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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 姫が「珠」という言葉に興味を示したことで、アトソンはストリッドとの会見で耳にした情報を念のため隊長のフィル・オ・ウィンに上げておいた。ほどなく、相棒のユーステッドから魔法院へ出向くよう連絡が入った。そして二人でラン・ディアスの元で珠についての簡単な講義を受けた。簡単なのは作られた当時の資料が残っていないためだ。


「まったく、ヴァーディゴってのはどうにも荒っぽいんだな 」これが珠についてアトソンが抱いた率直な感想だ。


 魔法院玄関の階段を急ぎ足で降りる。今日もいろいろと忙しい。 


 珠は今は亡き国家ヴァーディゴが作り出した魔法遺物の一つらしい。造物と呼ばれる類の人造生体の核として作り出された。核本体は魔法耐性が強く、頑強な構造体の中に収められている。形が卵に似た楕円形でそのため珠と呼ばれたのだろう。


「人造生体のために作られたが、出来合いの体でもいい。生死問わず生き物の体なら何でもいい。珠を受け入れることにより狼人を遥かに上回る回復力を得ることができる。どこでおかしくなったんだ」


 鉄馬車は車止めの外れに置いてある。まだ距離はある 。


「回復力以外は人並みのままだ」とユーステッド。


「あのフレアのような馬鹿力が得られるわけじゃない。身体の自体の強度や動きも力も人のままだ。大怪我をしても急回復はするんだろうが、その負荷は穏やかなものじゃないはずだ」


「その辺の加護が必要だったってことか」


「そうだな。回復の負荷で立ってられないなんて本末転倒もいいところだ。結局失敗作だったんだろうな」


「それが船に積まれていた……かもしれない」とアストン。


 黒塗りの鉄馬車へと到着する。アトソンは御者席へ乗るたびに考える。生きた馬と機械の馬どちらが扱いやすいのか。少なくとも機械相手ならご機嫌取りの必要はない。


「そういえば、何で売主は珠の名前を知ってたんだろ」操作盤にアトソンが手のひらを押し当てる。それに反応し鉄馬が目覚める。


「お前は姫の名前はなぜ知ってた?」


「姫から聞いた」


「それと同じだと思う」


「精霊が憑いているか」ほどなく馬車は前に進みだした。


「だろうな」


 サルモ・ラネは助けられた時に珠を所持していたか。その可能性は低そうだった。彼らを救助に当たった船の関係者によると、助けられたラネを含めた他の客や船員たちは着の身着のままで浮かんでいた木箱などにしがみついていた。何も船には持ち込まれていない。病院へ連れて行く前に訪れたこの船会社でも同様だ。荷物は濡れた衣服のみだった。途中で他にはどこにも立ち寄ってはいない。体を冷やさないように船で服を脱がせて着替えさせたため、それは確実だという。


「そいつも他の荷物と一緒に海に沈んだか?」とユーステッド。


「それだと俺たちとしては不幸中の幸いか」とアトソン。


「お前の知り合いの宝石商に気の毒だがな」


「まさか、サルモが珠を体に取り込んでいるってことはないよな」


 アトソンの不気味な思い付きにユーステッドは顔をしかめ、正教徒第一病院へ急行した。


 幸い救助された船員たちに関わった医師とはすぐに会うことができた。彼の遅めの昼食を邪魔しつつ、サルモが運び込まれた時の状態を聞く。


「あぁ、あの青年ね、肩と脚に太もも、それと腕に打ち身があったね」コジルと名乗った医師は真っ赤なスープをスプーンですくった。


「揺れる船から逃げる時にぶつけたらしい。他は塩水で皮膚がふやけていた。それぐらいかな」


 ちぎったパンをスープに浸けからて口に入れる。


「救助に当たった船のおかげだね。海から上げてすぐに服を脱がせ、水を拭きとり陸で我々を待つ間も暖を取らせていた。おかげでこちらに来た時はかなり落ち着いていた」


「その時の打ち身は帰る頃には治ってましたか?」とアトソン。


「一日二日で治るもんか」


「見たんですか?」ユーステッドが尋ねる。


「もちろんだよ。海の水というのは君らが思っているより危険なんだ。体に何が入って来るかわからない。一通り様子を診たが大した変化はなかった。いい方にも悪い方にもね。それで何か不具合があればすぐに来るようにいい聞かせて他の船員たちと一緒に返したよ」


 サルモが珠を取り込んだという説は無視でよいだろう。打ち身さえ治らないならようなら生身と考えてよい。



「結局、サルモと珠は関係ない。姿を消したのは別の理由がある。それでいいのかな」


 アトソンは馬車を街路の端に寄せて止め呟いた。


 左側に見える店の看板を今一度確認する。宝飾品買い取り販売「ストリッド宝石店」とある。間違いない。


「珠に囚われたわけではなく、彼自身の意志で消えた。言いにくいなら俺が言ってやろうか」 とユーステッド。


「俺が話すよ」とアトソン。「気の毒だけど、普通の家出人探しには関われないことも告げておく」


「それでいい。冷たいように思われても、持ち場というのがあるからな」


 二人が馬車から降りるやいなや、店の扉が開きボーン・ストリッドが飛び出してきた。


「こんにちは、アトソンさん。わざわざありがとうございます」


 二人に頭を下げつつユーステッドに目をやる。


「こちらは同僚のジェイスン・ユーステッドです」アトソンは慌ててストリッドを手で示す。


「ユーズテッド、こちらが情報提供者のボーン・ストリッドさん」


 アトソンはストリッドからただならぬ混乱と恐怖を感じ取った。先日会った時の心痛とはまるで別物だ。


「ストリッドさん何かありましたか?」


「あぁ、アトソンさん、さっき警備隊の方が来られて、サルモの失踪が現在続発している行方不明案件に含まれる恐れがあると聞きました」


「どういうことですか?」


「あの雨の日以降、特に理由もなく姿を消す旧市街の住人が増えているようなのです。そこでと、サルモが消えた時の状況を聞かれました。何が起こっているのでしょうか」


「アトソン、前言撤回だ。警備隊に事情を聴きに行く」ユーステッドの声がアトソンの頭蓋に響いた。



 ストリッドの元を訪ねたのは港湾第三分署の隊士だった。彼から聞かされた二人の隊士の名を頼りに署内を駆け回り、外出する直前で引き留めることに成功した。再び自分の席に戻ることになった隊士クワグラと、その相棒ダンテは不満を隠せないようだった。行方不明者の捜索になぜ呼びもしない特化隊が首を突っ込んでくるのか。


「先ほど、あなた方が訪ねた宝石商のストリッド氏に、こちらも同様の相談を受けていたのです」ユーステッドは努めて穏やかに二人に告げた。


「自分たちが知らずに禁制品を持ち込もうとしたのかもしれないと、これはままある事です。良い調度品、工芸品と思い買い求めた物が呪われていた。そんな時のために我々がいる」


 アトソンとしては聞き飽きた前口上だ。前の二人も同様のようだ。その先を聞きたがっている。 それを察してユーステッドはこれまでのあらましを二人の隊士に話して聞かせた。


「件の工芸品と関りがあるのが、あなた方も行方を捜してるサルモ・ラネという使用人なのです」


「そちらはその使用人と他の失踪もその工芸品が絡んでいるとお思いですか?しかし、それはもう港の底に沈んでいるのかもしれないのでしょう」座ったままクワグラが尋ねる。


「そうかもしれません。ですが、偶然って言葉は嫌いでして、目の前にある疑問は徹底的に潰しておきたいのです。あなた方もそうではないですか」


「なるほど……」


 クワグラとダンテもとりあえず納得したようだ。クワグラがダンテに目をやる。ダンテが頷く。


「どのあたりからお話しましょうか?」クワグラの席の傍に立つダンテが尋ねた。 


 同僚のエリン・エブリーを思わせる褐色の肌と黒い髪の女、ただし派手な制服は着ていない。


「あなた方がなぜ失踪事件が続発という説に至ったかについて辺りからお願いします」 ユーステッドが尋ねる。


「発端は銀行家ハリモ・トカイチョ氏の次男サウル氏の失踪からです」ダンテが答える。


「ハリモ氏は使用人や周囲の人々から息子のサウル氏の動きに不審ありとの連絡を受けました。サウル氏はハリモ氏が重役を務める銀行で行員として働いています。そのこともあって大事を取りハリモ氏は息子の動向を探ることにした。ユニクという探偵を雇い、身辺調査の末にサリシュ通りの飲食店で働く女の元に通っていることを突き止めました。幸い、使い込みなどはなく、店で払う金は銀行からの給金のみだったようで、ハリモ氏も息子への処分は説教のみで済ませました。 しかし、サウル氏は店通いを止めず、ますます女に熱を入れる始末でした。

 失踪当日、探偵のユニクはサウル氏にまかれ行方を見失ってしまいます。先回りし女の店に向かいますが現れていませんでした。女の方は出勤途中、サウル氏に追われたことを認めています。途中で彼が奇声を上げ騒ぎ出したので怖くなって逃げ出し、大通りまで全力で走り近隣の店舗に逃げ込み、そこからそこの店員に店の近くまで送ってもらったそうです」


「どこの店です。逃げ込んだのは?」


「インフレイムスというお菓子屋です」


「あの店ね。続けてください」 とユーステッド。


 行ったことはないが、菓子はたまに口にする。隊長のオ・ウィン御用達の店だ。


「次に消えたのは探偵のユニクです。ハリモ氏は彼に引き続きサウル氏の捜索を依頼しましたが、ほどなく彼も消え失せました。そこでハリモ氏から我々に通報がありました。我々も事件性を感じ捜査に乗り出しました。彼が絡んだ女やその兄もあまり好ましい人物ではありませんでしたし」


「ユニクがサウル氏をさらった。もしくはその兄がユニク、サウル氏と共にさらった可能性は?危ない男の妹なんでしょう」とユーステッド。


「それも考えました、もう彼らがいない可能性も含めて。それから念のため、身元不明の遺体や家出人などの情報と照合していると、クワグラが前日の嵐以降に行方不明者が妙な増え方をしていることに気づきました」


 ダンテが椅子に腰かけているクワグラを手で示す。中背だが腹回りは少し大きめだ。


「その消え方も荷物を纏めての家出や夜逃げではなく、仕事の配達中にいなくなる、普通に帰宅した後に次の日に来ないなどです」とクワグラ。


「心配した雇い主や友人家族から届け出ています。その中の大半がサウル氏が消えたと思わしき辺りに立ち入っている形跡があります」 ダンテが付け加える。


「それで私たちは似たような届け出を出していたストリッド氏にラネ氏の行動を訪ねに行った次第です。ではこれぐらいで失礼します。後何件も回らないとなりません」


 クワグラが立ち上がった。ダンテも部屋の出入り口に体を向けた。ユーステッドとアトソンは二人を静かに見送った。まだ、手は引けそうにない。何かが起こっていそうだ。

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