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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第11話

 ブロックは剣を構えたまま、しばらく血まみれで床に転がっているボーデンを眺めていた。目と口を開いたまま床に倒れているボーデンに生気はなく、ただ血だまりだけが広がっていくだけだ。大きな息を吐き、ようやく落ち着いたブロックは剣を降ろした。

 剣を元の宝飾品の山に投げ戻し、肩を回し身体をほぐす。気分が落ち着くにつれ笑いがこみあげてくる。初めは軽く肩を震わせる押さえた笑いから、やがて喉を涸らすような大笑いへ、呼吸困難になりながらも笑いはいつまでも止まらなかった。

「えらく御機嫌なようだな。何かいいことがあったか?あんな小芝居でも喜んでもらえたなら何よりだ。」ブロックの耳に女の声が届いた。声の主は間違いなく倒したはずのボーデンだ。

 ブロックは驚き、床に目をやるとボーデンは姿を消していた。辺りを見回しても誰もいない。目に入るのは巨大な大地と漆黒の闇に浮かぶ数多の星。

「その首と四肢、さっさと断ち落としてしまいたい気持ちを押さえて、のろのろと動くお前に合わせるのは大変だったぞ」

 突然、ブロックの目の前にボーデンが姿を現す。右手にぬらぬらと紅い輝きを放つ片刃刀を構えるボーデン。さっきまで刀にそんな輝きは見られなかったはずだ。そして彼女の身体にはブロックが与えたはずの傷は見られない。

 ここでブロックは現実を悟った。小芝居、つまり彼が与えた一撃はボーデンが見せた幻影だったのだ。自分はボーデンの意識操作の術中にはまり、幻の中で踊っていたのだと。彼は慌てて後ずさりし床の血に足を取られ転びそうになる。

「逃げることを考えているな。悪いが、もう無駄だ。お前の地下研究所に娘のアイリーンを向かわせた。もうあそこは砂に帰っている頃だろう。娘に以前非常時のためと与えた力、思わぬところで役に立ったな」

 ボーデンは片刃刀の一振りをブロックの眼前に突きつけた。漆黒の刀身の上で紅い輝きが明滅する。

「綺麗だろう。娘の血だ。好き嫌いはあるだろうからな、さっきは隠しておいた。お前にも幾らかわけてやったぞ。傷口を通じてな」

 トモ・ヒロシゲを鞘へと収めたボーデンは室内を這う要塞の生体組織に目をやり微笑みを浮かべた。

「そろそろ、いい頃会いだろう」

 壁の一部を構成する生体組織が突如、破裂し崩壊した。そこから大量の血液が流れ出す。ブロックの背中に接続されていた血管が弾け飛び、血液を撒き散らしながら暴れ回る。ブロックも悲鳴を上げ、片膝をついた。頭を押さえ、胸をかきむしりボーデンを睨みつけている。軽い浮遊感の後、要塞が傾き床に集められた装飾品の山の中から指輪がいくつか飛び出し、壁に向かって転がり出した。

「ブロック、お前もこの要塞も少々痛めつけたところですぐに修復してしまう。そこでアイリーンの出番だ。愛らしい姿をしているが、ひどく貪欲なところがあってな、のべつ幕無し何でも食ってしまう。それは血も同じこと、下手に取り込めば誰であっても体中を食い荒らされる。といっても、この巨体少々の量では撃退される。そこでお前の身体を利用させてもらった。お前の身体を保育器代わりにして使い、血の量を増やし要塞へ流し込んだ。お前との茶番で時間を稼いだおかげで、十分な量を要塞側に送りこめたようだ」

 ブロックはひどくせき込み床の上に大量の血液をぶちまけた。浅い息で胸を押さえている。押さえている手の指がゆっくりとあらぬ方向へと曲がり、そして床に崩れ落ちた。

「今感じているその痛みの一つ一つ、それがお前の企みに巻き込まれた帝都の者たちの痛みや苦悩、そして恨みと知れ、そして……」ボーデンの右手のひらに白色光を放つ球が現れた。「これがわたしの分だ」

 光球は床にうずくまるブロックのだらしなく開いた口から彼の体内へと入っていった。すぐさま、彼の身体は球と同様の白色光を放ち、髪と残っていた衣服は瞬時に燃え上がった、ほどなく全てが消し炭と変わりその場に崩れ落ちた。

 また、要塞が揺れ床が大きく傾いた。血液の噴出、体組織の崩落に加え、天井から砂粒が降り始めた。本格的な空中庭園の崩壊が始まっている。足元に映る大地が少し前より確実に大きくなっている。要塞は大地に向かって猛烈な速度で降下しているようだ。石塊か何かが要塞と共に宙を舞っているのが見える。

 激しい震動の後、床と壁は星空と大地から紅蓮の炎に変わり程なく闇となった。


 爆心地から戻ったエリオットは宿には入らず、ガラス拾いの地元民や荷運び人足向けの酒場に向かった。水のように薄い酒や、正体不明の干物や内臓の煮物しか出さない店ではあるが一人でいる気にはならなかった。月が昇りしばらくしてアイリーンが戻って来た。それも気休めにはならなかった。ボーデンはブロックの研究所を砂に戻し自ら退路を断ったという。

「お母様を信じろ。きっと夜も明けぬうちに元気な姿を見せるに違いない」

「そうだといいんだがな」

 そう思いたい、思いたいがボーデンは前回同じ相手の始末にしくじって、二百年間寝たきりの羽目になった。それを聞いている身としては気楽に構えることなどできない。場末の酒場で知り合って間もない女の帰りを待ちわびる。エリオットとしては自分がそんな芝居がかった状況に陥るなど予想もつかなかった。

 その後も、アイリーンとこれといって話もせず、酔わない酒を飲み時は過ぎた。まだ夜中にはなっていない頃、男一人が血相を変えて店に飛び込んできた。要領を得ないところはあるが、とりあえず空に得体の知れない何かが現れた事はわかった。二人も他の酔客と共に外へと出た。

 その男が慌てたのも無理はない。村の遥か上空に巨大な火の玉が飛んでいた。火の玉はその背後にそれより小振りではあるが無数の火の玉を従え、長い尾を引き西へと向かっている。傍で悲鳴を上げる者や腰を抜かし座りこむ者、混乱しどこへともなく逃げ出す者もいる。

「おい、アイリーンお前が爆心地で見たのはあの火の玉か?」

「わからん、違うように思うが、ただ事ではないのは確かだろう」

「だよな……」


 空中庭園の内部が闇に落ちたとほぼ同時にその生体反応も消えうせた。今船内を支配しているのは凄まじい轟音と震動である。少しでも気を抜けば身体をどこにぶつけるか分からない。地震の最中に移動するなど常軌を逸しているのはわかっているが、動かなければこの要塞と運命を共にすることになりかねない。今は這ってでも前に進む必要がある。

 ボーデンは呼びだした燐光を先導役にし、能力を総動員し一歩ずつ前に進む。目指すは最下層、そこなら床に穴を穿ち、空へと飛び出すのことも可能だろう。

 船体に振り回されながらも階段を降り、ようやく最下層へと辿り着いた。通路中央へ移動し精神を集中する。たとえボーデンのような高位魔導師であっても石材の壁に大穴を穿つとなれば、十分な時間を掛けた詠唱が必要となる。ボーデンは床に片膝を付け石材に働きかけるべく詠唱を開始した。

 しかし、不意の浮遊感と激しい横揺れにボーデンは詠唱を中断された。詠唱は完了には遠く及ばない。床が大きく傾き、石材の境界面が黄金色を帯びているように見えた。次の瞬間、床が崩壊しローズは船外へと投げたされた。魔法障壁を瞬時に展開する。眼下に青い大地が姿を現し、石材が宙を舞う。

 ボーデンと共に宙に投げ出された石材が赤熱化し爆発崩壊する。燃え盛る様々な大きさの石塊がボーデンの障壁に衝突し、絶え間なく紅蓮の波紋を形成する。中には障壁を歪ませるほど巨大な塊も含まれている。集中力が切れれば瞬時に炎に包まれブロックと同様の炭となるだろう。

 群青の空の中で薄い叢雲を横に眺めることができる頃になって、ボーデンはようやく荒れ狂い炎を纏う石塊の群れを抜け出し障壁を解くことができた。眼下には広大な森林が広がり、集落が点在している。かなり遠方まで来てしまったようだ。ボーデンは集落の一つに降りてみることにした。


 夜空を飛び去る火の玉の群れを目にしたエリオットは、ないはずの後ろ髪を引かれる思いを振り切り、急遽帝都へと戻った。爆心地から西方といえば帝都の方角である。彼は帝都の様子を確かめるべく新市街へと急いだ。

 帝都でも火の玉で大騒ぎとなっていた。当然、魔物や悪魔などの関連が取りざたされたが、コバヤシの観測により帝都には害のない自然現象と大々的に告知され、エリオットが再び砂漠へ立つ頃には騒ぎは終息へと向かっていた。

 あれやこれやと用事と情報交換を済ませ、エリオットがバダの村に戻ったのは三日後の夕暮れ時だった。宿にアイリーンはいたが、まだボーデンの姿はなかった。やることもなく腹も減っていたためエリオットはこの前の酒場に行くことにした。

 正体不明の干物を肴に薄い酒を一人で飲んでいると、店の戸口に人が現れた。酷くもつれた長く白い髪、とりあえず女をであることはわかるが、顔も服もドロドロに汚れている。

 新市街東端の路地裏でもここまで汚れたままでいる者はいない。しかし、その女の物腰に自らの汚れを気にしている様子はない。

「店主、すまんが先ずは水をくれ。その後にここで一番高い酒を貰おう」女はそこまで言うとその場に座りこんだ。「さすがに東方から休まず飛んでくると身体に堪えるな」

 少し疲れているようだが間違いなくボーデンの声である。

「そいつの注文聞いてやってくれ。金は全部俺が払う。それから、ここに今いる奴らに同じ物を一杯出してやってくれ。俺からのおごりだ」

 エリオットは立ち上がり店主の向かい声を上げた。

 そして戸口に向かいボーデンを抱き起こし自分のテーブルまで連れて行った。妙な匂いがして服がべとついていたが気にはならなかった。 

 この夜、店は宴会騒ぎが夜中まで続いた。

 

 ボーデンによると空中庭園は火の玉となり崩壊し、遥か西方へと飛んでいったそうだ。エリオット達が夜空に見た火の玉の群れがそれだったようだ。これで二百年越しの戦いに勝利したのは破壊神リズィア・ボーデンと決まった。

 ボーデンが戦いと帰還の旅の汚れを落としくつろいでいると、帝都からの使者が宿に多数乗り込んできた。帝都に戻ったエリオットを見つけた彼らはその後を追ってきたようだ。彼らは一連の騒動について事情聴取のため帝都に即刻連れ戻された。

 結局のところ話の顛末としては記憶を取り戻した魔導師の暴走で落ちつくこととなった。

 伝説の魔導師リズィア・ボーデンの従者ルリことアイラ・ホワイトは療養所で突然記憶を取り戻した。彼女は二百年の時が過ぎたことが信じられず、それを自分の目で確かめるためブロックの研究所へと向かうことにした。それに協力したのがロマン・フェルである。彼はどこからかルリの存在を嗅ぎつけ彼女と接触を持った。狙いはもちろん天才錬金術師に絡んだ財宝、金目当てだ。

 彼はルリをうまく言い含め療養所から連れ出したはいいが、盗掘団同士の抗争に巻き込まれ自宅で襲撃を受けた。困ったフェルはルリをエリオットに押し付け、逃走を図ったとみられる。エリオットも財宝を条件に、アイリーンを案内人に爆心地へと向かったが結局何も得ることはできなかった。

 これを帝都はこの供述を全面的に受け入れた。驚くべきことだが、リズィア・ボーデンの力を知っている者ならば当然の成り行きなのだろう。

 

 一連の騒動が終結して一カ月が経った頃、エリオット、ボーデン、アイリーンは再び爆心地中央へと足を踏み入れた。今回はエリオットと懇意の拝み屋ピーター・ウィーチャーズも同行している。ブロックの研究所は突然の異変で再び地中へ埋没し、その跡は何もないすり鉢状の広場となっている。帝都はその状況に困惑しながらも策を検討中ということだ。

 彼らは小規模な祭壇をこの地に持ち込み、すり鉢の中央に設置した。香が漂う中ウィ―チャ―の鎮魂と慰霊のため厳かな祈りが響く。

「あんた、俺にお人よしとか言ってたがあんたも相当だよな。いきなりこんなところまで出向いてくる坊主を用意しろだからな」

「わたしがここを埋めてしまったために、帝都の連中はここに足を運ぶ気が失せたようだ。まだ中に放置されておる者も多いというのにな。いつまでもこの地に縛り付けられている者がおるとしたら哀れでならんし、目覚めも悪いそれだけだ」

「そんなもんかねぇ」

「そなたもわからんでもないのだろう。坊主にたっぷり金を掴ませて、荷物持ちよろしくやってきたのだからな」

「ふん」

 ウィーチャーズが祈りの言葉を中断し、咳払いをする。やがて、おしゃべりの男女が黙った後言葉を再開した。

 しめやかに鎮魂の鐘が鳴る。小さな慰霊祭ではあるが、これでようやくこの地に平穏が訪れることをエリオットはガラにもなく祈った。

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