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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第9話

 シゲノ・キンペイは気が重かった。いや、とてもそんな穏やかな状態ではない。頭は締め付けられるように痛み、全身がひどくだるい。悪寒を感じているにも関わらず汗が溢れ出してくる。原因はわかっている。すべてはピート・ウィリスからビアンカ・ドモンジョへ宛てた手紙の紛失に端を発している。


 搬送役のフダチはこともあろうか仕事の途中で酒場に寄り、そこで喧嘩に巻き込まれ重要なウィリスの手紙を紛失した。それを取り戻すために出した広告によりフダチの鞄は見つかったが肝心の手紙は入っていなかった。


「これはどういうことだ」ハイド・トゥレウラは椅子に腰かけたままで机に置かれた新聞の広告を指差した。


「読んでみろ」


 トゥレウラの言葉は落ち着いてはいたが背後にある激しい怒りは十分に感じられた。


「お探しであろう品々は……こちらで預かっており……ます。是非ご連絡……ください。お待ちしております」


 一語一語を発するのが困難で拷問のようだ。喉が渇き舌がもつれる。


 手紙が見つからないだけでは済まなかった。事を急ぎ鞄だけを盗んだのが災いしたようだ。部屋を荒らされた挙句、無くなったのが鞄だけであれば誰でも不審に思うだろう。思い当たるふしがあれば警備隊に告げるのは当たり前のことだ。

 そのため取引に使われた屋敷まで捜索を受けることとなり、建物の管理をこちらが関わっていることは警備隊に知れることとなった。それ自体は問題はない。テベス不動産が問題視されることはないはずだ。大事を取ってしばらく屋敷使わないようにすればよいだけだ。

 問題となったのはそこからだ。用心のため地下に置いてある手紙などは移動することとなった。そこでオバシを出向かせることとなったが、戻って来たオバシがもたらしたのは手紙はなく衝撃の報告だった。保管していたはずの封筒、書面などが一切消え失せていたというのだ。オバシの知らせを聞き、キンペイもすぐに屋敷へ出向いたが、できたのは保管していた品々が一つ残らず消え失せたのを確認することだけだった。


「まだだ……広告主の名前が書いてあるだろう」


「……はい」とキンペイ。「タツヤ・ポンテオ」


「この男が何者かわかっているな」


「はい」


「この広告はうちの新聞に載せられた。今回の一件とこの広告は無関係とは思えん。あの男に連絡を入れてやれ。少々乱暴になっても構わん。奪われた物は絶対に取り戻せ。キンペイ、もうわたしを煩わせるんじゃない」


 トゥレウラは出入り口の扉を指差した。


「わかったらさっさと出て行け」


「はい」


 キンペイは踵を返し出て行った。彼はトゥレウラからの指示通りポンテオに連絡を入れるつもりでいた。とびきり調子の強い連絡を。





 昨夜は寝るのは少し遅くなってしまったが、いつも通り起きることは出来た。ローズもメイドのフレアも思いのほか普通の人に見えた。出されたエールにつまみもごく普通だった。考えれば彼女らも長年に渡り人を相手にしているのだから当然のことか。最近は何かと衝撃的な出来事が続いている。もういい加減落ち着いて欲しい。


 朝起きてポンテオは今日からはいつも通りに暮らすのだと決め部屋を出た。いつもの朝食に、いつもの通勤路そして工房へいつも通りに入ったつもりだったが、また何かがおかしい。悪意ではない、興味津々で眺めているというところか。普段会話を交わさないような織工さんまでがこちらを眺めている。


 奥へ向かう途中でツバタが立ち上がり大きく手を振り手招きをした。


「おはよう、ツバタ。何だ」 自分に視線が集中していることがわかる。


 今日も親方と軽い打ち合わせの後、外回りに出なければならない。のんびりとしている余裕はない。


「おはよう。お前何か隠していることはないか」ツバタは声を潜めてポンテオに問いかけた。


 工房の織工さんの動きが緩慢になったように思える。こちらに興味があるのか。アクシール・ローズに誘われ塔に行ったことは隠しているつもりはない。わざわざ話したくないだけだ。昨夜のことがもう知れ渡っているのか。だが、それについては敢えてとぼけることにした。あれこれ詮索されるのも煩わしい。


「特に何もないが」


「じゃぁ、なんだこれは……」


 ツバタは折りたたまれた新聞誌の広告欄を指差した。


 また新聞か、ポンテオはうんざりとしながらも広告に目をやった。


「お探しであろう品々はこちらで預かっており…ます。是非ご連絡ください。お待ちしております」内容を声に出して読み上げていく。先に行くほど声が裏返る。


「タツヤ・ポンテオ!」不意に自分の名を目にして声が大きくなった。慌てて口元を押さえる。


 周囲の手が止まりポンテオに視線が注がれる。


「これはどういうことだよ」思わずポンテオはツバタに詰め寄った。


「落ち着け、俺が先に聞いたんだよ。心当たりはないのか」


「ないよ。それにここに載せるのもただじゃないんだぞ」それどころか、かなり値が張るはずだ。


 誰だかは知らないがまだ静かにしておいてはくれないようだ。




 ポンテオが塔を出て以来フレアは彼の周囲を見張っているが、今のところ動きはない。ポンテオ名義の広告に反応し、脅迫犯は動きを見せるとローズは考えている。大事な金づるは彼が押さえている以上、最初から命を狙ってくる恐れないと思われるがが呑気に構えてはいられない。


 フレアの役目は泳がせているポンテオに食いついてくる脅迫犯を釣り上げることだ。この広告を出してから一日まだこれといった動きはない。だが、苦痛はない。誰にも気取られることなく獲物だけを釣り上げる。フレアが最も興奮を覚える狩りの形だ。転がっている肉でも腹は満たされるが、やはり高揚感は必要だ。


 しばらくしてポンテオは出勤してきた時とは別の鞄を肩に掛け工房を出て来た。今日も打ち合わせと御用聞きで旧市街を歩き回るのだろう。歩き出した方向からしてまずは工房区内の業者に向かうようだ。肩の重みを気にしながら東へと歩いていく。ややあってフレアは三人の男がポンテの後を追っていることに気が付いた。三人とも職工風の作業服を身に着け、腰にはいざとなれば武器となりそうな工具が収められた革帯を巻いている。彼らはまとまっては動いてはいないが、ポンテオを工房前から付かず離れず背後から追っている。


 フレアはその三人組を追う形で大きな通りから路地へと入る。道幅が細くなると途端に人気が少なくなり、見通しも聞かなくなる。似たような建物群も混乱の元だ。ポンテオは位置を把握しているようでしっかりとした足取りで歩いていく。


 三人組も路地へと入っていく。ポンテオの背後で手振りの指示と目くばせを行い、彼との距離を詰めていく。いよいよ、仕掛けるつもりか。ポンテオの前方にある路地の角から男が現れ、道の中央立ち塞がるように止まった。


 ローズからはポンテオを守り、襲い掛かって来た賊を捕らえろと指示を受けている。但しこちらの存在は悟られないようにだ。三人組が腰の革帯から金槌やノミを取り出しポンテオに迫る。フレアは彼らの前に立ちはだかる。彼らも一瞬はフレアの姿を目にしているかもしれないが対応する暇もなく急所を打たれ気を失う。まだ意識が残っていても次の上方への急な跳躍で昏倒する。人はこの加速に耐えられない。ポンテオが背後の物音に振り返った時には三人は姿を消していた。次にフレアは前方に飛び立ち塞がる男を片付けた。


 ポンテオが向き直った時には男も姿を消していた。彼は若干困惑した様子で周囲を見回した。しかし、何も見つからない。


「鼠か……な」


 ポンテオはこの言葉で自分を納得させまた歩き出した。




 闇に沈む空き工房、光源といえば窓に貼った戸板の隙間から差し込む月明かり、それでも彼女達なら埃っぽい床に転がる男たちの姿が見て取れた。


「上出来よ、フレア。間違いなくこの人たちはポンテオさんを狙っていたわ」フレアの頭蓋にローズの声が響く。


 ローズは暗い床を指差した。 床の上では目隠し、猿ぐつわで縛り上げられた男たちが地虫のように蠢いている。


「この人たちはあなたがあの地下室から盗み出した手紙の在処を尋ねるために彼をさらおうとしていた。彼には気づかれなかったでしょうね」


「はい、その恐れはないと思います」


「よろしい、それじゃ次に進みましょうか」


「この連中はどうしますか」


「必要な情報は聞き出したから、もうひと眠りしたら放してあげます」闇の中にローズの声が響く。


「命までは取らないわ。ただし、この街からすぐに出て行きなさい。二度と戻っては来ないように」


 男達は頷いてから動きを止め眠りについた。





 今夜キンペイはまだテベス報道社の一室にいた。いつでも社屋に警備要員を除いたとしても誰かはいる。突然の大事件に対応するための要員だ。しかし、通常彼が執務室に残ることはない。だが、今は非常時だ呑気に家に帰っている状況でない。手紙を見つけなければ身の破滅なのだ。


「最初からそんなつまらないことをしなければよかったんですよ」


 聞きなれた声が聞こえた。いつの間に入って来たのか、オバシが目の前に立っている。うつろな目をして少し猫背で両腕は力なく垂らしている。身に着けているのはお仕着せだ。その格好でここに来ることは禁じていたはずだ。


「こんばんは、シゲノ・キンペイさん。あなたが大事にしていたお手紙は全部焚き付けになってしまいましたよ。手紙なんて失った時点で諦めればよかったんですよ。そうすれば……いや、わたしがこの件に関わることになった時点であなたの最後は決定したのかもしれませんね。

 まったく、あなたのようなつまらない男がいるから、わたしがお人よしの何でも相談係として立ち回らなくてはならなくなる。皆さん吸血鬼を何だと思っているのか。まぁ、そうなるように仕向けてきたのはほかならぬわたし自身ですけど……」


「何を言っている、オバシ」


 本当にオバシなのか。何者かがオバシの口を使い話している。 馬鹿げた妄想が頭に浮かんできた。


 部屋の中で靴音がした。しかし、姿は見えない。


「誰だ、誰がいる」


「あなたの新聞は記事の質はともかく連載しているお話は悪くない。それがなくなればどうなるか考えたことはありますか。あなた達のせいで新聞がなくなることにでもなったら一大事ですよ。ここは上の方共々静かに身を引きなさい。いいですね」


「確かにそれがよさそうだ」そう思うだけでキンペイは気が休まってきた。キンペイは静かに頷いた。


「身を引くってそれだけいいんですか」女の声が聞こえた。若い女の声だ。


「この方なら人の恋路を邪魔する者は……どのように身を処すべきか。十分にわかっているはずです」


 キンペイはもう一度深く頷いた。




 翌日フレアはバンス・ニールの元に赴いた。通された応接間で革の物入れをニールへ差し出す。


「ローズ様からの伝言なのですが、ご相談の件はすべて先方と話がついて解決しましたとのことです。もう悩むことはないとお伝えくださいとのことです」


「ありがとう」


「それともう一つですが、二度とあのような事態に陥らぬよう心掛けてくださるようにとのことです」


「わかったよ。それはわたしからも言い聞かせておくよ」


 ニールは物入れを受け取ると軽く頭を下げた。



 同じ日にテベス報道社の役員ハイド・トゥレウラ、同社シゲノ・キンペイ、スード・オバシが相次いで亡くなった。全員馬車に向かって飛び出し、馬に蹴られての死亡で三人とも自殺とみられているが、それを示唆する書置きなどは残されていない。 

 三人とも同じ日に同じ死に方をしているため、街では多くの憶測が飛び交うこととなった。警備隊もその不自然さに捜査に乗り出している。しかし、この件が解決することはないだろう。そして彼らが行っていた脅迫行為も明るみに出ることはないだろう。その事実さえも静かに闇に沈んでいくだけだ。

次回からは盗賊ファンタマのお話に予定ですが、よろしくお付き合いお願いします。

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