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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

 アンダース・ジヴァーフはニコライとは子供時代からの友人のようだ。その風貌にも拘らずニコライや他の友人たちと悪さを繰り返し、親たちを悩ませていた集団の一人らしい。お互い兵役により付き合いは途切れることとなったが、帝都に帰還し再会すると何事もなかったかのように友達付き合いも再開した。


「アンダースも兵役に着き最近戻ってきました。それを期に付き合いも以前と同様に復活したのですが、水臭いことにこいつはその前から隠し事があったんですよ」とニコライ。


「悪かったよ。もう言わないでくれよ」


 どちらも怒ってはいない。むしろ喜んでいる。


「隠し事とは何ですか?」少なくとも悪い話ではなさそうだ。


「彼は砂漠に出る前からある女性と付き合っていたんですよ。任地に行っても手紙でやり取りをしていた。無事帰って来て婚約まで進んでやっと教えてくれました」ニコライは少し拗ねた表情を見せた。


「仕方ないだろ。お互い同じ侯爵家だと言っても向こうは大きな所領を統括する領主様だ。それに引き換え、こちらは古いだけが取り柄の皇宮勤めで俺はそこの次男ときてる。簡単に事は進まないよ。ここまで漕ぎ着けたのが奇跡そのものだ。それなのにここに来て……」


 アンダースは言いよどみ、目を伏せ黙り込んだ。どうやら彼女に纏わることが相談の案件のようだが、口出すことをためらっているようだ。こちらから探らずアンダースが話すのを待ってみる。


「両家の関係は良好なのですが、そのアンジェラ殿に結婚へのためらいが出ているのなのです」沈黙の中ややあってニコライが言葉を進めた。先を促すようにアンダースに目をやる。


「両家の公式な顔合わせの準備なども進めていてはいるのですが、最近になって彼女が強い不安を感じているようで……」頷きアンダースは話を再開する。


「婚姻前に不安を感じることはままあることと聞いています。生活や人間関係が大きく変わるわけですから」


 これが定番の回答だろうがアンダースからは否定の意思がにじみ出ている。事はもっと深刻なようだ。


「それなら僕もアンジェラの不安と向き合って、少しでも和らぐようにしてあげたいと思うのですが、事は彼女の心中ではなく僕にあるようなのです。僕の身を案じての事のようなのです」


「あなたの身を案じて……何か持病でもあるのですか」


 ローズは軽く意識を走査するがこれといった問題は見つからない。


「幸い幼い時からこれといった病気も患うことなく元気に過ごしてきました。まぁ、それが過ぎて結果的に砂漠送りとなりましたが……」アンダースは自嘲気味に微笑んだ。


「それではアンジェラさんは何を案じていらっしゃるのでしょうか」とローズ。


「それは……」再び言葉を澱ませたアンダースだったが、意を決して先を続ける


「以前、彼女の目の前で二人の男が命を落としているのです。もちろん彼女は手を下してはいません。子供の頃の話です。彼女の誕生会や懇親会などの宴席で衆人環視の元で人が倒れたのです。共に毒殺のようですが、犯人も手口も不明のままで解決はしていません。僕が三件目の被害者にならないかと気が気ではないようなのです」


「わたしへの相談というのはその件ですか?」ローズが問いを発する前に答えはわかった。そのためアンダースの返事を待たず先を続ける。「わたしもこの帝都で色々と事件を解決してきましたが……」


 ふと違和感を感じ言葉を止める。確かに彼が望んでいるのは事件の解決だが、ローズには別の何かを望んでいる。


「わたしに何をお望みですか?」


 ぶつけた問いによりアンダースの真意が浮かび上がる。


「アンジェラと会ってやって欲しいのです」一度間を置き息を整える。「彼女は最近になって頻繁にそれらの殺人事件を再現する夢を見るようになったようなのです。その中には僕が毒で倒れる夢も含まれています。そのため不安が高まっているようなのです。彼女なりに事件を思い返し至った結果が自分は呪われているのではないかという結論でして」


「また、乱暴な結論ですね」ついローズは本音を漏らしてしまった。


「僕もそう言ったのですが、二つの事件に共通する参加者がアンジェラとそのお付きの使用人だけ、それだけの理由で自分が悪いのではないかという考えに憑りつかれているようなのです。そんな理由では誰も取り合ってはくれないでしょう」


「確かにそう思います。正教会もお忙しいでしょうし、かと言って非公式の魔導師というわけにも行かない。まがい物に絡まれては余計に危険な事態に陥りかねません」


「それで俺がローズ殿に一度会ってはどうかと勧めたのです」とニコライ。「呪いへの対処は別にしても有無なら判定してもらえる。何もない場合でも彼女の中から新たな手掛かりを取り出してもらえるかもしれないと」


「わたしもそこまでは頼りにはなりませんよ」


「俺が知っているだけでも短い期間で三、四件は解決されているでしょう」とニコライ。 


「わかりました。お会いしましょう。先方に連絡を付けてください」


 ローズは苦笑気味に答えた。それとは裏腹に興味も感じる。


 呪いという結論はやはり短絡的に思えるが、実際に二件の殺人は起こっているようだ。詳細を知る必要があるだろう。 




 ローズはニコライ宅での会見の終わりに身の危険を感じていない様子のアンダースにその理由を問いかけた。アンダースの認識によると殺害された二人の男と自分では著しく立場の違いがあるようだ。毒殺された二人はアンジェラにとっては好まざる存在のようで、自分はその対極におりそのため身の危険は感じてはいない。


 これもまたアンジェラに負けないほどの乱暴な結論だ。標的となるかならないか、それは狙われる当人が決めることではない。決めるのは狙う側だ。ローズはアンダースにしばらくは油断なく過ごすように促した。経験上、犯人が思いのほか近くにいることは少なくない事実だ。


「アンダースさんはえらく殺人の件に詳しいようですね」


 フレアはローズの外套を預かり下がってから相談の席には参加しなかった。アンダースが話を切り出しやすくする配慮以外に意味はない。おかげでローズが特に力を使うことなく事情は把握することは出来た。


 今は塔に帰宅してからの情報のすり合わせ中だ。今回ローズはイヤリングで会話の配信は行わなかった。アンダースに不審感を与えては元も子の無い。


「それはね。彼のお家も彼女の事を調べていたからよ。付き合い始めて出兵中から帰還するまでずっとね。幾ら本人が規模は小さいと言っても遷都前から続くお家柄よ。その御子息が付き合う相手となれば何者か気になって当然よね」


「彼が調べていたんですか」


「ご家族よ。彼はそうなるのが嫌で隠していた。つもりだったけど実はバレバレでこっそり探偵の調査が入っていた。調べてみてびっくりなことにアンジェラさんはただの小娘なんかじゃなく大きな所領を持つ侯爵家の女当主だった。つまり彼女が侯爵様よ」


「すごいですね」


「えぇ、両家の関係が良好というのもよくわかるわ。片や帝都への影響力が増強できる。片や 財力の確保が可能になる。いい話よ。まぁ、そのおかげでアンダースさんはアンジェラさんが不安を打ち明ける時にはもうすべてを知っていた。彼女の素性から今までの生い立ち、それに例の殺人事件まで全部を知っていた。既にそれら知り全部を受け入れていたからこそ、あの姿勢なのかもしれないわ。すべてを受け入れ愛している。生来からの楽天的なお坊ちゃま気質も大きく影響しているようだけどね」


「本当に呪いはあると思いますか?」とフレア。


「さぁ、それは彼女に会ってみないと何とも言えないわ。その段取りはアンダースさんが付けてくれるのを待ちましょう。こちらとしてはまずその前に事前の情報集めね」


 フレアが返事をした時にはローズは彼女の目の前から姿を消していた。ほどなく朝日が昇り始めた。

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