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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 コリントンの公的機関及びその施設は帝都内にもいくらか置かれている。帝国内において自国民からの要請があれば、即応じるための体制だ。しかし、彼らも全国民の動きを把握しているわけでない。たとえ領主の嫡男であっても彼らからの要請か、国が注視する案件でもない限り、その動きはあずかり知らぬのは当たり前だ。


 ヴァルヤネンの名を知る者は何人かいたが、その嫡男のは動向は見当もつかないようだ。ただ一人彼ら一族に不穏な動きとの噂ありとつかんでいる者がいた。こちらに来ていることは知っているが居場所はアイリーンと同様に探索中だ。不穏の意味についてもまだ調査中だった。国に対しての謀反なのか、お家騒動なのか確定されていない。このまま手当たり次第に人の頭を覗いているばかりでは埒が明かない。やり方を変える必要がある。




「それでここに来たわけか」


 エリオットは落胆をなるべく表に出さないように努めたが、相手がアイリーンでは隠しようもない。


「面倒なのはわかるが人助けだ。協力してくれ」とアイリーン。


 睨み加減で体を前に乗り出す。


「つくづく気まぐれでお人よしだな、あんた達は」


 簡単に人を殺すかと思えば、ためらいなく人助けにも乗り出す。まったく動きが読み切れない。


 アイリーンは夜になりエリオットの居城であるスイサイダルパレスにやって来た。そして、奥の貴賓席を借り切りエリオットを呼び出した。何事かと思えば、助けた男の主人を探しているという。男の主人であるヴァルヤネンという貴族はその命を狙われており、男は彼を守るためにコリントンから帝都に出向いて来た。


 見つけ出すことは容易だろうと考えていたアイリーンの見込みは見事に外れ、今こうしてエリオットの前にいる。


 追手の側から詰めていく手もあるのだが、その追手は既にこの世にはいないようだ。死人は何も話すことはない。聞きたいことがあれば誰であれ可能な限り生かしておく必要がある。


「まぁいい、主だった出場者の名簿はある。ヴァルヤネンの名前があるか見て行こう」


 テーブルの上には多数の名前が書かれた書類が置かれている。名前の後ろには年齢、性別、〇や△などの記号、最後に実績などの備考が続く。


「これだけなのか」


 エリオットが差し出した名簿にはヴァルヤネンの名はなかった。人数にして二十人ほどだ。


「この名簿に載っているのはあくまで賭けの対象選手だ。全選手となるとこの十倍以上になる」


「その名簿はないか」


「ここにはない」


「どうして?」


「必要ないからだ。俺たちがやってるのはくじ引きじゃない。賭けなんだ。人を対象にした競馬のようなもんだ。誰が一番に皇宮広場へ戻ってくるか。二番だ誰か、三番は?それを当てれば金が入って来る。おのずと対象は絞られる」


「ここに載っているのは少なくとも途中で脱落せず、上位を狙える選手ばかりということか」


「そういう事だ」


「ヴァルヤネンもコリントンでは実績はあるようだ」


「それも本人が申告でもしない限り備考にはつかない。他の連中に紛れちまえば俺たちの目にも止まらない」


「なるほど」アイリーンは軽くため息をついた。「他の選手の名簿はどこで見ることが出来る?」


「主催の事務所だが、どこまで手掛かりになるか怪しいもんだ」


「どうして?」


「マラトーナには基本誰でも金さえ払えば出られるんだ。金と引き換えに番号が入った鉢巻と襷をもらう。自分で名簿に名前と年齢とかを書いて備考欄を埋めて手続きは完了だ。後は当日に皇宮広場にくればいいだけだ」 


「名前を見つけても彼が帝都に来たことを確認できるだけか」


「そうだな」


「困ったな」


「マラトーナに出るならその時に探したらどうだ。あんたとアイラの母娘なら簡単だろう」


「お前も呑気なことは言ってられないぞ。ヴァルヤネンが宿で襲撃され暗殺されたなら影響はないが、競技中に何かあれば賭けどころではなくなってしまうぞ」


「……殺しがあれば警備隊が出てマラトーナは中止ということか」エリオットが顔をしかめる。


「パーシコスを襲った連中がそのヴァルヤネンを殺りに来たってことはないか」


「それならわたしも助かるんだが、ただ三人で連絡を取るのに例のイヤリングを使っていた」アイリーンは髪をかき上げ耳を示した。「これは船を降りてすぐ傍の土産物屋で買えるような品じゃない」


 入手時に身分証明が必要ではあるが、それについてはいくらでも誤魔化しは利く。だが、専門店で即購入は不可能に近い。


「こっちにも仲間がいるか……」 エリオットは顔をしかめた。


「わかっている。それ以上は、言わなくてもいいぞ。仕方なかったのだ。パーシコスはまさに死の寸前だった。死んでしまえば体の傷を治したところで生き返ることはない。わたしもその術はもたん、そのために邪魔者の排除を優先した」


「仕方ないな。早くパーシコスが目を覚ますといいんだが、こっちでも知り合いに当たっておくよ」


「すまんな」 




 マラトーナ競技会は明日に迫っている。作戦は予定通り決行される。懸念となってるのはマルコ・パーシコスの行方だ。あの男をヴァルヤネン様と会わせるわけにはいかない。その時点で我々は終わってしまう。


 ポッコ・アンピオは突然の悪寒を感じた。降り注ぐ暖かな陽光心地よい風、目の前に広がる手入れされた芝の緑地。遊びに興じる親子連れと等間隔に佇む恋人たち。不安を覚えるものなど一切見当たらないのだが、アンピオは鋭い寒気を感じた。全身に鳥肌が立つ。


 追手としてやって来たアキュラによるとパーシコスは仲間がおそらく仕留めたはずだという。なお、その仲間は潜伏中でアキュラとは連絡を絶っている。どうにも釈然としない。おそらく仕留めたはずだではだめなのだ。排除したはずの敵によって自陣が全滅する。それは珍しい話ではない。


「ポッコどうした。顔色が悪いぞ」


 突然の呼びかけにアンピオは体を震わせ頭を上げた。目の前には肩から下げた手ぬぐいで顔の汗を拭くヴァルヤネンがいた。笑顔が曇り心配げにこちらの眼をのぞき込む。心中まで見透かされるような気がして思わず目を伏せる。


「水が合わないのでしょう。腹が少し痛みます。心配かけてすみませんエリヤス様」アンピオは口ごもりながらも取り繕った。


「それはいかんな。今日はこれぐらいにして宿に戻るか」心配げに眉を寄せる。「お前は部屋で休んでおれ。それから今は俺はトゥレエ・カンチェーロだ。エリヤス・ヴァルヤネンに戻るのはマラトーナが終わって商談に乗り出す時だ。いいな」


「はい……」




 アイリーンはマラトーナ実行委員会なる団体の事務所を探し出した。団体はマラトーナ開催のみに特化した期間限定の組織で、事務所も準備期間のみ帝都商工会の空き部屋に間借りする形となっている。名簿も見つけることが出来たがエリオットの言っていた通り参加費用の徴取控えでしかない。


 参加費用が高いように思ったが選手に渡す備品や競技運営のために雇う人員の日当などを考えると妥当な数字のようだ。儲けは関連商品や飲食、競技を絡めての興行などが主体である。それらでエリオットなどの業者なども含めて街ぐるみで儲けようという仕組みとなっている。競技よりその周辺から金を生み出す。だから、毎年決まった時期に開催するのだ。


 アイリーンは委員会のある隣室で名簿の見聞を済ませたがヴァルヤネンなる人物の名は見つからなかった。隣室の職員の頭の中を覗いて見たが、入って来るのは競技会運営についての情報ばかりだ。これもエリオットが言っていた通りだが、本当に金さえ払えば誰でも参加できるようだ。申請時に嘘を書いたところで咎める者はいない。ヴァルヤネンが偽名を使っていたならこちらに知るすべはない。

 職員たちから多数の物好きな外国人による参加申請の記憶も見つかるが、正体は不明だ。第一に申請は代理のものがやってもよいのだ。本人が来る必要もない。とにかく金を払えばよいのだ。だたそれだけだ。


「そちらはどんな様子だ」お母様の声だ。


「運営については詳しくなりましたが他の成果はありません」

アイリーンは努めて穏やかに答えた。だが、これはイヤリング越しだ。直接の会話と同様に内面の苛立ちが伝わることがある。


「一通り名簿に目を通したら帰ってこい」お母様の軽いため息、案の定悟られてしまったようだ。「あの男がそろそろ目覚ましそうだ」


「わかりました」


 アイリーンは無断で借り受けた名簿を取り上げ隣室を出た。運営委員会の事務所からはまだ光が漏れている。名簿を事務所の傍の床に置き扉を軽く叩く。ほどなく中から若い男の声が聞こえ、扉が開かれた。男は左右に首を振り辺りの様子を伺ってから床に目を落とした。名簿を発見し慌てて取り上げる。


 アイリーンは姿を消したまま男が名簿を持って事務所内に下がるのを確認してから帰途についた。男女数人が騒ぐ声が聞こえて来たが名簿は傷つけず返還した問題はないだろう。

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