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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 キンペイから手渡された紙切れには旧市街の住所が書かれてた。それが示すのは閑静な住宅地の只中にある住居だ。広い公園を中心としたこの地域でも顧客は増えてきている。使用人向けの作業服だ。料理人や雑役夫向けなのだが、素材と仕立ての良さで評判が広まり注文が掛かることが多くなっている。そのため頻繁に訪れるようになり、今ではすっかりこの辺りの土地勘が付いている。場所に察しはすぐ着いたため、そちらへと急いだ。思い違いだったなら他へ向かえばよい。


 予想通りの場所でポンテオは自分の土地勘が正しいことを確信した。そして、同時に困惑をした。ポンテオはこの住居に人が住んでいるとは思ってはいなかったからだ。門の外から見える建物の外観はそれなりの格式を整えた立派な作りに見える。しかし、門扉や裏口、塀の隙間から見える庭は荒れてとても人が住んでいるようには思えない。


 もう一度紙切れに目をやる。住所を確認するがここに間違いはない。キンペイが間違ったのかもしれないが、それは建物が無人であることを確かめたからにすることにした。締まった両開きの門扉の右側を軽く押してみる。錬鉄製の門扉は簡単に開くことが出来た。鍵も閂もかかってはいなかったようだ。 


 開けた門扉をすり抜け、後ろ手で閉める。左右の庭へと続く細い通路、玄関前は枯れた下草で埋もれている。誰も庭を掃除していないのは明白だ。確認のため玄関扉を叩いてみる。反応がなければそれまでだ。

 

 使用人が里帰りなどで長く暇を取り、庭が荒れていた屋敷を目にしたこともある。家人曰く、体が悪くそこまで手が回らなかったという事もある。そんな時は代わりに軽く庭の掃除をすることもあった。


 ほどなく、扉の向こう側から反応があった。鍵が開かれ扉が動いた。僅かに開いた扉の隙間に現れたのは上質な部屋着を纏った老人ではなく、お仕着せの中年男だった。


「どちら様でしょうか?」


 鋭い眼光に警戒が見て取れる。


「こちらの広告を見てきました」ポンテオは広告の切り抜きを男に向かい差し出した。「タツヤ・ポンテオです」


 男の表情が軟化し二度頷いた。


「お待ちしておりましたポンテオさん。もう一つお聞きしたいのですが、この屋敷の事はどこでお聞きになりましたか?」


「テベス報道社で教えてもらいました。まずはあそこに向かうようここにも書いてありました。それだけです」


「ありがとうございます。中へどうぞ」


 男は扉を大きく開きポンテオを招き入れた。


「申し訳ありませんでした。何分大切な案件が絡んでおりますので、慎重を期さねばなりません。スード・オバシと申します。よろしくお願いします」


 オバシは一度深く頭を上げると屋敷の奥へ歩き出した。屋敷内に家具は少ない目だが外のようには荒れてはいない。住人はいないが、管理のために誰かが頻繁に訪れているのだろう。帝都の金持ちや貴族では珍しいことではないようだ。長きに渡って受け継がれた屋敷ある場合は遠方に出向くことになっても売り払わず維持をすることがあるらしい。


 オバシに案内された広間には応接家具一式だけが置かれていた。ポンテオはその椅子の一つを勧められた。


「早速ですが要件に入らせていただきます」オバシはポンテオの尻が椅子の座面に着く前に話を始めた。


「単刀直入に申しますと、ポンテオさん今あなたの手元にあるであろう鞄を返していただきたいのです」


「鞄?」


「はい、鞄です」


「あなたは先日の昼下がり港のすぐ傍で飲んでいた時に喧嘩騒ぎに巻き込まれましたね」


「えぇ、まぁ……」


「そして、騒ぎが終わってからあなたは間違った鞄を持ち帰ってしまった」


 どちらかと言えば間違えたのは先方だろう。ポンテオは残っていた鞄を持ち帰ったまでだ。ポンテオはそれは口に出さないことにした。だが、それほど価値がある物なのか。あの鞄はポンテオがネブラシアから持ってきた自前の品と大差なく古びた安物だった。なぜ広告まで出して取り返そうとするのか。


「あのような古びた鞄になぜこだわるのかと思われるかもしれませんが」先方もそれは気にしているようだ。


「あの鞄は持ち主にとってはかけがえのない大切な品なのです」


「と言いますと……」


「あの鞄はその持ち主が国から出てくる時に親から贈られた品だそうで、大層大事にしておられたそうなのですが……先日の騒ぎで取り違えてしまった。どうしたものかと悩んでいたところ鞄の中からあなたの名刺を発見した次第です」


「なるほど……」とポンテオ。「それなら工房に来てもらえば余計な金もかからなかったでしょうに」


 名刺には工房の名前も住所も入れてあった。何十枚もの印刷された名刺、あれも失って惜しい物の一つだ。


「もちろん、そのために一度はあなたの勤め先に向かいはしたようなのですが、迷って散々歩いた挙句危ない目にまで遭って、自分が出向くのではなく来てもらうことに決めたようなのです」


「それで俺と話を付けるためにあなたが来たということですか。鞄なら置いてあります。間違えられた鞄の代わりに使うつもりだったので……それで俺はどうすればいいですか?」


 オバシからの要請は次回ここで会う時にそちらにある鞄を持ってきて欲しいとのことだった。こちらからは鞄の持ち主であるオバシの主人が受け取りにやって来てくる。失った鞄もまだ必要なら持ってくるということだ。次回会う時のため自宅の住所を聞かれた。主人は忙しい身のため以後は郵便での打ち合わせとなるようだ。ポンテオもそれを受け入れた。彼も忙しい身だ。オバシと何度も会ってはいられない。


 その後、ポンテオは謝礼の前金を受け取り屋敷を後にした。



 二日が経ち、バンス・ニールが塔へとやって来た。彼が塔に訪れることは珍しい事ではないため不審に思う者はいない。塔を秘密の相談の場所に選んだのは適切だと言える。馬車を降りたニールと迎え入れるフレアの様子がいつもと違うことに気付いた者がいたなら、今夜の彼の来訪の意味を察することが出来たかもしれない。


 応接室へと案内されたニールはフレアに勧められた席に着いた。内密の面談のためフレアは一度その場から身を引いた。部屋としての仕切り壁はあるが、天井はない吹き抜け構造のためローズは上方から居室から舞い降りてくる。ニール相手にローズは姿を消すことはない。しかし、人が上から降りて来たなら面喰うのがほとんどだろう。ニールはすっかり慣れてしまったが。いつもなら軽い会話を交わしながらのやり取りがあるのだが、今夜はどこかぎこちない。ローズはニールとは彼がまだ若いころから付き合ってはいる。彼から身の回りの話題を聞くことは珍しくはないが、仕事以外の身辺に関する相談を受けるのは数少ない事だ。


「こんばんは。ニールさん」


「こんばんは。ローズさん」


 床に舞い降りたローズはニールと挨拶を交わす。二人が出会った時の見た目は同年配だったが、今はニールが遥かに年上に見える。だが、顔に幾らかしわが入ったが精悍な面持ちは今も変わらない。よく陽に灼けた顔に赤茶けた髪は以前のままだ。


「早速要件に入らせてもらいますよ。あなたには隠し事は無駄だ」ローズに抵抗は無意味だ。ニールもそれは心得ている。


「こちらで聞いたことをそのまま話させてもらいます。裏を取る必要はあるかもしれないが、それに関してはお手柔らかにお願いしたい」


 ローズに抵抗は無意味だ。ニールもそれは心得ている。


「はい、ご友人から相談でしたね」


「その通り、若い頃からの友人でね。昔は彼とも一緒に砂漠へ出向いて無茶もしたものだが、今はすっかり落ち着いているよ。ピート・ウィリスという男です。現在は家庭を持ち子供もいる。息子は博物館で研究員として働き、結婚もしてもうすぐ一子が生まれるそうだ。娘も婚約の披露が間近となっている」


「それはおめでたいことですね」


「わたしには経験できなかった。羨ましい限りなんだが…… 」残念ながらニールのそれは遥か昔に破綻で終わっている。


「それに付け込んできたのか、ピートは今面倒に見舞われているんだ」


「どのような面倒なのですか?」


 聞くまでもないが、ローズもむやみに友人の意識を覗かない分別は持っている。そして、言葉に出してもらえばそれに伴い湧き出す感情も参考にできる。


「若い時の過ちが今になって姿を現した。身もふたもなく言えば、若い頃にやった浮気をネタに脅されているようです。しかし、その相手とは遥か昔にもう関係を断っているとのことで」


「ご家族はそれをご存じなんですか?」とローズ。


「あいつによれば、誰にも知らせていない。差出人不明で昔の浮気の件を公表されたくなければと、金銭の要求をされている。払えない額ではないが、それ一回で済むわけもないだろうと……」


「そうでしょうね。そんな連中はお金が取れるとわかればいくらでも絡んできます」


「……かと言って放置もできない。だが、頼る者もおらずわたしに泣きついてきたわけで。娘の婚約も控えていることで、もしもの事でもあれば考えると何も手につかない様子だそうで」


「それであなたもわたしに泣きついてきたということですか?」


「申し訳ない」ニールは肩をすくめた。


「ピートさんがこちらに見えないのは先方に動きを悟られないためですね」


「相変わらず察しがいい、わたしならあなたの元を訪ねても誰にも怪しまれないだろうと思って。ピートは直にあなたと相談をしたかったようなのですが、目立つ動きは控えたほうがよいとわたし一人でやってきました」


「わたしができるのは先方との執り成し程度ですがいいですか?証拠を取り戻し二度とピートさんに近づかない。それを約束させる程度です」


「それで何の問題もないと思います」


 ニールは大きく息をつき、クラバットに手をやり襟元を少し緩めた。

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