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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

フォルナーゼ号船内の生き残りからもたらされた情報により、ホワイトが訪れたのは港からほど近い場所にある海運会社だった。逃げ去った魔導書を船便で運ぶ手配をしたのはこの会社だ。姿を隠し建物へと入る。「カトラズ海運」と看板が掛けられた建物は以前は酒場として使われていた。それを船員を辞めたアウル・カトラズが買い取り、自分が起こした海運会社の事務所として改修した。カウンターは取り払われ、広くなった一階は合法的な積み荷の客向け、二階は特別な客の取引用に使われている。ホワイトが知るジョニー・エリオットと同種の業者だが、カトラズは船は持たず取引の仲介のみで、遥かに小規模だ。危惧していた警備隊の手はまだここには及んではいない。


 フォルナーゼ号による禁制品の持ち込みの報が、警備隊に入ったのは昨夜の事で、船の到着は今日の朝だった。特化隊と連携しての船への強襲はかなり急な作戦となった。それは船に突入した警備隊士からホワイトが得た情報だ。ならば、まだこの海運会社と船の関連が掴めていないということか。だが、追々やって来ることだろう。 


 事務所一階にいる従業員達は、同僚たちを襲った不幸―警備隊の急襲と客の変異―を知らないらしく、麦や唐黍の手配について考えている。彼らにより社長のカトラズは二階にいることは確認はできた。


 二階ではカトラズが部下たちと共にテーブルを囲み、昼から出向く先での商談について打ち合わせをしていた。カトラズは灰色の髪で細身の体躯、背の高い中年男だ。よく陽に焼けて海で鍛えた筋肉もまだ残っており貧弱な印象はない。窓から陽光が差し込む広間は宴会部屋として使われていた。改装されてからはここは会議室と呼ばれている。部屋に侵入したホワイトは隅で姿を消したまま彼らの打ち合わせを眺めた。


 カトラズもまだフォルナーゼ号での悲劇を知らない様子だった。高価なためもあるが通信魔器を持ち合わせていないためだ。これもエリオット達との規模の違いか。フォルナーゼ号の件を簡単な取引とみなし、昼からの新規事業について頭が一杯のようだ。


「お母様」アイリーンからの通信が入ってきた。「そちらに精霊付きと警備隊と共に出向くようです。気を付けて下さい」


 そろそろ、引き上げ時か。


 やはり、距離を隔てていても声でやり取りができることは便利なことだ。ローズからこの飾り気のない耳飾りを勧められた時は、少し高額と思いはした。しかし、実に重宝にしている。アイリーン相手であっても少し離れただけで意志の相通が難しくなる。今回のような事態に備えてカトラズも最低二つは買っておくべきだった。


 ホワイトはカトラズに船での取引に同行した客について尋ねてみた。東方の属州から戻ってきた好事家か。こちらに戻ってきた今も向こうと繋がりがある。住まいは白華園の傍だ。役人か,それならその辺りに住んでいても不思議はない。そのうち直に警備隊の手が回るに違いない。アイリーンを向かわせるか。


 不意に不穏な気配が流れてきた。


 怒りと殺意に満ちているが、混乱と恐怖も垣間見える。人と精霊が絡み合っている。こちらに近づいてくるようだ。一体何がやって来るのか。ホワイトは片手刀トモ・ヒロシゲを召喚した。


 会議室の扉が二回叩かれ、次いで部下が名乗る声が聞こえた。扉が開き大柄な男が部屋に入ってきた。男は普通の人だ。気配の主は扉の向こう側にいる。


「何のようだ?」とカトラズ。


「コナ・カイゼさんがお見えです」


 件の客の名だ。


「俺の部屋に通してくれ。すぐに行く」


「そう言いはしたんですが」部下は顔を曇らせた。苛立ちも感じられる。「どうしても、社長とここで会いたいと言って……聞いてもらえないんですよ」


 自制の効いたよい言い回しだ。


「わかった。通してくれ」


 カトラズはとりあえず会ってみることにしたようだ。取引に何か不備があったのか。それなら他の奴はなぜ同行していないのか。様々な疑問が浮かんでいる。


 部下が一度下がり、改めて扉が開かれた。現れたのは薄手の黒い外套を纏い山高帽を被った男。長身で口元は整えられた黒い髭を蓄えている。負傷した船員が描写した通りの風貌だ。右手に碧に染められた革表紙の本を携えている。表紙には凝った細工の隅飾りが取りつけられている。僅かに碧の靄を帯びているがここにいる者には見えていないようだ。


「こんにちは、コナ・カイゼさん」カトラズは席から立ち上がり、戸口に現れた男に声を掛けた。


 カイゼ自身は意識の奥底に沈み、今は魔導書の精霊が体を支配している。精霊がホワイトの存在を捉え強い嫌悪感を発してきた。


「お前はこの男を知っているのだな」


 カイゼの姿をした存在は碧の魔導書を目の前に掲げカトラズに問いかけた。部下たちは何が始まるのかと怪訝な眼差しを投げかける。


「何の冗談です。知ってますよカイゼさん。うちが手配した船でここまであなたのお宝を運ばせた。何か不都合がありましたか?」カトラズは部下と同様に抱く感情を表に出さず笑みを浮かべた。


「そうか。知っているのだな。では、死ね」


 魔導書から碧の靄が噴き出し、それがカイゼを包み込む。見る間に人から干からびた黒い骸骨に姿を変える。袖飾りがある左の袖口からは鋭い曲刀が生え出した。頬はこけ歯茎が露出し、気味が悪い笑みを浮かべているようだ。フォルナーゼ号で暴れた化け物はこれに違いない。


 カトラズたちは骸骨の姿に息をのみ思わず一歩後ろに下がったが、それ以上の腰抜けではなかった。すぐに我に返り手近な武器を探し始めた。しかし、出入りに使うような剣や鉈は待機部屋に置いたままだ。用意できたのは上着に忍ばせていた短剣や手にはめる棘付きナックルと暖炉脇の火かき棒だった。カトラズは小さな二連装銃を持ち合わせていたが、テーブルに飛び乗った骸骨の足で発砲前に蹴り飛ばされ無効化された。蹴られた手の痛みにカトラズが呻いている。


 カトラズ側の勝機は薄いだろう。彼らがどうなろうとかまわないが、骸骨の造形は気に入った。捕えて設備の整った楽園へと連れ帰りたい。ホワイトは左右の鞘からトモ・ヒロシゲを引き抜きテーブルに飛び乗った。まず、骸骨の腕に蹴りを入れカトラズに向かう刃をテーブルに向けた。


 カトラズとすれば圧倒される出来事の連続だっただろう。カイゼが化け物に変身し襲ってきたと思えば、どこにいたのか真っ白な女が脇から飛び込んできた。かなりの美人だが髪も肌も服も白い、見た目は金持ちが家に飾っていそうな石像とかわらない。僅かに笑みを浮かべ両手に持った片手刀を振り回している。そんな異様な白と黒が、突然目の前で戦い始めたのだから、ただ呆気にとられるだけとなった。


「お母様、奴らの仲間がすぐにもそちらに到着しそうです」


「わかった」


 そうはいっても、このままでは到着した追手にこの骸骨は捕らえられてしまうだろう。刀を打ち合わせつつ魔導書の骸骨を窓際へと追い詰めていく。横振りの斬撃に魔法を沿える。窓が外側に弾け飛び壁に深い傷が入った。骸骨は海老ぞりでトモ・ヒロシゲの刃を交わした。よくかわしてくれた。


 ホワイトは次に若干の隙を見せた。骸骨はこれに対してどう出るか。隙を突き、向かってくるようなら片腕を断ち落とし、それを持ち帰ることにしよう。後の処理は追手に任せる。逃げるなら後で別の場所にて取り押さればよい。


 骸骨は後者を選び、隙を利用し背後へ飛んだ。体を二つ折りにし破壊された窓に吸い込まれるようにすり抜け外へ出た。窓の外の空中で一瞬止まり、そこから素早く飛び上がり上空へと姿を消した。

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