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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

「使いが来ると聞いていたがあんただったか。相変わらずのようだな」


 訪れたフレアに目の前に座る男は呆れ顔で声を掛けてきた。敢えてフレアは言葉の真意は問わないことにした。確かにいつも忙しく立ち回っている。馬鹿なことも始終やっている。


「あなたも元気そうで何よりだわ」


 目の前にいる男はラリー・ボウラーといい、最近飼い猫から変異した精霊を追っているうちに知り合った探偵だ。よく灼けた肌に砂色の髪、短く縮れた髪は石に貼りつく苔のように見える。鋭い目に締まった体をしている。

 

 遺産絡みで命を狙われた家具職人マティアス・ピアイネンの危機を行きがかり上ではあるが、二人で救うことになった。元警備隊士で今は個人営業の探偵だ。アンジェラに関する調査が彼の仕事なら信頼は出来るだろう。


「まぁ、座ってくれ」


 フレアはボウラーに勧められた応接椅子に腰を下ろした。席に着いたフレアの前に紐綴じされた資料が置かれた。ボウラーの事務所には初めてきたが、置かれている調度品は思いのほか趣味が良い。家具は少し古びているものの雰囲気は高級な宿の待合室と変わらない。掃除も行き届いている。この手の事務所にはあまり公にしたくない頼みごとのために紹介を通じて貴族がやって来る。力と誠実さの他に見た目も整える必要がある。そのために強面の中年男が毎朝、身繕いを整え部屋の掃除に励む図は微笑ましくもあるが、それが客からの信頼を取り付ける最初の一歩なのだろう。


「そいつに今までの全てがまとめてある。貸し出すわけに行かないからここで読んでいってくれ。報告前の整理の整っていない乱雑な書付けだ。読みづらいかもしれないが頑張ってくれ」


 ボウラーは目の前の資料を示した。


「読むのはそこの部屋を使ってもらっていい」 彼は右側にある扉に視線を向ける。


「ありがとう」


 案内された部屋はまず客を通すことはないであろう文書の倉庫だった。とりあえず埃は払われているが紙の匂いは鼻に着く。縦長の机と椅子は置かれているが貧相だ。ランプも置かれているところを見るとボウラーが使っているのか。厄介払いをされたような気もするが読めるだけましだろう。原則予約客の依頼しか受けないとしても飛び込みの客は来る。その時のために応接椅子は開けておきたいだろう。フレアの正体を知らなくとも誰も他の客とは会いたくない。


 小さく背もたれもない腰掛に座り資料の表紙を捲る。身体を動かすと椅子も揺れる、塔の近くの店から使い古しでも貰って来たのかと思う座り心地だ。資料の内容も負けていない。顧客に見せる前段階とあって得たありったけの情報を力任せに綴っている。乱雑な文字を解読しつつ読み下していく。


 日付は三年ほど前から始まっている。ボウラーが転職して初期の依頼でもあるようだ。なぜ彼に回ってきたのか。それは案件が遠方の港町への出張調査であったことだろう。何カ所かが受けることを断り、ボウラーの元に回ってきたようだ。内容は西方への旅の日記の色彩も帯びている。宿や料理への評価や愚痴なども混じっており、こちらだけまとめても面白い読み物が出来上がるかもしれない。


 ソスノヴェイツ侯爵は帝都の西方に位置する港町タラマンとその沖に浮かぶリントス島を所領としている。汚れた海のせいで、あまり海産物を食べることがない帝都民のボウラーには、タラマンの魚や貝を使用した海鮮料理は新鮮に映ったようだ。最初の忌避から、料理の匂いに誘われての味見から煮魚、貝やエビなどを含んだ汁、やがては蛸などまで口にしている。


 書かれた内容は中年男の旅行記を抜け、ソスノヴェイツ侯爵家の内情分析へと入っていく。侯爵家は二百年ほど前から本家と分家の二つに分かれているようだ。両家は武の本家と魔の分家として領民には知られている。二つに分かれたのは所領内でのもめ事、所謂お家騒動に端を発しているようだが明確な記録は残っていない。外部に漏れては面倒なため敢えて残さなかったのかもしれない。無ければ何も探りようもない。それ以来、本家が政を行い分家が裏で支える体制が続いて来た。魔の分家と呼ばれるのは魔法に長けた者を多く輩出している点もある。


 現当主のアンジェラは本家の一人娘として育った。兄も居たが幼くして亡くなってしまった。弟も生まれたが二年も経たずこの世を去った。十五になる前に両親を相次いで無くし、女の身でソスノヴェイツ侯爵を継ぐことになる。後見人として分家の当主ミィレクルトが付き使用人達が親代わりとなりアンジェラを支えてきた。


「本家は彼女一人が残ったというわけね」


 悲しい事だがこの世界では珍しい事ではない。人は思いのほか脆弱で流行り病や災害であっという間にいなくなってしまう。フレアはそれを二度ほど目にしたことがある。


「それに加えて目の前で二人も倒れれば……自分に呪いが掛けられているんじゃないかと思っても仕方ない……か」


 成人後のアンジェラは当主として務めとして領内の政に参加し、帝都とタラマン、他の地域を忙しく行き来するようになる。帝都では名士街のソスノヴェイツ侯爵家別邸で地元からやって来た使用人と共に過ごしている。ボウラーはアンジェラの人となりについては概ね良好と評してある。


 この中で言及されている死亡者は多数に上るが誰も病死で、事件性が疑われるのはアンジェラが十三の時に死亡した家庭教師のみだ。アンダースの口ぶりだと何者かによる毒殺を示唆していたが、こちらでは自殺として処理されている。もう一件は触れられておらず探しているうちに読み終えた。


 フレアは紐綴じを手に部屋を出た。ボウラーは書き物机で事務仕事を始めていた。別件の報告書を仕上げている。脇に紙ばさみを置き、それを横目に報告書を書き綴っている。


「ありがとう」フレアは紐綴じをボウラーの邪魔にならぬよう机の端に置いた。


「毒殺事件の詳細な情報はないの?」二つの事件については別綴じになっていないか。フレアは気になる疑問をボウラーにぶつけてみた。


「毒殺事件?何のことだ?あんたはハムスタッド侯爵家からの依頼の件でやって来たんだろ」


「えぇ、そこのお家があなたにアンジェラさんの素性の調査を依頼した。これの他に資料はないの?」


「ない。それだけだ」


「家庭教師毒殺についてこれ以外に情報はないの?」


「……家庭教師……毒殺……」首を傾げ視線は遠方へそして黙り込む。


「お誕生日会で家庭教師が殺されたはずよ」


「あぁ、あれね……」


「それなら結局自殺に落ち着いてるはずだ」


「自殺?何も書かれてなかったけど……」


「そっちは渡してなかったか。別綴じになってる。毒は亡くなった家庭教師の所持品から見つかったが、何に盛られたのか皆目見当がつかなかった。状況からして自分で飲むことしか考えられず自殺とみなされたようだ。理由は不明」


「そういうこと……」


「そういうことだ」


「もう一件の方はどうなの?」


「もう一件、何だそれは……」


「彼女の目の前でもう一人死んでるのよ。同じように大勢の集まりで衆人環視の元で倒れているの」


「聞いてないぞ」ボウラーのペンが止まる。間違いが起こらぬようペン立てに戻す。「いつの事だ?タラマンではあれ以上誰も死んでいないはずだ」


「帝都に来てからだと思う」


「つまりなにか、同じ女の目の前で男が二人同じように死んでいるってことなのか」


 ボウラーはフレアの問いに食いついて来た。机から身を乗り出しフレアを見つめる。


「調べてみる必要がありそうだな。まぁ、いい今なら少しは余裕がある。捜査資料を当たるだけなら大した時間はかからないだろう」


 ボウラーの口調はまるで自分に言い聞かせているようだ。事件性の有無を探る必要性とただ働きの可能性を頭の中で図っている。今は俸給が出ているわけではない。


「結果が出たら知らせてくれない?」とフレア。


「対価は必要だぞ。ただ働きは出来ない」


「それは任せて」


 ボウラーの心は決まった。大義名分と報酬があれば好きに動くことが出来る。

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