98 美しきもの
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心地良い沈黙の中、少し前を歩くタイトの後ろをトコトコとついて行く月。歩きながら少しだけ横に体を動かし、背丈で前が見えなかった先をのぞいてみる。
(御屋敷、ひろぉーい! 客間って……どこまで行くのだろう)。
視線の先にはゆっくり、のんびり、長い長い綺麗なタイルの廊下がずっと奥まで続いているのが見えた。それからたまに、窓から差し込む陽の光を眩しいなぁ~と眺めては、その温かさにほやぁっと笑ってしまう。そしてしばらくの間、月は何も考えずにぼーっとしながら前へ進んでいく。
――え、あれ?!
ふと、ある場所で何かに気付き、足を止める。
「あ……れ? ここ、歩いてたっけ?」
少し不思議な感覚に、小さな声で呟いた。
それはまるで、よく月が読んでいる本などで、急に場面が変わるような瞬間で。草原やお花畑――目の前に広がる壁と足元の床が、全く違う景色に変化していた。玄関ホールを出てから今まで、壁は普通の白地。色とりどりの綺麗なタイルだったはずの床は、美しく咲く花々の模様に、いつの間にか変わっていた。
「え~♡ カワイイッ」
最初とは違い過ぎる風景に、思わず声を出して喜ぶ。足音のしないタイトの後ろで、ただただ流れに身を任せるようについて歩いていた月は、この時、自分が気が付かないうちに、別館にでも入ったのかな? と、深く考えずにいた。
(はぁ~やっぱり立派な御屋敷は、建物のつくりが違うのですネェ)
此処はまるで、本物の草花が咲いているように浮いて見えてくる。爽やかな風が吹き抜けるように、心は躍動していた。
「えっへへ」
玄関ホールで感じていた緊張は、すっかりどこかへ忘れてしまっている。
(お家の廊下を歩いているだけなのに、なんて楽しい場所なの!!)
――タッタッ♪ タタッ! トン♪
とても陽気な気分で歩く月の、リズムをとる足音に誘われて、仲良しな守護精霊たちがキラキラと月の周りを囲み笑い合う。そしていつものように可愛いメロディを奏で、歌いながら、楽しそうに舞い踊っていた。ひらひら、ひらひらと。
「ウフッ。ねぇ~♪ みんな楽しいネェ」
月は満面の笑みで、精霊たちと一緒にステップを踏んで歩いていた。
「――フッ」
(何心無し表情をなさる、幸ひなりお人だ)。
正面を向いたまま、気づかぬ程の一瞬、月の可愛らしさにフッと微笑むタイト。
イレクトルム王国のためだけに生きるよう育ち、日々殺伐とした環境の中へ身を置いてきたタイトにとって、月のように正直すぎる存在は、あまりにも輝かしく、そしてその姿は、無防備すぎて放っておけぬ、という気にさせる。
その心情はタイト自身、驚く感情であった。
歩いていた足を止め、ほんの少しだけ振り返る。横目視界に入る月のあどけない姿を見つめながら、タイトは小さな声で呟いた。
「よもや、このような慈しむ心が、まだ私の中に残っていたとは」
そのアクアマリン色の瞳に月の姿は、まるで辺り一面美しく咲く花の周りを、ひらひらと舞う蝶と、可愛く戯れる子供のように映っていた。
――そしてその光景は、良くも悪くもタイトに“ある記憶”を思い出させる。
「あっ!」
住時を追懐していたタイトの耳に突然! 月の驚く声が飛び込んできた。
「三日月様! どうなさったか?!」
月の視線を辿ると、さっきの玄関ホールに飾られていたものと同じタッチの絵を、瞳をキラキラさせて眺めて、嬉しそうにする月の姿があった。それを見て、一瞬気を張り詰めたタイトは、安堵した。
「いえ、あの絵が……はあぅ~♡ いいなぁ、素敵だなぁ」
タイトの問いにも、上の空で答える月は、今この瞬間。御屋敷に飾られた絵に、心奪われていく。
そんな三日月を、微笑ましく見つめていたタイトは、しばらくすると月の近くへ寄り、優しく話しかけた。月の心に、心地良く響くタイトの声。今は少しだけ抑揚をつけた、澄んだ透明の声だった。
「三日月様は、絵がお好きですか?」
えっ? と振り向いた月は、見た事のないタイトの柔らかな表情に、強い包容感と安心感を覚えた。そしてその温もりは、身体中を駆け巡る。
「あ、えーっと。私はこれまで、絵に触れる機会があまりありませんでしたので。しかし今日、此処で! こんなに素敵な作品にたくさん出会えて、私、とても絵が好きになりました!!」
そう言うと、舞い上がる気持ちで頬を紅潮させ、にっこりと嬉しそうに笑った。
「そうですか、それは良き事」
タイトは目を瞑り頷き、返事をした。
――まことよく、似ておられる。
「はいっ! あの、玄関ホールに飾られていた絵はイレクトルム王国の市場ですか?」
「えぇ、おっしゃる通りでございます」
わぁ~やっぱりッ! と、月はとても気持ちが昂った。そして、感じた事を自然とタイトに話していた。
「どの絵もとても素敵です。平和で賑わう活気が、今にも聞こえてきそうで……。特にあの市場の絵画が、心から離れなくて。美味しそうだし、エッへへ♪ 一度、行ってみたいです!!」
「然様ですか、それは王子もお喜びになられる事でしょう」
「あ、ハイッ! ……んっ?」
(うにゅ? 王子、おーじ、おぅじ?」
「この御屋敷に飾られた絵は全て、太陽様が描かれた絵にございます」
――――エッ???
「タイト様……い、いま、なんと?」
「三日月様が驚かれるのも、無理はございませぬな」
「エッ?! あ~いえいえ! そのぉ~……」
月は心の中で、まさかあの太陽君が、信じられない~!! と思い、その表情が思わず出てしまっていた。
「太陽様は見目があの恰幅。ゆえに、そうお感じになられても不思議ではない」
タイトは、表情ひとつ変えず三日月の考えている事を読み取り、話す。
「あ~、あはは」
(はぅー!! 口に出さなくても、私の気持ち。バレバレなのですよぉ)。
「幼少の頃より、勉学は座学ではなく、専ら体を動かす事ばかりに打ち込まれて、私を困らせてくれたものです。しかし唯一、この描画だけは進んで筆を持ち、描いておられた」
太陽の話をする時のタイトは、少し表情が和らぎ、懐かしむように話していた。月は、その様子を見ながら、胸の奥がポカポカと温かくなり、幼き頃の太陽の姿を、イメージしたのだった。
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次話も、おたのしみにぃ~(*´▽`*)