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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 バンス・ニールが塔を出た後、ローズは速やかに身支度を整え、一人だけで空を飛びピート・ウィリスの邸宅へと向かった。彼の屋敷は名士街のすぐ外に位置していた。同じ分野の研究者らしく彼の書斎には多くの砂漠の記念品が飾られていた。フレアがいれば同じ匂いがすると言い出しそうな部屋だった。


 命を危険に晒すような過激な調査旅行の末、結婚を破綻させてしまったニールと違い、ウィリスは結婚後は冒険からは引退し、後方での分析などの役割に徹していたようだ。地味ではあるそんなウィルスにニールは信頼を置いていた。


 家人や使用人が寝静まったニールの屋敷内をローズは身を潜めて歩き回る。眠っている者たちに今回の件について尋ねてみた。妻も彼らの結婚当時から仕えている家政婦も今回の件は何も知らないようだ。勘づいてもいない。こちらの家は今回の脅迫には誰も関わってはいない。自室で眠りについている娘も知る由もないようだ。ニールが話したようにウィルスはこの脅迫を一人で対処すべく抱え込んでいるようだ。


 ローズはウィリスの枕元で姿を現した。彼女はウィリスの意識に入り込み、そこで今回の事情を聴くつもりだ。そうすれば直に会って家人に要らぬ警戒心を持たせることもないだろう。そのため屋敷内の住人全てをしっかりと眠りに落とし込み、戸締りも改めておいた。不意に目を覚ました者がウィリスの枕元に立つ黒装束の女を目にすれば一騒ぎ起こるのは間違いない。


「こんばんは、アクシール・ローズです」ローズはウィリスの意識に呼びかけた。


 最初はローズの突然に訪問に戸惑ったウィルスだったが、ローズがニールの名を出すと、ほどなく安堵が伝わってきた。


 ウィリスがその意識内で会見の場として用意したのはこの屋敷の応接間だった。ローズの周囲に昼間の庭に面した応接間が現れた。昼日中に陽光の中で立つ吸血鬼など意識内ならでは光景だ。


 ウィリスも寝間着から小洒落た部屋着に着替えローズの目の前に立っている。砂色の髪は後ろに撫でつけられ口元に短い髭を蓄えている。肌は若干の褐色を帯びている。明るい印象の中年男だ。 


 ローズはウィリスに勧められ椅子の一つに座った。 


「飲み物はどうだろうか?」誰に対してもまずは飲み物というのがウィリスのもてなしらしい。


「いただきます」


 ローズが答えると足付きのグラスに注がれた琥珀色の飲み物が現れた。グラスを取り上げ口元へ僅かに芳香と舌に刺激を感じるが、それはローズの遥か昔の記憶が紡ぎ出した幻影にすぎない。


「……言ってみればわたしの自業自得といったところなんだが……」


 ウィリスは手元の濃い琥珀色の飲み物を一度口にして話を切り出した。きっと濃い蒸留酒に違いない。


「昔、わたしは妻のリナ以外の女性と付き合っていたことがある。不誠実な行いだったと思う。だから、わたしがそれをどれだけ断罪されようとかまわない。しかし、娘が巻き込まれるとなると話は別だ。身勝手な話だと思われるかもしれないがね」


「その件で脅迫を受けているのですか?」


「そうだ。当時わたしはビアンカ・カルコロという女性と内密に付き合っていた。世にいう不倫と呼ばれる関係だ。関係は長男のナツキが生まれるまでの短い期間だった。長い短い問題じゃないのもわかっているがね。その別れを決して円満とは言う気はない。だが、今まで何事もなくお互い過ごしてきた」


「それが今になってというのか。この機を狙ったのか、カルコロさんから連絡が来たということですか?」


「ビアンカ自身からかはわからないが、わたしが過去に渡した恋文を持っている。公表されたくなければこちらの要求に従ってほしいとの脅迫状が職場に届いた」


「どうして彼女からじゃないかもと思われるのですか?」


「彼女の書く字はかなり癖の強い文字だった。それは代筆すれば済む話だが、言い回しが気になってね。第三者が手紙を手に入れ、それをネタに脅迫を企んでいるような気がするんだ」


 ローズの目の前に封筒が現れた。 ピート・ウィリスへの宛名書きはあるが差出人の署名はない。手紙はウィリスの意識が作り出した産物だが署名は隠しているわけではない。本当にないのだろう。中の手紙を取り出し読んでみる。確かにその文面はカルコロ自身からではなく、後にそれを手に入れた第三者からの手紙のように思える。


「カルコロさんが今どうしているか心当たりはありますか?」


「今はカルコロからドモンジョの姓に変わっているはずだ。その間にも何度か姓が変わっている」


「あぁ……」ローズは軽く叫びを上げた。


「そう……ローズさん、あなたも歌劇場に通っているなら彼女を目にしたころがあるはずだ」とウィリス。


「あの方でしたか」


 有名人だ、言葉を交わしたことはないが歌劇場で目にした事はある。美貌を武器に浮名を流すと言った印象か。何度か結婚と離婚を繰り返し、今はどこかの侯爵様と交際中だったか。


「あれから時間は随分すぎています。今の彼女がこんな目立たぬ学者のわたしを脅して何の意味があるのか。それが彼女を疑い切れない理由でもあります」


 ウィリスはビアンカと呼んでいた当時のカルコロからは自分の存在はすっかり消えていたと思っていたようだ。それならなぜ今まで届いた手紙を取ってあったのか。それが今なぜ使われることになったのか。知る必要がある。だが、まずは手紙の所在を知ることが先決か。



 翌日朝に、バンス・ニールよりピート・ウィリスからの前夜の礼が入ってきた。ウィリスは夢の中での会見という突拍子のない出来事に少々戸惑っていた。しかし、枕元に残されていた書置きに真実と確信し、その気遣いに感謝をしているという。頭の中だけで済ませてもらえば目立つこともない。フレアはその知らせを聞いた後に旧市街へと向かった。ウィリスを脅迫していると見られるビアンカなる女性について調査するためだ。


 ビアンカについてはフレアも目にしてはいるが言葉を交わしたことはない。恋多き女と言われていることも知っている。フレアとしては美貌を誇る女性ビアンカを持ち物として扱う男性に問題があるのではないかと考えている。


 ビアンカについてフレアはローズから聞いてすぐに思い当たることがあった。少し前に彼女の名前が新聞に載っていたはずだ。現在の彼女は未亡人でドモンジョ夫人となっている。その名前を探し置いてあった新聞を捲っていった。


「ドモンジョ夫人自宅で倒れる」の見出しに当時の状況が記されている。日付を見ると三週間は前の記事であることがわかる。病状やその後の経過を綴った記事は見つからなかった。まだ床に伏しているなら今回の脅迫には彼女は関わっていないことにはならないか。調べてみる必要がある。フレアは記事に書かれた地所へと向かった。




「で、どうだったの?」


 その日の陽が落ちてからローズは背後で髪を梳かすフレアに尋ねた。


「お屋敷の中を探る手段を考えている最中に往診のお医者様がいらして後を追ってみました。漏れ聞こえた声によるとあまり病状は思わしくないようです。それに窓の外に漂ってきた匂いですね。あれは健康な方の部屋の匂いじゃありません。たぶん寝たきりで自分では何もできない状態なんだと思います」


「じゃぁ、誰かがウィリスさんと彼女が付き合っていた頃の情報を掴んで彼を脅しにかかったということかしら」とローズ。


「彼女自身が今の機会を狙ったとしたら……」


「あのような方なら、きちんと署名を入れるでしょうし、ご自分でウィリスさんのお宅に押しかけることもあるんじゃないですか」


 フレアもビアンカが紙面をにぎわし始めた頃から知っている。歌劇場で一騒ぎ起こした時のことも覚えている。


「それなら、やっぱり別に誰かいるのかしら。まぁ、いつも通り本人から聞くのが一番確かでしょうね」


 これで今夜のローズの行動は決まった。

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