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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

 海岸通りと聞けば少し洒落た雰囲気を感じるが、何のことはない帝都では倉庫街を示す。通りに順番に番号が振られている新市街と違って、旧市街には人が住んでいない地域であってもきちんと命名されている。趣があってよいという意見は多いが、土地勘のないよそ者向きではない。

 アイラ・ホワイトことリズィア・ボーデンはここを気に入っている。二百年の空白があるにも関わらず帝都旧市街はさほど変わっていない。人は入れ替わっているが、土地は少し広がった程度だ。

 ローズと自分の立場が逆転してしまっていることには驚いたが気にはしていない。短期の滞在かと思っていたローズが街を作り、自分は新参者となって戻ってきた。状況的に破壊神リズィア・ボーデンに戻ることは面倒で、従者ホワイトととして楽園の再建にかかることにした。今は倉庫を借りそこに手入れが必要な家具、調度品を楽園から持ち込んでいる。楽園の地下区画は当分封鎖となる。時折、帝都の役人が訪ねて来て面倒な質問をすることがあるが、それは行方不明のボーデン様に責任を押し付けることにしている。

 いろいろと雑事はあるがここは静かでよい。昼間は荷馬車や荷車が頻繁に行きかっているが、日が沈むと静かになる。たまに現れるのは黒塗りで派手な紋章が描かれた動馬車ぐらいで、彼女たちには何もふるまわなくても文句はでないので楽でよい。

 しかし、今夜は少し違っているようだ。複数の集団が付近を走り回っている。何者かを追っている剣呑な集団、それから逃げる小集団、それらを追う帝都の警備隊。こちらに面倒がでない限り捨て置くつもりでいたホワイトだったが、倉庫のそばを通りすぎ逃げる三人組の奇妙な構成に興味を惹かれアイリーンに様子を見に行かせることにした。


 コールド達は土地勘のない場所をやみくもに逃げたことですっかり方向を見失っていた。港を出ることを目標をとした後も再び起点となったパブに戻るなど迷走している。大きめの通りには制服姿の二人組が待機しており、その向こうに背の高い建物の影が見えるが近づくことができない。やむなく路地に入るがそこは込み入っており思い通りに進みことができない。

「ここさっき来たぞ」とベンソンが壁を指さす。

 そこには「ジャクソン参上!」と塀に刻まれた落書きがあった。コールドも少し前にそれを目にしていた。

「あっちに行ってみるか」コールドは右前方の路地を指さした。

「そちらに行くと追手に見つかるぞ」彼らの背後から女の声が聞こえた。

 腰のナイフと拳銃に手と掛けつつコールドとベンソンは声の方向に振り向いた。そこには小柄な女が立っていた。この地方らしく肌は浅黒く髪は黒く短い。派手な文様の入った真っ赤な衣装を身に着けている。

「なるほど、お母様が興味を持つわけだ」女は男たちを見て笑った。

「何の用だ?」コールドが訪ねる。

 女が武装している様子はないが、こんな場所で夜に一人でうろついているのだから油断はできない。空から子供は降ってくる。逃走中に派手な女が絡んでくる。今夜はどうなっているのか。

「わたしはアイリーン。お母様の命を受け、お前たちを探しに来た」

 女はこれで十分な説明になっていると思っているようだ。

「これでも俺たちはいそがしい。そのお母様は俺たちに何の用がある」

「お前たちに興味があるそうだ。会ってみたいといっている」

「まるで女王様だな」

「そういう時期もあったな。どうだ、ついて来るか?ついてくれば水や食い物も出そう。安全に逃げる手助けもするぞ」

 二人は顔を見合わせた。


 アイリーンに案内されたのは港の倉庫の一つだった。そこは外観こそ他の倉庫と変わらないが内部は宝物庫となっていた。おびただしい数の高級な家具、調度品が無造作に収められていた。少し傷んではいたが高級品には違いない。その多くに見覚えのある紋章が入れられているのをベンソンは気が付いた。月想樹と呼ばれていた懐かしい紋章である。

 狭い通路を抜け壁で隔てられた区画へ入る。簡素な工房の脇の階段を上ると居間となっていた。ベッドにティーテーブルとソファー一対が置かれ奥には簡単な厨房が見られる。小綺麗な宿の客室のようだ。片側のソファーの中央に女が座っている。瑠璃色の瞳以外は、髪を含めてすべて身に着けている生成りのブリオーと同様の乳白色の体をしている。

 女はアイリーンに伴われ現れたコールド達を目すると対面のソファーを勧めた。

「気楽にするといい。ここは私と娘の二人住まい、邪魔するものが入って来ることはない」

「そうだろうな。表からここに来るまで建物中魔法罠だらけだ」

 コールドはベンソンに目をやり後ろを振り返った。

「気にするな。俺たちが勝てる相手じゃなさそうだが、とりあえず彼女たちに俺たちを売る気はない。そうだろ?」ベンソンは勧められた席に深く腰をつけた。

「ふん」不満ながらも席に着くコールド。少年もそれに続く。

「思っていたよりよくわかっているようだな」とアイリーン。

「まぁ、俺たちも見てくれより少し長く生きているくちだからな。もっともこいつはいつまで経っても変わらないが」

「うるせぇよ」とコールド。

「酔狂に匿ってくれるのは助かるが、あんた何者だ。家具屋の女主人ってのは無しにしてくれ」

「この街ではアイラ・ホワイトで通っておる」

「……まさか楽園の大魔導士リズィア・ボーデンの側近アイラ・ホワイトじゃないよな?あの人ならもうこの世にはいない。あんた本当に何者なんだ?」

「お母様……」

「まぁよい。何か面白くなってきたではないか」ホワイトは口角を上げた。

「気まぐれに声を掛けた者が、彼女を知っているとは嬉しい事だ。確かに、このようなことが起きるならあの女がいつまでもこの世にとどまっているのもよくわかる」ホワイトはベンソンに向かい笑みを浮かべた。

「いかにも本物のアイラではない。そなたはわたしではないアイラをどのように知っているというのだ?」

「まだ子供だった頃に魔法の基礎を習った。それから昔話もよく聞いた。楽園という場所とそこでの生活だ。その時は彼女、もう婆さんになってたがな」

「どこでの話だ?」

「モルト・オヴァスト。ここからはずいぶん西の山の中だ。」

「そんなところまで行ったのか」ホワイトは軽くため息をついた。「彼女たちはどういう生活をしていた。苦労はしていなかったか?」

「山の洞窟を拡張して仲間と住んでた。村には馴染んでたよ。小さな集落ばかりの土地だから治療師も医者もいない。拝み屋もだな。だからみんな世話になってたよ。おばさんは仲間の中で指導的立場にいたよ」

「そうか。楽園についてどういっていた?」

「いい所だったそうだが、お館様が面倒に巻き込まれて、安全のために自分たちは逃げてきた。楽園を出た、そのことをずっと気にしてた。亡くなるまでお館様のことを心配していたよ」

「今はどう思っているんだろうな?」

「そこまではわからんが、俺なら連絡を取る方法をを考えるかな。今更と思われたら、それまでだ。あっさり退けばいい」

「なるほど、思わぬほど面白い話だ。礼を言う。私は彼女とは親しい関係にあった。名を借りているのはそのためだ。それ以上は許してくれ」

 ホワイトはアイリーンに右手で合図をおくった。アイリーンが頷き厨房へと下がる。

「それよりそなたたちの話を聞かせてくれないか。わたしは自分を普通ではないことを自覚しているが、そなたたちも自覚しておろうな。銃を使う魔導士と竜に囚われたナイフ使い、そして人形の少年が行動を共にしている。なかなかないことだと思うぞ」

「人形?」

「こいつが……」コールドが少年を見つめる。

「まさか知らなかったのか?わたしもこの前を通りかかった時は確信を持てなかったが今ならわかる。実によくできている。奇跡の一品だ」アイリーンがエールの瓶や水差しとグラス、つまみをを持って戻ってきた。

 エールを男達の前にに置き、水差しとグラスは少年の前に置いた。

「お前にはこれがいいだろう」

 少年は目の前に置かれた水をグラスに注ぎ飲み始めた。

「そなたには名前は与えられているのか。あれば教えてくれ」ホワイトは少年に声を掛けた。

「名前はウィリアム。おじさんがつけてくれた」

「ウィリアム、いい名だ。そなた、この男どもにお前が人ではないことを見せてやってはくれはしないか」

 ウィリアムは頷き、右の袖口を捲り上げ腕を肘まで露出させた。一同が見ている前腕の肉は波打ち始め、次に風船のように膨れ元に戻る。それが三回繰り返された。男二人は驚きに目を丸くしているが、女二人は笑っている。

「頑強な骨格に筋肉、神経の上に生きた皮膚を纏っているのだ。人を越える運動性を持ち、人なら重傷となる衝撃も受け止め、負傷しても速やかに修復する。アイリーンとは全く違う設計思想ではあるが見事な出来だ」

「それで天井突き破って落ちてきても何ともなかったのか。やっとわかったよ」とベンソン。

「あんたも人形か?」

「その通り」アイリーンは天井に向かい指を伸ばし、当たる寸前で元に戻した。

「こいつと一緒にいて知らなかったとは驚きだな」アイリーンの笑いが漏れる。

「ウィリアムと会ったのはついさっきなんだ」コールドが瓶エールに口をつける。半分まで一気に腹にいれる。

「俺たちが飲んでいる店の天井を突き破ってウィリアムが落ちてきた。そこに追手が駆けつけてきて、そいつらを片付けてそこから逃げ出した。今までまともに話をする暇もなかったよ」

 それからしばらくコールドはホワイトに騒ぎの詳細を聞かせた。斧の男をハンドルの尻で殴り倒し、最後の男達をナイフの峰で打ち延ばし店から逃げ出すまで出来事を話した。

「なるほど、そういうことか。そなたたちはその暴漢たちに襲われる心当たりはないのか」とホワイト。

「西から来たならないわけじゃないが、狙いはウィリアムのようだった。奴らウィリアムに真っすぐに向かっていったからな」

「ウィリアム、何か追われる心当たりはあるか?」

「わからない」

「待てよ。こいつはまだガキだぞ。あぁ人形か、でもだ。何の理由であんなゴロツキ共に追い回される」とコールド。

「現に追いかけられているではないか」アイリーンがたしなめる。

「そして、そなたたちの目の前に落ちてきた。……追われる理由は彼自身にあるかもしれんな」

「ウィリアム自身に?」

「ウィリアム、そなたはここに来る前に誰とどこで生活していた。誰に作られた」ホワイトが尋ねる。

「カンポ・デ・リトというところでおじさんとおじさんの工房に住んでた。」

「おじさんとはどういう人だ?」

「錬金術師。僕はおじさんの工房で作られたんだ」

「おじさんの名前はわかるか?」

「マイケル・ヴィセラ」

「おじさんの工房に他に仲間はいたか?」

「人はおじさん一人きりで他は人形だった」

「工房での生活はどうだった。楽しかったか?」

「外には出なかったけど楽しかった。普段は本を読むか、おじさんや仲間と遊んでた」

「なぜここまで来ることになったんだ?」ベンソンがエールを片手に尋ねる。

「おじさんがここは危なくなるから逃げろって、俺も後から追いかけるってこれをもらった」

 ウィリアムは革袋を差し出した。そこには金貨と住所の書かれた紙が入っていた。その場所はホテル・スマグラーズ。

「そこに行っておじさんの名前を出して、待っていろって」

「おじさんも無茶するな。いったい何があった」とコールド。

「おじさんに逃げろと言われる前に、何か変なことはなかったか。そうだな、おじさんが悩んでるとか、怖がってるとか」

「一度怖い人たちが来てからおじさん悲しそうな顔をすることが多くなった。それから少しして僕に逃げろって言われた」

「やばいな」

「おじさんもこっちに向かってるんだよな。今どこにいるのか」

「アイリーン、夜も遅いがホテル・スマグラースに向かってくれ。向こうでヴィセラ殿の到着を待ってくれ」

「はい」

「俺たちも手伝おうか?」コールドが立ち上がる。

「それには及ばん、われらは人の頭の中が読める。娘に任せておけ。他の者より頼りになる。元よりそちらは追われている身であろう。今はじっとしておれ」

 アイリーンはホワイトに一礼し階下へ降りて行った。

「ベンソン。お前黙ってたな。知ってただろ」

「お前にしては勘がいいな。最初頭がチリチリときてわかった。最初だけだ。気にするな」

 コールドはため息をつきソファーに座り込んだ。


 その後の会話でウィリアムはその容姿から客船の搭乗券を買うことができず、やむなく貨物船に忍び込み帝都にやってきたことが分かった。それによりコールド達と出会った時に埃だらけだったことに納得がいった。その機転に一同驚いたが、それはおじさんの教えによるものだった。それからもおじさんとの生活の話題は続いた。おじさんは短い間であっても彼とは人形であっても愛を持って接していたことが分かった。

 待ち時間の話題は二人の武器に及んでいった。コールドの竜の鱗から削り出したナイフも目を見張る品々だったがホワイトの興味を引いたのはベンソンの銃だった。

「これは五丁まとめ買いしたうちの一丁だよ。腕のいい鍛冶屋のだったが、特に金をかけたわけじゃない。その工房の量産品だよ」ベンソンは銃鞘から出した。回転式の銃をテーブルに置いた。

 量産品と聞いてもホワイトにとってはそれはかなり革新的に見えた。二百年の眠りについていたリズィア・ボーデンは銃は先込め式で単発撃ちの面倒な武器という認識がぬぐい切れていない。

「どういう仕組みになっている?」

「基本的には昔と変わってない。先込め式と違うのは弾丸と発射薬、雷管が一体化したこと」

 ベンソンは弾倉から弾丸を取り出し、テーブルに並べる。そしてその中から一個を取り上げた。各部を指差し説明を始める。

「簡単に言うと、この部分は薬莢といって中が空洞になっている。そこに発射薬が詰められている。後ろの雷管に刺激を受けると、この先端の弾丸だけが飛んでいく」

「面白い。よい事を思いついたぞ。少しその弾丸を貸してくれないか。試したいことがある」

 ホワイトはベンソンの答えを待つこともなくテーブルから弾丸を取り上げ階下へ降りて行った。

「おい、そいつは危ないもんなんだぞ。気を付けて扱ってくれよ」ベンソンは階段まで追いかけ大声で呼びかけた。

「少し休もう。朝までまだ時間はある」とコールド。

「そうするか」ベンソンはコールドの隣に戻った。

 朝になればホテルにウィリアムを連れていくことにして、それまではゆっくり休むことにした。それからはアイリーンに守られつつおじさん、マイケル・ヴィセラの到着を待つことになっている。

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