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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

最寄りの大木の上をコールドが登り周囲を観察した。相変わらず、見渡す限り濃い緑の絨毯と所々にむき出しになった岩肌が見受けられるだけで、人の営みの気配はない。


「大きめの鹿とか野豚かもしれん」降りてきたコールドは肩を落とした。


「たまには紛らわしいのもいるさ。気にすんな。それより奴らを追えば水ぐらいはありつけないか?方向次第だが」


「ありがとうよ、気を使ってくれて。水は賛成だ。うまくいけば肉も頂く」


 再び作業的な移動を開始する。方向が大きく北に外れない限り踏み分け路を辿ることにした。コールドが意識すれば移動の痕跡は容易に見ることができた。不自然に折れた茎にちぎれた葉、踏みつけられ傷ついた葉などが頻繁に目につく。


 一刻ほど歩いたころでベンソンが立ち止まった。


「何か足で引っ掛けたようだ。右だ。悪いが見てくれないか」


「罠か?」


「わからんが、何も反応がないところを見ると切断作動なのかもしれん、今はうかつに動けん」


「そのままじっとしてろ」


 コールドはベンソンの傍に慎重に近づき足元で片膝をついた。右脛辺りの下草を慎重に脇へよける。するとベンソンが察した通り足首の少し上に細い糸が現れた。明らかに自然物ではない。


「俺が糸の張りをそのままに止めておく。お前はゆっくりと足を後ろに引け」


「わかった。合図をくれ」


 コールドが袖口から取り出した小柄を地面に刺し糸を支えた。


「とりあえず、これで足は動かせる。足を引いてくれ。ゆっくりとな」


 ゆっくりとベンソンが後ずさり、コールドは速やかに下草や小枝を使い糸の張りがしばらく維持されるよう細工を施した。


「やっぱりお前が正しかったんだ。罠を張る鹿や豚がいるもんか」


「ここからはとっとと消えるのがよさそうだな」


「先方が許してくれたらな」ベンソンが軽くため息をついて首を振った。


「あぁ……何もないわけないか」


 二人の前後に樹上から三人ずつ降ってきた。降りてきた男女は全員濃緑色に染められた革鎧を身に着け、幅に広い鉢巻のような帯状の面を目に当てている。そのため目つきから表情は伺えない。全員着地次第携えた剣を構える。二人の次の動きに予断なく備えているようだ。他にもまだ樹上や木陰に潜んでいる者がいる。


 二人の目の前でまだ武器を出さず両手を腰に当てたままの男が一歩前に出た。この男は面を斜めに掛け右目は出している。目つきの鋭い禿げ頭の男、頭頂部はまで髪は無くなっているが眉は太く黒い。


「こんな山奥までよく来たな。何者か答えてもらおうか。正直にだ」


「なりは普通に見えないかもしれないが、ただの旅行者だ。道に迷って町に出るべく南東へ向かっている」ベンソンが説明役をかって出た。


「ただの旅行者がここまで元気にたどり着き、見つけた罠も適切な対処をしたというのか」


「俺たちには厄介ごとを乗り切る知識と力はあるだけの事だ。信じてくれ、今は西へ行きたいだけの旅行者だ」


「それならなぜ南にある山道を使わない。なぜ山深い森を歩く?」


「俺たちもそのつもりだったんだよ。それが騙されて追い回されて山の中さ」 とコールド。


「話が見えんが……」と男。


「道中で地元の住人に寺に住み着いた不審者の様子を確かめてくれと頼まれた。行ってみたら罠だった。張本人の化け物猿を斬り倒しはしたが、仲間に追い回されて奥まで迷い込んだ」


「それだけでここへ来るとは思えないが……」


「途中で踏み分け道を見つけた。鹿か豚なら水かうまくいけば肉にありつけるかと思ってね。それで後をつけてきた。着いたのがここだ」


 コールドは禿げ頭の男や傍に控える男女に微笑みかけたが効果はなかった。険しい口元はまるで緩まない。


「俺たちに敵意はない。放してもらえばこの土地からはとっとと出ていく。それで赦してもらえないか?」とベンソン。


「悪いが、今それはできない。武器は預からせてもらう」隠れていた仲間が樹上と木の陰から姿を現した。


「ついて来てもらおうか。水ならくれてやる」




 彼らが暮らす拠点に連行されてコールドは樹上からそれが発見できなかった理由が分かった。自然の洞窟を拠点として利用していたのだ。樹上から見えていた岩肌、その下に潜んでいたのだ。長い時をかけて山中を侵食し洞窟を形作った水は今も彼らの水源となっているようだ。

 

 複雑に枝分かれする洞窟の行き止まりの一つが牢となっていた。牢の前の天井も三ヶ所ほど天井に穴が開いている。頭がやっと通るぐらいでそこから抜け出すことはできそうにないが光は入り込んでくる。薄暗い森の中よりよほど過ごしやすそうだ。


 コールド達の居場所は太く頑丈な木材に金属の補強が入った格子の向こう側だ。入口はひどく狭く背は高い二人はそこに体を押し込むこととなった。水は言葉通り大きめの木鉢で出された。


「俺らは犬扱いか」


 そういいながらもコールドはきっちり水の半分は飲んだ。空になった鉢をでこぼこの床に置き前方に弾き飛ばす。鉢はいびつな床を跳ねまわり木の格子に当たって跳ねて転がりようやく止まった。

 

 物音を聞きつけた警備担当が二人が槍を手に牢の前にやって来た。コールドは警備担当の視線を感じながら、ひっくり返った鉢を元に戻し格子の傍に置き、奥へ戻り腰を下ろした。二人は軽く牢を点検した後去って行った。


「山賊にしては練度が高いか」コールドの頭蓋内にベンソンの声が響く。


 ベンソンは魔導着のフードを被り牢の奥で壁のもたれ掛かり座り込んでいる。フードで口元まで影となり体にも動きがないため眠っているようにも見える。


「あの手の連中が狙う標的は街道筋にしかいない。こんな山奥に陣取るのは移動の無駄になるだけだ」


「狙いは人や動物以外……」


「木や金銀、鉄辺りでもさなそうだ。木一本斬られていない」


「何が狙いだ?」 とコールド。


「狙いは無いと思う。ここで潜んでいること自体が目的だよ。連中はここに隠れて何かを誰かを守っているんだと思う」


「俺たちとしちゃ、奴らに関心も敵意もない。そしてここを売る気もない」


「そうだな。だが、それをわかってもらうのは難しそうだ」


「やりたくないが強行突破か」


「気が進まないが仕方ない」


「こんなことなら猿の仲間は残らず始末して西に直進するんだった」


「後悔先に立たずってな」


「後悔後を絶たずじゃなかったか」


「……それも間違いじゃないが格言じゃない」ベンソンは軽く口角を上げた。「とりあえず、ここを抜け出す段取りを考えよう」


 


 ここを抜けだす前にやらなければならないのはコールドの武器の回収である。武器の召喚能力を持ち合わせていないコールドはソウリュウを一つ一つ取り返すしかなく、一つも置いていくことはできない。それがなければ鍵を破壊し、ベンソンの浮遊力とコールドの跳躍力の組み合わせで数ある天井の穴の一つから出ていけばよいだけだ。


 夜が更けベンソンは細心の注意を払い偵察用の使い魔を呼び出した。小鳥ほどの大きさで目玉だけの蝙蝠といった姿である。小さな口がついているが目立たない。だが、すぐ先に警備担当が控え、入り口傍が月光によって照らし出されている状態では慎重さが必要である。ベンソンは意識を蝙蝠に乗せ傍の天井から出ていった。フードを被り壁にもたれる彼は相変わらずねているように見える。ベンソンの使い魔召喚及び使役の腕はかなりのものなのだが、奇妙な妖魔を連れ歩くわけにはいかず結局拳銃を多用することとなっている。


 天井に空いた穴の上から、何カ所か覗いてみたところ常時見張りが置かれた場所は多くはない。コールド達がいる牢に続く通路とあと一か所だ。他は定期的な巡回と思われる。


 無言と不動の一刻が過ぎベンソンがもどってきた。深い息をつき、フードを外した。疲れが表情に現れている。コールドはベンソンが落ち着き言葉を発するのを待った。


「座ってばかりじゃ尻が痛くなる」


 ベンソンは一度立ち上がり膝と腰の屈伸を繰り返した後また壁を背に座り込んだ。


「天井が低くて十分に伸びもできないからな」


「お前はよくそんなところで寝転んでいられるな」


「硬いが虫が寄ってこない分案外楽かもしれない」


「ふん」


「とりあえず、一通り見物してきた」ベンソンはフードを被りなおし、音声をコールドの聴覚に送り込んだ。


「ご苦労さん」コールドも同様に発音を控えた。


「ここまで来る時の様子は憶えているか」


「入り口から短い通路を通り、その先に広間があった。そこを中心に枝分かれした通路の一つがここに通じている」


「その通り。広間とそれを中心に何本もの通路の先にある小部屋で構成されている。昼間はともかく今の時間に広間には誰もいない。警備はいるが皆奥に引っ込んでいる。定期的に巡回しているが頻繁じゃなさそうだ」


「それならここに入れられてすぐに考えたあの計画が使えそうか」


「ソウリュウ次第だな」とベンソン。


「悪いな。あいつらが召喚に応じてくれればいいんだが、いまだに話がつかないんだ」


「まぁ、何とかなるさ。ソウリュウを台所で使ってるとか寝台の下に隠してることはないだろう。恐らく武器倉庫にまとめておいてあるはずだ」


「それだと助かるんだが」


「やつら馬鹿じゃなさそうだ。それなら然るべき管理がなされてるはずだ」


「そう願うよ」


 相手が然るべき魔器の管理ができるなら、ソウリュウの置き場所は容易に特定できるかもしれない。逆だとソウリュウの呪いでひと騒ぎ起こりかねない。ベンソンの言葉があってもコールドの気は落ち着かない。相手の練度を頼りにするなど皮肉な話だ。

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