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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 ヤンセンが出て来た部屋の扉にも貼り紙が現れていた。こちらに書かれていたのは「呑気に座っている暇はないぞ。次に向かえ」という一文だった。ヤンセンに何者かここで何があったかと尋ねると、彼は渋々話し出した。既に皆、嘘をついていることは知れている。

「自伝の話は嘘だ。俺がここへ渡ってきたのはビスケスに呼ばれたからだ。奴は美術品収集家だった男が住んでいたこの屋敷を買い取った。ビスケスは当然その男の所蔵品も付いてくると思っていた。だが、屋敷の中はもぬけの殻同然何もない。諦められないビスケスが助けを求めてきた……屋敷の中を「専門家」の手で収蔵品を探して欲しいと。ここまでが仕事の紹介を受けた時に聞いた話だ。その時にビスケスは同席していない。代理の男が持って来た話だ。これに嘘はない」

 ヤンセンは肩をすくめた。

「金に釣られてこの島までやって来た。調子は外れ放題で、ビスケス当人もいない。めげずに仕事を始めたら……これだ」ヤンセンは指を指す。

 その先には開かれた扉から室内が見える。部屋の中央に一人掛けのソファーが置かれていた。柔らかそうな座面には上等な革が張られている。ファンタマの部屋には置かれていない椅子だ。

「座り心地が良さそうでお宝も中に隠せそうだ。それで、中を探り出したら金属が擦れる音が聞こえた。振り向いたら壁に掛けてあった剣が揺れていた。危険を感じてその場から飛びのいた。その時に、ドンッ……壁に飾ってあった剣が背もたれに刺さった。危うく串刺しにされるところだった。ひどい罠だよ。かなりの音がしたんだが、あんた達も忙しくて気付かなかったようだな」

 ヤンセンの言葉通り背もたれの中央に剣が深々と刺さり、背面から切っ先が覗いている。

「俺も同じだ。ポロパイネンが行方不明の名画に釣られ、その商談に俺が代理でやって来た。あわよくば、他の収集品もと思っていたが調子は外れっぱなしだ」とファンタマ。

「いい大人が大勢して宝探しで大騒ぎか。笑えるね……」トロイは肩をすくめる。

「いいお金になると思ったんだけどね」とユッカ。

 トロイとユッカの夫婦としてはさほど嘘は言っていないという。久しぶりに開かれるこの屋敷での宴会に給仕として潜り込み、中にある金目の物を探り出す。それが彼らに与えられた仕事だった。彼らはマロネイアで料理屋の傍ら、故買屋、金庫破りなども手掛けているそうだ。

「ここにいない二人はどうしてるんだい。無事だといいんだけど」 ユッカが呟く。

「建築業者と秘書だったな。今となっては当てにならんが」 とトロイ。

 ファンタマたちはそれ以上の探索を中断し二階へ降りることにした。二階廊下に到着した彼らは、暗い廊下を行くうちに紙が貼られた扉を発見した。意味を理解したファンタマとヤンセンは顔をしかめ、トロイは一歩後ずさった。ユッカは思わず手で口を押える。書かれた一文はヤンセンが入った部屋と同様「呑気に座っている暇はないぞ。次に向かえ」である。

 この部屋があてがわれたのはケナカ・ヘイゾルだ。横柄な態度の男であまり感じは良くなかったが、それでも無碍に殺されてもよいわけなどない。

「ヘイゾルさん」ファンタマは扉を数度叩いた。反応はない。

 眠り込んで気がつかないのならよいが、それなら罠が作動するはずもない。もう一度強い目に叩くが反応はない。ファンタマが鍵を開け、慎重に扉を開くとそこには椅子に体を剣で止付けられたヘイゾルがいた。服装は食事の時の正装のままだ。食事から戻り椅子に腰を下ろした時に罠にやられたのだろう。ヘイゾルをこのままにしておくわけにもいかず、一同はヘイゾルから剣を抜き寝台に寝かせてから部屋を出た。

 後は一人行方のわからないターナ・トゥルネンの行方である。彼女に割り当てられた部屋の 中にその姿はなかった。死体が無いのはよいが、彼女はどこで何をしているのか。

「あなた達はここで何をしているの?」抑えられた女の声。疑問はそのまま質問として帰ってきた。  

 部屋の戸口に立っていたのはトゥルネン本人で左手には回転式の連発銃が握られていた。指こそ引き金に添えられてはいないが、狙いはしっかりとファンタマたちに定められている。四人の間を滑らかに銃口が移動する。全員が肩の高さに両手を上げた。

「答えなさい。わたしの部屋でなにをしているの?」

「様子を見に入っただけだ。何もしていない。なぁ、話し合わないか?」とヤンセン。

「いいわ。話しなさい。ただし、動かないで」

 トゥルネンの銃口に促され四人はこれまでの出来事のあらましを彼女に話して聞かせた。

「驚いた、全員が嘘をついていて、実はこの屋敷を調べるためにやって来た?揃いも揃って全員が?」

「その点では嘘はない。あんたも雇われ秘書ってのは嘘だろ?」 とヤンセン。

「……ええ、嘘ね」とトゥルネン。「あなた達と同業ではないけど、わたしもこの屋敷に入り込んで内部を調べる仕事を受けた。危険性をほのめかされて銃と非常用の通信具を渡されたけど、からくり屋敷とは聞いていなかった。本当なんでしょうね?」

「俺たちは罠で殺されかけて、新しい犠牲者も出た……」

「犠牲者、まさか……」

 トゥルネンは改めて全員を見回した。 

「そうだ。一人足りないだろ。気持ちもいいもんじゃないが見てくれ」ファンタマは隣の部屋を指差した。

 トゥルネンは寝台に横たわるヘイゾルの遺体と椅子に付いた傷を目にしても、彼女は懐疑的だった。実際に罠の発動を目にしていないからだろう。

「本当に魔法罠なの?見た人はいないんでしょ。誰かに殺されたってことはない?この人たっぷり飲んでいたようだし」

「確かに酔ったせいで動きが鈍くなり逃げ遅れたんだろうが、扉を開けて入ってきた侵入者が相手ならそこで黙って刺されるはずもない」とファンタマ。

「傍に近寄ってすぐの発動はない。少し間があるんだ。椅子のしっかり体を預けた辺りで飛んでくる。たちが悪い」

「そう」トゥルネンはまだ彼らの言葉を信用はしていない。

「俺は同じ罠で殺されそうになったんだ!」ヤンセンがむきになりトゥルネンを睨みつける。

「あんた達、一度ここを出て外で話さないか。何か起こらないかと気が気じゃないだろ」トロイが二人の間に入り語り掛けた。

 トロイの案を受け入れ全員でヘイゾルの部屋を出て玄関へ向かう。もう、どこから何が飛んでくるかわからないため、全員で頭上や調度品に目を配り慎重に階段を降りた。玄関広間に到着し辺りを見回す。玄関広間は三階までの吹き抜けとなっている。玄関の上方に設けられた飾り窓から入る月明かりにより他よりいくらか明るい。

「早く出て行きましょう」

 トゥルネンが抜け出し一人玄関扉へと走っていった。

 鍵は取っ手の傍のつまみを回すと簡単に開錠できた。扉の取っ手は回るのだが二枚の両開き扉は一枚板のように前後に押してもびくともしない。

「どうなっているの?」

 トゥルネンの頭上で金属音が聞こえた。

「何?」 

 それは長年吊られていた天井が解放された音。天井は猛禽の羽のように音もなく落下し床に激突した。天井は轟音と共に木っ端と埃をまき散らせた。

「いきなり何よ⁉」

 強引に背面へと飛ばされ、尻を床に打ち付けられ転げたトゥルネンは怒声を上げた。巻き付くアラサラウスの拘束を解こうと暴れ激しくせき込む。

「落ち着け!前見てみろよ。ファンタマが助けなかったらあんたあれの下敷きになってたんだぞ」

 ヤンセンの声にトゥルネンは玄関前に目をやった。ついさっきまで立っていた場所が重厚な板で覆われている。彼女は天井板が落ちてきたのは目にしていなかった。いきなり腹と両腕を掴まれ後ろに引っ張られた。後ろに視線をやった時に轟音と埃まみれの風。それから尻からの着地だ。

 巻き付いていたアラサラウスが解かれ、トゥルネンはその場で立ち上がった。

「……ありがとう、あれも罠なの?」トゥルネンはファンタマに目をやった。

「だろうな」

 また、微かな物音が玄関広間に響いた。皆が何が来るかと警戒したが扉に貼り紙が現れただけの事だった。ファンタマが袖の一部を使い引き寄せる。こちらにも一文書いてある。


 中途半端で外に出ることは許さん。次へ向かえ。


「煽りやがる」とヤンセン。

「ビスケスがやっているの?何のつもり?」

「ビスケスはともかく、ここは君が言っていた通り元々からくり屋敷なんだ」とファンタマ。「ここを建てたのはアネット・オリゾンという魔導師だ。大トリキア公国の宮廷にいた時期があるくらいだ、腕はかなりものだろう。引退した後、集めていた美術品と共にここへやって来たとされている」

「されている?」

「オリゾンは屋敷に引きこもり、使い魔や動人形と暮らしていた。当時からここに招かれた者はいないんだ。食料や日用品を届けに来た業者はいるがオリゾン本人と会った者はいない。そして、彼が亡くなったと知らせを聞き、過去の知り合い達が訪れた時には屋敷はこの通りのもぬけの殻となっていた」

「まさか、使い魔がわたしたちを集めたってことはないでしょうね。罠にかけて楽しむために……」

「それはないと思う。必ず、人が介在しているはずだ」

「それなら、それならオリゾンか、ビスケス、他の誰かがこの状況を狙ってわたしたちを送り込んだ?」

「そういうことになるか」

「お偉いさんだって構うもんか。後で十分に教訓を与えてやるとして」ユッカが大きく咳払いをした。「それには仕掛けられた残りの罠を解除していく必要がありそうだね」

「それがこいつの求めだと思う」ファンタマは手元の紙切れを指差した。


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