魔女さんのごちそう
「ん〜…なんか、寒くない?」
「そうですか?」
十一月の日曜日、時刻は正午。場所は移月さんが住んでいるアパート。今は二人仲良くこたつに入りながら私は宿題をやっている。
「寒いよ〜」
移月さんと出会ったのが十月。時が過ぎるのは早いし気づきにくい。けど、これだけは日に日に感じるし嫌という程気づいてしまう。十一月、冬に入りかけてたり冬になっていたりとこの時期は季節の移り変わりの時期でもあるから体温と気温の機嫌取りが難しい。
けど、こたつが機嫌を取り持ってくれてるから私は今のところちょうどいい。
「毛布かなんか持ってきますか?」
「う~ん…なんか違うんだよね~…」
寒さに違いがあると言ったら…背筋がヒヤッとする感じとか、怠さと内側来る感じ…とかかな。
「もしかして、風邪ですかね?ここ最近こたつで寝ちゃってましたし」
「特に体調が悪いとかでは無いんだよね」
「え~…じゃあ、なんですか…」
なぞなぞをかけられた気分。しかも、それが解けないんだから少しもやっとする。
「ワ~ソウイエバモウお昼ダナ~」
「?……そうですね…?」
いきなり話題を変えたにしてはカタコトな感じで話すものだから意図が分からない。
考えていても仕方なく感じて、とめていた宿題をやる手を再び動かし教科書を開く。
「あ~なにか温かいものがいいな~」
「え、はい…え?」
「ポタージュとかいいなー」
「ポタージュ?……あ」
日常で使う単語としては頻繁にではないその言葉に反応が遅れた。
「お腹空いたんですか?」
立てながら開いていた教科書をずらすと移月さんがコクコクと首を縦に振っていた。
「そうですか」
「え~何か作ってよ~」
「では、宿題終わってからなら」
「え~?」
子供みたいな不満そうな顔を浮かべている。
「今作ってよ~」
「今ですか…?」
宿題は今のうちに終わらしたいし、何よりめんどくさい。気分が乗らない。
「作って作って~」
「後で作りますから、なにかスープとか」
「い~ま~」
そう言うと、右手に杖を出現させてこたつに突っ込んだ。
次の瞬間、こたつから冷たい風がビュオオと噴き出す。
「ひゃっ!冷たっ⁈」
こたつから急いで足を出す。
「ちょ、やめてくださいよ!」
「昼ご飯作ってくれたらいいよ~」
ぐぬぬ…。
「…わかりました」
仕方ない…。
「やった~ご飯~現役JKが作ってくれるご飯~!」
「おっさんみたいなこと言わないでください!」
冷蔵庫に向かい戸を開く。移月さんの冷蔵庫って何が入っているんだろう…。
ガバッ……バタンッ
「え…」
開いた戸を閉じた。
冷蔵庫の大きさは私より小さい。その内の冷凍庫ともなれば狭い空間だろう。
もう一度戸を開く。
「移月さん…」
「なに~?」
「これなんですか?」
もう一度中を覗き込む。それも深く、もっと奥に。
「あ~それね。それはね~」
まるで窓から顔を出したような気分だった。それ故、顔全体が寒い。中には肉、魚、野菜、冷凍食品のデザート、アイスクリーム…いろんな食材が並んでいる。魔法が使えるようになった私が今更驚くのも不自然かもしれない。けど、まさか…。
「魔法で中を大きくした!」
だろうなぁと思った。
「すごい…」
「冷蔵庫の横にスリッパあるからそれ使って入って」
確かに側面にマグネットでくっつく小物入れがあって、そこにスリッパが入っていた。
「お邪魔します…」
中は寒い。そりゃそう。マイナス一度とか二度はある部屋だし。
そこに綺麗に陳列された食材。しかも、結構大量に。
とりあえず鶏肉とブロッコリーを手に取り冷蔵庫から出る。
「ほぉ…あったか」
温度差がすごすぎてとても暖かく感じる。
「コンソメとかかつお節とかはそこ」
台所の隅に粉末類やカレールーが置いてあった。
「う~ん…」
さてと、何を作ろうか。
「あ!フランスパンがあるからシチューがいい!」
「わかりました」
シチューか…また時間がかかるものを…。
「では、パンだけ切ってトーストしてもらえますか?」
「はいよ~」
すると、杖を振ってフランスパンを浮かせた。
何をする気なのだろうと見ていると、後ろから包丁がフランスパンに向かって行ってそのまま独りでに切り出した。
「えーずるいー」
「へっへ~」
当の本人はこたつでくつろいだままだし…というかそれが使えるなら私が料理する必要ないのでは⁈
「それ教えてくださいよ」
「ん~…でもなぁ」
なぜ渋るんだ。
「私はJKの作ったご飯が食べたいわけだしなぁ」
「気持ち悪いこと言わないでください!」
「じゃあ、鍋浮かすくらいだったらいいよ」
私は料理するのを魔法に任せたいんだけど…。まぁいいか。
「物を浮かせるイメージで振るだけ…だけど、いつもみたいに上から振るんじゃなくて下から上げるようにね」
杖を鍋に向けた。
「そうそう、あとはこうやって…」
背後から気配がしたと同時に、声がして後ろから手が伸びてきて杖を握る手を優しく包んだ。移月さんのワープか。
「ふわっと上げてみて」
移月さんに支えられながら杖を振る。
鍋は浮いて、その場でとどまった。
「動かし方は、そのまま杖を動かすだけ」
包み込んでいる手に力が入ったのを感じて、右に杖を向けていく。鍋も連動して動く。
「水入れる?」
「はい」
「じゃあ、そのまま鍋を下げて…」
力は感じず、自分の意志だけで杖を下げて鍋を流しに置いた。
「水出せる?」
「やってみます」
いつもは脳内だけで作るイメージを、目の前の景色と照らし合わせてツマミを捻る。
ちょろちょろと水が出てきて鍋にたまる。
「できた…!」
やったことも移月さんにアドバイスももらったことが無かった魔法だけどできた。
自然と顏が緩んで笑みが浮かぶ。
「ふぅ~」
「ひゃ!」
耳に温かい風じゃなくて息が吹きかかった。
「跳ねちゃって~かわいいな~」
「やめてくださいよ」
「ごめんごめん、ついついね」
「ついついでセクハラしないでください!…って、こたつから出てるじゃないですか」
移月さんの顔が「あ、やべ」という顔になった。チラッとこたつを見たのを見逃さず、ワープされる前に腕をつかんだ。
「逃がしませんよ」
「や~ん、積極的~」
「その手の技はもう通じませんよ」
「なん…だと…⁈」
流石にもう慣れるわ。
「さぁ手伝ってください!」
「いやだー!」
「意外と料理できるじゃないですか」
「純粋JK飯…」
「まだそれを言うか…」
それでも、美味しそうに食べてた。
「ふわぁ…眠いから寝る~」
「こたつで寝たら風邪引いちゃいますよ」
「そしたら心に看病してもらうもん」
うわぁ…移月さんが言うと説得力というか、本当にやりかねないから怖い。
「おやすみ~」
「も~…じゃあせめて下だけじゃなくて上も温めて寝てください」
上半身が寒いままだと確か体に悪いんだっけ。体温調節が上手くできないとかで。
「え~こたつ下半身しか入らないし、ゆたんぽとかないもん~」
「じゃあ、魔法で何とかしてください」
上半身だけ温める魔法とかあるでしょ、多分。知らないけど。
「魔法で…あ、そうだ」
するといきなり、移月さんが目の前現れて仰向けに寝ていた私に伸し掛かってきた。
これまたお得意のワープだ…てか重ぃ…。
「どいてくださいぃ」
うめき声のようなものが出た。
「よいしょっと」
移月さんは退くと私の隣に来た。
「なんで一緒に寝なきゃいけな―うわぁっ!」
そのまま抱きついてきた。
「あったかぁ~」
「離してください!」
「むぐ~」
「胸に顔埋めないでください!」
「ふしゅう~」
「そのまま溜めた息出さないでください!」
「じぇ~け~」
「おっさんにならないでください!」
「おやすみ~」
「ちょっと…もう…」
まぁ良いかなと思ってしまった。…というかもう寝る気満々だし何言っても離れないだろうな…無理に引きはがすのも気が引けるし。疲れたし。
「スー…スー」
もう寝てるし。…こうしてみると子供みたいだなぁ。甘えられてるみたい。
ふと空いてる手が無意識に金色の髪を撫でる。
さらさらだ。何の引っ掛かりも無い素直な髪。当の本人は一癖も二癖もあるのに…。素直成分が全部髪に行ったな。
「うお~…JKのおっぱいぃ~…」
………寝言かな。そうだよ寝言だよきっと。いや、寝言だとしてもはっきりと欲が表れすぎてるけど。
というか、起きるまでこうして見てなきゃいけないのかな…。えぇ…宿題もやりたいのに…。
「こころぉ…」
「あ、はい」
反射的に返事してしまったが、移月さんは寝ているまま。
「また何か作ってぇ~…」
「もう…」
またも寝言。けど、起きてる時よりはっきりとしたような言葉だった。その時はただただうれしいって感情がそこにあった。
「これじゃあどっちが師匠かわかりませんよ…ふふっ」
眠気がしてきた。抱き着かれてるけど同時に抱き着いてるようにも感じる包容力のせいだろう。
「ふわぁ…」
だめだ…動けないし寝ちゃう……寝るか…。
―少し狭めの部屋に暖房の駆動音と二人の寝息がそこに響いていた。
「おっぱいぃ…」
あと寝言も。
私にしては珍しくちゃんと前回の後書きで言った通り、中旬に公開できました。
次回更新も同じような頻度でできればと思ってます。がんばります!
では、また今度。