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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第6話

 アンジェラに対する呪いの疑いは晴れたものの、彼女の周辺における危険は全く解決はしていない。ボウラーからの口添えもあり、前回のジャルディーノ殺害の捜査がやり直され改めて不審人物を洗い出している。そしてアンジェラ、アンディーの元に警備が付けられた。監視の色合いも含んでいるようだ。今回も何らかの企みが仕組まれていくならば、犯人側からの接触は必ずあるに違いない。ローズも同様の考えだ。こちらからもフレアを警備を兼ねて手伝いに出している。


 会見から数日過ぎ、アンジェラとアンディーのささやかではあるが、初の共同作業である両家の夕食会の夜になった。帝都にいるソスノヴェイツ、ハムスタッド両侯爵家で五人だけのささやかな食事会である。大掛かりな会はアンジェラの地元タラマンで行われる。今夜は気楽な内輪での食事会といったところか。


 気楽な食事会で終わらせるため、会場となる料理店にはフレアが早くから出向き準備を手伝っている。会場となったのはハムスタッド侯爵夫妻の馴染みの北方料理店で、アンジェラとアンディーの他にやって来るのは侯爵夫妻と同居している祖母だ。ミィレクルトも顔を出すつもりでいたが、タラマンでの出発が間に合わないと書かれた手紙と贈り物が店に届いた。


 贈り物を期日に間に合わせるべく、使いとしてタラマンからやって来た分家の使用人が直接届けに来た。料理店に訪れた彼は今労いの飲み物を厨房で飲んでいる。


「旦那様がアンジェラ様のご婚約に際してこちらの店であつらえさせたお品です」


 彼が持って木箱に入っていたのは背が高く足の長いグラスである。これに同じく届けられた葡萄酒が供されることになる。使用人はグラスについて一喋りすると店から出て行った。帝都には慣れているようで今夜はこちらで泊まり、歌劇場の席が取れれば芝居を見て明日帰るらしい。


 グラスが片付けられて幾らも経たないうちに郵便配達人がやって来た。


「こちらにアンダース・ジヴァーフという方はおられますか?お届け物です」


「はい、客席の方に入ってらっしゃいますが、お渡ししておきましょうか」フレアは一番に手を上げ配達人の元へ向かった。


「お願いします、ありがとうございます」

 

 配達人は手にしていた封筒をフレアに手渡し、 配達人は彼女に手紙を渡すと踵を返し去っていた。


「ご苦労様です」


 フレアは配達人を見送ると封筒に目をやった。アンダース宛の郵便物で間違えはない。差出人はソスノヴェイツ侯爵家駐在所となっている。帝都での通商、領民相手の相談などを請け負っている。アンジェラの管轄下にあり近い将来のアンダースの職場にもなるはずだ。わざわざ封書とは何の用なのか。


 フレアは厨房を出て客席へ入った。そこにはまだ客はいない。今日は貸し切りとなるためやって来るの食事会の参加者のみだ。アンダースは給仕の責任者と打ち合わせをしている。少し離れた場所で制服の警備隊士が後ろで手を組み警戒に当たっている。


「アンダース様」フレアは封筒を掲げ彼に声を掛けた。


「フレアさん、何です」と手元に目をやる。


「お届け物です」


「ありがとう」アンダースは封筒を受け取ると宛名と差出人を確かめ封蝋を剥がした。中には二つ折りの封書が一枚、取り出し開いてみる。


 封書を読み始めたアンダースはすぐに笑みを浮かべた。


「何かと思えばミィレクルトさんからの伝言でした。僕たちへのお祝いと父さん達への礼ですね。こちらに来れそうにないので、会の最後にでも読み上げて欲しいと書かれています」アンダースは紙を二つに折り封筒へ戻した。


「任せてください。僕が乾杯の時に読み上げることにします」


 アンダースは封筒を上着の内側にしまい込んだ。



 夜になり無事食事が始まり侯爵らの反応を見てアンジェラは安堵した。出された鳥の煮込みは口に運ぶ彼らの反応は概ね良好のようだ。時間を掛け煮込まれているようで柔らかくほぐれやすく食べやすい。味が表面だけでなく中までよく滲み込んでいる。脂っぽくなくてよくなどの呟くが聞こえてくる。この柔らかな雰囲気に対面に座っているアンダースも静かに笑みを浮かべている。


 この店にしてよかったようだ。この街ではどうも海の食材は馴染みが薄いらしい。確かに運河を見ていれば頷ける。あれが流れ込んでいる海に棲む生き物となれば二の足を踏むこともわかる気がする。


 この店に決めたのはアンダースの提案だ。これではどちらが招待し、もてなしているかわからなくなってしまっている。だが、それで構わない。こちらの食事会は堅苦しさは排除していこう、そんなアンダースの意見を受け入れ、彼らの馴染みであるこの店に決めたのだ。


 何品かの料理が運ばれ、一呼吸置き乾杯の時間となった。これもアンダースの提案だ。ミィレクルトおじさんから贈り物のグラスと葡萄酒が届いている。それを供することになっている。おじさんからの祝辞も伝えられる。


 アンダースにより短い祝辞が読み上げれている。アンジェラは不意に悪夢を思い出した。あの中でも彼は祝辞を述べていなかったか。不安が込み上げ耳に入らなくなってきた。何も起こらぬことを祈るばかりだ。しかし、今回は傍に警備隊が待機し、ローズやそのメイドのフレアも目立たないように見張ってくれている。


 グラスに入った葡萄酒が皆に配られ、アンダースの乾杯の声を合図に皆がグラスを口元へもっていく。ほんの一瞬口に当てるだけ、口内を湿らせる程度、一気に飲み干すなどと葡萄酒に対する対応は様々だ。


 突然、勢いよく激しく咳き込む音が店内に響いた。戦慄を覚えるが酒にむせただけだった。気まずそうに真っ赤な顔で軽く頭を下げた。


「いや、すまない。だが実にいい酒だ」ハムステッド侯爵だ。「これはこちらには来てないのかね。是非こちらに流して欲しい」


「ありがとうございます」


 横に座る夫人が冷めた顔で何かつぶやく。これも夢で見た光景だ。


 店内に笑いが漏れるが、この先をよく覚えているアンジェラは気が気ではない。


 不意にアンダースの顔から笑みが消え、両目が驚いたように大きく見開かれる。グラスを取り落とし右手で喉元を押さえ、左手は鳩尾辺りに向かい上着を握りしめている。


「きゃぁぁぁぁぁぁ……」アンジェラは悲鳴を上げた。


 このままではアンダースは死んでしまう。だが、体は硬直し動けない。危機を察知し警備隊士が駆け寄る。フレアもやって来る。


 夢の中でのアンダースは痙攣しつつ突っ伏しそれっきり動くことはなかった。死んでしまったと理解していた。しかし、今夜のアンダースは痙攣し倒れることはなかった。


 その代わりに噴水のように胃の中身をテーブルへ吐き出した。それを見て心配し近づいていた家族に警備隊は一歩後ずさった。細かくなった赤や緑の野菜の塊、崩れた鶏肉がアンダースの口元から流れ出す。最後に茶色の塊が吐き出された。それは半透明の膜に包まれていた。 料理の具材としては奇妙な塊だ。


 呆然とするアンダースと取り囲む人々、静寂を挟みアンジェラの硬直がようやく解けた。


「……大丈夫だよ」アンダースは一呼吸置き答えた。


 横から差し出された手拭きを手に取り口元を拭う。


「えぇ、アンダースさんは御無事です。何の心配もありません」


 手拭きを差し出したのはローズだった。突然姿を現した長身の女性に皆の視線が集まる。


「こんばんはアクシール・ローズと申します。お見知りおきを……」


 


 店内に待機していた警備隊士の連絡により、アンダースは大事を取って医師の元へ搬送された。残された者たちも馬車用意しアンダースが運び込まれた病院へと急いだ。ローズ達も自前の鉄馬車で後を追った。アンダースがただ体調を崩したわけではないおそれが大きいため皆気が気ではない。


 駆け付けたアンジェラと家族たちは病院に着くなり馬車を飛び降り、受付でアンダースの病室の場所を聞き出し、小走りで動き始める。まるで競争でもしているかのように二階の端へと向かっていく。そして、終着点である病室へとなだれ込んだ。


「何の騒ぎだい?」驚いたのアンダースだ。


 彼に体調に問題はないようで、寝台の端に腰掛けていた。手には木製のカップを持っている。勢いよく飛び込んできた家族たちに驚き、また口の中身を周囲にぶちまけるところだった。窓辺に待機していた警備隊士も腰へと腕が動いていた。


「……あっ、大丈夫?」とアンジェラ。


「問題ないよ」


 アンダースは寝台から立ち上がり、枕元の小棚にカップを置くとその場で両手を動かし飛び跳ねて見せた。一同が安堵の息をつき、アンジェラはアンダースに駆け寄り抱きしめた。


「よかった。本当によかった」


 アンダースもアンジェラを抱きしめなだめるように背をさする。


 しばらく、言葉はなく誰もが抱き合う二人を眺めていた。室内が安堵で満たされるのが感じられる。そして、ようやく違和感がこの場の認識された。


「そういえば、あんた達はどうしてここにいるんだい」


 口にしたのはハムスタッド侯爵ディヴィットの母ソフィー夫人だ。ハムスタッド侯爵家一の高齢者にして事実上の最高権力者である。この歳の貴族に見られるローズへの相応の反応がようやく現れてきた。 なぜ、吸血鬼とそのメイドがこの場にいるのか。


「わたしはアンダースさんとご友人から皆様もご存じであるお悩みについての相談を受け調査しておりました」


 意識が落ち着き、皆冷静に事態に向かうことができるようになったようだ。彼らについてはひとまず安心してよいだろう。これでローズも彼らからも支障なく記憶をたどることが出来る。

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