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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 別動隊として動いていたカーク・パメットとロバート・トゥルージルは、今回の取引に港を拠点とする「カトラズ海運」が関わっていることを突き止めた。貨物船への強襲によりこちらにいる従業員の逃走が危惧されたが、会社側にはその情報は伝わっておらずことなくを得た。事務所内には警備隊と共に難なく突入できたが、社長のカトラズとその部下がいた会議室はひどく荒れていた。


 カトラズ海運の事務所では警備隊による捜索が始まり、カトラズ並びにカトラズ海運の従業員達は最寄りの所轄署へ連行された。拘束を解こうと暴れる者もいたが、大半は素直に従い出て行った。パメット、トゥルージルも彼らに同行し所轄署へ向かった。


「社長のアウル・カトラズによると二階での会議中に侵入してきたのはコナ・カイゼ、今回の取引の客です」これまで得られた情報をまとめ、パメットは取調室の外で送信する。


「カイゼが化けた骸骨の化け物と、どこからか部屋に侵入してきた白い何かが、会議室のテーブルの上で戦い始めた。その二体は警備隊の到着寸前まではいたそうです。俺たちが踏み込んだ時には窓を破って逃げた後だったということです」


「連中が言うことは確かだと思うか?」オ・ウィンの声が頭蓋に響く。


「はい。少なくともコナ・カイゼついては確かでしょう。彼の姿は一階の従業員、部屋に通した男も見ています」


「窓の下の通りかかった港の作業員が、壊れた窓から飛び出し屋根に上り、そこを走っていく黒装束の人影を見ています。黒い骸骨については幻影ではないでしょう白い何かについては詳細は不明です。それも骸骨と共に逃走しています」とビンチ。


 ビンチたちもカトラズ海運が襲撃を受けたとの報によって急行した。 現在周辺で警備隊と共に聞き込みを開始している。


「なるほど、カイゼはなぜ事務所にやって来たのわかるか」


「カトラズは口封じではないかと言っています。カイゼは「自分を知っているなら死ね」と彼に告げ、青緑色の本を使い化け物に変わったと」


「青緑の本……」


「今回の回収の対象は「アオラナ」と呼ばれる魔導書。碧の革表紙、銀の角飾り」とエブリーの声。


「そうだったな」


「カイゼも取引に立ち会い、その際アオラナに意識を乗っ取られた。精霊の意のままに居合わせた業者、船員を切り伏せ逃走した、か」フィックスの声が響く。


「それなら、カトラズの元に現れたのは精霊なりの考えで、カイゼの痕跡を消そうとしての行動か」とオ・ウィン。


「事務所に居合わせた者もフォルナーゼ号船内同様血祭りにあげるつもりだったか。魔導書を持っているのがカイゼならカイゼの行方を追わねばならん。カイゼの住居はわかるか?」


「はい」


 パメットが住所を告げる。それは白華園近くの住宅地。


「ユーステッド、そちらに向かってくれ。対応は慎重にな」


「了解」


「ビンチ、お前たちは骸骨の行方だ」


「了解」


「エブリー、警備隊にもカイゼに関する情報を流しておいてくれ。ただし、発見しても手は出さないように警告をしておけ。相手は精霊だ。危険極まりない」


「はい」


「あとは、白い何かについてか。そいつの乱入でカトラズとその部下は難を逃れたようだが何かわかっているか」


「白い何かについては何も……誰も見たということを覚えているだけです」


「面倒な操作を受けてるな」 とオ・ウィン。


「また、ローズか」 ビンチが呟く。


「今は真っ昼間だ」フィックスがビンチをたしなめる。


「そうだった」


「ローズではなくとも侮れん。誰にも気づかれず会議室に侵入し、記憶に靄を入れている。今回はカトラズ達を助ける結果になったが、何が狙いかはわからん。くれぐれも注意は怠らんようにしてくれ」




 地元で白華園と呼ばれている植物園の長椅子に男が一人で座っている。仕立てのよい黒の外套を身に着け山高帽を被っている。俯きどこか疲れた様子だ。元ネブラシア外務担当官コナ・カイゼとして地域で知る者もいるだろう。しかし、当人は意識の奥深くに沈んでいる。現在この長身の男の表面にいるのは魔導書「アオラナ」に内在する精霊だ。


 精霊がこちらに呼び出され百年ほど間の扱いは悪くなかった。それが崩れ出したのは最初の書庫から出た辺りからだ。書庫が変わるにつれ、扱いが悪くなってきたように思う。ここ最近の扱いは特にひどいものだった。


 腹に据えかねる日々を送っていたが、ようやく反抗の機会がやって来た。この男が頬を緩め油断した隙に乗り込み、変異させ居合わせた者たちをなぎ倒し、船を逃げ出した。船にいた者たちの仲間がまだ残っていることをカイゼと通じて知り、そこに押しかけたのは愚策だったと精霊は悔やんでいる。


 愚か者ばかりと思っていた人の拠点にとんでもないものがいた。禍々しい気配に嫌悪を覚えた。人には姿が見えていない様子だったため、最初はあの場に縛られた精霊かと思ったが、なんと姿を消していた人の女だった。同族には白一色であっても容姿端麗の美女と見られるようだ。だが、中は二つの人格と精霊が混ざり合って混沌としておりおぞましい。過去の変異も解け切っておらず、肉と石が混じり合ったままだ。


 女が何の用があり、あの場所で愚か者たちを守ったのか。精霊には考えも及ばなかったが二度と手合わせはしたくはなかった。


 カイゼの体が落ち着きを取り戻してきたため、精霊は立ち上がった。近くにこの男の家がある。そこで使える物を集め先を目指さねばならない。





 白華園二ー四の屋敷でユーステッドが戸口で二人の名と所属を告げると、ややあって現れたのはカイゼの妻アリステアだった。夫のコナは不在だという。アトソンは彼女からある種の覚悟を感じ取った。いずれ特化隊などの捜査機関が訪れることは想定内だったのだろう。


 アリステアは二人を応接間へと案内した。近東風の椅子にテーブル、絨毯が敷かれている。


 ユーステッドはアリステアにカイゼの行方に心当たりはないか尋ねた。


「どこに行っているのか。朝出て行ったきり戻ってはいません」


「どこか心当たりはありませんか。あなたの夫コナ・カイゼ氏は今非常に危険な状態にあります」


 アリステアは一度息をのんだが、すぐに笑顔を戻してきた。


 行先の予想はついているだろう。カイゼがやっていることも。気味が悪いが珍しい美術品。魔器をその程度にしか思っていない者も多い。金細工のようにばれたら謝り金を払えばよいとでも思っているのだろう。大半はそれで済むが、それ以外の時の被害は尋常ではない。


「カイゼ氏が朝、港に出向いたことは知っていますか」


「人と会うと言っていました」 


「はい、彼は午前中「フォルナーゼ号」という貨物船で行われた取引に参加していました」ユーステッドは一息間を置いた。


「その最中、取引のために船内の持ち込まれていた魔導書に取り憑かれ魔物と化したようです。精霊に操られての事でしょうが、その場に居合わせた船員、貿易業者らを手に掛け、襲われた船員らは死亡または重傷を負っています」


 アリステアから笑みが消え混乱と恐怖が湧き上がる。否定が浮かんでは消える。


「その後、貿易会社を襲撃しました。そちらでは撃退され、幸いなことに被害は出ていません。現在は逃走中で所在がわかっていません。もう一度言いますが、カイゼ氏は非常に危険な状態にあります。立ち回り先に心当たりはないでしょうか」




「お母様、到着しました」


 少し距離はあったがカイゼの住居をアイリーンが見つけ出すことはさほど難しくはなかった。馬車は目につきにくい場所に置かれていたが人は隠せない。警備担当は物陰に潜み、街路に平静を装い佇んではいるが、警戒心を溢れさせていては闇の中で松明を振り回すようなもの、目につかない方がおかしい。そんな者たちが取り囲んでいたおかげでアイリーンは簡単にカイゼの住居を特定することができた。


「監視役はまだカイゼという男を目にしていないようです。緊張感を持って待機中です」


 塀や邸内の樹木を使い建物の屋根に降りたつ。意識を集中し邸内を探る。邸内にいるのはカイゼの妻と数人の使用人、そのほかには


「船にいた精霊付きの二人もいます」 とアイリーン。


「妻が邸内でカイゼを匿っている様子はありません。本当に混乱している。それらしき気配はありま……」


 異質の気配に息をひそめる。そして集中。


「いいえ、外に何かいます。……精霊、人の意識を包む精霊」


「わたしもまもなくそちらに着く。監視を続けてくれ」





 カイゼの意識は住まいが間近にあることをアオラナの精霊に告げた。このような男であっても家人が傷つけられることをひどく気にしている。勝手なものだ。精霊はカイゼに嫌悪をぶつける。住まいに長居をするつもりはない。使える物が集まればすぐに出て行くつもりだ。


 放置されている荷車から人の気配がする。荷台に掛けられたぼろ布の下に人が潜みこちらの様子を伺っている。この先の角を曲がると裏口が見えてくる。角から出て歩を緩め先の様子を眺める。裏口の先に客待ちの馬車が止まっている。客待ちのはずだが車内には客が乗り込み外を観察している。


 裏口は閂が掛かり閉まっているが、軽く叩けばすぐに使用人が応対に出てくるようだ。裏口へ向かいつつ邸内の様子を探ってみる。人はともかく精霊がいる。それもかなり荒々しい、それに造物なのか自然では存在しないものもいる。人と異形が混じり合った存在だ。カイゼはこれらを住まいに持ち込んではいないという。収集品はすべて郊外の別邸に置いている。では、誰が持ち込んだのか。


 


 ユーステッドの言葉の刺激が強すぎたためか。カイゼの妻アリステアは恐慌状態に陥った。コナはどうなるかと詰め寄り、夫の危険な収集癖を知っていながら止めさせなかった自分を責める。とても立ち回り先を聞き出す余裕はない。


「だから、対応は慎重にって」アトソンはユーステッドそっと目をやった。


「やったさ」


 これは珍しい事ではない。認識不足の所有者が想定外の深刻な呪いを受けてしまう。取り締まり側では十分に想定内だ。そのような事態が起きないために取り締まり活動を行っている。言葉を尽くして落ち着かせるしかないが、容易でない場合もある。


「何か来た。二体いる。一つは精霊、怯えた人を伴っている。もう一つは正体ははっきりしないけど船でも感じた気配だ」 アトソンは感じた気配をゴルゲットを通じ伝えた。


「眺めていた奴か」 とユーステッド。これは他の面々も耳にしている。


「それだよ、外の様子を見に行ってもいいか」とアトソン。


「ここは任せろ。ただし、無理はするな」ユーステッドが目をやる。


 アトソンは立ち上がり頭に巻かれてターバンに手をやった。胡粉色の布地が緩み空中で展開する。一瞬の間をおいてそれは優美な蔓植物が描かれた銀色の剣へ変わった。アトソンは剣を宙でつかみ取ると、アリステアに一礼をし部屋を出て行った。  

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