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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女
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第1話

 まもなく千年の都に陽が沈む。千年とはいえそれは長い期間という意味にすぎない。この地が実際に帝国の都となったのは五百年ほど前である。帝都旧市街は帝国と共に栄枯盛衰の歴史を重ねてきた。それに対して新市街が発展を始めたのは、ここ二百年のことだ。そして、その成り立ちは他の街に於けるそれとは大きく異なっている。


 新市街の成り立ちは、高齢の吸血鬼アクシール・ローズが長年の放浪生活に終止符を打ち、現在新市街と呼ばれている地に自らの要塞を建てたのが始まりである。当時その辺りは痩せた土地が広がっているばかりで、人が住んでいるのは海辺に点在する集落のみだった。住んでいるのは帝都に入ることができない貧民や帝都を追われた者、そして少し事情があるはぐれ者。そのためその一帯が帝都から顧みられることはなかった。


 そこに現れたのが裕福な魔導師を装っていたローズである。彼女は現在の新市街となる地域の土地を広範囲に亘って買い取り、裕福な高位魔導師に相応しい要塞を作り上げた。


 彼女の正体を知り恐れを抱いた集落の住民達だが、自分達が狙われる対象ではないとわかると騒ぐ者は少なくなった。彼女が狙うのは住民達がよそ者と呼ぶ者たちだった。それも月に一人か二人という程度である。帝国も当時は討伐の動きはあったが、同時期に起こった皇帝の崩御に伴う混乱でそれどころではなくなった。


 住民たちに都合がよかったのは彼女が同族を仲間として受け入れるタイプではなかったことである。彼女は縄張りに侵入する同族や呪われた者を排除した。その結果、帝国に長年見放されていた地域に平和が訪れた。それを目にした住民達は彼女の見方を変えた。彼女を無理に排除する必要はない。傍にいてよそ者でなくなればよいのだ。奇妙な共生生活の始まりである。


 そして、新市街は今では彼女の要塞の周辺も含めて、労働者相手の商店や飲食店、住居がひしめく活気の溢れる街となっている。




 夜が訪れローズが目覚める時となった。


 そこは住民たちが塔と呼ぶローズの要塞。それは帝国大聖堂の尖塔を遥かに凌ぐ高さを誇っている。その最上階の居室にローズはメイドのフレア・ランドールと共に住んでいる。


 身なりを整えベランダへと出てくるローズと付き添うメイドのフレア。彼女も普通の人ではない。その姿こそ碧眼で金髪の愛らしい少女であるが、その正体は齢三百歳を超える狼人である。彼女は呪われた者でありながらローズに排除されることなく、傍に置かれている。普段は重厚な外套の下に隠れているローズの素顔を知る限られた者の一人である。


 今はその外套もなく、普段住民たちが目にすることのない姿があらわとなっている。ローズの美貌や黒髪、豊満な胸などは通常の人と変わらないが、千年の時を経た姿は石像そのものである。美しくとも真っ赤な瞳の白亜の石像という姿は住民には刺激が強いため、極力晒さないよう努めている。住民の協力と支持が新市街支配の鍵となっているのだ。過度に怖れを抱かせるようなことがあってはならない。


 そんなローズにとってベランダへ出て、夜風に吹かれ夜空を眺め、夜の街を見下ろすことは憩いの一時なのである。気が向けば、地平線が丸くなるまで上昇し市街を眺め、吹き荒れる風に身を任せたりもする。


 物思いにふけるうちに背後で扉が閉まる音がした。フレアがこの場から辞したのだろう理解した。塔のメイドとしての仕事は多いのだ。掃除など家事はもちろん、支配者としての新市街運営関連の業務もある。ローズは見て見ぬふりをしているが、彼女は夜中に大聖堂に行くこともある。


 ローズは月が頂点近くに達するまで屋外で過ごした。夜も更けたため塔の傍にある飲食店などは閉店となり、人の往来も少なくなってきた。もう眺めている楽しさはなく、彼女は室内に引き上げることにした。


 室内とベランダを隔てる扉の前に立ち、右手をかざす。どういうわけか何の反応もない。


 もう一度、また反応がない。ローズは最近扉に物理的な鍵も追加したことを思い出した。  つまり、ローズであっても鍵を忘れると閉め出されることもあるのだ。


 ローズは鍵を探したが見つからなかった。どうやら、鍵を持たずに外へ出てしまったらしい。


「フレア、鍵を中に忘れてしまったようなの。開けてもらえないかしら」


 ローズは扉を軽くノックした。


 フレアは姿を現さない。部屋を覗き込んでも彼女の姿は見えない。


 扉はローズやフレアが殴っても壊れないほどに強度はあるが、特に防音効果は持たせていない。そのため、中から物音は聞こえているはずである。


 今度は強めに叩いてみる。通常の扉なら壊れているが、ローズの力により強化された扉はびくともしない。騒々しい音は中に聞こえているはずであるが、フレアは姿を見せない。ドアノブを握り、力を込めて回したがやはりびくともしない。当たり前である。彼女が相手をしているのは単なるドアノブではなく自分自身なのだ。


 ここでローズは作戦を変えてみた。罠を作動させればフレアが迅速に駆けつけて来るに違いない。後は中から開けさせて、これは訓練です、御苦労さま、といってごまかせばよい。罠魔法は多少痛いがそれだけのことと、いろいろとやってみたがローズが触っても何も起こらない。ただ無反応なだけだ。所有者には害を与えない、実によくできている。


 すべては徒労に終わり、結局ローズが部屋に戻ることができたのは月が傾きかけた頃だった。


 この騒ぎはローズにとって自身の力を改めて確認する良い機会となった。


 そう思わないと、とても気持ちのおさまりがつかないローズだった。



最初は登場人物設定のようなお話が続きます。

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