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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話


 ベルビューレン侯爵別邸での和やかな一時は長くは続かなかった。殺人はアンジェラに原因がないとすれば、別の力が働いている可能性がある。殺人犯が彼女たちの傍で身を潜めているかもしれないことに皆が気づいたからだ。膨らんだ安堵は弾けて消え、安易な解決の可能性も無くなった。


「二件で共通していることと言えば、現場にあなた方お二人が居たことぐらいでしたね」


「はい、アンジェラ様とわたしの他に両方参加された方はおりません。場所も本家のお屋敷とこちらで手配した宴会室でした」とミヌマ。


「当然料理の準備をした方も別になりますね」


「はい、お屋敷ではわたし共使用人が担当し、こちらでは出向いた店の調理人と給仕の皆さんです」


「もちろん、面識のある方は混ざっていませんでしたよね」


「はい、一時でもお屋敷で働いた者を目にしていれば覚えていると思います」


 落ち着いた口調で話すこの女性の証言に嘘はない。記憶の淵を刺激すれば沈んでしまった有用な澱が舞い上がってくるかもしれない。


「では当時の様子を思い出してもらえますか。まずは本家のお屋敷での出来事から……」


「もう十年以上も前のことになりますから正確さに欠けるとは思いますが……」


「それは気にしなくてもよいと思います。要はお二方の記憶を刺激すること、そうでしょうローズ殿」ニコライがローズに目をやる。


「お二方が言葉にできなくともローズ殿が感じ取ることが出来れば、それはローズ殿が掬い上げてくださるに違いありません」


 ローズはニコライに向かい頷いた。アンジェラ、ミヌマともに気負いが取れ落ち着いたようだ。当時の記憶に向かい取りつく地点を見出す作業を始めた。


「あれはわたしの十二の誕生日でした。お誕生日会でした」アンジェラは強めの口調で話し始めた。勢いを付けなければ続かない、そんな思いが感じられる。


「その前の歳はお父様が亡くなってそれどころではありませんでした。この年の誕生日会はわたしが侯爵位を継いだ報告も兼ねていたため厳かに、そして盛大に執り行わなければならなかったのですが……お父様が居なくなっては……」


「それまで催しは旦那様が仕切っておられたので……」ミヌマが後を引き継ぐ。


「わたし共もどうしたらよいかと悩んでいたところ、分家のミィレクルト様が代わりを買って出てくださいました。祭事を取り仕切り招待状を手配し、果てはやって来た子供たち向けにくじ引きの札まで書いてくださって本当に頭が下がる思いでした」


「ミィレクルトおじ様はお弟子さんと共に魔法による余興も見せてくださいました。くじ引きの時はご自身で札を配って回り大変な張り切りようだったことを覚えています……」


 アンジェラは息を飲み間を置いた。


「あれが起こったのはくじ引きの結果発表が行われていた最中でした。突然家庭教師だったピアット・ドゥリットが苦しみだしたんです。それを見てわたしも気分が悪くなって主賓なのに退席することになってしまいました。彼が亡くなったのを聞いたのは気分がよくなってからの事です」


「それの状況ではとても自殺とは思えないのですが、どうしてそのような結論が出されたのですか?」ローズはミヌマに尋ねた。


 ミヌマは言い淀む。ボウラーの報告書にはない事実がありそうだ。


「最初は警備隊を含めて誰もピアット先生が毒殺されたと思っていました。何か手掛かりはないかと、そのため彼の持ち物を調べていたところ毒薬が見つかったのです。……そこから何というのでしょうか。アンジェラ様への思いを綴った書簡が多数発見されたのです。彼はアンジェラ様に特別な感情を抱いていたようです」


「えっ、そんなの知らなかった」 アンジェラは息を飲んだ。


「それは、お嬢様にはお知らせしていなかったのです。書簡の内容はとてもお見せできる内容ではありませんでしたので、警備隊の方々にも協力いただいて箝口令が敷かれました。

 先生が毒により死亡したのは確実でした。ですが、それを盛る方法が見つからない。お誕生会に来られた方には様々なお飲み物をわたし達が提供しましたが、数が多いためにお持ちした盆から各自で取っていただく形式にしておりました。的確に先生に毒入りの飲み物を渡すのは不可能でした。身体にも特に損傷もなく警備隊しては先生がアンジェラ様への感情を一方的に拗らせたことにより苦悩し、その末の自殺という結論へと至りました」


 なるほどとローズは頷いた。これなら十年以上経った今となってはその経緯を知る者も少なくなり。ピアットが亡くなったという事実だけが残ったのだろう。細部が消えてしまっていても無理もない。ボウラーも事実を知る由もなかっただろう。


「隊士の方にアンジェラ様が巻き込まれなくて何よりでした。と言われた時は心底身体が冷えてしまいました」


 当時を思い出したミヌマあ本当に悪寒を感じているようだった。


「そんなことになっていたなんて、誰も教えてくれなかった」


「すみませんでした」とミヌマ。


「すべては子供だったあなたへの負担を考えての判断ですよ。赦して御上げなさい」


 ローズはアンジェラの手の甲にそっと手を添えた。ローズが諭すまでもなくアンジェラはミヌマを他の使用人達を赦すことを決めていた。複雑な思いもさほどかからずなは穏やかに落ち着いていくだろう。


「はい、ありがとうミヌマ……」


 ミヌマは静かに頭を下げた。


 アンジェラは子供の頃から、語学などの将来必要になる学問はすべて身に着けていった。両親が亡くならなくとも兄弟のいないアンジェラはどの道爵位は継ぐことになっていた。その覚悟は早めについていたようだ。


 アンジェラは地元の学校を出るとすぐに侯爵家当主しての仕事を始めた。最初はおじ様と呼んでいるミィレクルトの手伝いとして、成人した後は力を認められ彼が補助へと回るようになった。アンダースと知り合ったのはその頃のようだ。


「こちらでの夕食会は、わたしのソスノヴェイツ侯爵としての帝都での最初の仕事となりました。それまではおじ様の後に付いて行くだけのお飾りでした。これからは侯爵としてのわたしが前面出ることをお知らせするための会でした。こちらの駐在官にもいくらか手伝ってもらいましたが、会場の手配や食材の調達は全部自分でやりました。全部は言い過ぎですね。招待状の宛名書きと発送、食器の調達はおじ様にお願いしました。無事夕食会が開けて一安心していたらあんなことになって……」


 あんなことの顛末は既にボウラーからの連絡でローズの耳に入っている。ボウラーはフレアが帰ってからすぐに動いてくれたようだ。日暮れには報告が入りローズは目覚めてすぐそれに目を通すことが出来た。警備隊もタラマン側との接触を開始した。


 犠牲者はシオン・ジャルデーノ、商家の御曹司でアンジェラをつけまわしていた。どういうわけか彼は夕食会の招待状を入手し参加する。会場ではおとなしくしていたようだが、配られた何杯目かの飲み物を口にしたところ突然苦しみだし床に倒れ絶命した。


 手にした飲み物には毒は入っていなかった。形式はお誕生日会と同様の立食型である。少しでもたくさんの人に来てもらえばとのミィレクルト氏からの提案を受けての事という。飲み物の杯はジャルディーノ自身が盆から選び取った。


 家庭教師のピアットと違い、警備隊は他殺の線で捜査を続けた。付きまとわれていたアンジェラやミヌマ、ミィレクルトそれに駐在官までが聴取を受け、理不尽な中傷まであったようだが、事件は解決しないまま今に至っている。


「あの方やその御家族はお気の毒だったとは思いますが、そのせいでせっかくの会は台無しになってしました」


 当時を思い出したミヌマが吐き捨てるように呟く。ジャルディーノの所業を思い出して怒りが込み上げてきたようだ。


 アンジェラの守護者が他者に害意を向ける存在ならとローズは考えた。それは当然その者に罰を下すだろう。それらにとっては人の命など塵芥、契約者が至上の存在だ。人の倫理観など通用しない。アンジェラの考えが呪いへと至ったのも自然な流れか。


 だが、アンジェラの守護者は彼女を守る事しか考えていない。他者に危害を加えることなど毛頭ないだろう。殺人者は他にいる。

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