆け込み受付に通報したという。


 彼らが収容された病院で遺体の見分を済ませた二人は、被害を受けた倉庫へとやって来た。犯人が侵入したのは正面にある二枚の引き戸となっている大扉と見られる。左側に設けられた小さな通用口は中から閂が掛けられていた。昨夜は大扉も外から巨大な閂と南京錠で夜に閉ざされていた。犯人は巨大な閂を南京錠もろとも断ち切り大扉を開けた。そのためか閂は中央部の三分の一ほどが失われている。大扉にも雷撃の文様が署名のように残されている。


「同一犯のようだな。この扉を見たところ、犯人は魔導師ではなく、俺達のような精霊と契約を交わした武器を所持しているという事か。それも俺のような雷撃系だ」ビンチの頭蓋にフィックスの呟きが届く。


「そのようだな」とビンチ。「倉庫番は倒れていた場所から見て侵入者に気づき駆けつけたところを返り討ちに遭ったってところか」


 ビンチは目の前に積まれたずた袋の山を見上げた。多くの棚が設けられそこにおびただしい量の荒い布目の袋が収められている。床に散らばるもみ殻から見て中身は小麦だろう。その中に値の張る禁制品が隠されている、そんな話も珍しくもない。それが狙われたのか。これにどう皇宮騎士のオルゾ・ヴァーレが絡んでくるのか。


「交代にやって来た倉庫番によると盗まれた荷物はひとまずなさそうだという事です」所轄から派遣された制服隊士の声が響く。情報共有の回線からだ。


「了解」 と応答響いてきたが、彼らがそれを鵜呑みにすることはないだろう。周辺は探られることは間違いない。


「ただ、壁際に置いてあった金槌やくぎ抜きが見当たらないそうです」 と隊士の声。「加えて、壁に奇妙な紋様が入っています」


「紋様……」 ビンチが呟く。


「こちら特化隊ビンチ。どんな紋様か教えてもらえないか」隊士に向かい言葉を投げる。


「……はい、了解です」


 ほどなく答えが返ってきた。


「紋様は木の枝のように見えます」ややあって「インクなどではなく何かで焼き付けたようです」


 頭蓋に響く隊士の声にビンチとフィックスは顔を見合わせた。


「すぐ、そちらに行く。居場所を教えてくれ」

 

 隊士に導かれた先の壁にはくぎ抜きの形の焦げ跡とそこから伸びる雷撃の文様が壁に焼き付けられていた。下に延びる文様を目で追っていくと床に木の棒が落ちていた。片側が黒く焦げている反対側は革が貼られている。


「何かの柄か?」ビンチが拾い上げる。


「あぁ、それ金槌の柄だよ」答えたのは制服隊士の横にいた倉庫番だった。


「本当か」


「本当だよ、間違いない。俺が使ってたんだから。無くなったと思っていたら柄だけか」と倉庫番。「先だけってどこ行ったんだか」


 どうして売り物になりそうにない剣や鉈に道具ばかりが消えるのか。見ればこの柄にも雷撃の文様が入っている。頭部だけを持ち去ったのか。何の目的があるのか。ビンチの困惑は深まった。フィックスに目をやると同じ顔つきになっている。


「湾岸中央署キャルキャ」僅かな回線の断絶の後、声が届いた。


「今、上がってきた証言なのですが、昨夜、その倉庫の周辺で年代物の鎧を着た騎士を見かけたとのことです。目撃者によると、何個もの光の玉……照明用のあれでしょう。それをまとわりつかせた鎧の騎士がゆっくりとした歩調で歩いていたそうです。目撃者はそれがどうにも不気味ですぐに隠れて来た道を引き返したそうなので、行先まではわかりません。関係はないかもしれませんが念のため共有を、では失礼します」


「妙だな」とフィックス。


「光球か、あれは複数出せないこともないが、意味がない」


「そうじゃない。鎧の騎士だ。前回の件でも歩く鎧を見たって職人がいただろう。そいつにも光がまとわりついていた」


「関係あると思うか」とビンチ。


「念のためだ。後で泣きは見たくない」


「よし」

 

 ビンチは魔法院への連絡回線を繋いだ。


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