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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 ラモリをいつまでも床に放置するわけにもいかず、遺体は彼にあてがわれた部屋に収められた。その後、改めて異形の蛇の捜索が行われたが、廊下に残された血の跡以外は何も発見することは出来なかった。

 全員で捜索や片付けなどを手伝っているうちに夜も更け、後は各自の部屋に戻ることで意見は一致した。ラモリの件は朝にここへ来る船に告げることになっている。当然現地の警察機関が入り込んでくることになる。ファンタマとしては目障りだが、人が亡くなっているため反対するわけにもいかない。だが、彼の行動は人一人死んだところで変わらない。サミ・ビスケスが何者であろうと「ヒッポグリフの帯」の行方は追うつもりだ。

 ファンタマ当人もこの屋敷にも惹かれている。アネット・オリゾンは集めた美術品と共にここに引きこもったはずなのだが、そのほとんどはまだ見つかっていない。あるとすれば終の棲家となったこの屋敷のはずなのだが、飾られている絵画や調度品は少なく、彼が価値ある品として認めたのは食事に使われた皿や銀器だけだ。警察が乗り込んでくるまでにある程度、屋敷の捜索を済ませておきたい。

 音が大きくならぬよう扉を開き廊下の様子を眺める。中央の階段から物音が聞こえた。音は近づいてはこない、遠ざかかり階下に降りていくようだ。誰が動いているのか。下に行くならトロイとユッカの夫婦か。この状況で仕事を続けるとは律儀なことだ。ファンタマも人のことは言えないが。

 十分に靴音が小さくなってからファンタマは廊下に出て左側へと向かった。鎖で閉ざされた階段を上がり三階の探索をするつもりだ。

 踊り場に立ち入ると階上で物音がした。他にも動いている者がいるのか。ビスケスの可能性に思い至り、音が静まるのを待つ。三階は当主の領域である。ビスケスが潜んでいても何の不思議もない。三階が無人でないのならそれなりの用心が必要だ。

 ファンタマは鎖の下を潜り抜け階段を登って行った。途中で身に着けているアラサラウスを操作し、姿をポロパイネンからトロイに変えておいた。変幻自在の衣であるため他の誰にでも化けることができる。今はトロイ姿が適当だろう。彼ならどこに現れても問題にはならない。

 三階も階下と同様の作りとなっていた。廊下を挟んで左右に部屋が配置されている。扉の数が少ないのは部屋の広さに違いがあるせいか。手前の部屋から確かめてみる。扉は閉まっているが心配はない。開錠はアラサラウスが担当する。細く伸びた袖口が鍵穴に侵入し開錠する。

 最初の部屋は客間となっていた。その向かい側も同様の家具の配置である。寝台と書き物机と椅子、箪笥と鏡だけで飾り気は全くない。アラサラウスの袖口で壁を探るが何もない。見えないのではなく本当にないようだ。向かい側の部屋も同じく何もなかった。




 隣は両開きの扉となっていた。縦に長い広間だが、この部屋に家具は置かれていない。天井から下がる照明もなく板張りの床を覆う絨毯もない。置かれているのは四体の鋼の剣を携えた板金鎧のみ、両手で剣を捧げ持つ形で置かれた鎧は窓側に二体、廊下側に二体である。部屋の反対側に向かうためには必ず鎧に囲まれることになる配置だ。

 実に嫌な雰囲気だ。魔導師の屋敷で黒い蛇を見た後である。意味ありげに置かれた鎧の間を歩くのは気が進まない。だが、それでは事が進まない。アラサラウスの加護を信じるのみだ。手前の向かい合う一対の間は何事もなく通り過ぎることができた。

 隣の部屋で物音がした。それを合図にするかのように鎧が動き出した。鎧たちは剣の切っ先をファンタマに向け突進してくる。ファンタマはアラサラウスの力を借り、鎧の囲みから素早く抜け出した。中心で剣が激しくぶつかり合い耳障りな金属音を立てる。剣の先にファンタマがいないことに気付いた鎧たちは、再度彼に斬りかかってきた。その動きにお互いを気にしている様子はない。ファンタマを狙い、むやみに剣を振り回し突きを入れてくる。仲間同士お互いが傷つくことなど考えていない。中身のいない鎧では威嚇も牽制も通用しない。実に面倒な相手だ。 袖で素材の板金に穴をあけることは出来るが、中身がいなくては効果はない。殴りつけて倒せば倒れるが、すぐに起き上がり向かってくる。きりがない。

 やむなくファンタマは撤退を決めた。両袖で鎧の相手をしつつ、伸ばした上着の裾で入り口の扉を開けた。そして、伸ばした裾と袖をばねに大きく後方に跳ね飛び室外へ転がり出た。幸い鎧たちは部屋の外までついて来ることはなかった。 それらは扉の敷居まで来ると何事もなかったように元の位置に戻っていった。

「今のうちに外へ出て!」 

 逃げ出した部屋の扉を閉めたところで女の怒鳴り声が聞こえた。

 声は向かい側の部屋から聞こえた。こちらも広間になっているようだ。開け放たれた薄暗い室内に大勢の人影が見える。四体の鎧とそれと対している本物のトロイと妻のユッカだ。左の二の腕を押さえトロイがユッカの後ろへ下がる。ユッカが必死の形相で両手のひらを床に向け抑え込む姿勢と取っている。彼女が魔法で鎧達を床に貼りつけているようだ。しかし、あの様子では長くはもたないだろう。

 ファンタマは両袖を伸ばし二人の胴に絡めた。少し乱暴だが仕方ない。すばやくこちらに引き寄せた。拘束を解かれた鎧が前へ殺到し、互いの防具を衝突させ剣を突きこみ振り回すがトロイ達もうそこには居ない。

 ファンタマはトロイ達を廊下に出てから速度を緩め、最終的には軽い尻もち程度の衝撃で床に着地させた。袖が解かれ目の前の扉が閉じられてようやくトロイ達は安堵した。

「ありがとう。ユッカ」トロイは床に座ったまま大きく息をついた。「助かった……」そして命の恩人を見上げて息をのんだ。自分がもう一人、目の前に立っていたのだから驚くのも無理もない。ファンタマもトロイとユッカの表情を見て自分の失敗に気が付いた。姿をポロパイネンに戻す前に行動を始めていた。ファンタマらしからぬ失敗だ。

「あぁ、……ここまでだな」ファンタマはため息をついた。

「危害を加えるつもりはない。俺はただこの屋敷の様子を見に来ただけだ」姿はそのままでトロイに告げた。

 夫婦とも表情は引きつっていたが頷きはした。

「そこの扉の裏にいるのは誰だ?隠れて聞いていないで出て来てくれ。こうなってはお互い話し合う必要がある」ファンタマは先の廊下に向かって言葉を投げた。

「こちらから行こうか」

 更に言葉を投げるとようやく広間の隣、廊下側の扉が開いた。鎧に襲われる直前に物音がした部屋だ。現れたのはポール・ヤンセンだった。

「俺はばれるようなことをしたか、それともカマかけに引っ掛かったのか?」とヤンセン。

「音が聞こえていた」

「なるほど……」

 ヤンセンが二人のトロイに目をやる。

「どうなっているんだ。これは……」

「本物は彼の方だ」ファンタマは姿をトロイからポロパイネンへと戻した。「俺は公にはファンタマと呼ばれている」

「……なるほど、あんたがそうなのか」ヤンセンが微笑む。トロイ夫妻も言葉の意味が分かったようで驚かず、むしろ安堵した様子だ。

 彼らに改めて説明はいらないようだ。全員同業もしくは近しい場所で働いているに違いない。便利な二つ名はこのような場で役に立つ。

「ポロパイネン本人が来るのは妙だと思っていたが、あんたが影武者でやって来たのか」

「ポロパイネンを知っているのか?」とファンタマ。

「あぁ、直に仕事を受けたことがある」

「そうだったか……それなら船ですでに」

「気が付いていた。まぁ、知らん顔をしていると思っていたよ。確かにお互い、あの場で旧交を温めるわけにいかないからな」 とヤンセン。

 これで船での妙な視線の意味が分かった。

「ここは一つお互いが知っている情報を擦り合わせてみないか。今置かれている状況を知りたい」 とファンタマ。

「そこを見てみろ。何にしても、俺たちが試されているのは確かだ」

 ヤンセンが指で示したのは閉じられた両開きの扉。そこにはさっきまでなかったはずの紙切れが張り付けられていた。白紙ではない。流麗な文字で言葉が書き添えられている。


 そこには鎧以外何も置いてはいない。無事出てこられたなら二度と近づくな。次を目指せ。


 意味不明だが、厄介ごとに巻き込まれたのは確実だ。

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