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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

 ローズの代理人であるフレアのスイサイダルパレスへの来訪は珍しくもないのだが、今日はどこかが違うと、門番のウィリスが事前の連絡を入れてきた。どこか重い雰囲気を感じたという。

 確かに店主であるジョニー・エリオットもそれを感じ取った。フレアのいつもの楽しんでやっている雰囲気が見られない。

「こんにちは。何かお困りですか?」エリオットは二階の事務所に入ってきたフレアに呼びかけた。

 エリオットの言葉にフレアは若干ではあるが顔をしかめた。

「面倒に巻き込まれてね」

「奥で話しますか?」

「そうしてもらえると助かるわ」

 エリオットは事務所奥の扉を開きフレアを招き入れた。フレアが飾り気のないこの部屋日はいることは少ない。これは事の深刻さを示している。エリオットは奥のソファーに腰を下ろすと改めてフレアに言葉を投げかけた。

「今日は何の御用でしょうか?お嬢さん」

「ローズ様が面倒に巻き込まれて困ってるのよ」

「ローズ姐さんが……、それはどういうことです?」

 エリオットには理解できなかった。彼女は新市街の事実上の支配者である。この地で最大の権力を持つ帝都、正教会からも一目置かれ、がっちりと癒着している。誰がそんな彼女を困らせることができるのか。

「一昨日になるんだけど、旧市街で起きた火事のこと知ってる?」

「旧市街ですか、わかりませんね」

「港の倉庫が一つ焼けたそうで、そこから、その焼け跡からローズ様の名前が入った呪具が見つかったそうなの」

 フレアはそれだけ口に出すだけで金色の頭を掻きむしった。エリオットにもひどく苛立っているのはわかる。

「偽物じゃないんですか?」

「特化隊が持ってきたけど、間違いないようね。ローズ様自身が自分が作った物だと認めたわ。ただし、作ったのはローズ様がここに来る前、三百年近く前の話。正体がばれてそこを出ていかざるを得なくなって、その呪具は置いていったらしいわ」

「それが一昨日の火事現場に置かれていたってことですか?」

「呪具自体が火元なのよ。火を噴く杖。炎の魔法を込めてあったらしいわ。それもかなり強力なのが」

「あぁ、つまり一昨日の夜、誰かが昔姐さんが作った杖で倉庫に火をつけた。それが焼け跡から見つかったってことですか?」

「そういうことね。ローズ様でさえ見るまで忘れていたような物が、突然目の前に現れて、特化隊から責められたもんだからもうローズ様大荒れなのよ」

 ここでまたフレアは激しく金色の頭を振った。

「しかし、ですね。姐さんがわざわざ御自分の名前の入った杖で火付けなんてしねぇでしょ。俺たちだってそんなことはまぁ、やるとしても足がつかないように注意を払いますから」

「今回は特別なのよ」フレアはため息をついた。「いつもはね、火をつけることはないけど痛めつける相手はつまらない小悪党なのよ。誰も気にしない。警備隊は喜んで手柄を持っていく。でも、今回は何も問題のない倉庫が放火されて、その犯行に使われたのがローズ様の杖。ローズ様はそれを問題にしているのよ。現場にそれがあっただけで信用問題に関わるのよ。今のところ、それは表に出てはいないけど次はどうなるかわからない」

「姐さんはまだ放火が続くと思ってるんですか?」

「作ったのは五本だそうよ。放火犯が帝都外から一本だけ持って、倉庫に火を付けに来るとは思えない。帝都で調達したに違いないとローズ様は考えている。誰が持ち込んだにせよ、一本だけなんてこともない。全部持ってきたはずといっているわ。だから、何が何でも次が起きる前に押さえないといけないと言われてるのよ」

「大変ですね」

 誰がやらかしたか知らないが、関わらないのが得策だとは思った。不意に数日前の記憶が浮かび上がってきた。

「そういえば、魔法の杖を買わないかと訪ねてきた業者がいましたね。近東のネブラシアからやって来る商船のオヤジですが」

「で、どうしたの?」

「うちは魔導士はいませんから、連絡先だけ受け取って帰らせました。火を噴く杖だと言われても使える奴がいないと役に立ちませんから」

「火を噴く杖!」フレアはエリオットに向かい身を乗り出した。

「あぁ……」

 口に出してしまってはもう止められない。後の祭りである。

「そいつらに会わせなさい。どこに行ったら会えるの?」思わず、フレアはエリオットに飛びついた。フレアがシャツの襟元を握りしめ、エリオットは危うく窒息しそうになったがその前に布地裂け、事なきを得た。

「すぐに……会えるよう段取りを、整えます。姐さんにはそう……お伝えください」息を整えながらエリオットは声を発した。

「お願いするわ」

 フレアはエリオットから離れ、ソファーに深く座り込んだ。その姿は首を絞められたエリオットよりよほど疲れているように見えた。


 貿易商ミヒャエル・バンザは怒りに震えていた。倉庫が火事に遭い在庫品が金にならないうちに焼け落ち、もうすぐ次の船で荷物がやってくる。届いた荷物はすべて受け取らなければならない。落ち込んでいる余裕もなく、抱えている人足を総動員して収納場所を確保している。目の回る忙しさの中で、何度も同じことを聞きに来る警備隊にうんざりとしていた。放火犯をただで探してくれるのはありがたいが、なぜ情報共有をしないのか。おかげで何度も同じことを話さないといけない。

 今日来たのは大柄な二人組、騎士団を名乗っているが、変装のつもりか妙に派手な服装をしている。ここならつなぎの作業服に手袋だろうと考える。怒りは体に障ると医者は言うがこの状況ではどうにも抑えが効かない。


「何度聞かれても答えは変わらないよ。あの倉庫の中身が少なかったのは次の船の荷物を入れるために開けていたんだよ」傍に来た人足頭に新しい指示を出しフィックスに向き直る。「何を勘ぐってるのか知らないが、うちはもう大損しているんだ。大急ぎで倉庫を一つ借りて再建もしないとならない。保険屋から金をぶんどっても何の儲けにならないんだよ」

 ビンチより一回り以上体格の小さな中年男のバンザだが、今の迫力は彼らに負けていない。顔ばかりか禿げた頭まで真っ赤になっている。

「何も疑っているわけではありません。犯人の意図を知りたいんです。なぜあの倉庫を選んだのか」慌ててなだめるフィックス。

 ここで選手交代ビンチが表にでる。

「何か心当たりはありませんか?以前問題を起こした人物、あなたをよく思っていない人物。商売上のもめ事とか」

「それも何度も話したよ。何人も辞めさせたが、それは理由あってのことだ。中には恨んでいる奴もいるだろう。それは俺からじゃわからんから事務方に聞いてくれ。記録は残ってるだろう」バンザは疲れたと言わんばかりにため息をつく。

「倉庫の中の荷物が狙われたということはありませんか。良からぬ奴らが勝手に倉庫を使っていた、そういう事例はあります。そんな連中が証拠を消すために火をつけた」

「おかしな物はなかったよ。至極真っ当にやってるんでね」

「それなら後は……土地狙いぐらいか」ビンチは呟いた。

 バンザはその言葉に反応し両眉を動かした。

「あぁ、それならいたな。何度も売ってくれと迫ってきた奴が」バンザはつなぎの胸や尻の物入れを探り始めた。

「これだ。あいつは訪ねて来るたびに名刺を置いていった。全部やるよ」

 バンザはくちゃくしゃになった紙屑をまとめビンチに突きつけてきた。

「あいつにあったら言っておいてくれ。倉庫は再建するから土地は売れんとな」

 そこまででバンザは一方的に話を打ち切り、ごった返す倉庫へと戻っていった。ビンチとフィックスの次の仕事はよれてかすれた名刺の判読作業となった。


 陽が落ちてローズが姿を現す時間になってもエリオットからの連絡はなかった。他の移民系の組織も同様と思われる業者から売り込みを認めた。しかし、彼らの中で契約に至った者はいなかった。理由は必要を感じなかった、売り込みの真偽を図りかねた、値段が折り合わない等である。犯人がこちらから出なかったのは幸いだったが、残りの杖の行方はまだ不明のままである。

「何か心配事でもあるの?」

 フレアは息をのみ、振り向いた。寝間着姿のローズがいた。表情は昨日ビンチたちが去ってからと変わらず不機嫌そのものである。

「進展はどう?」

「火を噴く杖を売り込む業者がいることをエリオット様から聞きだし、現在その業者と接触の段取りを整えてもらっています」

 寝間着の襟足と背中のリボンが見えない指でほどかれ、結び目から解放された寝間着が肩から滑り足元に落ちる。フレアは立ったままのローズから下着を脱がせ、新しい物を着せ付ける。

「火事の方はどうなってるの?」

「夜中の一刻頃、若い女性から近くて火事が起きているとの通報が通話機にてありました。場所は旧市街海岸通りです。通報を受け防災警備隊の方々が駆けつけてみても火の手は見当たらず、虚偽の通報かと思われましたが、念のため辺りを捜索してみると、焼け落ちた倉庫を発見しました。火事は警備隊の到着前に消し止められたらしく、倉庫周辺は水浸しになっていたそうです」

「新聞の関心が鈍かったのはそのせいね。警備隊が到着する前に消し止められた、水浸しの火事現場なんて面白くもない。それも焼けたのは一軒だけ」

「放火犯と消火した方はまだ不明です」

「たぶん、消したの彼女よ。リズィア・ボーデン、今はアイラ・ホワイトね」

「えぇ……」

「杖に込めた分だけとはいえ、わたしの力を水だけで抑え込む、それをできる力を持っていて、あの近くにいるのは彼女だけ、娘のアイリーンに通報させて自分は消火に駆け付けた。海の水を召喚して壁を作り、辺りを熱から遮蔽、杖が力を放出しつくしたらその水で消火、警備隊が駆けつけた頃には水浸しの現場の出来上がり」

「思ったよりいい人なんですね」

「近所で面倒は起きちゃ困るからでしょ。彼女いつまで瑠璃姫様を続けるつもりかしら、側近の名前を騙って帝都に住み着いて何を考えてるんだか」

 壁の隅で通話機のベルが鳴った。盤面に浮かんだのはフレアの待ちかねた番号。

「段取りができたようね。出なさい」

「はい」 

 フレアは明滅する受話器を取り上げに向かった。

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