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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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ナイフ男と奇術師 西へ 第1話

引き続き、コールドとベンソンのお話です。帝都から出た二人はおじさんの行方を追い暴れまわります。基本的にはそれだけです。その合間にウィリアムの出自が解明されていきます。

 到着を知らせる声と軽い衝撃、そして鳴り響く汽笛を耳にしてコールドとベンソンの二人は船室の粗末な腰掛から立ち上がった。小さな船窓から見えるのは砂色一色ではなく、馴染みのあるくすんだ橙色と黄白色の建物群。彼らは図らずも一週間足らずで西方に戻ることとなった。出発前にホワイトからお人よしといわれたが、会って間もない男たちのために法外な船賃を払い、送り出す女とどちらがお人よしなのか。

 港の役人による緩い臨検の後、船長に礼をし船賃を払い貨物船を降りたのは昼過ぎだった。部屋や食事は粗末だったが荷物扱いにはされず、対応は終始客だった。エリオットという男は頼りになる力を持ってるようだ。

 少ない荷物を肩に掛け、荷車の間をすり抜け道路の端に寄る。呑気に道の真ん中を歩き跳ね飛ばされてはたまらない。建物の戸口のそばを通るたびに焼けた肉や香ばしいスパイスの匂いが漂ってくる。二人は慣れ親しんだ地域に戻ってきたことを実感する。

「こんなに早く戻ってくるとは思ってもなかったが、まぁ、かまわんよな」

「行き当たりばったりが俺たちにあってる。さっさとおじさんを探し出して帝都へ戻ろうぜ」

 前方からの人々を右に左に避けつつ、広い通りに向かって歩く。スリなどにも要注意なのだが、あからさまに武装している彼らに敢えて近づこうとするものは少ない。今、注意すべきは荷物を抱え警戒心もなく突進してくる一般人である。彼らは手にした荷物を届けることしかほぼ頭になく猛烈な勢いで突進してくる。こちらが道を譲るほか対処するすべはない。

 そして二人も両手に食堂の名が書かれた木箱を担いだ中年女性に路地の入口に弾き飛ばされることとなった。狭い路地は上に張り出した屋根が覆いかぶさり日を遮り、先は曲がりくねり奥を見通すことはできない洞窟のように見える。

「おい、あれ」コールドが路地の奥に目をやった。

 視線の先に見覚えがある紋章が描かれた小旗が掲げられている。縦に並ぶ二つの重なる円、沈んだ船や船員の背のに描かれていた。少し先の建物の戸口のようだ。幸い付近に見張りの姿はない。

「あぁ、あの紋章は……奴らも付けてたな。探す手間が省けたじゃないか」

「食堂の女神に感謝か。寄っていくか?」

「あとにしよう。今騒ぎが起こるとこの先が面倒だ。飯を食う暇も無くなる」

 二人は路地を出て雑踏の中に戻り、街の探索へと足を向けた。

 コールドも一度訪れたことのある街とあってウィリアムに教えられた目当ての大通りには容易にたどり着くことができた。

「どうだ。簡単なもんだろ。来たことがあるって言ったろ」

「わかったよ」

「あの時は船がむかついたんだよな。臭い船室に押し込まれて、降りる時船長を殴りそうになったんだ」

「あれがウィリアムが言ってた店だな」

 前方に青果店が見える。色鮮やかな野菜や果物が店頭に並べられ、禿げ頭に白い顎髭の男が笑顔で客の対応をしている。ベンソンはリンゴを買い、近くの錬金工房にあるはずのものについて聞いてみた。その問いで店主はおじさん、マイケル・ヴィセラの工房を指すことがわかったようだ。最近は姿を見かけないと告げた。彼はこの辺りではヴィセラ先生で知られているようだ。この近くにウィリアムの言葉通りおじさんの工房があるのは間違いはない。

 青果店の脇の路地を入り、ウィリアムの言葉通り次の分かれ道を左に曲がる。道なりに歩くとほどなくおじさんの工房、マイケル・ヴィセラ工作所を見つけることができた。荒らされている様子はないが、表の扉は閉ざされ工房内に人気はない。ここは路地であっても思ったより人通りがあり、隣の木工所は入り口の大扉を開放しており、槌音が響きしゃべり声が漏れ聞こえる。人目に付きやすそうだ。

 二人は工房と木工所の間を通り、裏口へと向かった。そちらはどの建物とも裏面に接しているためか人影はなく、木工所は資材置き場として使い、他はごみ箱が並べられているだけである。二人はお互いに頷きその場を後にした。

 大通りへと戻り、情報収取を兼ねてまた何店かに入った。おじさんであるヴィセラ先生の評判は上々だった。彼らのヴィセラ先生に対しての認識は感情、意識を持つほどの人形を作り出す錬金術師ではなく、便利な調理器具などを作り出す発明家である。

「これ本当にいいのよ。水を入れてね、ここを押すだけお湯が沸くの」

 カウンターの向う側にいる女将によると、先生の売れ筋商品には薪の要らないかまどや魔導やかんなどがあるそうだ。

「オ湯が 湧き マシタ」彼女の背後から抑揚のおかしい男の声。

「ほら、お湯が湧いたら教えてくれるの」

「よくできてる」とコールド。

「でしょ」

 女将は五徳からやかんを取り上げ二人のための茶を入れ始めた。

 茶や料理はうまかったが、しかし収穫の方は乏しかった。先生の突然の失踪は皆が驚き心配している。特に予兆を感じた者もなく、先生は工房もそのままに姿を消していた。理由に心当たりもないようだ。

 先生がウィリアムを連れている姿を目にした者はいたが、それを先生の失踪と関連づけている者はいない。この街にも面倒な連中はいる。それは彼らも周知の上だが、そんな連中と先生が関わっているとは思いもよらないようだ。

 再び大通りを離れ、二人はおじさんの工房であるマイケル・ヴィセラ工作所へ向かった。

「おじさんは奴らとの関係をうまく隠していたのか」とコールド。

「そうだろうな。皮肉なことにそのためいなくなったことに気づかれることが遅れた」

 今回は初めから裏側に向かう。工作所の裏扉の前でベンソンは手元に先端が曲がった金串を召喚した。錠前は金串により速やかに開錠された。ノブを静かに回し、扉を慎重に引く。幸い扉には来訪を知らせるベルなどは取り付けらててはいなかった。

 工房内に入ると、再び鍵を閉める。まだ陽光があるために室内は十分に明るい。室内は放置されているものも荒らされてはいない。むしろ整えられている。作業机の上や床には埃はなく、見本の商品や道具類も片付けられている。

「いらっしゃいマセ。どなた様デスか」聞き覚えのある男の声が聞こえた。

 コールドとベンソンは周囲を見回す。さほど離れていない場所からの呼びかけのはずだが、工房内に人影は見られない。声は意識に直接呼びかける類の力ではなく、聴覚を介している音声である。

「お客様、ご用はなんでショウか」

 今度はわかった。人ではない。声の主は作業机の向こう側、部屋の奥にいる細身の板金鎧で、へその辺りで手を組み立っている。置物ではなく中身の入った人形のようだ。

「人形か?」とコールド。

「わたしはまいけるサンから留守居を任されているあーのるどデス。お客様、ご用件をお聞かせクダサイ。でなければ退去していただきマス」アーノルドの右手甲から短い刃が飛び出した。甲冑人形はそれを二人に向かいかざした。人形は警備を兼ねる留守番らしい。

「わかった」ベンソンは敵意がないことを示すために両手を軽く上げた。コールドもそれに従う。「俺はベンソン、こいつはコールドという。ここに無断で入った非礼については許してくれ。俺たちはウィリアムと知り合いだ。彼の代わりにまいけるサンの様子を見に来た。危害を加えるつもりはない。ウィリアムを知っているだろう?」

「はい、存じておりマス。彼はまいけるサンにより作られマシた。不良品ではありますガ」

「不良品、どういうことだ?」

「仕様書にない感情ガ搭載されておりマス。それが仕様にないのならバ不良といえるでショウ」

「なるほど、話を戻すがおじさん……まいけるサンはどこへ行ったか知っているか?」静かにしていたコールドが口を出した。

「まいけるサンは依頼人と一緒に出ていきまシタ」

「依頼人?誰だそいつは?」

「まいけるサンにうぃりあむの制作を依頼した人デス。まうんと・らいすと名乗る人デス」

「マウント・ライスというのは何者だ?」

「それを判断スル情報はわたしにはありまセン」

「まいけるサンがそいつらとどこに行ったかわかるか?」

「それを判断スル情報はわたしにはありまセン」

 二人は顔を見合わせた人形とは押し並べてこのような物である。

「ライスとその連れはまいけるサンに何か聞いてなかったか?」

「ウィリアムはどこへ行ったか尋ねていました」

「なるほど、それでまいけるサンは答えたか」

「ハイ、まいけるサンはお前の後ろにイルよと答えましたガ、わたしの視覚でウィリアムを捉えることは出来ませんでシタ」

「はっはっは」コールドは思わず噴き出した。「おじさんとはいい連れになれそうだ。まいけるサンはそのまま外に出ていったのか?」

「はい、お連れさんと一緒に出ていきまシタ」

「何かおかしいぞ。どうして奴らはあんなに早くウィリアムを追ってこられた?」とベンソン。「誰かがウィリアムの行先を漏らしたはずだ。おじさん以外で」

「それもそうだな……。あぁ……まぁみてろ」コールドはアーノルドに目をやった。「アーノルド、お前はウィリアムの行方を知ってたか?」

「ハイ」

「誰かにそれを尋ねられたか?」

「ハイ、一人で工房に戻ってキタ、まうんと・らいすに尋ねられまシタ」

「それで答えたのか?」

「ハイ」

「どうして教えた?」

「秘匿事項ではありまセン」

「なるほど……」

 相手は命令されたことのみをこなすのが人形である。おじさんが禁じていなければ無理もない。二人はお互い目を合わせ、ため息をついた。

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