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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第8話

 新市街が二百年前に事実上アクシール・ローズの統治下にはいったことは、身分を問わず帝都民の多くが知っていることだ。しかし、帝都もそれっきり諦めたわけではない。ほどなくローズの支持者の切り崩しのための取り締まりを始めた。今では多くの帝都民に好意的な目で見られているローズだが、当時は脅威の的であり支持者といえば忌避されていた浜辺の住人達だけだった。

 彼らがいなくなれば餌場もなくなり彼女もいなくなるのではないかと、いい加減さ極まりない考えから住人達を追い払う施策が実行されるが、当然住民たちからは大反発を食らうこととなった。正面切っての武力ではかなわないとわかっていた住民たちはゲリラ戦で対応した。地下に通路を掘りそれを利用し背後から襲いかかる住民たち。神出鬼没の集団に打ちのめされる貴族の子弟が増加するにつれ作戦の是非が問われ、やがて帝都は撤退し地下道だけが残った。しかし、地下道は廃棄されることなく開発は続けられ今に至っている。それを知るのは地元でもごく一部の者に限られている。


 扉をノックする音が二回、扉が解錠されジョニー・エリオットが現れた。

「調子はどうだ?」

 エリオットは両手で抱えた水のボトルと食料が入った籠をテーブルに降ろした。

「お母様か?わからん、意識は見つけた時と同じく混乱したままだ。濃い靄の中に沈んでいる」

 アイリーンは元の姿に戻り、ベッドに横たわるローブ姿の女に眼をやった。

 アイリーンがフェルの姿でエリオットの元へやって来たのは昼下がりのことだった。事前の連絡では珍しく慌てた口調だったが、まさか気を失った女を抱えての登場とは思いもしなかった。賊は撃退したが何者かに追われているとの話を受け、エリオットは地下の隠れ家に案内することにした。新市街の地下施設は有事に備え常に整備されている。この隠れ家もその一つである。

「医者を呼ぶか?それとも拝み屋か。どちらも腕のいい知り合いがいる。もちろん口も堅い」

「どうしたものか」

「それにはおよばん」女がベッドから身体を起こした。「娘ともども随分世話になったようだな。リズィア・ボーデンだ。よろしく頼む」

「お母様、お身体は……」アイリーンがボーデンを見つめる。

「そのようにしつこく頭の中を覗かなくともよい。ルリとは話がついた。もう元のわたしだ」ボーデンが大きくため息をつく。

「お母様!」

「まぁ、少しは勘弁してやれよ。こいつはあんたが目覚めてからずっとあんたのため飛び回ってたんだからよ」

「知っておる。そなたも随分お人よしなことに、我娘アイリーンに付き合っていたようだな」

「なんで、まだ話してない……」

「お母様も人の頭の中が読める。人なのにな。それに操ることもできる。嘘、偽り、隠し事は通用せんぞ。その気になればエリオットお前の頭の中にある悪夢を再現し、永遠にその中を彷徨わせることもできる」

「なるほど、あのお人と同じくちか」それなら下手に逆らわずにいるのが得策だと悟った。エリオットはローズのと付き合いにより心得ている。「なら、特に説明しなくとも、今どのような状況かわかっているな」

「ここがそなたの隠れ家の一つで、そこでわたし達が匿われているということならな」

「わかった。俺としては何が起きているか知りたい。さっき出て行った時に情報も取ってきた。それによると帝都は今フェルとあんたの行方を必死になって探しているようだ。ここに来るまでに何があったんだ。これからの対処も考えておきたい」

「そうだな。療養所を出て、ロマン・フェルなる男の住まいに寄った折に、多数の賊に襲われた」話し始めたボーデンは身体を動かしベッドの腰を掛けるよう体勢を変えた。「その者達はほどなく撃退をすることができたのだが、ルリには刺激が強すぎたようだ。不安定になってしまってな。恐慌状態に陥り、無理やり表に出て行こうとした。そしてわたしの意識と記憶に直に触れてしまった。夢のように緩衝を置かずにな。まぁ、わたしの過去の記憶など、お世辞にも気持のよいものではない。それに一気に触れたとなれば悪夢で済まされるものではない。わたしも彼女の混乱に巻き込まれ昏倒してしまった。幸いアイリーンに助けられこの部屋で目覚めることができた」

「待ってくれ。ルリというのは何者だ?」

「石化の呪いにより意識の奥底へと沈んだままのわたしに変わり、短い間だったがこの身体を守っていた人格だ。解呪と共にわたしが表に出ていけば問題なかったのだが、解呪はうまくいかず不十分な結果となっていた。そのため、わたしの意識が自衛のため彼女を作り出したのだろう。生き残るためとはいえ呪いによって自らの身体を石と化すのは耐え難い苦痛だったからな。過去の記憶を遮断し、負担を減らそうとしたのだろう。完全ではないにしてもな」

「話はついたというのは、ルリが落ち着いて後ろに引いたということか」

「彼女とわたしは融合した。今は記憶も共有している。それによりわたしも幾分か変化しているだろう。自分自身では感じ取ることはできないが…」

「よくわからんが、とりあえずあんたは問題なしということでいいな。体調は万全ではないにしても」

「確かに万全ではないな。まだわたしは半分石だ。これがどう出るのか、わたし自身もわからん」

「それはおいおい解決するとして、当面はどうするつもりだ。ここから飛ぶ気なら手伝うが、フェル絡みのもめ事はそちら任せになる。きっかけを作った俺がいうのもなんだが……」

 砂漠の盗掘団とことを構えるとなれば組織同士の問題となる。そして何か起これば当然帝都も乗り込んでくる。

「あの連中は同業だろうがフェルなる男と面識はなさそうだ。狙いはわたしだ。大方療養所の内外で見張っていたんだろう。そこでわたしが外へと出て来たのをこれ幸いと後を付け、あの男の屋敷で襲いかかって来た」

「あんたが狙い?あいつら何が目的だ?」

「背後にモーテン・ブロックがいる。どうやら地震が動かしたのは大地だけではないようだ。わたしと奴の止まっていた時間も動き出した。地震により奴の研究所が地上に現れ、そこそこ力のある盗掘団が奴の元まで辿り着き、奴はそれらに傀儡としての糸を付けた。その末に帝都やアイリーンと同様わたしに行きついたのだろう」

「あんた、二百年前は帝国側についてたんだよな。ブロックからすれば敵だ。わざわざ何の用がある」

「それはやっとのことで無事起動した空中庭園を緊急停止させ、奴をあそこに閉じ込めたのがほかならぬわたしだからだ」リズィアは豪快に笑い声を上げた。「わたしは空中庭園を停止させたうえで、その起動鍵を持ち去った。空中庭園を再起動し奴が身の自由を得るには鍵が是が非でも必要なはず、となればわたしからその在処を聞き出そうとするはずだ」

「なるほど」

「お母様、その鍵は今どこにあるんですか?」

「わからん、奴の研究所までは脱出したのはいいが、そこから出ることはかなわなかった。ルリとして目覚めたときにはこの身一つ。鍵を探すなら危険を承知で研究所に捜索のため赴くしかないだろう」

「いや、案外近くにあるかもしれないぞ。地震でブロックの研究所が姿を現し、最初にそこに入ったのは俺の知る範囲では、帝都の発掘隊に間違いない。奴らはあんたを含めて大量のお宝を持って帝都に戻って来た。ブロックの人形になった連中が入ったのはおそらくその後だろう。当然奴らも研究所の中を探しただろう。盗掘団のとしての力を活用してな。しかし、目当ての物は見つからなかった。だからこそわざわざ連中は帝都までやって来た」

「結局のところ、そなたは鍵がどこにあると思っているのだ?」

「帝国博物館だ。持ち帰った発掘品はすべてあそこに置かれているはず」

「一度出向く必要がありそうだな」

「警備の騎士はいそうだが、あんたたちなら何とかなるだろう。見つけたらどうするんだ。叩き壊すか、海に捨てるか」

「甘いな。そなたも帝国はあれにご執心だといっただろう。帝国があれを再び手にすれば是が非でも再起動を試みるだろう。鍵の有無など障害の内に入らん。それは絶対に阻止せねばならん」

「いったい何をするつもりだ」

「空中庭園を落とす。それが目的だ」

「あんた、帝国の味方だったよな?」

「誰がそんなことを言った?確かにわたしは皇帝と親交はあった。しかし、わたしは便宜上帝国についていただけだ」


 デヴィット・ビンチが新市街に赴くのは珍しいことではないが、それでもせいぜいローズの塔辺りまでで、それより東に足を踏み入れることは少ない。少ない機会だが訪れる度に変化する通りの中で変わらない物の一つが、この辺りを統べるジョニー・エリオットの店スイサイダル・パレスである。

 ビンチはジェイミー・アトソンと共に馬車を降り、開店間近のダンスホールへと向かった。向かってくるビンチの存在を認めた門番は一瞬警戒を強めたが、すぐに武器を降ろし会釈、襟元のゴルゲットに何やら連絡を入れた。ビンチの顔はすでに割れているらしい。

「ジョニー・エリオットに聞きたいことがある。案内してくれ」

 素性を隠すも意味がないためビンチは身分証を提示した。「魔導騎士団特化隊のデヴィット・ビンチとジェイミー・アトソンだ」アトソンもそれに続く。

「特化隊の旦那、エリオットは留守です」扉が開き現れたのはライデンと呼ばれているエリオットの腹心の男。「それでも良ければどうぞ。話は中でお聞きします」

 案内されたのは二階の雑然とした事務所。事務机とその前に古びた三人掛けソファーが二脚置いてある。どこか見覚えがある雰囲気とビンチは感じただが、すぐに原因はわかった。この部屋に皇帝陛下の肖像画を飾り、壁に巨大な帝国全図を張り付ければ、オ・ウィン隊長の執務室になる。

「どうぞ掛けてください」ライデンは片側のソファに座り、ビンチ達に対面のものを勧めた。

「このままでかまわん。それよりロマン・フェルという男が来なかったか。今日のことだ」

「おかげさまで客はたっぷり来ます。ダンスホールですから。飲み物はどうです?何かお持ちしましょうか?」

「ロマン・フェル、ロンダル家二男として生まれるが、若い頃に勘当され今は実家からは切り離されている。それ以来、いい加減な物書きで凌いできた。最近は旧市街の自宅のも寄り付かなくなっている」

「立ち寄り先を探しているうちにここのエリオットの名前が出てきた。あんたが知らないなら仕方ない俺達で嗅ぎ回る。痛くもない腹を探られて、その結果何か別のものが見つかったら……」とアトソン。

「当然見逃すわけにはいかないな」応じるビンチ。

「わかりました。その男なら来ました。一刻ほど前に馬車でやってきました」

 相手ははぐらかしの効く相手ではない。。

「一人だったか?」

「気を失った女を抱えてましたね」

「それでフェルと女はどうした?」

「追われてると言って、女をこっちに押し付けてフェルでしたか、そいつは消えました」

「どこに?」

「そこまでは知りませんよ。大方砂漠に出るつもりでしょうよ。金はいくらか持ってるようでしたから」

「女はどうした」

「エリオットが連れて行きました」

「どこか心当たりはあるか?」

「さぁ、そこまでは、もしかしたら地下かもしれませんね」

「地下、ここのか?」

「もちろんです。この辺りの地下がどうなってるのかご存知ですか。俺は全く見当もつきませんが……」

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