第八章
第八章
アテナが飛び立った後、反重力はなくなり浮いていた整備士達は降りる事ができた。その間に、グレダ大尉達もやってきて事態の把握を開始し始めていた。
そんな中、アテナのハンガーの前でセイルは立ち尽くしていた。その雰囲気は誰も近寄りがたいような、怒りと悲しみの混じったものだった。整備士達はアテナが飛び立つ時を見ていた。その時のセイルを見ていた為、どれだけ必死だったが分かっていた。だから、余計に声がかけにくかった。
だが、その中でそんな事もお構いなしに話しかける人がいた。
「これから一体、どうするの?」
それは、キャルだった。不満そうに顔をしかめながら、セイルに対して問い詰める。それを見ていた周りの人は、心配そうに見つめていた。セイルは、その場で固まったまま俯いていたが、しばらくして暗い声で答える。
「どうするも何も、今の僕には……機体がありません。助けに行くにもいけなんです」
「じゃあ、セイル君は何もせずにこの場所で立ち尽くしているだけなんだ。ティアが危険な目にあっているかもしれないのに」
そう言われて、セイルは拳を強く握り締める。本当は、今すぐにでも助けに行きたかった。ノエルの機体でも、オウガの機体でもいい、今すぐに迎えに行きたかった。だけど、今ユリウスはヴェンテの巣が近づいている。その為に、勝手な行動などできるはずが無かった。
しかし、その反応は間違っていた。キャルがセイルの反応を見た後、ため息をついたと思った、次の瞬間だった。
キャルはセイルの事を思いっきり叩いていた。その衝撃で、セイルはコンソールにもたれかかる事になる。キャルに反論する事はできなかった。セイルはただ叩かれた頬の痛みを噛み締めていた。
だが、キャルのほうを向きなおした時、セイルは違う意味で衝撃を受ける事になった。キャルは、今にも大声で泣き出しそうなほどに涙を流しておいた。涙は頬を伝って、床にボロボロと落ちていく。
「セイル君は、そんなに弱い人だったの! ユリウスの為に、命令違反までして戦っていたのは、一体何の為だったの? 規則だから? パイロットだから? 違うでしょ? セイル君達はユリウスの為に、パイロットになる前にすでに戦っていたじゃない! それは、ユリウスの人を守りたかったからじゃないの!」
キャルの言葉は、セイルに重く突き刺さった。キャルが言っている事は、確かに間違っていない。セイルが今まで、ユリウスで戦ってきたのは、ユリウスの人を、ティア達を守りたかったからだ。それは、今でも変わらない。
「セイル君は、前に機体が無かった時も、そうやって落ち込んでいたよね? 自分には機体が無いから何もできないって。でも、セイル君は諦めなかった! 詳細の分からない機体に乗り込んで、そのまま戦場に向かっていった。その時の強い気持ちはどこへ行ったの!」
「でも、あの時は偶々、機体を見つけられたから出撃できたんだ。今の軍にはどこにも機体なんか余っていない!」
「そんなもの、探さなきゃ分からない!」
キャルはそう言って、セイルの肩を掴む。そして、その瞳を見つめながら、今までのような大声でなく優しい声で話しかけてきた。
「ねぇ、ティアが行っちゃいそうになった時、通信をしたよね? その時に、ティアはなんて言っていたの?」
「僕の名前を……、呼んだ……?」
「それは、きっとティアの本当の思いだよ。ティアはきっと、少しだけ迷っているだけなんだ。それを、セイル君に止めてほしいんだよ。それは、僕でもないし、シェイラでもない。セイル君だけなんだ!」
セイルの脳裏でティアの声がもう一度、繰り返される。それは、どこか悲しみを含んでいるような、誰かを求める声だった。
そう思った瞬間、セイルの中に強い意志が燃え上がった。自分はこんな所で立ち止まっている場合じゃない。すぐにでもティアの所に行って、ユリウスに連れ戻さなくてはいけないのだ。セイルは気を引き締めて、キャルに言い返した。
「そうですね。僕は、こんな場所で立ち止まっているべきじゃない。今すぐにでも、どんな無茶をしてでも、ティアを助けに行かなきゃいけないんだ!」
「セイル君……」
「ごめんなさい、キャルさん。これは僕が元々起こした事なんだ。その責任も、僕が取らなくちゃいけない……。キャルさん、必ずティアは連れ戻しますよ、絶対に!」
そう言ったセイルは、歩き出そうとした。しかし、その時、格納庫の中に一団が入ってきた。護衛兵の中心には、アルレイド大佐とアテナの開発責任者がいた。セイルは、一旦その歩みを止めたが、すぐに歩き出しアルレイド大佐のほうに向かっていった。
アルレイド大佐の前にセイルが着くと、しばらくの沈黙があった。だが、その間セイルは一時も二人から目を離さなかった。その視線に反応するように、アルレイド大佐は話を切り出した。
「話は聞いた。アテナが暴走したそうだな。それについて、君には話したい事がある」
「そうです。しかし、今はそのお話を聞いている暇はありません。罰は後で受けますから。僕は乗っている人を助けないといけない。時間が無いんです」
セイルはそのまま、アルレイド大佐の横を抜けていこうとする。しかし、その先を警備兵に遮られてしまった。護衛兵の事をセイルは睨みつける。十六歳の放つ怒りとは思えない眼光で睨まれた護衛兵は思わず、息を呑む。
「まぁ、そう怒るな。正しい怒りは強い力になるが、間違った怒りは破滅しか起こさないぞ」
「では、邪魔をしないでください。僕の敵はあなた達ではない」
「邪魔をしに来たのではない。まずは、話を聞け」
アルレイド大佐にそう言われて、セイルは何とかその場に立ち止まる。早く行きたい気持ちが苛立ちを生んだが、今ここで厄介ごとを起こしても、時間がかかるだけだ。
「さて、まず話す事は暴走したアテナの対処についてだ。今までにこんな事態は起こった事が無い。その為、どうしてアテナを止めていいのかも具体的には分からない。そう、開発部門は判断した」
「おそらくは、AIの暴走が主な原因だというのが我々の見解です。乗務員は、機体を動かす一デバイスでしかないと思われます。よって、アテナの中にいる乗務員を下ろす事が出来れば、アテナは止まると予測されます」
「本当ですか!」
「勿論だ。あの機体はユリウスにとって貴重なもの。ここで失う訳にはいかん」
セイルはアルレイド大佐達が来たのは、自分達の事を追求しに来たのだと思っていた。しかし、実際は違ったようで、アテナを止める方法を教えに来てくれたのだった。彼らの目的はアテナにしか目が無いが、それでもティアを助ける事に関係してくる。その情報は貴重だった。
「それに伴い、君には軍より機体を用意させてもらった。それに乗って直ちに現場へ向かうのだ」
「分かりました。感謝します!」
セイルはそのまま、アルレイド大佐と共に機体の所に行こうとする。しかし、そんなセイル達に声がかけられた。
「お待ちください。いくら、セイルが腕のいいパイロットといえど、一人で向かうのは危険だと思います。ぜひ、自分達アース小隊を護衛につかせてください」
「グレダ大尉……」
そういった、グレダ大尉はセイルに向かって笑っていた。その後ろでは、静かに微笑むノエルや、やる気満々のオウガがセイルに視線を投げかけていた。グレダ大尉達の気持ちにセイルは嬉しくなる。この先にどんな危険が待っているのか分からないのに、ただ無言で助けてくれるというのだ。
「ああ、いいだろう。君達アース小隊にもアテナ回収の任務についてもらおう」
「了解です!」
その返事と共に、周りの整備士達がせわしなく動き出す。今までのやり取りは一部始終見られていたのだ。アレだけ、セイルの心強い意志や、グレダ大尉達の行動を見せられたら、自分達もじっとはしていられないだろう。その中にはキャルやシェイラの姿も見られ、やる気に満ちた表情をしていた。
セイルは、一旦グレダ大尉達と別れて、機体の所に向かう事になった。セイルの顔にはもう戸惑いの表情は無い。今のセイルには間違う事の無い、強い意志があるのだから。
*
案内された場所に着いたセイルは、そこにあった機体に驚いた。そこには、なんとEX―9ではない、どちらかといえばアテナに似ている機体があった。アテナと同じく、白色をベースにしている機体だ。色分けがしていなければ、見間違えてしまうほどそっくりだった。
アテナよりは、少しだけごつい感じがする。しかし、それでもEX―9よりかは、スリムなボディだった。
「これはアテナと共に同時開発していた機体でな。アテナの兄妹機になる。名前はEX―10『アレス』という。基本スペックはほとんど変わらないが、一つだけ問題があってあまり進められんのだ」
「問題……ですか?」
「君は、AIであるアテナに会ったのだったな?」
「はい……」
その言葉に、セイルは白い空間で出会った少女の事を思い出す。彼女は、アテナのPC内に存在する、AIなのだ。
「EX―10シリーズは、その機体の性能が人の操作できる領域を超えてえる。その為、機体の最大限の力を発揮するには、AIの補助が不可欠なのだ。しかし、この機体にはAIが組み込まれていないのだ」
「それは……」
セイルは、不安を覚えた。それは、あの機体を味わった自分だけが感じるものだろう。あの機体は、EX―10は異常なほどの性能を持っている。しかし、それを制御できていたのも、AIのおかげである。それは確かな事だった。
おそらく、AIがなければ本来の機体の性能は半分以下しか発揮できないだろう。それでは、EX―9とほぼ変わらない性能ともいえる。
「アテナのプログラムは私達にしても、奇跡的に作れたといえるものだ。当時、天才的な技術者がいたのだが、今では他界してしまっていて、すでにその力を借りる事も出来ない。アテナのプログラムを解析しようにも、プロテクトがかかっていて手出しが出来なかった」
「でも、構いません。例え、旧式の機体でも行くつもりでしたから」
そう言って、セイルはアレスのほうへ向かっていく。コンソールの所にいた整備士に話しかけて、機体の設定をしてもらう為に、詳細を教えていく。
それを見たアルレイド大佐は、後の事を部下に任せて立ち去っていく。まだまだやることがあるのだろう。アルレイド大佐は気を引き締めたまま、司令部に戻っていくのだった。
セイルは、整備士に詳細を教えると、すぐそばにあった更衣室に入り込む。パイロットスーツに着替えながら、一刻も早くティアのところへ向かう事を考えていた。機体は手に入れた。後は、何とかティアの所に行って機体から降ろさなくてはいけない。
しかし、セイルはふとある事に気がついた。自分達パイロットは、宇宙空間でも行動できるように、このパイロットスーツを着ている。だが、ティアはどうだ? 彼女は整備士であり、パイロットではない。もしも、パイロットスーツを着ていない状態で宇宙空間に出たら死んでしまう。
セイルは、その事を確かめる為に、アース小隊の格納庫へ通信をした。キャルはその場に居合わせていた為、ティアがどんな格好をしていたか知っているだろう。そして、しばらくしてキャルが通信に出ると、すぐにセイルはティアの事を聞いた。
「キャルさん、ティアはアテナに乗る前にどんな格好でしたか?」
『どんな格好って、いつもの整備服だけど? どうして?』
「考えてください! ティアが向かったのは宇宙です、パイロットスーツなしではいられません。そうしたら、コックピットすら開ける事は出来ない。ティアを降ろす事が出来ないのなら、アテナは止まらないんです!」
『そんな! じゃあ、どうしたらいいの?』
絶望的な情報に、二人は沈黙する。しかし、それでもセイルは諦めることは無かった。
「大丈夫です。確かに、強制的に止める事は出来なくなりました。でも、まだきっと方法はあるはずです。本当の最後まで諦めません」
「うん! 僕もセイル君がティアを連れ帰ってくるのを信じて待ってるよ」
「はい!」
セイルは、そうキャルに伝えると、通信を切った。後ろでは、機体の設定が出来たのか、すでに武装の装備まで始まっていた。
これから向かうのは、ヴェンテの巣だ。並大抵の装備ではやられてしまうだろう。セイルは、その為に重装備をつける事にしていた。通常のアサルトライフルに、高出力のビームライフル。そして、極め付けにEXIST専用の反物質砲までも装備させていた。ライフルは持てるだけマガジンを持ち、本格的な重装備で挑む。
「これくらい持ってないと、勝てないよね?」
不安になり、ノエル達に通信もしたが、どうやら大体同じような装備にしていくとの事だった。セイルはそれを確認すると、安心した。通信の相手が変わり、グレダ大尉が出てくる。司令部からの命令で、セイル達は単独でアテナの後を追う事になったそうだ。グレダ大尉達以外に仲間がいないのが残念だったが、それでも一緒に行くのは信頼できる仲間だ。とても心強い。
向こうでは、すでに出撃準備が出来たらしく、後はセイルの準備が整うだけだった。すでにこちらも装備は終わったようで、後は最終チェックだけみたいだった。
整備士から、出撃準備完了を知らされる。上空で合流する事を決め手から、通信を切った。セイルは急いでアレスに乗り込む。ヘルメットを被り、コックピットに乗り込んだ。
そして、セイルは目を閉じる。その瞼には、ティアの事を、そして自分を信じてくれたキャルとシェイラの事を思い浮かべる。いつもよりも長い時間の後、セイルは息を吸う。そして、目を開けて唱えた。精一杯の意志をこめて。
「Contact」
言葉と共に、セイルの中に情報が流れ込んでくる。しかし、その中にはAIと呼ばれる存在は確かにいなかった。何か満たされない感覚に少しだけ戸惑うが、整備士から問題は無いかと聞かれて、セイルは慌ててそれに答える。しかし、これは自分が望んだ事だ。アテナがいなくても、自分は戦える。そして、ティアを守って見せるのだと。
サイレンの音と共にアレスの上にあった隔壁が開いていく。カタパルトのランプが点灯し、出撃準備が最終工程に入った事を教えてくれる。それに合わせて、セイルはアレスのブースターと反重力装置を起動する。そして、ランプが全て点った時、アレスとセイルは射出された。
この感覚は、アテナを起動した時と似通っていると思った。あの時も、このような垂直射出型のカタパルトに乗って戦場に出て行ったのだった。アレスが地上に到達する。まぶしい光に一瞬だけ、目を細める。その先には、活気溢れる街の中にいる大勢の人が見られた。
その時、セイルは思った。ティアを助けるだけじゃなく、この星も、ユリウスも守らなくてはいけないのだと。
離れた場所から、空に向かって上がっていく光を捉えた。おそらくはグレダ大尉達だろう。セイルは遅れないようにとブースターを最大出力にして、合流地点に向かうのだった。その途中で、セイルはグレダ大尉達に通信を入れた。先ほどは言えなかったが、これからの事のお礼を言う為だ。
「グレダ大尉、すいません。この隊に入ってから、ずっと迷惑をおかけして」
『何を言ってんだ。部下の尻拭いは上司の役目だろうが。別に迷惑なんかしてねぇよ、それよりも一番の迷惑は死なれる事なんだ。お前らは絶対に死ぬんじゃねぇぞ!』
「ノエルも、オウガもごめん。何だかややこしい事に巻き込んで」
『別に気にしていない。ずっと訓練校時代からお前らのお守りをしてきたんだ。慣れてしまったよ』
『俺も、別に迷惑だなんて思ってないぜ。セイルは俺よりも面倒ごとを起こすからな』
グレダ大尉達の言葉に、セイルは本当にいい人達と仲間になれたと思った。この仲間とならば、きっとどんな困難でも乗り越えていけるだろうと。
「……ありがとう」
そんな通信をしている間に、合流ポイントまで到達していた。まとまって編隊を組みながら、セイル達は飛んでいく。そして、宇宙へ到達し、ヴェンテの巣へ向かうのだった。
*
ブースターを最大出力で、セイル達は果てしない宇宙を飛んでいた。ヴェンテの巣までは相当な距離がある。本来ならば、ワープ装置を積んで移動するところだが、エネルギーを多く消費する為に、後の戦闘を考えると使えなかった。
すでに、飛んでいる場所はヴェンテの襲撃範囲だった。小さな小惑星の隙間を注意しながら飛んでいると、集中力が必要だった。しかし、それ以上にあと少しでティアの所にたどり着けるという思いが強かった。
小惑星群を超えて、正面の視界が開けると、はるか先に大きな小惑星があるのが見えた。あれが、おそらくはヴェンテの巣だろう。しかし、その周りには今までに見たことも無いような、ヴェンテの集団が集っていた。
セイルは標準用のグリップを握り締める。これからは、ほんの僅かな隙さえ許されない戦闘が始まるのだ。集中力を最大限にして、ヴェンテのほうへ突き進んでいった。それに反応し、ヴェンテのほうもセイル達に気がついたようだった。
『行くぞ! お前ら!』
グレダ大尉の掛け声と同時に、編隊を変形させる。前衛にセイルとオウガ、後衛にノエルとグレダ大尉。アース小隊の基本的な陣形で、じっくりとヴェンテの陣営を切り開いていく、という作戦だ。進行を一旦停止して、迫ってくる一陣を撃退する事になる。
オウガは、片手に高出力のレーザーキャノンを装備していた。腕を突き出すように構えると、レーザーキャノンにエネルギーが蓄積されていく。エネルギーが一定値を超えると、砲身にスパークが現れ始めた。
『これでも食らええっ!』
オウガの威勢のいい声と共に、レーザーキャノンが放たれる。高出力のレーザーは、ヴェンテの群れに直撃をする。その瞬間、直撃したヴェンテは爆発も起こさずに、この世から蒸発して消えた。その周りにいたヴェンテは、その余韻に巻き込まれて体を破損し、息絶えて爆発した。
それを気に、セイル達はまたも前進する。数の減ったヴェンテが襲ってくるが、それを地道に対処していった。
その際に、一番戦績を上げていたのは、ノエルだった。ノエルは、両肩に小型ミサイルランチャーを装備していた。正確なロックオンでヴェンテを捉えて、攻撃圏内に入る前に撃墜していた。それは、アース小隊に近づいてくるヴェンテ全てであり、尋常な数ではなった。だが、ノエルはそれを正確に撃墜していたのだから、彼の情報処理能力はとてつもないものといえる。
『くっ、駄目だ。もうミサイルが尽きた! パージするぞ』
しかし、実弾兵器の弱点といえば、エネルギー兵器よりも弾数が限られる事だ。すぐにミサイルも底をつき、すぐにパージする事になってしまった。
だが、ノエルのおかげでずいぶんと楽にヴェンテの巣に近づける事が出来た。まだ、ティアの姿を確認は出来ないが、それでもここにいるというのは間違いない。徐々に激しくなっていく戦闘の中で、その姿を探しながら戦うのだった。
『くそっ! 数が多すぎる。オウガ! どうにかならないのか?』
『そんな事言ったって、レーザーキャノンだって弾数が限られているんですよ! そんなにバンバン撃てません! グレダ大尉もなんかないんですか!』
『馬鹿を言え、俺は怪我を負っているんだぞ! そんなに体に響くようなものは、持ってこれる訳無いだろうが!』
『じゃあ、その背中の物は飾りですか!』
言い合いをするグレダ大尉の背中には、キャノン砲とロケットランチャーが積んであった。それは記憶が正しければ、両方とも相当な威力を持った武器だったといえる。しかし、未だにグレダ大尉はそれを使おうとはしていなかった。
『お前らは行きの道を開く為に戦っている! その逆の帰りはどうするつもりでいるんだ!』
『それは……』
グレダ大尉は自分達の帰還の事も考えていた。確かに、帰るときに何の武装も無かったら、絶望的だ。この場所ではただ、ヴェンテを倒すだけじゃなく、残弾数を気にしながらも戦わなければいけなかったのだ。しかし、襲ってくるヴェンテの前には、そんな事は言っていられなかった。
『畜生! だったら行きだけでも俺が全部道を開いてやるぜ!』
そう言ったオウガは、背中に積んであったミサイルランチャーを構える。カバーが開き、発射体制になる。
『みんな衝撃に気をつけろ!』
オウガの声に全員が反応する。次の瞬間、オウガのミサイルランチャーからミサイルがあふれ出ていた。ミサイルは、ヴェンテの群れの中に入り込んでいく。そして、巨大な爆炎をあげながらヴェンテの群れを一掃した。
「オウガ、あれは……?」
『反物質弾らしいぜ。この後の戦闘でも使われるものだから、予算を気にせずに持ってこられたんだ。キャルがこの短時間で準備してくれたんだ』
その威力は絶大だった。先ほどまでセイル達に向かってきていた。大半のヴェンテは爆発によって消し飛んでいた。これでまた、先に進めるようになっていた。
『まぁ、今ので全部撃っちまったから、残ってないけどな』
そう言って、オウガは背中のミサイルランチャーをパージする。これで、残っている武器で使える強力なものは、セイルの反物質砲と、オウガのレーザーキャノンだけである。
『よし、向こうが怯んでいるうちに突破するぞ!』
セイル達は、再び進みだす。すでに、ヴェンテの巣は目の前にまで近づいていた。セイルは未だに見当たらないアテナの姿に不安を覚える。まさか、すでに撃墜されてしまったのではないのかと、嫌な想像が膨らんでいく。
そのうちに、またしてもヴェンテの集団に囲まれてしまった。今度こそ、足が止まり、長い戦いが始まりそうだった。しかし、そのヴェンテの隙間から戦闘の光が見えた。それはまさしく、アテナの戦闘だろう。
その瞬間、セイルの心臓は大きく跳ねた。ティアは生きている。その希望が見えた事により、
セイルの闘志はいっそう激しく燃え上がった。
「グレダ大尉! ティアを発見しました!」
『何! 本当か?』
「今、道を開きます!」
セイルは肩に装備してあった反物質砲を起動する。砲身が三方向に展開されて、そこにレールが出来る。光が収束して渦を巻くと、その場は視界が歪み始めた。許容限界まで蓄積された反物質は、急速に収縮され、光線となって放たれる。
光線はヴェンテの間を突き進んでいく。その間にいたヴェンテは反物質により、対消滅して跡形もなく消えていった。
光線は、はるか遠くのアテナのほうまで飛んでいた。ヴェンテは消えてなくなり、その空間はまるでトンネルのようにぽっかりと開いていた。しかし、さすがにヴェンテの巣に近いだけもあり、そう簡単に進ませてはくれなかった。ヴェンテは、すぐにセイルの目の前に壁を作り、通そうとはしなかった。
ヴェンテの口にエネルギーが収束する。四方八方から狙われる事になり、セイル達は動揺する。
『全員、バラけて回避しろ!』
掛け声と共に、セイル達は散開する。それぞれを標的にしたヴェンテは拡散して、セイル達を追いかけ始める。セイルのほうにも十数匹のヴェンテが狙ってきていた。
反物質砲は、冷却をしなくてはいけないので、すぐには使えない。それに、後撃てる回数は最高で二回だ。そうなると、使えるのは両手に持っている基本装備だけだった。しかし、それでも抵抗をするしかなかった。放たれるエネルギーを避けながら、ヴェンテに向けて射撃する。数匹を撃墜する事に成功するが、それでも数が減ったようには見えなかった。
「くそ! これじゃきりが無いよ!」
『反撃の糸口を見つけるんだ! それまでは耐えろ!』
グレダ大尉の言う通りに今はするしかなかった。目の前にティアはいるのに助けに行けないなんて、情けなかった。アテナさえあれば、このくらいのヴェンテはすぐに撃墜できただろう。しかし、今乗っている機体にはAIがいない。それが、これだけもどがしい事とは思わなかった。
だが、そう思っていた時、後ろのヴェンテに向かってレーザーが放たれていた。それは、間違いなくオウガのレーザーキャノンから発射されたものである。
「オウガ? 一体何を?」
『防戦一方ってのは俺のしょうに合わないんだよ。ここはいいから、さっさとティアの所に行ってこいよ! この前の貸しも返したいんだ!』
「そんな! オウガ一人じゃ無理だよ!」
オウガがセイルの目の前に止まり、ヴェンテに立ち向かおうとする。その数はセイルを追っていたヴェンテと混ざり、さらに増えていた。しかし、そんなヴェンテの群れを、正確な銃撃が襲う。
『安心しろ。この馬鹿にだけ任せる訳が無いだろう? 俺も戦うさ』
「ノエル!」
『行って来い。それがお前の役目のはずだ。お前以外には出来ない、そうだろう?』
二人はそう言いながら、セイルを庇うように壁になっていた。その目の前では多くのヴェンテが攻撃しようと、エネルギーをチャージしていた。
『さぁ! 行け!』
ノエルの言葉と共に、二人はヴェンテに向かっていった。多くのヴェンテが二人のほうに集中して、追いかけていく。セイルは、二人の好意を無駄にしてはいけないと思った。ふたりの無事を祈りながら、セイルは一人でティアの所に向かっていった。
*
未だにしつこく追ってくるヴェンテを撃墜しながら、セイルは徐々にアテナに近づいていた。少しずつその機影が確認できるようになっていくと、セイルにとって見たくない光景が見えてきていた。
アテナの装甲は、ヴェンテの攻撃を受けたらしく、いたる所が破損していた。それでも、未だに戦い続けているのは、アテナがそれだけ強い機体だという事がはっきりと分かる。
しかし、そのアテナもさすがに一人で長時間戦い続けていたのが辛かったのか、今では動きが鈍っていた。中にいるティアも、精神力を使って相当に疲れているだろう。そんなアテナを、ヴェンテは容赦なく襲い続けていた。
「ティアーッ!」
セイルはヴェンテなど構いもせずに、その中心へ入っていった。通信を開いてティアに話しかける。こちらからの通信は届いているようだったが、返事はなかった。
(くそっ! アテナを止めるにはティアの協力が必要なのに!)
アテナは未だにヴェンテを撃ち落としていた。積極的に高周波ブレードを使って動きを止め、弾丸を無駄遣いしないように頭を一撃で撃ち抜いていた。そのおかげか、アテナの腰には予備のマガジンが二個も残っていた。
しかし、いくらアテナが強いと言っても所詮はEXISTだ。このヴェンテの集団を全滅など出来るはずが無い。早くアテナを止めないと、そのうち弾切れを起こして狙い撃ちにされるだろう。
「ティア、このままじゃ僕らのほうが落とされる! 今は一旦引くんだ」
無駄だと思っていても、セイルはティアに向かって話しかけていた。だが、その呼びかけは無駄ではなかった。急に回線が開かれたかと思うと、ティアが返事を返してくれたのだ。
『そんな事……無い。私はまだ……戦える』
「っ! ティア?」
アテナがアレスから距離をとり始める。何をするのかと、一瞬考えたセイルだったが目の前では、予期せぬ事が起こり始めていた。アテナの装甲が変形をし始めたのだ。
背中のブースターの辺りからは、ウイングレールが伸びて電子翼を展開し、腕や足や胴体の装甲も変形して、まるで中世の鎧のようになっていた。
そんな時、アレスのレーダーが高エネルギー反応をキャッチした。反応の中心はどうやらアテナらしく、それは自分の目でも確認できた。アテナの体全体が発光していたのだ。エネルギー反応が大きくなるにつれて、アテナの発光も強くなっていった。セイルは、直感的にそれが危険なものだという事が理解できた。急転換してアテナから離れる。
「くっ!」
そして、通信がまだ繋がっていたのか、アテナがそれを放つ前に一言だけ、ティアがつぶやいた。
『みんな――消えて』
その瞬間、アテナを中心に強烈なエネルギー波が生まれた。一瞬にして広がった衝撃波は、セイルすら飲み込んでいた。強い衝撃がコックピット内にまで伝わってくる。それほどまでに、アテナが放ったエネルギー波は威力を持っていたのだった。
衝撃から立ち直ったセイルが見たのは、アテナを中心に周りにいたヴェンテが消えている姿だった。その威力に、セイルは言葉を失った。自分が操縦していた時はあんな機能など知りもしなかった。いや、知っていても危険すぎて使わなかっただろう。
セイルは、ティアの急的な変化に驚いていた。あれほどまでに優しかったティアが、なぜこんなにも戦いに身を投じているのか分からなかった。確かに、ティアは自分自身も出来れば戦いたいと願っていた。しかし、ティアは現実を見定めて、自分が出来る整備という仕事をしていたのだ。
アテナという機体を、自分が操縦できるからといって簡単に乗り込み、戦いなどするものだろうか。それに、ティアはユリウスを飛び立つ前に、セイルの名前を呼んでいた。それは、ただ呼ばれただけじゃない。助けてほしいという思いも込められていたとセイルは感じ取っていた。
「ティアは、戦いなんか望んでいない……」
またしても、高エネルギー反応をキャッチした。アテナが第二撃の為にエネルギーをため始めたのだろう。セイルはグリップを握り締めてアテナのほうを睨みつける。
「戦いを望んでいたのは――アテナ自身だ!」
セイルは姿勢を直して、アテナのほうに向き直る。そして、一直線にアテナのほうへ飛び始めたのだ。アテナのエネルギーはすでにチャージを終了しようとしていた。このまま近寄れば、先ほどのエネルギー波をまともに食らう事になるだろう。そうなれば、アレスの装甲でもどうなるか分からなかった。しかし、それでもセイルはアテナに躊躇いなく向かっていた。
「聞け! アテナ! そんなに戦いたいのなら、僕が変わりに戦う! だから、ティアを巻き込むな!」
アテナはその声に反応したのか、エネルギーを貯めたまま動かなかった。アテナに近寄ってその機体を捕まえる。その代わり、アテナに操られたティアが返事をしてくる。
『この子は、戦いたいと願っていた。だから、私は力を貸したの。それはいけない事なの?』
「確かに、ティアは自分も戦いたいと言っていた。でも、ティアが戦わなくても僕達がいる。ティアもそう言っていた!」
『でも、この子は一度でも私を受け入れた。それは、私と戦うという事を肯定したと理解できるわ』
「立ったら、今ティアはどう思っているんだ? 今のティアはそんな事など思っていない! そうだろう! ティア!」
セイルの呼びかけに、今度はしばらくの沈黙が流れた。しかし、その沈黙の中で微かに聞こえるものがあった。それは――すすり泣くティアの声だった。
『私は……、戦いたくなんかない!』
泣きながら叫んだその声には、ティアの確かな意志が込められていた。それを聞いたセイルは、ようやく微笑む。そして、ティアに向けてこう言った。
「大丈夫だよ。ティアもユリウスも、僕達が守ってみせる。これからも、ずっと!」
『セイルさん……』
完全に意識を取り返したティアからは、闘争心など消えていた。いつも通りのティアに戻ったのだ。
アテナからは、溜まったエネルギーが自然に放出された。アテナがそうしたのだろう。今のティアにはEXISTを操るだけの力は無いのだから。そう思っていると、不意にアテナからのデータ受信が始まった。
セイルは何事かと思い、詳細を確認するとデータには名前がついており、アテナと表記されていた。データの受信が完了すると、その瞬間にセイルの意識はあの白い空間に飛ばされていた。
空間には、アテナがいた。その表情は、無表情で何を考えているのか分からなかった。しかし、アテナは積極的に話しかけてきた。
「私は戦う為に作られたの。それが私の存在意義。強い戦う意志を持つ人がいなければ、私を受け入れる事は出来ない。だから、私は少しでも私を受け入れてくれる人を見つけたかった」
「それなら、僕がいたじゃないか」
「あなたは、戦いたいと願う中で、故郷に帰りたいと願っていた。私にとって、いつ居なくなるか分からないあなたは一時的なものでしかなかったの」
セイルは、心の中を読まれて少しだけ驚いていた。確かに、ユリウスを守っていたが、心のどこかでは地球へ帰りたいと思っていたのも確かだった。何よりも、地球に残っていた妹が心配だった。
しかし、ユリウスを守りたいという気持ちは本当だった。ユリウスで知り合った様々な人、その人達が愛する場所、それを守りたかった。そして、何よりも自分が好きになった人を守りたかった。
「確かに、僕はそんな事を思っていた。家族を失って残ったただ一人の妹をただ守りたかった。妹が居なくなったら、僕は一人になってしまうから……。でも、僕はこのユリウスで大切な人達を見つけた。それは他人だけど、家族みたいなもので、一緒に居ると安らげる人達」
セイルはそこで、一旦言葉を止める。そして、決心したようにアテナを見つめると、はっきりと答えた。
「だから、僕はユリウスで戦う! 妹には迷惑をかける事になるかもしれないけど。そう決めたんだ。だから、君が悩む必要は無い。僕と一緒に、戦ってくれ!」
せいるはそう言ってアテナに手を差し出す。その手を眺めたアテナは、少しだけ動きを止めると、セイルの手を握っていた。
「あなたが戦う理由は分からない、理解出来ない。でも、あなたが戦うというのなら、私はそれをサポートする。それが私の役目だから」
そう答えたアテナが笑ったように見えた。しかし、次の瞬間にはまた意識は戦場に戻っていた。ひるんでいたヴェンテはまた戦闘体制に入り、アテナとアレスを取り囲もうとしていた。だが、そんな事はセイルが許さなかった。
アテナが居る今、アレスは機体の性能を完全に引き出せるようになっていた。セイルはもう一度、反物質砲を起動する。砲身が展開されると、セイルはそれだけでなく、両手のライフルを左右に構える。
「ティアは僕の背中に隠れていて! 攻撃なんかさせないから!」
『は、はい!』
セイルはそのまま両手のライフルを撃ち始める。機体の両側に居る敵なんか本来は打ち抜けるはずなどは無い。しかし、今のセイルにはアテナがついている。アテナの補助を受けたセイルにはそんな事など、容易い事だった。
ヴェンテが放ってくるエネルギーをライフルの弾丸で相殺する。セイル達を狙うエネルギーは、全て相殺されて届く事は無かった。そうしているうちに、反物質砲のチャージが終わった。セイルは、それを確認するとノエル達のいるほうに向かって反物質砲を構える。
「いけええぇっ!」
セイルの掛け声と共に、発射ボタンを押す。反物質砲が放たれて、その直線上に居るヴェンテが消し飛んでいく。しかし、その直後に反物質砲に異常が発生した事がわかった。どうやら、エネルギー負荷のせいで動作が出来なくなったらしい。
反物質砲をパージして方向転換をする。道が開くと、セイルはすぐにグレダ大尉達に回線を開いた。
「こちらセイル! アテナの確保をしました!」
『よくやった、すぐに戻って来い! こっちももうそろそろ限界だ!』
「了解!」
通信を切ると、アテナを引っ張るように逃げていく。後ろからヴェンテが追撃をしてきていたが、無視をして回避する事だけに専念していた。
しばらくすると、グレダ大尉達が見えてきた。やはり、セイルが抜けた分が大きかったのか、グレダ大尉達は機体のあちこちを損傷していた。しかし、それでもここまで耐えていたのはすごいと思える。
『よし、セイルが戻ってきた! 退却するぞ!』
グレダ大尉がそう言うと、背中にあったキャノン砲とロケットランチャーを構える。そして、後退方向に受かって放った。大きな攻撃が収まって、固まっていたヴェンテにとってこの一撃は相当に効いただろう。
セイル達は、ブースターを最大出力にする。そして、後退を初めた。しかし、ヴェンテはそれを逃そうとはしなかった。向こうも全力でエネルギーを噴出して、追いかけてきたのだ。
激しいエネルギー弾の嵐を、セイル達は必死に避ける。何十匹のもヴェンテが放つエネルギー弾は雨のようにセイル達を攻撃していた。
そんな中、一発のエネルギー弾がアテナにあたりそうになっていた。それに気づいたセイルはとっさにアテナを庇うように体をひねる。
アテナにエネルギー弾は当たらなかった。しかし、運悪くそれはアレスのブースターに直撃してしまったのだった。
「うあぁ!」
『セイル!』
『セイルさん!』
動けなくなったセイルをノエル達が囲んで守る。グレダ大尉がセイルの機体に近寄り、ブースターの状況を確認する。ブースターはぐちゃぐちゃになって壊れていた。セイルは何とか動かそうとするが、びくとも動かなかった。
「くそ! こんな時に!」
セイルは思わず、シートを拳で叩きつける。後は帰るだけでいいのに、こんな事態になるなんて最悪だと思った。アテナだけなら、グレダ大尉達の援護でつれて帰れるが、自分もとなると、それは大きな負担だった。
さすがに、二機も引っ張りながらあのヴェンテの集団から逃げるのは不可能だろう。そうなれば、全滅だ。そんな事はあってはならない。だから、セイルは今出せる最善の考えを出した。
「グレダ大尉、僕を置いて先に戻ってください」
『はぁ!』
『なっ! 何を言ってるんだ!』
セイルの発言に、オウガとグレダ大尉が驚く。
『そんな! 無茶ですよ、セイルさん!』
「でも、それしか方法は無いよ。大丈夫、僕ならアレスとアテナがいるんだ。そう簡単にはやられたりしないよ。その間に、増援を呼んでほしいんだ」
『だが……』
「時間はそんなに無いです。お願いします……」
セイルの言葉に、沈黙が降りる。その間にも、ヴェンテの数はどんどん増えていた。しかし、そんな時押し殺したような声で、グレダ大尉が命令した。
『いくぞ、ノエル、オウガ。オウガがアテナを運べ』
『グレダ大尉!』
『本当にセイルを残していくのかよ!』
『それしか方法は無い! いくぞ!』
グレダ大尉はそう言うと、二回目の砲撃を行った。追ってきていたヴェンテが半分ほどに減り、弾幕が薄れる。
『セイルの気持ちを無駄にするな。それに、見捨てる訳じゃない。助ける為に行くんだ』
グレダ大尉の言葉に、ノエルとオウガが沈黙する。しかし、見切りをつけたのかそれに従うように、動き出す。セイルからアテナを受け取ると、オウガが言ってきた。
『絶対に落ちるんじゃないぞ! 約束だからな!』
「うん、約束するよ」
そう言うと、グレダ大尉達はセイルから離れ始めた。そんな時、ティアがセイルに叫んでいた。
『セイルさん! 必ず、帰ってきてください! 待ってますから!』
セイルは、その声に微笑むと思い切りの優しさを持ってティアに答えた。
「了解だよ、ティア」
グレダ大尉達が急速に離れていく。その姿はすぐに小さくなり、見えなくなっていった。それの代わりにセイルの目の前には、多くのヴェンテがエネルギーを溜めて狙いをつけていた。ブースターの無いセイルには、もう宇宙空間で移動するすべは無い。ここからは、全てのエネルギー弾を落として堪えるしかなかった。
「絶対に生き残って帰るんだ。みんなの居る――ユリウスへ!」
セイルは両手のライフルを構える。そして、ヴェンテに向かって宣戦布告した。
「さぁ! かかって来い、ヴェンテ!」
それに答えるかのように、ヴェンテはエネルギー弾を一斉に放ち始める。セイルは、エネルギー弾を捕らえると、次々に打ち落としていった。
セイルの後ろには遠くにユリウスが見えた。その先には、ヴェンテの巣が迫っている。そんな二つの狭間で、セイルは命がけの撃ち合いを始めたのだった。
*
ユリウスから離れたところで、小惑星対策班は巨大な反物質砲を持って待ち構えていた。あと少しで、射程範囲内に入るヴェンテの巣に向かって、構えを取り始める。そんな対策班の班長の下には、通信が入り会話をしていた。
「では、ヴェンテの巣の近くにはもう誰も居ないのですね?」
『ああ、そうだ。なんだか、もう一度巣のほうに向かおうとしている小隊が居るとか言っていたが、取り押さえられたから心配はないそうだ』
「了解。それでは、射程に入り次第、射撃します」
通信が切れると、班長は今の会話に出てきた小隊が何をしたかったのか、謎に思っていた。
(一体何を考えているんだか……)
しかし、そんな考えはすぐに消えた。所詮、自分には関係の無い話だ。自分は役割を果たせればいい。それだけだった。
『班長、射程まであと少しです』
「了解。全班、チャージに入れ!」
命令と共に、対策班が反物質砲をチャージし始める。EXISTが四機でやっと構えられる反物質砲には膨大な反物質が込められる。発射されれば、巣の後ろにも反物質の光線が届くだろう。
やがて、チャージが完了して射程範囲に入る。全ての班から射撃準備完了の報告を受けると、班長は射撃の合図を出した。
「全班、撃てぇ!」
その瞬間、反物質砲が一斉射撃された。凄まじい砲撃は小惑星を貫き、数秒とかからずに崩壊させていた。その威力は、その後ろの小惑星群までも貫いていた。
「小惑星の破壊を確認。これより帰還します」
『了解。帰還せよ』
班長の指示に従って、対策班は帰還し始める。みんな、ユリウスに対する脅威が消えて喜んでいた。そんな中、一人の班員がおかしな事を言っていた。
『そういえば、射撃の前に小惑星から何かが飛んだような気がしたんだ。残っていたヴェンテだったのか?』
『まさか。残っていてもどうせ何も出来やしないさ。たった一匹じゃあな』
『それもそうだな。さぁ、帰ってから大忙しだ!』