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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 待ち合わせ場所に現れたのがフレアだけでなく、黒塗りの動馬車であることにエリオットは驚いた。彼としてはフレアを伴い業者と会うつもりだった。フレアもそのつもりだろうと考えていた。しかし、馬車の客車には黒い仮面と派手な刺繍が施された黒の外套を纏った人物が座っている。それが誰なのか考えなくとも答えは出る。

「エリオット様、今回はローズ様も同行したいとのことです。よろしくお願いします」

 フレアは御者席から飛び降り挨拶をした。

「えぇまぁ、それは問題ありません。先方には高貴な方のお使いも同行すると伝えてあります」

「配慮ありがとうございます、エリオットさん。それで件の業者というのはどこにいるのですか?」客車からのローズの声だが、エリオットにはすぐ隣から話しかけられたように感じた。

「この先の埠頭に停泊している外国船です。商品は船に置いたまま売り込みをかけて来るんです。頭のいい連中です。臨検さえ乗り切れば後は楽、商品はこちらに持ち込んでいないだけに危なくなれば逃げるだけでいい」

「そちらのお二人はどういうお役目ですか?」

 ローズは客車に座ったままエリオットの背後に控えている男たちを手で示した。

「荷物運び役で連れてきました」スキンヘッドの強面男たちが緊張しながらも頭を下げる。

 彼らはお嬢さんを外国の業者の元に案内するだけの仕事と聞いていた。それが姐さんまでが目の前に現れた。緊張をしないわけがない。

「今後のこともあって彼らとの商談の体裁は整えさせていただきます」

「なるほど、あなた方も今後の商売のこともありますからね」

 ローズは座った姿勢のまま上方に飛び上がり、馬車の前に木の葉のようにゆったりと舞い降りた。

「では、行きましょうか」

 エリオットを先頭に最後尾はローズとフレアで埠頭を進む。訪れた帆船の甲板上でエリオットと外国人船員の形式美溢れる応対を経て、一行は外国船の甲板下にある一室に通された。

 挨拶が交わされた時、船員たち全員の動きが止まった。船長と思われる男は大仰な手振りとにこやかな笑顔を浮かべたまま、後ろに控えた部下たちも直立の姿勢のまま動きを止めた。

 突然の事態にエリオットたちは面喰って辺りを見回す。

「この船の人たちの動きを止めました。危害を加えるつもりはありませんから安心してください。ただし、今夜の取引については忘れてもらいます」とローズ。「あなた方もこの件に関しては口外することないよう気を付けてください」

 仮面の上からながらも視線を向けられたエリオットたちは慌てて何度も頷いた。

「フレア、エリオットさんに今回のお礼をお渡しして」

「はい」フレアは懐から布袋を取り出しエリオットに手渡した。エリオットはそれを恭しく受け取る。

「ありがとうございました。あなた方はもうお帰りなさい。わたしたちはもう少しここにいます」

「はい、ではこれで失礼させていただきます。姐さん方もお気をつけて」緊張を交えながらもエリオットはここまで言い切り、深々と頭を下げ出ていった。そして、部屋を出ると騒々しいほど足早に駆け出して行った。

「何もあそこまで怖がらせることはないでしょうに」フレアがため息をついた。

「これだけやれば、彼らも二度とこの連中と取引をやろうと思わないでしょ。まったく今になって面倒な物を持ち込んで」ローズは動かない船長を睨みつけた。

 ローズは部下の足元にある木箱を開けた。中に杖が四本並べてある。

「これよ、これ」

 ローズは木箱のそばに屈みこみ、一本の杖に彫像のように白い指で触れた。杖は小さな火を噴き、先端鮮やかだった緋色が少し色あせた。ローズはそれをもう三回繰り返すと立ち上がった。

「もうこれで大丈夫、ただの杖になったわ。出来ることは振り回して頭を割るぐらいね」ローズはようやく表情をやわらげた。「一安心よ」

「もう他にありませんよね」

「この四本で終わり、さぁ次は誰に売ったか教えてもらいましょうか」

 ローズに睨まれても船長はにこやかな笑顔を崩さない。意識を失っている船長はローズの恐怖を知らない点で幸福かもしれない 。

「なるほど、彼は取引相手の素性は知らないようね。姿は憶えてる黒のウェストコート、クラバット、白いシャツの飾り襟、飾り袖」

「目立ちそうですが、それだけじゃ探せそうにないですね」

「ここは彼らには一働きしてもらいましょう」

 ローズは船長の帽子のつばを軽くはじいた。


ミヒャエル・バンザの屑名刺から浮かんできたのはイクシュ・ウノという名の男で「キャバレリア観光」という会社の従業員だった。観光と銘打ってはいるが、実のところ主な業務内容はその所在が示す通り、売春宿、他の風俗店経営、管理、各店舗への人員派遣である。

 これらの店舗は新市街が発達するにつれ、そちらへと移っていった。しかし、旧市街でも以前より規模は縮小しているがしぶとく営業は続けられている。

 朝からビンチとフィックスがこのサリシュ通りで、派手な化粧をした女や男たちに誘われ絡まれながら「キャバレリア観光」に訪れたのも、ウノとその仲間がバンザの倉庫周辺で怪しい動きを見せていたためである。なぜ、売春宿の従業員が倉庫を買いたがるのか。二人とその上官であるフィル・オ・ウィンもそれに興味を持った。

 ウノは不在ということだが、少し彼の帰りを待つことにした。ここにいる男たちは皆、ビンチがバンザをなだめすかして、聞き出したウノの身なりと一致する黒の上下と白の飾り襟と飾り袖といういで立ちである。

「キャバレリア観光の持ち主がわかったぞ」ビンチの吸うたばこも三本目になった頃、頭蓋内に子供の声が響いた。オ・ウィンの声である。「フォレス・アミコ銀行副頭取キエイ・ヴァ・エカワ。といっても財界人、貴族が売春宿の持ち主なんて珍しい話じゃない。知っているだけで五人や六人で済まないからな。それとは別の話になるが、最近港湾地区再整備計画が立ち上がっているようだ。俺にはこっちの方が興味がある」

「その計画にはあの現場辺りも含まれますか?」とフィックス。

「もちろんだ。あの辺りを早めに押さえておけばいい儲けになるだろう」

「それをヴァ・エカワも知っていますか?」

「フォレスト・アミコも出資者の一つだ。知らないわけがない」

「火事現場並みにきな臭いですね」

 この後オ・ウィンとの通話がしばらく続いたが、その際中にビンチの限定回線に男が割り込んできた。男は例の場所に会おうと言っただけで出ていった。


 ウノとの会見を切り上げビンチは一人で例の場所へと向かった。そこは旧市街の東端、ガマレ運河にほど近い工房区の只中にある小さな教会。扉口から入り信徒席を抜け隅にある告解室へと向かう。女神の浮彫が施された引き戸を開け、座り心地の悪い長椅子に腰を下ろす。片側の壁に下げられたカーテンの向こう側に人の気配がする。

「あなたの罪は許されるでしょう。何がありましたか」さっきの男の声。

「今日は小芝居に付き合っている気はない」ビンチはカーテンを小突いた。

 カーテンの向こう側にいるのはこの教会の司祭の姿をした情報屋。闇を漂う情報の取りまとめ役。地元では司祭様として知られているが、ビンチの認識はこちらである。迷える者に助言を与える点においては頼りになる存在ではある。

「罰当たりな」

「杖の在処がわかったなら、教えてくれ」

「あなたの求めるものは新市街第二埠頭に停泊中のスモシス号にあるでしょう」

「確かだろうな?」

「わたしが間違ったことがありますか?」

 彼は求められた問いに答えるのみ出所を明かすことはない。

「ないな。次も頼む。神様によろしくな」

 

 スモシス号の船員たちは特化隊による臨検を抵抗なく素直に受け入れた。内壁に遮魔布を張った自慢の隠し倉庫を暴かれた時は、にこやかな船長もさすがに顔をしかめたが手向かうことはなかった。見つかったのは規定量以上の貴金属製品、磁器、陶器。これらは申告漏れとして手続きを済ませ超過金を払えば問題はない。

 問題なのは帝都では厳しく規制されている魔器、魔法を帯びた物品である。この場合ローズが製作した呪具、火焔林を込めた火を噴く杖だ。この地で商売をする船長もよく心得ているようで、杖を発見された時は思わず目をそらせた。

「これガラクタよ。使えないわ。魔法が抜かれてる」同行した分析官ナナ・ケリーが木箱に納められていた杖を手に取りため息をついた。

「これも、これも全部ガラクタ、派手な模様が付いたただの木の杖」

 手にしていた杖を箱の中に投げ戻す。

「そんなの嘘です。それ魔法の杖です。わたし嘘つかない」

 船長は自分の商品をガラクタ呼ばわりされ頭に来たらしい。犯した罪のことは横に置いて、怒りをあらわにした。だが、すぐに過ちに気付き口元を両手で押さえた。わかりやすい男である。

 ここで何が起きたのかビンチは察しがついた。杖の在処を知り魔法を抜きに来た者がいる。これができるのはただの一人きりである。ビンチが知り得る情報ならローズも同様である。どちらが早いかだけの話だ。

「確かにあんたが仕入れて、ここまで持ってきたのは魔法の杖だったよ。実際それで火事も起きた」ビンチは船長を睨みつけた。他の者は苦笑している。

「誰かがこの船に忍び込んで、あんたが大枚はたいて買った杖から魔法を抜いてガラクタに変えて出ていったんだよ。誰か変な奴は見なかったか?」

「知らない。杖はずっと仕舞っていたよ」

「ローズに先を越されたようだな」フィックスの声が頭蓋内に響いた。

「ああ、おそらくこいつらあの女に操られて、自分から杖を倉庫から持ち出して、立ち合いの元ガラクタにされた。覚えてないだろうけどな」とビンチ。

 他の隊士の彼らを憐れむ笑いが漏れる。

「どうする?」

「うまく言いくるめて一働きしてもらうか」

 わざとらしく咳ばらいをし、ビンチが船長を見据える。

「あんた、今回は面倒なことになってるぞ。金じゃ済まないことはわかってるな」少しの間黙り込み間を置く。船長は黙って頷いた。「あんたが売り飛ばした杖で火をつけた奴がいる。持ち込まれた禁制品で犯罪が起こった。当然持ち込んだ本人も罪に問われる。今のままだと国に戻れなくなるかもしれないぞ」

「それはできないね!」船長が声を荒らげた。それを合図に手下たちが腰の曲刀を抜いた。罰金はともかく身柄の拘束は我慢ならないようだ。

「できるさ」ビンチも大剣クルアーンを呼び出し、目の前の床に突き立てた。木っ端が燃え上がり、焦げた床から薄っすらと煙が立ち上る。これは効果があったようで手下は武器を構えながらも一歩後ろに引いた。船長も顔を引きつらせている。

「これからしばらく砂漠の刑務所住まいなんて嫌だろう。そこで相談だ。俺たちに少し協力してほしい」

「何をすればいい?」

「まずは杖を誰に売ったか教えてくれ」

「名前はわからないね。初めての人だった」

「初めての人?あんたは港で客引きでもやってるのか」

「友達が連れて来た。向こうの街の友達だ。お金持ちの知り合いいっぱいいる」

「そいつが買ったのが一本だけというのは値段のせいか、それとも何か他に理由があるのか」

「値段は全然問題ないね。うちは良心価格だよ」彼はなにより自分の商売にケチをつけられるのを嫌うらしい。「先ずは一本っていってたね。よければまた買うと言ってたね」

「なるほど、俺たちにもその友達を紹介をしてもらえないか」

「いやだね。絶対に無理だね」船長は頭をぶるぶると横に振った。ビンチが大剣を揺さぶっても彼は押し黙っている。

「それなら、客を呼び出してもらえないか。もうすぐ帰国するから杖が欲しいなら買わないかと連絡を入れるんだ。あんたはその客と会う段取りをつけるだけでいい。現場で見つかるのがこの力の抜けた杖じゃ、あんたを罪に問える証拠にはならない」

「そんなことあるのか?」アトソンが回線内で呟いた。

「お上の慈悲があればな」とユーステッド。

「またそれかよ」

「嘘じゃ……ないよな?」船長はビンチを睨みつけた

「任せてくれ。悪いようにはしない」

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