師匠の師匠
「呪いの人形ってあるじゃないですか」
「ん、あぁ、あるね」
気づけば日が傾き始めた頃、素朴な疑問を抱いた私は移月さんに聞いてみる。
「あれって、誰かを呪うための人形なんですよね」
「基本的にはそうだね」
イメージ的には藁人形にその人の髪の毛を入れて名前を書いた紙を張り付けて釘を刺すみたいな感じだったと思う。
「でも…なんでしたっけ?一人鬼ごっこ?みたいなのあるじゃないですか」
しばらく考えた後、移月さんは思い出したような顔をする。
「あ~、そんなのあったなぁ。呪いというよりかは降霊術だけどね。でも、あれって半分デマだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。正しくは広まってるやり方がデマ。本当のやり方はまず人形を―」
「あぁ、今回はそれについては大丈夫です」
なんか本物のやり方を聞いたりでもしたら呪われそうだしやめとこ。
「で、その一人鬼ごっこって人形に名前を付けますよね」
「それはそうだね」
「人形に名前を付けるという概念があるなら、人形に名前を付けてその人形を呪うとどうなるのかなぁって」
つまりは、名前を持った呪いの人形を呪うとどうなるのかということ。
「ん~やめた方が良いかな」
まぁ、聞く前から大方予想はついてたけど。
「呪いの人形って呪いを溜め込む性質があるの。だから、呪いの被害を自ら受けたらそれが溜まって強力な呪いの人形になる。そして、その状態でさらに呪いを自分にかけて受けた呪いを溜め込んで強力になる。その繰り返しの最後には多分やばい物が出来上がっちゃう」
「…?」
「えーっと、つまり……自分に攻撃、吸収して攻撃力アップ、自分に強攻撃、吸収して更に攻撃力アップ、自分に強強攻撃、吸収して更に更に攻撃力アップ、の繰り返しみたいな感じ」
「なるほど」
「で、最後には誰にも手が付けられなくなると」
「こんな単純な方法で作れるなんて思ったよりやばいですね…」
「しかも、恐ろしいのがこれ、一般人でもできるってとこだよね」
たしかに。魔女だろうと一般人だろうと誰でもできちゃうのか。私もすでに一般人の時には知ってたし。
「でも、ネットでも本でも今広まってる呪いとか降霊術の類の方法っていうのはデマがほとんどっていうか全てだからあまり気にしなくてもいいのかな」
「なら安心ですね」
「うん、だから、よく動画配信者が『人形に異変が⁉』とか『本物が映りました!』とかやってると面白くてしょうがないね」
「そ、そうですね…」
ケラケラ笑う移月さん。けど、その動画に上手く騙されてたとか言えない…。
「でも、全てデマっていうのもすごいですね」
なんか、不自然って言うか、口伝えでデマを広めたにしてもすべてがってことは無いと思うし。
「まぁ、昔、一回だけ魔界と人間界で協力して概念の書き換えをしたからね」
「え、あ、そうだったんですか」
「特定の書物だったり人物は対象から外して、それ以外の呪いとか降霊術は全部世界に存在する概念を書き換えたんだよね。だから、記憶もネットも本も自然と書き換えられてるはずだよ」
「なんか、めちゃくちゃ大がかりですね。というか、そんなことできるんですね」
「まぁね。でも、概念の書き換えって大変だったから、魔界からはメルの師匠が。人間界からは私の師匠が代表してやったよ」
「へぇ~意外と身近なんですね」
「たしかに。サユさんの師匠の師匠と、私の師匠だし、なんか運命感じちゃう」
運命感じちゃうは少し嫌な表現だけど、へぇそうな……ん?サユさんの師匠の師匠?
「サユさんの師匠の師匠?」
「うん。メルはサユさんの師匠。で、メルの師匠がその人」
えぇ…身近にもほどがあるでしょぉ…。まぁサユさんって一応強いらしいから不思議なことではないのかもしれないけれど。
「まぁ、けど私の師匠、どちらかというと魔界サイドだとは思うんだけどね…。その影響もあって協力しようってなったんだと思うし」
その時の移月さんは珍しく苦笑いを浮かべていた。
「なんか、師匠の師匠って不思議な感じですね」
「そう?イメージ的にはひいおじいちゃんひいおばあちゃんとそう変わんないと思うけど。ですよね?」
「ん?」
突然の同意を求める声と私の話しかけてくるときの区長と違って困惑したが、すぐにその疑問は無くなった。
移月さんが見つめた天井に魔方陣が展開された。そしてそこから…。
「きゃっ」
サユさんが落ちてきた。床に着地した瞬間、大きな胸が揺れる。
「えーっと…あら、心ちゃん。と………移月さん…。こんにちは」
「こんにちは」
「こ、こんにちは…」
私の師匠には相手の状況適応能力の測りを謝る性質があるらしい。サユさん本当にすいません…。
―事の経緯をサユさんに説明した。
「そうですね~、たしかにひいおばあちゃんみたいな感じですね。でも、私の場合はメル様のお師匠はまだご存命だったのでどちらかというと、メル様のお母さまみたいな感じに私は思ってました。実際はそういう関係では無いんですけどね」
移月さんの方を見る。
「なに?」
「いえ、何も」
「そう」
どう見ても母親っぽくは無いよなぁ。どちらかというと姉かな。移月さんみたいな姉は少し嫌だけど。
「それにしても、何故メル様が私のお師匠様だということをご存じなのですか?」
「この間、淫紋に触れた時にメルと同じ魔力を感じたので」
「あぁ…」
あれね。肌すべすべげへへの時ね。
ところで…。
「メルさんって誰ですか?」
この間もメルって名前が出てきた気もするけど、よく知らなかった。
「メルはね…ん~偉い人?」
首を傾げて少し考えた割には理解できるような答えは出てこなかった。それを見てサユさんが説明してくれる。
「メル様は簡単に言うと魔界の女王様なの。で、私のお師匠様」
「……つまり、移月さんはそのメルさんと知り合いで、サユさんはメルさんの弟子っていうことですか?」
「そういうこと」「まぁ、知り合いというよりマブだけどね」
…なんか、とんでもない人が目の前に二人もいる。そのうち一人は私の師匠で、もう一人はお隣さんなのか。とんでもないな。
「というか、そのメルさんを知ってることについては驚かないんですか?」
いくら移月さんとはいえ、こんなにも顔が広いとは思えない。
「移月さんは魔女としてはかなり強いの。だから、メル様を知っていても不思議じゃないかなぁって思って。それでも、魔界と通じてる人間さんなんて本当に極稀なことなんだけどね」
「そうそう!私って結構強いんだよ!メルにワープ魔法教えたのも私だしね」
「そうなんだ」「そうだったんですか⁉」
「メルが弟子を驚かしたいって言うから…あ、これ言っちゃいけないんだった」
そうか。師弟の関係だからそりゃそうなんだけど、メルさんってサユさんより強いのか…サユさんより強いってどれくらい強いんだろう。というか、サユさんより強いメルさんとマブな移月さんって…。なんか…魔界で一番偉い人のお弟子さんと、その偉い人のマブが目の前にいるって思うと、私がすごく小さく見える。
「心ちゃん、どうしたの?急に顔が強張って」
「いや…こうしてお二人並ぶと私ってとんでもなく弱いんだなぁって」
「あ~そっかそっか。でも、最初はそんなもんだよ」
「そうですよね。私も心と同じくらいの時には同じことを思ってたっけ」
「私もです。懐かしいなぁ」
移月さんもサユさんもそんな時があったんだ。
「それが今では弟子を持って、いっちょ前に魔法を教えてるんだから心もそのうちそうなるんじゃない?」
「そんなもんなんですかね?」
「弟子と言えば、心ちゃんが弟子を持つってなったらどんな子が来るんですかね」
「絶対、超かわいいJK」
「それは移月さんのでしょ」
自分の願望を人の願望にすり替えるんじゃないですよ。
「じゃあ…たくましい子なのかな?それとも、優しい子かな?」
「そんな子供じゃないんですから」
「あ~、もしかしたら心ちゃんの子供を弟子として育てるのかもね」
私の子供…もはや想像すらつかない…。結婚願望も子供願望すらもない私の子供ができたら…ん〜やっぱり想像つかない…。
「じゃあまずは彼氏を見つけるところからだね。イケメンな彼氏見つけてね!」
「それは移月さんが頑張って見つけてください」
「ぶーぶー」
「ふふっ、でも弟子になりたいです!って子ができたらいいね」
「それは確かにそうですね」
特に弟子が欲しいというわけではないけど、弟子ができるっていうのも嫌じゃないし
むしろ楽しそうだと思う。
元気な少年、大人しい少女、純真無垢な男の子、少し根暗なメガネ娘、どんな弟子になるのか想像するのも少し楽しい。
「ま。まずは一人前になって師匠立ちできたとこからですけどね」
「そうね。頑張ってね」
「えぇ~ん、心行かないでぇ」
いつにもまして賑やかで温かい昼間。
あ~私に弟子ができたら、移月さんサユさん弟子、そして私でさらに賑やかになると思うとちょっぴり未来が楽しみになった。