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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第8話

 ローズが主催する食事会はそれから十日の夜に催されることとなった。その招待状はフレアの手により参加者に届けられた。誘われたのはアンジェラとミヌマそれにアンダース、ハムスタッド侯爵夫妻と祖母ソフィー夫人、アンダースの友人ニコライ・ベルビューレン、そして分家当主ミィレクルト・ゴードゥである。


 旧市街の港湾地域にあるソスノヴェイツ侯爵家駐在所に訪れたミィレクルトは駐在武官より一通の封書を受け取った。差出人はアクシール・ローズとなっており、内容は先日アンダースの体調不良により中断された食事会を再度執り行いたいとの誘いだった。


 別紙には会場となる北方料理店「セイゲン・ヨゲン」までの地図と食事会開催日時が記されている。前回の食事会の会場と使用した料理店だ。なお、この招待状は会場まで忘れずお持ちくださいとも書いてある。考えてみれば今夜の話である。急な話だが、ミィレクルトは断る口実が見つからず出席することにした。アクシール・ローズが何者か不明だが、この面々が揃うなら出向かざるを得まい。


 慌ただしく身繕いを整え、馬車を拾いミィレクルトは会場となる「セイゲン・ヨゲン」へと向かった。指定された料理店には既に参加者が集まっていた。とりあえずは見知った顔ばかりで安心をした。ハムスタッド侯爵夫妻とその母、そしてアンダースから紹介されたのは以前から親しく付き合っている友人のテュービンゲン侯爵の子息だった。和やかに自己紹介を交わし食事までの時間を潰す。


 今夜は貸し切りだそうで他の客の姿は見られない。この会は不意に体調を崩したアンダースに対しての埋め合わせだそうだ。


 ややあって、招待客が囲む巨大なテーブルの向こうに黒い外套を身に着けた長身の女が現れた。小柄で仕立ての良いお仕着せを身に着けた金髪少女が長身の女に付き従う。女がアクシール・ローズと名乗り、ようやく素性を思い出した。帝都新市街を統べる吸血鬼だ。今や人を手に掛けることはなく、慈善活動にまで手を出しているという奇妙な存在だ。だが、 なぜ彼女がこの会を仕切っているのかまでは察しは付かない。


「こんばんは、ようこそ、おいでくださいました」ローズは軽く頭を下げた。


「先の会は残念な成り行きとなってしまいました。ですが、幸いアンダースさんのお体に障りはなく、警備隊の方からも先の二件も含めまして、共に近く事件は解決に向かうだろうとの情報を聞くに至りました。そこで少し気が早いかもしれませんが、お祝いの宴を催させていただきたいと思います」


 ローズは再度頭を上げた。


「ミィレクルト・ゴードゥさんですね。やっと会えましたね」ローズはミィレクルトに視線を投げかけ口角を上げた。白い牙が僅かに口元から覗いた。


「では、挨拶はここまでにして皆さんお食事をお楽しみください」


 ローズはテーブルの前から下がり、入れ違いに給仕が暖かい食事を持ってやって来た。幸運にも手に入ったウサギがたっぷり入ったシチューや、詰め物がたっぷりと入れられこんがりと丸焼きにされた水鳥などが運ばれる。その体格の良い鳥の焦げた肌は飴色に輝いている。その豊かな脂の芳香が漂う。


 皆、満面の笑みを浮かべ料理を口に運んでいる。口から出てくるのは満足げな言葉ばかりで、給仕の解説にも鷹揚頷きかかる。ミィレクルトはローズの言葉が気にかかり料理が喉を通らなくなった。事件が解決するとはどういう意味か。やっと会えたとはどういうことか。


 ミィレクルトが平静を装いアンジェラやハムステッド侯爵などと接しているうちに菓子の時間となった。まもなく窮屈な時が終わる。参加者の目の前に子皿が置かれ、切り分けられた菓子が乗せられていく。茶色くしっとりとした生地の中からはほんのりと蒸留酒の香りを放っている。添えられた小ぶりのフォークで削り取るように口に入れる。


 皆が菓子を口にしている最中にローズが現れた。


「お料理の方はどうでしたか?わたしは普段からまったく口にすることがないもので、何が良いのか判断がつきませんでした。ですので、お料理はすべてお店にお任せをしました」とローズ。


「あんたもなかなか酷な事をするね」とソフィー夫人。


「母さん……」侯爵が心配げに眉を寄せる。


「まったく最高だったよ。……けど、またこれが食べたくなったら、いつもの倍は払わないといけないんだろうね」


 夫人は傍についている給仕に視線をやる。給仕は無言で頷いた。


「罪作りだよ」言葉とは裏腹に夫人は笑みを浮かべている。


「またこれが食べられるようにディヴィットあんたも頑張るんだよ。アンダース、お前は外に出るが、わたしらにも少しは目を掛けておくれ」


「任せといて、ばぁちゃん。仕事を覚えるのに少し時間がかかるかもしれないけどアンジェラの助けになるように頑張るよ」


 アンダースはソフィーから横に座るアンジェラへと視線を移す。アンジェラは笑みをうかべ頷いた。


「いいお話ですね。次は葡萄酒をお出しするのですが、その前に軽い余興を一つお見せすることにします」


 別の給仕が空のグラスを乗せた盆を手に現れた。給仕はテーブルの端にいたソフィー夫人から順番に手元へグラスと置いていく。侯爵夫妻から対面に回り、アンダース、アンジェラ、ニコライそして最後にミィレクルトの手元に置かれた。


 唐突な金属音と共に侯爵夫人のグラスの中に金貨が現れ、何度か跳ねて動きを止めた。


「おめでとうございます。奥様の当たりです」 とローズ。


「えぇ!」侯爵夫人が声を上げる。


「皆さん。お持ちいただくようにお願いしていた招待状をお出しください」各自上着の内側や手持ちの鞄から招待状を取り出す。


「開いてみてください」


「あぁぁ!」侯爵夫人がまた声と上げた。「これを見て」


 彼女は自分の招待状の紙面を同席者に向けた。ローズが書いた流麗な文字の上に当たりという言葉が赤い文字で大きく浮かび上がっている。部屋にどよめきが起こる。皆が驚き笑顔を浮かべる中、ミィレクルトのみ顔を強張らせている。


「魔法……ですか」とニコライ。


「えぇ、実は全部のグラスと一枚の招待状に術式が仕込んであります。その二つが至近距離にあった時だけ術式が発動します。今回の場合はグラスの中に金貨が現れ、持っていた招待状に当たりの文字が浮かび上がるという仕掛けです」


 ローズは間を置きミィレクルトを見据えた。


「ミィレクルトさんはこの仕掛けは御存じですよね」


「何のことだね」 とミィレクルト。


 給仕を含めた全員の視線がミィレクルトに集中する。


「知らないわけはないでしょう。今回はわたしが組んだ術式ですが、着想はあなたが与えてくれました。あなたはこれと同様の術式を少なくとも三回は使用しているはずです。あなたはこの仕掛けをくじ引きではなく毒殺のために利用した。送り込むのを金貨ではなく毒に、送り込む場所をグラスではなく被害者の胃の中にすればいいだけです」


 ミィレクルトは腰を浮かせ周囲を窺った。身を捩るが突き刺さる視線は避けようもない。


「一回目はアンジェラさんのお誕生会でくじと飲み物、二回目はこちらでの食事会でその時もあなたが書いた招待状が使われています。三回目は……」


 当惑したアンジェラの視線が叔父のミィレクルトへと流れ、ミヌマは両手で口元を覆う。


「いつまで待たせる気だ」


 厨房へ通じる扉が開き男が二人は言ってきた。高級店には似つかわしくない派手な身なりの二人組である。入店するにはまたひと手間かかったに違いない。魔導騎士団特化隊隊士デヴィット・ビンチとニッキー・フィックスの二人組だ。


 二人は身分証を取り出し自己紹介を済ませ本題へと入った。


「三回目に使われたのはあんたが使用人に届けさせた八脚のグラスとジヴァーフ氏に送り付けた祝辞だ。すべての解析は済んでいる。両方にそこの女が指摘した通りの術式が施してあった」ビンチは顔をしかめローズに目をやった。


「この件でジヴァーフ氏が胃の内容物を戻すだけで済んだのはソスノヴェイツ侯爵の加護が彼にも働いたためと推測される」とフックス。


「よかったな、おかげであんたの逮捕容疑は殺人未遂ですんだ」


 フィックスは懐から逮捕状を取り出し前に座る全員に掲げて見せた。


「当然、過去の二件の殺人についても事情は聴かせてもらう。黙秘しても構わん。あんたの発言は後の裁判で証拠ともなる。それを踏まえて行動しろ」


 ミィレクルトは項垂れ無抵抗で二人に連行され店外へと去っていった。誰もが衝撃に声を出せずそれを見送った。


 しばらく沈黙が続いた。ローズも何も手を出さずそのままにしておいた。出来事を咀嚼する間は必要だ。


「おじさんはどうして……」沈黙を破ったのはアンジェラだった。


「身も蓋もないですが、不正の隠ぺいとそのための権力の確保でしょうか」とローズ。


「あなたのお父様、前侯爵様が存命の頃はミィレクルトさんと二人でお仕事、領内の統治に取り組まれていた。いい具合にお互いが干渉し監視も行き届いていた。それが一人で担当することになって様々な誘惑に負けてしまった」


「よくある話だね。人は誘惑に弱いもんさ」とソフィー夫人。


「アンジェラさんはお飾りにしていくには聡明すぎる。彼はあなたが爵位を譲り受けた頃からそう感じていた。いずれ自分の悪事は露見することになる。そういう思いが芽生え始めた時に何らかのきっかけ家庭教師のピアットさんのアンジェラに対する真意を知ったのでしょう。そして、その捩じれた思いを利用して心中に見せかけ、アンジェラさんを巻き込み二人を殺害することを思いついた」


「心中……?」アンジェラが驚きの声を上げた。


 誰もが疑問を抱きそれが宙に舞う。


「えぇ、ミィレクルトさんはピアットさんに罪を擦り付け、アンジェラも殺すつもりでいた。でも、あなたは加護のおかげで難を逃れた。お誕生日会の最中に体調を崩されたでしょう。それでやむなく退席した」


「あぁ……そうです。あの時も食事を吐き戻されて大事を取って寝室で横に……あれが……」ミヌマが呟く。無かった過去を思い恐怖で身を強張らせる。


「あの一件のおかげでかミィレクルトさんは彼女を狙うのを止めたようですね」


「邪魔者を排除しつつ、ゆくゆくは自分で制御できる男を見つけることは出来ないかと考えたようです。ですが、世の中そんなに甘いわけもない」とローズ。


「出来のいい手品でも何回も披露すれば仕掛けを見透かされる。そして今回ついに逮捕となったわけです」





 二回目の食事会も深いため息で終わってしまったが、若い二人はすぐに持ち直したようだ。ニコライによると事件は二人に影響を与えることなく婚礼の日時も決まり慌ただしい日々を過ごしている。様々な問題が明らかになってきているが、それらは二人で協力し解決していくつもりだという。


 ニコライからの知らせを聞き、フレアは食事会で口に出さないでいた考えを思い出した。これは食事会から二週間ほど経ってからの事だ。


「ミィレクルトさんは自分の考えで行動していたつもりでも、実は精霊に操られていたってことはありませんか」とフレア。


「アンジェラさんに危害を加える者を排除する役目に、アンダースさんという代わりが見つかって自分が排除されることになった」


「……あぁ、それはわからないわ。今は二人の幸せを祈りましょう」


 新たな犠牲者が出ることが無いように、これは声に出さないようにした。

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