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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 ここは旧市街のサリシュ通りのキャバレリア観光、夜の蝶が舞い飛ぶ時間ではあるが、今は臨時休業の真っ最中である。店内にいた男たちは皆無表情で動きを止めている。揃いの黒のウェストコート、飾り襟、飾り袖の男達の間を外套姿のローズが歩き、フレアがそれに続く。

 彼らの顔を憶えていたが名前は知らなかったスモシス号の船長だったが、特化隊のおかげでこちらの街の友達、仲介者の存在を導き出すことができた。いかに意識操作に長け、自在に人の記憶を読むことができるローズであっても、整理されていない情報の中から任意のそれを取り出すのは少々手間がかかる。

 そこで船長の元に特化隊が向かうように仕向けてみたが、それは大当たりだった。改めて訪れた船長から仲介者の素性を読み出し、二度と呪具などを商品として扱わぬよう忠告を入れておいた。

 後は芋づる式に得た情報でここにやって来た。服飾店のマネキンのように並ぶ男たちから今回の火事についてのすべてを知ることができた。

「彼がイクシュ・ウノ。例の火事になった倉庫の買い取りを命じられていた」ローズは目の前の男を指差した。彼は入店したローズを歓迎するように手を広げたままで止まっている。

「そこの彼と、彼もあの近くの倉庫の買い取りを命じられていたようね」

 ローズは奥へと進みつつ男たちを指差す。

「でも、どこも結果は思わしくなく地上げ作戦は進行しない」

 奥の部屋の扉を開けると、この店舗の責任者の執務室。柄物のウェストコートを身に着けた男が椅子から立ち上がろうとしていた。派手ではあるがエリオットのそれより仕立ては遥かに落ちる。「彼がここの営業責任者ミウ・ラヒデ。オーナーのキエイ・ヴァ・エカワに港の再整備計画に備えて、地上げを命じられたけどうまくいかない」

 壁隅にある金庫の暗号錠が見えない手によって回り始め、何度か左右に回転した後、扉が開いた。金庫内に紙幣の束が積まれているのが見える。ローズは金庫の前で腰を折ると束を一つずつフレアに投げ渡した。束を二つ残してローズは金庫を閉めた。

「どうしたものかと考えている時、手飼いゴロツキの元に杖の売り込みが入った。そこで全部燃やしてしまえとなったわけよ。杖は火事で一緒に灰になるはずだったんだけど、まぁ、ボーデンが出てきて大失敗、横着するからこんなことになるの」

「きちんと火をつけても結局はあの方が消し止めそうですが」

「……それもそうね」

「ご近所ですから」

「まぁ、とにかくつまらない面倒を掛けてくれたわ」ローズは黒眼鏡越しに睨みつけた。

「お金はちゃんと持ったわね。引き上げましょうか」

「もう帰るんですか」

「それを持ち歩きたくないでしょ。もちろん、まだこの連中には十分に暴れてもらうつもりよ」


 夜も更けて、月明かりを浴びてぼんやりと浮かび上がるスモシス号の白い帆。波は月光に反応し碧の燐光を放っている。船上では、スモシス号の船長が呼び出した客を取り押さえるため、特化隊と応援の警備隊一小隊が配置を整えていた。ビンチ、フィックス、トゥルージル、パメットは船を囲み、アトソン、ユーステッドは外のから周囲の監視をしている。

「そちらに近づく馬車が一台。速度を緩め停車。一、二、三人が下りた。ミウ・ラヒデとイクシュ・ウノ、あと一人だ。馬車はそのまま待機。三人がもうすぐ船の見張りと接触する」

「了解」

「すごいな、この双眼望遠鏡。まるで昼間だよ」

「コバヤシ製だからな。それより増援が隠れてるかもしれん。警戒を怠るな」

「了解……」

「三人が船に乗り込む」

「こちらでも目視確認した」ややあってビンチ。「これより突入を開始する」

 物陰から飛び出した特化隊士たちが飛び出してくる。それに合わせ警備隊も姿を現した。駆け寄る軽鎧の集団に見張りは慌てて道を開けた。警備隊の数人が馬車を押さえ、本隊が帆船脇の簡易階段を駆け登っていくのがアトソン達にも見える。やがて、集団は船内へと消えていった。

「キャバレリア観光の三名を確保、こちらの損害は無し」ビンチの声が聞こえた。彼らは全くの無抵抗だったらしい。抗議の声一つ聞こえない。

「アトソン、頼みがある。そこはユーステッドに任せて、その倉庫の右側の路地を確かめてもらえないか」

 アトソンはユーステッドの目をやった。ユーステッドが頷く。

「了解」

 アトソンは屋根に上るために使った綱を使い地上へと降りた。ビンチに指定された路地へと向かう。そこに不審な物は特にない。壊れた木箱に廃材が詰め込まれ並べられているぐらいだ。猫一匹見つからない。

 異常なしの報告を送ろうとした矢先、妙な気配を感知した。敵意ではないものの何かに囚われ駆られている集団だ。

「気を付けろ、妙な集団がいる」

 アトソンは急ぎ倉庫の正面に戻った。そこを駆け足の馬車が通り過ぎていった。ついさっき見たキャバレリア観光の馬車に間違いない。それは警備隊に押さえられたはずである。

「奴らの馬車が目の前を駆け抜けていったぞ。そっちはどうなってるんだ」

 回線は繋がっているはずだがビンチの応答はない。ほぼ無音だ。

「ビンチ、誰でもいい、応答してくれ」


 ビンチは耳元で大声を出し騒ぐアトソンの通信で我に返った。周囲を見回すと誰もが武器を下ろし、ぼんやりと立っている。アトソンに刺激された隊士達は目覚め始めたが、今はまだひどい二日酔いに襲われた集団のようだ 。ビンチ自身も頭がぼんやりとして、考えがまとまらない。

「アトソン、何があった?」

「何があったも何もあんた達大丈夫なのか。奴らに逃げられたんだよ。俺の前を馬車で駆け抜けていった」

「お前はそれをじっと見てたのか!」

「あんたが俺に路地の方を見に行ってくれって言っただろ!その隙に逃げられたんだよ!」

「俺はそんな指示は出してないぞ!」ビンチの大声に驚き、多くの警備隊士が耳に手をやる。

「ローズだ。あの女にしてやられた」目覚めたフィックスが呟いた。「まず俺たちと船員それに奴らを眠らせた。姫の加護で操作の効かないアトソンはお前の声を使って遠ざけた。その隙に奴らを逃がした。俺たちは初めからあの女に踊らされていたんだ」

「くそぉ!奴らはどこへ行った」

「黙ってても朝には頭揃えて出頭するとは思うが、とりあえず心当たりを当たってみるか」

 フィックスは大きくため息をついた。


 キエイ・ヴァ・エカワは深夜に激しい物音を耳にして目を覚ました。家具だろうか何かが倒される音、ガラスが砕ける音、壁面を激しい叩きつける音と振動。それらが寝室の扉の向こう側から間断なく聞こえてくる。ベッドから体を起こし、隣で寝ている妻のヘレンを揺さぶる。しかし、彼女はぶつぶつ寝言を言うばかりで起きてはこない。

「奥様は今夢の中です。そっとしておいてあげたらどうですか」

 女の声が聞こえたが、使用人の誰の声でもない。

「この辺りで今起きているのはあなただけです。キエイ・ヴァ・エカワさん」同じ女の声。

 ベッドの脇に女が立っていた。磁器のように白い肌、黒い髪、赤い瞳の女である。

「こんばんは、アクシール・ローズです、お見知りおきを。今回は本当に頭にきましたよ。つまらない地上げ計画でわたしを巻き込んで……」

「何のことだ?」

 ヴァ・エカワは状況が呑み込めなかった。外からは絶え間ない破壊音。そして目の前には吸血鬼。

「手下のミウ・ラヒデに地上げをせかしてたでしょ。彼、それがうまくいかないもので辺りを焼き払うことを思いついたようですね、それから買い取ろうと考えた。全く迷惑な話です」

 寝室の扉が揺れ始めた。扉の向こう側から、何者かが槌を力を込めて打ちつけている。扉の中央にひびが入り木っ端が飛び穴が開く。

「わたしが昔作った杖で、何の落ち度もない倉庫に火をつけた。わたしの名前があのような出方をして、一時はどうなるかと思いましたよ」

 開いた穴の向こうにランタンで照らされた男の顔が見えた。顔は寝室の様子を確認するとすぐに後ろに引いた。そして、激しい物音と共に扉が揺れる。先の顔の主と他にも何人かが体当たりをしている。寝室の扉は数回でその力に屈し丁番から外れ、寝室へと倒れてきた。

 扉の向こう側にいたのはヴァ・エカワの知っている顔だった。会う度にこちらの頭を下げてきた男達である。男達はランタンを足元に置き、武器を放り出しヴァ・エカワに迫ってきた。

「最後に言っておきますが、わたしに関係なくあなた達の整備計画は成功することはありません。あそこには破壊神が住み着きましたから、もう誰も手はだせません。命が惜しいなら手を引きなさい」

 男達はヴァ・エカワをベッドから引きずり出し冷たい床に押し付けた。床の冷たさが頬と腹に染み渡る。しかし、それは僅かな間のこと、ヴァ・エカワは間もなく床の冷たさを感じる余裕は無くなった。 ほどなく、彼は屋敷や家具が受けた痛みを体現することとなった。せめてもの救いはそれが槌や斧によるものではなく拳と足で行われたことだった。


 フォレス・アミコ銀行副頭取キエイ・ヴァ・エカワ氏が深夜に忍び込んだ賊に激しい暴行を受け、私邸内を荒らされた事件は新聞各紙に大々的に報道された。 

 ヴァ・エカワ氏以外の家人や使用人は一切被害を受けず、邸内が激しく荒らされているにも関わらず、それに気づいた者はいない。犯人は家人や使用人を薬などで眠らせていたとみられる。被害者であるヴァ・エカワ氏も犯人の顔などを目にしていない。これらの点から事件は周到に練られた組織的な犯行とみられる。

 警備隊はヴァ・エカワ氏が私怨もしくは仕事上でもめ事に巻き込まれ、それに起因しての犯行ではないかとみて捜査を進めていると記事は締めくくっている。

 なお、その記事のそばに数日前の放火事件の犯人が警備隊に出頭してきたことが書いた記事が小さく載せられていた。

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