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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 二日間の安寧な航行が続きフェロシーミャ号は属州レバラ・ニメイタの沿岸までたどり着いた。

「ここは港に立ち寄り改めて船体の点検をしてみてはどうでしょうか」

 ケレ司祭は甲板上での話し合いの席でこの提案を出した。

 帝都に迫ったことで再度の襲撃が予想される。そのために万全を期しておいた方がいいのではないかという主張だった。

 万全となると港での点検では埒が明かず、水の外に出す必要がある。急遽の立ち寄りで乾船渠が開いている造船所があるか不明である。待ち時間に余裕があるわけでもない。皆で論争に陥りそうになったところでオ・ウィンは、単純にもし空きがあれば立ち寄りという折衷案で落ち着かせた。気長に待っている余裕などない。なければ港での点検で代わりとする他ない。

 幸いも空き船渠を持つ造船所は発見することができた。しかし、急な作業に要する経費の増額は帝都高官と正教会の力を以てしても防ぐことはできなかった。

「ここにいても何もすることはない。町に出るとしましょう」

 船長は乾船渠の脇で並ぶ全員に告げた。

 船渠からは朝までに水が抜かれ、翌朝から点検修理作業が開始される。彼らと対応した現場監督によると深刻な損傷が発見されない限り一両日、つまり二日ほどかかるという説明だった。

「ここには居られないのですか?」

「はい。残念ながら、ケレ司祭」と船長。「ここには船大工のための待機場はあっても、客用の宿泊施設はありません。見張りは一人残していきますが、他は町で泊まりましょう」

 船員の一人が手を挙げた。

「何かあっても、くれぐれも無理はせんようにしてくれ。船が燃えたところで別の船を新たにみつけるか、砂漠を歩いて戻るまでだ」

 造船所で呼んでもらった馬車に分乗し一同は町へと出た。御者に泊まる宿について相談し、案内されたのは帝都新市街にあるような安宿である。一階が飲み屋で二階が客室となっている。

「帝都の威光があったところで宿が生えてくることはない。さっさと休もう。中はいれば顔や手足が洗えるぞ」

 オ・ウィンは一人で真っ先に入っていった。他が後に続く。

 宿は一行の貸し切りとなり、パリンシの見張り以外は宿の中で自由に過ごしてよいと指示が出されたが、やることがあるわけではない。結果一階の飲み屋が賑わうこととなった。

 オ・ウィンは水でも酔うと話を耳にしたことはあるが、それはネタとして真に受けることはなかった。だが、薄い酒で盛り上がっている船員たちの声を聴くに至って考え変えた。すべては置かれた状況が決めるのだ。

 ぼんやりと階下の物音にオ・ウィンが耳を傾けていると、扉を打つ音が聞こえた。

「開いてるぞ」

 扉が開き戸口にはケレ司祭の姿があった。

「こんばんは、今はいいですか?」

「問題ない。ケレ司祭。このなりでは下の宴会にも参加はできん。で、用は何かな?」

「これからのことについて少し話したいと思いまして」

「そうだな。入ってくれ」

 司祭が部屋の扉を閉める音に僅かに遅れ、背後の窓側で壁を軽く打ち付ける音がした。オ・ウィンが振り返ると開け放たれた鎧戸の窓枠に 動人形が二体いた。片方は今にも飛び掛からんばかりの体勢で窓枠に座っている。一体は両手で窓枠に掴まっている。軽鎧を着た骸骨といった雰囲気で指は鋭い鉤爪で武装されている。

 一体は軽くオ・ウィン座っていた椅子まで飛び、鉤爪を振り下ろした。そこにオ・ウィンの姿はなく彼は既に人形の背面に回り込んでおり、座面に爪が食い込むだけになった。人形は爪を外す暇もなく二条の火花を発しバラバラと崩れ、椅子には肩の切れ端と腕だけが残った。背後からオ・ウィンによる二回の袈裟懸けを受け、人形は何の成果も得ることなく停止した。一体目の人形の正面にいた司祭はオ・ウィンの起こした鋭い剣風を受けよろけ尻もちをついた。

 もう一体は窓から飛び上がった瞬間に胴を断ち割られ、首をはねられた。落ちた首が司祭の元に転がる。彼は思わず声を上げる。

  無事二体の動人形は機能を停止した。

 続いて、聞き覚えのある男の悲鳴にオ・ウィンは部屋を出る。廊下の先で扉の開いた部屋へと飛び込む。戸口の傍には見張り役、室内にはエヴリーがおり、床には背中に片刃刀が刺さった動人形が転がっていた。うつ伏せに倒れ、足掻くように右手を差し出している。寝台には座ったパリンシは胸にエールのジョッキを抱えている。騒ぎを聞きつけた船員たちが集まり出す。

「あぁ、これはそこの人が入ってきた時に渡されて……」パリンシはオ・ウィンの視線を感じエヴリーを指差した。

「問題はこちらで排除しておきました」

 エヴリーは足で壊れた動人形を押さえつけ刀を引き抜いた。 刀は空に消え、彼女はパリンシから返還されたジョッキの中身をあおった。

「ご苦労」

 少し遅れて、宿の主人も階段を上ってきた。しかし、あまり一団に近づくことはなく遠巻きに様子を窺っている。

「主人、悪いがここの警備隊を呼んできてはくれまいか。それから損害はこちらが弁済するゆえ、この地の総督官へ届け出てくれ。そのように取り計らうよう書面を入れておく」

 主人はオ・ウィンに対し二回頷くと階段を下りて行った。

「何があったんです」 と司祭の声が聞こえた。

 船員たちの人垣を通り抜け司祭がオ・ウィンの傍までやって来た。眼前での出来事の衝撃にまだ立ち直れないようだ。顔面は蒼白となっている。

「こちらはエヴリーが片付けてくれた。問題はない」

「二体で隊長を足止めして彼を狙うつもりだったんでしょうが、時間稼ぎにもならなかったようです。単なる金の無駄遣いです」

「命を無駄遣いしないだけいい判断だ。それにこいつらにはしゃべるための口もない」 オ・ウィンは床に転がる人形を軽く蹴った。

 襲撃者は容易に排除できたが、一般住民の中でこれ以上の危険は冒すことはできない。現地警備隊との対応の後、一行は造船所へと戻った。船大工達には、見るからに身分の高そうな人物を含む一行が野外で焚火を囲む様はさぞかし奇妙に見えたことだろう。


 レバラ・ニメイタではこれ以来騒ぎは起こらず、船にも大事はなく衝突により禿げた塗装の塗りなおし程度で点検整備は終了した。

 フェロシーミャ号は順調に航行し波も穏やかで、今日の昼前には帝都につく見通しだ。

 またもオ・ウィンは見張り台での当直を引き受けていた。夜が更けて水竜の群れは現れないと期待していたが、現れたのはケレ司祭だった。縄梯子を揺らし、ゆっくりと昇ってきた。

「眠れないのかね」

 オ・ウィンは見張り台に上がり、手摺を背の座った司祭に声をかけた。彼は船に乗っている誰よりも疲れて見える。

「わたしはネブラシアに到着してからの一連の出来事についてずっと考えておりました」

「それは俺も考えていた」

「朝には帝都に到着しますが、オ・ウィン殿はそのまま特別部へ向かうおつもりですか?」

「それが任務だ。証人であるプリンシ・パリンシを速やかに確保し帝都へ連れ帰る。俺は用心棒としてやって来た」

「わたしは今一度こちらの体勢を整えた後に向かってはどうかと思っています」

「その気持ちわからないではないが、もう帝都は目の前なんだぞ」

「そうなのですが、わたしは内通者のことが気になるのです。これまでの襲撃は内通者の協力無しには不可能でしょう。それはおわかりのはずです。最初に指摘されたのはオ・ウィン殿あなたなのですから」

「確かにそうだ」

「わたしは内通者の背後にいるのは何者なのか考えてみたのです。その人物は我が正教会特別部に属し、内部情報を入手できる立場にある。それでない限りパリンシの存在を知り、彼を逃がすための力を行使することができません」

「ケレ司祭、君は自分の言っていることを理解しているな。君は自分や自分の同僚、上司に疑惑を向けていることになるぞ」

「はい、わかっています。オ・ウィン殿はストランド部長のご友人と聞いていますが、しかしもはやそう考えざるをえません。現地の海賊を動かすなどなおさらです」

「では、君はどうするつもりだ。己の雑感だけ人を裁くことはできないぞ。しかるべき証拠が必要となる」

「パリンシは商談の際に通訳を務めた折、同席した貴人の紋章を目にしています。奴に特別部に戻る前に紋章の見聞をさせてはどうでしょうか。オ・ウィン殿もその時御同席ください」

「なるほど、それはどこでするつもりだ?」

「わたしの実家がよいと思います。父は特別部を管轄下に置く内赦院に司教として在籍しております。力になってくれるでしょう」

「それは頼りになりそうだが、突然出向いてもお父上は御在宅かな?」

「はい、今なら屋敷にいると思います」

「それでは一同で出向くとしよう。これで事件も円満解決だな」

 オ・ウィンは司祭を見上げ微笑んだ。


 フェロシーミャ号が帝都国有埠頭に到着したのは予定通り昼前の五刻過ぎとなった。

 船員たちと別れ埠頭の通用門を出た時、ケレ司祭は同行していた僧兵たちを帰らせた。彼らはケレ司祭たちが、付近で客待ちをしていた馬車に乗り込み出立するのを見送った後、上司であるストランドに帰還の簡易報告を入れた。

「任務ご苦労、ケレの行動は予定通りだ。君たちは宿舎に戻り休養を取るとよい。報告書類はマッケイの指示を仰げ」

 彼からの言葉はこれだけだった。

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