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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 フレアは調査に際して必要になりそうな荷物を整え、マココから聞かされた辺りへと赴いた。カルボ町と呼ばれて旧市街側の工房区と商店がいり混じる一帯だ。この付近でマココを追い回していたサウルという男が奇声と共に姿を消したらしい。

 辺りは込み入った路地となっており、建物の裏も表も物置代わりとなり雑然としている。彼女によるとあまり雰囲気のよい場所ではないが、近道に使う者が多いらしい。フレアが東に行く時に使っている込み入った路地よりは遥かに見栄えは良い。あの辺りにはエリオットが内通者を紛れ込ませ、人の出入りを観察させているという。


 路地を歩き屋根の上から付近を眺める。人気が感じられる建物を覗いてみる。多くは工房や小規模の店舗、倉庫である。怪しげな留守番達がカードに興じている閉店中の雑貨屋や、何者かが無断で住み着いている空き家なども見つかったが見逃すことにした。


 匂いに関しても同様だ。ごみ箱からの匂いはどこでも同じだ。不審な物を扱っている様子はない。肉の匂いもしたが、どれも人以外で調理済みで問題なしだ。灰の匂いも感じられ定期的に焼却もされているようだ。人由来となるのは所謂、生活臭と外に置かれた素材の匂いばかりだ。通りに漂うのもこの辺り訪れる人のばかりで、危険な獣や同族の気配はない。 死を思い起こす匂いもない。


 人さらいがいるなら拠点はどこにあるのか?


 大人数を閉じ込めるならここより港だろう。巨大な倉庫があり動かすことができる檻となる船も泊めておける。ここでさらって別の場所で閉じ込めておけばよいが理由は何か。金のためか。マココを追い回していたサウルなら身代金は取れるだろう。警備隊士や探偵は巻き込まれたか、しかし、何の要求もなく放置されているのは腑に落ちない。多くの失踪者は使用人や職人で、気の毒だが金にはならないだろう。どう繋がるのか。



 クワグラとダンテを見送った後に失踪事件が頻発している地区について署内を聞いて回った。ようやく聞き出せたのがカルボ町という名だった。個別の事情聴取は所轄署に任せ、二人はそちらに行くことにした。もし、不審者がいるなら姫の力が役に立つかもしれない。

「この辺りって旧市街なのに新市街と雰囲気そっくりだよ」鉄馬車を降りたアトソンが呟いた。

「真似したからだよ」ユーステッドが答える。

「新市街が……」

「旧市街だ」

「こっちの方が古いんだよな」

「街全体としてはな」とユーステッド。「ローズが塔を建設するために人を集めた。それが新市街の始まりだ。それは知ってるな」

「それぐらいなら俺も知ってる」

「塔の建設が終わって仕事にあぶれるものが出てきた。目ざとい奴があぶれた連中を雇って安値で日用品を作って旧市街へも流し始めた。他の奴もそれを真似し始めた。とりあえず家と飯を渡しときゃ安い給金でも人は集まったそうだ。

 当時この辺りも貧民街だった、そんな住民達にも新しい工場の話が届いて来た。給金が安いとは言っても旧市街と比べての話で、それに加えて雨露がしのげる家と食事が付いてくるとなれば考える必要もない。多くの住人が新市街へと出て行った。

 困ったのはそんな住人たちを安値でこき使っていた連中だ。彼らがいなければ自分たちもやっていけない。住人たちが出て行って新参者もあちらに吸われてしまうなら目も当てられない。後ろにいるのは地元のごろつきと吸血鬼で力でも太刀打ちできない。やむなく出て行った者を取り戻すため、小綺麗な集合住宅を建てて待遇の改善を始めたそうだよ。後はお互いその繰り返し、皮肉な街の発展のお話だ」

「面白い話だな。物知りなんだな」

「ふん、俺の家はこれでも騎士の血筋なんだ。爵位とはとんと縁はないがな。それで子供の頃から読み書きとか習い事をやらされたよ。ちゃんと学校にも通っている」

「まぁ、いいんじゃないか。ほめてるんだよ。俺がそれを本格的にやったのは討伐隊に入ってからだよ……」

 アトソンは黙り込みこめかみに軽く手を当てた。

「……あぁ、姫の答えが来たよ。あっちだ」アトソンは港の方角を指差した。「フレア・ランドールと他に大勢いる。あと海の生き物……もいる。皆混乱状態のようだ」

「混乱……喧嘩騒ぎでも起こしているのか。……とりあえず行ってみよう。暴れるているようなら取り押さえるまでだ」




 これまで目立った成果は上がってはいない。フレアは一度息をついた。陽が落ちないうちに引き上げ、仕切り直しが得策か。範囲が広がってなお、やみくもにのぞき込むだけでは埒が明かない。


 ふと、足元で何かが動いた。


 周囲に目をやる。雑然とした路地に変わりはない。しかし、何かが潜んでいる。人が魔法や隠れ蓑で姿を消しているわけではない。もっと大きく得体がしれない。風に乗り腐敗臭が漂ってきた。潮混じりの運河の匂いも含まれているように思う。


 どこから漂ってきたのか。路地の脇に長方形の穴が開いており錬鉄の格子で塞がれている。そこから漂い出しているようだ。また何かが動いた。周囲を警戒しながら路面に片膝をつき手を当てる。何かがのたうつ脈動だ。以前のような蜘蛛集まりではなく、遥かに大きく柔らかく奇妙だ。


「お前も見つけたか。さすがにローズがこれと見込んだだけはある」


 落ち着いた女の声に立ち上がり、体を声が聞こえた方向へ向ける。


「いつからそこにいました?」


 視線の先には全身白白ずくめ、瞳と同じ蒼い石が入った首飾りと腕輪を身に着けているアイラ・ホワイトと、相変わらず赤く派手な衣装のアイリーンの母娘が立っていた。 いつからいたのか、こちらは何も捕らえることは出来なかった。


「ついさっきからだ。気にするな」


「本当だぞ」アイリーンが言葉を副える。


 ここが旧市街の港の近くとなれば、この二人が現れても不思議ではない。だが、あまり会いたくはなかった。ローズと多くが被り似通ったように見えるホワイトだが、何かが徹底的に違う。それがフレアには合わないのだ。どうにも苦手な相手だ。


「何がいるか、ご存じですか」


「わからん。この地下に何かがいるのは確かだがひどく混沌としている。いくつもの意識が、多数の薄れた人の意識も感じられるが、もはや制御を失い何者でもなくなっている」とホワイト。


「それが地下に……この地下はどうなってるんです?」


「地下下水道だ。皇宮から市街へ、そしてガ・マレ運河まで繋がる古くからある排水路だ。有事の脱出路でもあった大下水道網だ。ローズが姿を現すまでは、この辺りが帝都の辺縁部だった。流すはよいが出口がないと困る。だから、かつては貧民街であっても地下は開発された」


「それならばそいつは運河から入ってきたのかも知れませんね」


 アイリーンは錬鉄の格子とホワイトに目を往復させた。


「いつのことだと思いますか?」


「あれは前の大雨から二日ほど経ってからだったかな……」とホワイト。


「はい、お母様」


「何か現れたような気がしてな。我らも探っておったのだ」


 ホワイトはアイリーンに目をやり、彼女はホワイトにうなずいた。 


「では、我らはこれで暇するとしよう」


「暇ってどこへ行くつもり?」


「邪魔者が来るのだ。仕方ない」とアイリーン。


「フレア、地下へ降りるつもりならくれぐれも用心することだ」ホワイトの顔に笑みはなく真剣そのものだ。「もし相手が人の姿を持っていても、最早それは何者でもない。せめて供養のつもり屠るようにせい。無理なようならためらわず逃げよ。お前がこの地で消え失せたとなれば、ローズが困るだろうからな」


 ホワイトはそれだけ告げるとアイリーンと共にフレアの前から姿を消した。再び気配の主の居所を探るべく路面に跪き手を当ててみる。その動きは緩慢で少し港側に移動しただけだ。巨大なものが身を擦りつけ這うような振動を感じる。


 あの二人を多少でもあてにできるかと思ったがそうは行かなかった。気まぐれな二人連れだ。一人で後を追うしかなさそうだ。道中では目印のように潮混じりの腐臭が漂っている。これは何かの呼気か。それとも何かの移動にもともない下水道から排出された臭気か。


 そろそろ何かに追いついたはずだ。足元の地下にいるはずだ。何かが盛んに震えるのを感じられる。そこの錬鉄の格子を外せば地下に降りられそうだが、あまり迂闊なことはできない。地下にいる何かは思いのほか巨大だ。


 重いはずの錬鉄の格子が鋭い金属音を響かせ、木の葉のように舞い上がった。有り余る力で格子を弾き飛ばしたのはフレアの胴回りほどの太さを持つ触手だった。濃い紫色の肌で無数の歯を持つ吸盤で覆われている。帆船を襲うほどに巨大な蛸の話を聞いたことはある。それが海から市街に入り込んできたのか。


 下水道とつながる穴から飛び出した触手は迷わずフレアに向かってきた。足元を狙い、鞭のように迫る触手をフレアは渾身の力を込めで踏みつけた。普通の生き物なら簡単に肉塊に変わるところだが、それは思いのほか頑丈だ。屈強な筋肉の塊のようだ。それはフレアの力により弾けちぎれそうになりながらも、組織をすぐさま修復し再びフレアに向かってくる。 再生力も並ではない。


 何を頼りにしているのか触手は巧みにフレアに吸盤で食いつこうと狙ってくる。痛みを感じているはずだ。フレアの攻撃で損傷を受け、修復の際には動きが鈍るようだ。しかし、それは一瞬のことで一か所を集中的に殴りつけることができても、素手では壊滅的な損傷を与えることは難しい。このままではいずれこちらが追い込まれる。何か武器が必要だ。


 いい物が目に入った。フレアは触手の攻撃をかわしつつ、路地に転がる錬鉄の格子を拾い上げた。格子で殴りつけ路地でねじ伏せ、格子利用し上から触手を踏みつける。触手は格子によって断裂された。これは使える。断裂した触手を穴の反対側に蹴り飛ばす。先端が欠けのたうち回る触手が地下に退き、替わりの触手が現れた。扱いは同じこと鉄格子を使いぶつ切りの断片に変えるだけだ。それを繰り返す。


「そこで何をしている!」馴染みのある男の声が聞こえた。


「見てわからない?大蛸のみじん切りよ」


  視線を移さなくとも相手の察しは付く。今は触手の相手だけで手いっぱいだ。ほどなく、魔物の気配は去り、紫の断片は動きを止め、潮混じりの異臭だけが残った。


 やってきたのは特化隊のアトソンとユーステッドだった。自慢の武器を手にしてぶつ切りの触手を眺めている。ホワイトが引き上げたのは彼らと遭う面倒を避けるためだったのだろう。


「何があったか詳しく聞かせてもらおうか」とユーステッド。


「かまわないけど、その前に地下を封鎖した方がいいわ。とんでもない化け物が潜んでる」フレアは路地に転がる触手の断片を指差した。



 フレアの証言で旧市街の地下下水道は緊急封鎖された。フレアはその場で追い返されることになったが不満はなかった。呑気に警備隊にかまっている暇はない。大急ぎで帰宅し体勢を立て直す必要がある。あの化け物を倒すには相応な武器が必要だ。そしておそらく、いや、間違いなくローズの力が必要になるだろう。


 今夜は長くなるかもしれない。フレアは特化隊の二人から目につかない位置まで来ると全力で走り出した。

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