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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 日が暮れてしばらくしてニコライからの連絡が入ってきた。会見は明日の夜アンダースと同様にニコライ宅だ。吸血鬼と貴族、お互いの立場もあるためこの辺りが適切だろう。ローズはそれを了承しフレアと二人で出向くことを告げた。先方のアンジェラは会見には思いのほか前向きのようだ。ローズに会えばすべてが解決すると思うほどに前向きなのだ。


 通話器越しにニコライの別れの挨拶が響き、音声が途切れ部屋に静寂が訪れた。ローズは少しの間黙り込んだままでいた。


「毒殺……の件については各者で大きく隔たりがあるようね」ローズは天井を見つめたままぼんやりと呟いた。


「はい」


「警備隊の認識は現状で判明した事実を元にした客観的な結論ね。毒の出所が死亡した本人で、それを盛る手段がわからないとなれば、結論が自殺に傾いても仕方がないわ。片やアンジェラさんは事実を無視して主観で結論を出している。彼女の考えは大雑把すぎるけど、この二件連続性が感じられるのは確かね。警備隊もこちらでの件を共有できていれば同じ認識ができたかもしれないわ。呪いはともかくね」


「それについてはよほどの能無しでない限り間違いないと思います。ボウラーさんはすぐに動いてくれましたから」


「頼りになる人ね。これからの事も考えてきちんと関係を築いておいた方がいいわね」


「呪いなら調査も無駄になりませんか」


「無駄……いいじゃない。それの方が楽でいいわ。呪いなら正教会に紹介して解呪してもらって終わり、みんな幸せに暮らしましたで済むんだから……わたし達も軽く相談に乗っただけで多めのお小遣いを手にすることが出来る。最高だわ」口調は軽いがローズの眼は全く笑っていない。


「難航すると思ってますね」


「簡単にいくわけはないわ。それならとっくに警備隊が解決してる。彼らも馬鹿じゃないわ」


 警備隊は多少魔法に疎い点はあるが、そんなときのために特化隊がいる。警備隊もお互いの領分を気には留めているが、魔法の危険性は心得ている。いざという時はためらわず支援要請を出す。


「アンジェラさんが自説を言いつのっているなら白服が動いていないわけがない。彼らはどこにでも潜み全てに目を凝らしている、でしょ」


「あぁ……それもそうですよね」


「冗談は抜きにして、衆人環視下での犯行なんてただでさえ難しいのに共通点がないとなるとさらに難解になるわ」


「魔法とか」


「どうも素人は魔法を便利な解決策と勘違いしているようだけど、条件指定の式を組むのはとても手間がかかるのよ」眉をよせ顔をしかめる。嫌な過去を思い出したのか、頭を左右に振る。


「可能な限り簡易にしないと誤作動の元……却下、却下この話はここまで次に移りましょう」


「はい」


「そういえば、彼女が成人する前、さらにご両親が亡くなる前の所領の統治はどうなっていたの?」


「両家合同で当たっていたようです。称号は本家筋でしたが、それも特に問題なく受け継がれています。分かれた理由は隠しているうちに闇の中に消えてしまったようですが、特に仲たがいがあったわけではないようです」


「まぁ、そうでしょうね。所謂お家の騒動が原因なら片方が消えてるはずよ。それがまだ続いている。何らかの処分を避けるためかもしれないわね。借金を被るのを避けるために偽装離婚をして表向きの縁を切るって話もあるでしょう」


「なるほど、とりあえずうまくしのいだわけですね」


「その代償に今も別れたままだけど、役割の違いはあるの?」


「以前は本家の補佐を分家が担っていたようですが、ご両親が亡くなってからは分家が代行しています。アンジェラさんが成人してからは彼女が補佐として各地を飛び回っているようです。そんな彼女とアンダースさんが知り合ったようです」


「アンジェラさんには今もまだ分家筋の方が後見人に付いているのよね」


「はい」


「アンダースさんと結婚するとどうなるのか。興味があるわね」




 翌日の夜、ローズがニコライ宅ベルビューレン侯爵別邸で目にしたアンジェラはとても侯爵位を持つ女性には見えなかった。身なりと雰囲気だけなら歌劇場で舞台の俳優に声を上げている客と変わりない。背はフレアより少し高く若干大人びて見える程度か。だが、目つきは別物だ普通にはない強さを持っている。


 もうお馴染みとされている黒装束の女の入室を目にしたアンジェラはすぐさま立ち上がり軽く頭を下げた。彼女に緊張はない、あるのは期待だ。呪いが解ければすべては解決する。そんな期待で頭の中は一杯だ。残念ながらそれはなさそうだ。ローズは彼女を一瞥してすぐにそれを察知した。しかし、別の何かがある。それは精査してみる必要があるだろう。


「こんばんは。ローズさん」


「こんばんは。ソスノヴェイツ様」


「アンジェラと呼んでくださいな」とアンジェラ。微笑みながら右手を差し出す。


「はい、アンジェラさん」ローズもそれに答え握手を交わす。


 フレアは今夜も外套と仮面と共に下がっていった。


 アンジェラの他に今夜同席するのはこの家の主であるニコライと婚約者アンダース、そして彼女お付きの使用人ミヌマと名乗った女性だ。髪の色こそアンジェラの茶色と黒の違いはあるが砂色の瞳と乳白色の肌はよく似ている。母娘のように思える。実際に彼女はアンジェラの母代わりの存在のようだ。


 簡単な挨拶を終えローズはアンジェラの右隣に腰を下ろした。芝居がかった手つきでアンジェラの眼前に右手をかざす。アンジェラはゆっくりと目を閉じた。ローズはまだ力を使ってはいない。彼女がローズの施術を受け入れるため自分の意思で目を閉じただけだ。手かざし自体に効果はないが始まりの合図としては役に立つ。


 アンジェラから緊張は感じられるがそれを上回る期待もある。無下にそれを削ぐような真似はしたくないが事実は伝える必要はあるだろう。


 居合わせた全員の強い関心を受けながら、ローズはアンジェラを精査した。最初に予想した通り悪意を持ち付きまとうものはいない。しかし、何かが彼女を薄っすらを包み込んでいる。それに向かい接触を試みる。なるほどと、口角が上がり笑みが浮かぶ。


 ローズの笑みに安堵と困惑が半ばした感情が流れ込んでくる。彼らが予想していたのはよくない呪いであるから無理もない。


「ご安心ください。アンジェラさんは人に害をなすような呪いには捕らわれてはいません」


 ローズの言葉に一同から安堵の息が漏れる。もっとも強く感じられるのはミヌマだ。アンダースはさほどでもない。彼にはアンジェラが人を傷つけるはずなどないという確信があったようだ。それが呪いという考えを遠ざけていた。呪いは本人の意思などお構いないなのだが敢えてそれは言わないでおく。


「むしろ、彼女は加護に包まれています。彼女と彼女の愛する者を守り慈しむ力です」


「あぁ……」


 ミヌマが声を上げ両手を胸の前で組む。皆の表情が穏やかに緩む。


「ついては、この加護に何か心当たりはありますか。これは誰かに施された力に違いありません」とローズ。


「……そういえば……」


 アンジェラは左側に座っているミヌマに目をやった。


「あの時でしょうか」ミヌマもアンジェラの意を察したようだ。「あれはアンジェラ様が十歳ごろの頃でしたか。分家筋のご紹介で高名な術師様の元で出向いた時がありました」


「えぇ、お父様とミヌマそれにわたしとで出向き、その術師様から直々に祈禱を受けました。仄暗く荘厳な祭殿を不気味に感じた記憶が残っています」


「その頃は……」とミヌマ。少し息を詰まらせる。「その頃になると旦那様も病で弱られておりアンジェラ様の行く末を案じておられました。それでたとえ気休めであっても何かの足しになればと魔導師でもある分家のミィレクルト様に相談を持ち掛けたのです」


「気休めなどではありません。れっきとした精霊との契約に基づく加護です。これからも彼女を病や毒から守ってくれることでしょう」


 ローズの言葉に二人は抱きしめ合った。深い安堵と喜びの涙が一筋頬を伝った。

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