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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

 休日、友人のエイシの店に訪れたジェイミー・アトソンはすぐさま奥の個室へ案内された。わざわざ、前日に来店時間の念押しの連絡が来たのはこのせいだろう。


 部屋の入り口にはエイシが立ち、テーブルには以前の事件で知り合ったネイサン・マグディプが座っていた。彼は旧市街で人材派遣業を営んでいる。以前成り行きから彼を狙う窃盗団を捕らえたことがある。対面に座る人物はマグディプと同年配の痩せた男、身なりはよいがひどく落ち込んでいる様子だ。


 アトソンはエイシを無言で手招きをした。少し離れた場所まで連れて行く。


「何のつもりだ。俺は私業の探偵でもなんでも屋でもない。魔導騎士団の隊士で魔法犯罪と禁制品の取り締まりが仕事で雇い主は国だ。それは前にも説明したよな」


 マグディプの屋敷を狙った盗賊団は首尾よく捕らえることができ、警備隊からは謝意が届いたものの、上司のオ・ウィンと相棒のユーステッドからは小一時間に渡る説教を食らうことになった。それだけで済んでよかったなとビンチとフィックスには大笑いをされた。確かに説教だけで済んだのだから、処分としては軽いだろう。だが、次はどうなるかわからない。


「わかってるよ。とにかく話聞いてみてくれ。ただの人探し以上のヤバさを感じるんだよ」アトソンに向かい両手を合わせる。


「本当だろうな?」


「お前相手に嘘はつかんよ」


エイシから紹介された初対面の男はマグディプの友人のボーン・ストリッドという宝石商だ。旧市街で店を開いている。エイシとマグディプは先の事件以降も付き合いがあるようだ。マグディプは一人であるいは家族や友人を連れこの店に訪れている。今回はストリッドの使用人の失踪についての相談らしい。


 エイシが場を去り、アトソンが席に着きストリッドが話し始めた。


「いなくなってしまったのはサルモ・ラネという使用人です。働き者のよい若者です」


「何か原因に思い当たることはありますか?」


「気落ちしていたのは確かでしょう。高価な商品を無くしたと悩んでいました」


「どういうことですか?」


「数日前の夜に港の沖で起きた貨物船の沈没事故です。サルモはあの船に乗り合わせていたのです。幸いにも大した怪我もなく助けられたのですが、任せていた荷を失ったことを悔やんでいました。荷物を船倉に預けなければ、逃げる際に持ち出せたのになどいろいろと嘆いておりました。しかし、それは私が指示したことなのです。サルモには落ち度はなく、私達が別れて帰らなければならなくなったのは向こうの段取りの悪さと私の都合です」


「責任感の強い人なのですね」


「はい、家の使用人から始めた男なのですが、どんな雑用でも真剣にこなしておりました。最近は店の仕事も覚えさせ、今回の仕入れにも同行させたのですが……残念なことに……私は彼に無理をさせたのでしょうか」


 ストリッドは泣き出さんばかりに声を震わせ顔を伏せ黙り込んだ。これと見込んでいた使用人が消えたのは気の毒だとは思うが、彼の悩みを解消するのは警備隊か精神面が専門の医師が適切なようだ。アトソンとしては断らざるを得ないだろう。


「……ストリッドさん」


「ボーン!思い出してくれ」マグティブがアトソンの言葉を遮った。「確かにサルモは失うには惜しい若者だ。だから、だからこそ話すことがあるだろう。なぜ彼に来てもらうことになった」


「あぁ、そうだった。けど、いいのか?あんな話」とストリッド。


「かまわないと思う。むしろ、そっちの方がアトソンさんの本業だ」


「何です?」アトソンは尋ねた。展開が変わってきたようだ。


「アトソンさんならご存じでしょうが、宝石や美術品の中には曰く付きとされるものがあります。大抵は作り話か不幸な偶然の積み重ねですが、ごく一部は本当に何かが憑いている。そして、そんな品物は不適切な扱いをすると呪われる。そうですよね」とマグディプ。


「そんなところです」


 そうは言ったもののアトソンもそれほど詳しいわけではない。


「まさかサルモが禁制品に関わっていた。……いや、持って帰ろうとした荷物が禁制品に当たるような品だったとお思いですか?」


「私にはわからんのです。しかし、今考えればサルモがあの「珠」に接する様子はどこかおかしかったような気もします」とストリッド。


 ずっと無関心だった姫が「珠」という言葉に僅かに反応した。


「あなたはそれに対して何も感じなかったのですか」


「商品としての価値以外は何も感じませんでした。どこか変に冷めてしまっていているんです」

ストリッドは自嘲気味な笑みを浮かべた。


「それに父から譲り受けたお守りも身に着けています。そのおかげかおかしな物に囚われたことはありません」


 姫もそれを認めた。ストリッドが身に着けているのは安物の石を小綺麗に磨いただけの偽物ではない。内包した精霊が彼を守っている本物だ。


「その珠というのはどのような物ですか?」アトソンも気になってきた。


「今回近東で仕入れてきた金細工の一つです。金の輝きはくすんでいましたが工房で磨きなおせばよいだろうと購入しました。卵型の燐灰石を中心にそれを支える金細工の台座が付いてます。大きな青紫の卵の置物と考えればよいでしょう」


 姫に心当たりがあるようだ。アトソンは妙な悔しさを感じた。エイシの判断に間違いはなかった。サルモはもとより「珠」の行方と来歴も追う必要がありそうだ。





 エリオットが職場に復帰し東の地区に日常が戻ると、それを待っていたかのように顔役の一人パーシー・カッピネンからフレアに連絡が入った。申し訳ないが会ってやってほしい奴がいる。近くまで行かせるので話を聞いてやってほしいとのことだった。カッピネン本人も出向き同席するという。


 時間の余裕はあったため承諾し、昼過ぎに塔まで来るように言っておいた。一階の応接間の時計の鐘が鳴り終わってからほどなくして玄関の呼鈴がなった。対応に出ると玄関のすぐ外にカッピネンが立っていた。隣に細身で目つきの鋭い男が立っていた。髪はごく短い金髪である。そして、その隣に一度会った記憶のある女が立っていた。派手な身なりに手の込んだ髪型、数日前にインフレイムスの裏口に飛び込んできたマココである。


「……あなた、また会ったわね。ここまで配達?遠くまで大変ね」マココもフレアの顔は憶えていたようだ。


「おい、この人は……」隣の男の目が泳ぐ。


「お菓子屋さんの女の子でしょ。この前はお店まで送ってもらったわ。いいお店よね」


「お前、もうそこまで世話になってたのか。先に言ってくれよ」


「兄さん、何言ってるの?」 とマココ。


「お前、ここがどこか知ってるよな?」


「もちろん、有名だもの。アクシール・ローズの塔でしょ」


「じゃぁ、塔の中から出てきたこのお人が誰か想像はつくだろ?」


「へっ?」


 フレアは大きな騒ぎにならぬよう三人を塔内に招き入れた。男はマココの兄でイライジャと名乗った。カッピネンとは同郷で彼の旧市街での仕事を手伝っている。フレアの顔を知っていたのは、その姿を遠巻きに目にしたことがある為だ。


 兄妹喧嘩になりそうなところをなだめ椅子座らせた。茶を出すころには二人とも落ち着いていた。


「先日は妹が危ないところを助けて頂いてありがとうございます」とイライジャ。マココも神妙な顔で頭を下げる。


「あぁいうことはいつものことだから気にしないで……」フレアは微笑んだ。


「その後はどうなってます。あいつはまだ、マココさんに付きまとってます?」


 マココがわざわざ顔を見せているのなら要件はそちらにありそうだ。


「あの日以来店にも来ていないようです。それどころか、あいつはあの日家を出たきり戻っていないようなんです。消え失せてます」 イライジャが答える。


「消え失せた?」


「はい。あの日、マココを追い回してからどこに行ったのか行方知れずです。心配した奴の家族が警備隊や探偵に手を回して方々探し回っているようです。最後に会っただろうと警備隊がマココにもしつこくまとわりついて来てます。つまらない奴でも貴族だから面倒で仕方ないですよ」


「いい迷惑ね」


「まったくです。一応こちらでも知り合いに奴の行方を知らないか聞いてみたんですが、反応なしです。他でも何かやらかして連れて行かれたというのもないようです」


「自分から消えた?それならわたしの出番はなさそうだけど……」とフレア。


「消えたのはそいつだけじゃないんです」カッピネンが声を上げる。


「俺もイライジャから相談を受けて調べてみたんです。先方の言いがかりだと困りますからね。それなら相応の対応が必要になる。確かにそいつが消えたのは本当で家族も行方を必死になって探しているようです。

 それから付き合いのある旦那によると奴の捜索に加わった隊士と雇われた探偵も姿を消しているようです。それとあの雨の日を境に家出人も増えているそうです。姿の消し方も先だっての狼人の時と一緒です。どうにも薄気味悪くなってきたんで、この二人を連れてやって来た次第です」


「ありがとう、助かるわ。その人に注意は促しておいた?」 カッピネンの懸念に誤りはないようだ。


「はい、失うのは惜しい人ですから」


「取り越し苦労だといいんでけど、そうならないことが多いのが困ったものよ」


 帝都に迷い込んだ同族に魔導書、共に騒ぎが目立たないうちに解決は出来た。今回も胸騒ぎで済みそうにない。少なくとも、ローズの耳は入れておいた方がいいだろう。

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