表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第七章

 第七章


 前回の襲撃から、一週間がたっていた。しかし、未だにヴェンテはやって来てはいなかった。セイルはこれが嵐の前の静けさに感じて、気持ちが落ちつかなかった。

 あれからティアは順調に回復をした。しかし、ティアにはアテナを整備させなかった。ティアは不満を持っていたようだが、何とか受け入れてもらった。また、いつあんな異常行動を起こすか、分からないからだ。それに、何もティアでなくても調整をする人はいる。アテナは、元々開発プロジェクトに関わっていた整備士に調整をしてもらう事になった。

 キャルは幸いにも、グレダ大尉がなにもしなかった為、一日の自宅謹慎で済んだ。一日たって少しは落ち着いたのか、次の日には普通に仕事をしていた。しかし、未だにセイル達の事を許してはいないようだった。

 ランド曹長達のほうは、まだ進展がないようだった。相手がどこにいるのかまで分かっているのに、手が出せないのはとても悔しいと思った。結局、その日は何も起こらずに、寮へ帰る事になったのだった。

 しかし、その日の深夜。セイル達の部屋に来訪者が来た。時刻はとっくに零時を過ぎている。むしろ、朝方といったほうがいいくらいだ。こんな時間にいったい誰が来たのかと、セイルは思いながら扉を開けるのだった。

「どちら様ですか〜?」

 扉を開けた先にいたのは、なんとグレダ大尉とランド曹長だった。思いもしない人物の来訪にセイルは思わず、声を上げてしまう。しかし、すぐさまグレダ大尉に口を押さえられるのだった。

「大声を出すな。今俺達がここに居る事がばれるとまずい」

「こんな深夜にごめんね。でも、緊急を要する事態なんだ」

 セイルは、口を塞がれたままで縦に頷いた。グレダ大尉が手を離すときには、ノエル達も何事かと玄関に集まっていた。セイルは、グレタ大尉達を部屋の中に入れる。グレダ大尉達は、妙に切迫した表情をしており、いったい何があったのかセイル達は気にしていた。

「一体、何があったんですか?」

「こんな時刻に来るという事は、何か進展でも?」

「いいか、落ち着いて聞いてくれ。実は、とうとう奴らの研究内容が分かったんだ」

 ランド曹長が口を開いた。そこから出てきた言葉は、セイル達の待ち望んだ報告だった。突然の報告に、三人に動揺が走る。しかし、それと同時にとうとうこの時が来たのだと、セイルは思った。

「一体……、彼らは何を研究していたんですか?」

 セイルはランド曹長に質問をする。その質問に、ランド曹長は重い声で答えた。

「奴らは……、研究所の地下でヴェンテの幼生態を捕獲しているらしい。そいつを生きたまま研究しているんだ!」

 ランド曹長の返事にセイル達は絶句した。いくら幼生態とはいえ、ヴェンテを生きたままユリウスの中に入れているのだ。とても正気の沙汰とは思えなかった。

「おそらく、ヴェンテがこんなにも襲撃してくるのは、幼生態を助ける為なんだろう……」

「そんな! それじゃあ、悪いのは僕達のほうなんじゃないですか!」

「確かに、俺達が悪い。しかし、それをやっているのは一部の人間だ。だが、関わっていない一般人まで巻き込まれるのは見過ごせない!」

「でも……」

 グレダ大尉の言葉にセイルは複雑な気持ちだった。ヴェンテは仲間を助ける為に戦っていたのに、自分達は知らないうちにそれを邪魔していたのだ。それは、人類が自分達を守りたいが為の身勝手な研究だ。だが、ヴェンテは人類にとって天敵ともいえる生物だ。

 過去数百年に渡って戦ってきたという歴史は消える事はない。ヴェンテが襲ってくるならば、戦わなければいけない。それは、正しい事だ。しかし、今回のような場合に戦う事は仕方ないと思うのは少しだけ違う気持ちがしていた。

「とにかく、俺達はこの事態を速やかに解決しなければいけない。よって、これから生態研究所に進入し、ヴェンテの幼生態を始末する」

「グレダ大尉! それは――」

「セイル君! これは仕方がない事なんだ! 確かに、これは僕達人類の身勝手な行いだ。でもね、僕達はこの星に住む人類を守らなければいけないんだ。それが、役目なんだよ」

 ランド曹長の言葉に、セイルは口を閉じる。その言い分は、間違ってはいない。だからこそ、否定する言葉が見つからなかった。

「セイル。これから俺達がする事は、確かに身勝手な事だ。だがな、俺達がこの汚れ役を引受ける事で多くの一般人が救われるんだ。それだけじゃあない。捕獲されているヴェンテもある意味救われる。生きたまま実験体にされているなんて苦しいだろうからな」

 セイルは、グレダ大尉達にそう言われて考えた。この行為によって助かるものは多い。それは、人類にしてもヴェンテにしてもだ。そして、セイルは決心をした。

「分かりました……」

「よく決心したな、セイル。……さて、後ろの二人もいいか?」

「はい、平気です」

「俺も問題ないです」

 グレダ大尉の言葉にノエルとオウガは頷く。それを確認すると、グレダ大尉は部屋に運び込んでいたアタッシュケースを机の上に置いた。ケースのロックを外すと、ケースを開く。すると、その中には数丁の拳銃が入っていた。

「これは……。軍の支給物ではないですよね?」

「いいか。俺達はくれぐれもこの事を極秘に行わなければいけない。特に、俺達がやったと特定されるのは、まずい。何しろ、軍の上層部が絡んでいるんだ。バレたらどんな目にあうか分からないからな」

「僕達は、まず研究所の地下にもぐる。研究所は今、最低限の人数しかいないから、進入するのは簡単だ。内部の事も調査済みだから迷う事はない。問題は地下に入ってからだよ」

「地下は本来なら、無い事になっている。だから、どれだけの人がいて、どこに幼生態がいるのかも分からない。地下に入ればさすがに警備も気づくだろう。そうなったら、時間の勝負だ」

 これから行われる重大な作戦の説明に、セイル達は緊張を隠せない。自分達がこれから行い事にそれだけ重大な意味があるのだと分かっていたからだ。

「それで結局は、こんな感じで終わらせようと思う」

 一部始終の説明を聞いたセイル達の感想は、苦いものだった。その内容は、とてもじゃないがまともな方法じゃなかったからだ。

「本当にこれでいくんですか? 横暴すぎる気がするんですが」

「俺も、ノエルに賛成……。これは無茶だと思う」

 ノエルとオウガが、不安そうに答える。セイルなど、あまりの方法に言葉が出なかった。否定してくるセイル達に、グレダ大尉は何とか答える。

「いや、実際にこれ以外には思いつかねぇんだ。安全に、そして確実にやるにはこれが一番なんだよ。大丈夫だ! いざという時はランドが情報操作するから!」

「そうなってはほしくないけどね……」

 頼りなくグレダ大尉が説明する。ランド曹長は疲れたようなうんざり顔をしていたが、それでも作戦を進める気があるようだった。

「さて、ここであんまり時間をかけている訳にもいかない。支度をしてさっさといくぞ」

 セイル達は、グレダ大尉の指示で支度を始めた。あまり乗り気には慣れないが、やらなければいけない事だ。ユリウスを守る為。そう思う事でなんとか、支度を進めるのであった。


                    *


 街のはずれにある生態研究所。

 そのすぐそばに、セイル達はいた。その格好は、大昔の軍隊が着ていた迷彩柄の服である。しかし、その迷彩は色が森林用の緑であり。まったく意味を成していなかった。顔にはスカーフを巻いており、まるで時代錯誤のテロリストになっている。

「グレダ大尉……。なんでこんな機能性の低い服を着るんですか……?」

「仕方ないだろう! 軍の兵服で行く訳にもいかんし。人物の隠蔽性を考えたら、これが一番なんだ」

「俺。なんか、自分が何やってるんだか、分かんなくなってきた……」

「我慢しろ。グレダ大尉が最善と思って用意してくれたんだ。仕方が無い」

「ノエル君。何気にすごい否定をしてるよね……?」

 セイル達は迷彩服の事をものすごく否定していた。やろうとしている事は、星に関わるすごい事なのに、それを実行しようとしている人間がこれでは、なんとも格好が悪い。しかし、それでもセイル達は計画を実行するしかなかった。

「さて、準備はいいな。ここからは真剣勝負、チャンスは一度きり。失敗は許されない」

 グレダ大尉がそう言って、その場の空気を引き締める。それに答えるようにセイル達も表情を固くして頷く。手には渡された拳銃があり、進入の準備は出来ていた。

「まずは、俺とオウガで警備兵を捕らえる。その後に、二人はランドを連れて進入しろ。……いくぞ、オウガ」

「了解!」

 オウガはグレダ大尉と共に研究所に忍び寄っていった。高いフェンスに囲まれているが、二人は静かに、しかし素早く上って研究所の内部に侵入した。見える警備兵は二人。いずれも気が緩んでいるのか、話をして笑っていた。

 二人はそんな警備兵に静かに忍び寄っていた。そして、襲い掛かった。笑っていた警備兵は、突然の急襲に反応こそしたが抵抗は出来なかった。先に飛び込んだグレダ大尉が警備兵の一人を一撃で昏倒させる。

 すぐに、もう一人の警備兵が銃を構えようとしたが、それをオウガが防ぎ、またしてもグレダ大尉が一撃で昏倒させた。セイルとノエルは一瞬の出来事に唖然としていた。グレダ大尉がパイロットとして腕のいい人だと思っていたが、兵士としてもものすごい人だという事に改めて気づかされたのだった。

「グレダはね、訓練校では一流だったんだよ。上の人達に嫌われているから昇進が無いだけで、本当はもっとすごいやつなんだ」

「あはは、なんとなく、分かるような気がします」

 二人が手を振ってくる。それを合図に、セイル達もフェンスを越えて進入をした。建物に向かって進行する。情報通りに警備の数は少なくて簡単に進入する事が出来た。しかし、建物の中はさすがに監視カメラがあり、どうしても避けられない。そこで、グレダ大尉が提案した作戦が開始するのであった。

 セイル達は、警備兵が集まっている所に飛び出た。警備兵は突然の侵入者に驚くが、すぐさま銃を構える。

「何だ、お前らは!」

 セイル達に、警戒する警備兵は声を荒げる。しかし、すぐにその視線はグレダ大尉の体に向いた。

「お前ら、これが何だか分かるな! 発砲したが最後! 研究所ごと吹き飛ぶぞ!」

 グレダ大尉の体には、薄紫色の結晶体が巻きつけられていた。そこからは、線がつながっており、グレダ大尉の手にはスイッチのような物も見て取れた。グレダ大尉が巻きつけているのは、結晶体のダークマターだ。結晶体のダークマターは高いエネルギー物質である。使用法によっては多くのエネルギーを得る事ができるが、扱いを間違えれば大爆発を起こす危険な物である。

「お、おい。銃を下ろせ!」

 それを見た警備兵は、すぐに銃を下ろした。危険性を考えれば何の保護もしていない結晶体のダークマターは何が原因で爆発するか分からない。それほど危険なものだった。警備兵が抵抗できないと分かったグレダ大尉は、すぐに警備兵に通告をする。

「言いか、俺達の要求は生態研究所の破棄だ! 生態研究の為に生贄になっている生物を開放する為に俺達は行動を起こした! 死にたくなければ今すぐに研究所から出て行け! 抵抗するなら、皆殺しだ!」

 グレダ大尉の言葉と同時に、セイル達が拳銃を向ける。グレダ大尉は、自分の体に拳銃を押し当てて自爆するような行動をとっている。

 警備兵達は、ゆっくりとセイル達を刺激しないように下がっていった。そして、部屋から出て行くと走り出して逃げていった。その様子を見ていたセイル達は、何とかうまくいったという表情をしていた。

「うまくいったな。これで、第一関門はクリアだ……」

「よかったですね。それが、偽物だってバレなくって」

 そういうと、グレダ大尉は体に巻いてあるダークマターを指で弾いた。しかし、爆発などは起こりもしなかった。グレダ大尉が巻いているのは真っ赤な偽物だ。ただのガラス細工である。しかし、こんなところに進入してくるテロリストが偽物などを使ってくるなど、思いもしないだろう。

 部屋の中が空になると、すぐさまランド曹長がPCに向かう。そして、データをあさり始めた。探すのは研究所の地下に関するデータと研究データだ。膨大な量のデータにランド曹長が渋るが、何とか地下への行く道が分かった。

「よし、さっそく地下へ行くぞ。さっきのやつらが軍に通報して対応されるまでが勝負だ」

 そう言って、セイル達はすぐに移動した。研究所の中にあるエレベーターに乗り込み。地下を目指す。エレベーターに入ると、ランド曹長が調べたパスワードを入力する。すると、エレベーターは表示外の階層へ降りていった。

 おおよそ、地下五階分くらいは降りただろう。そんな時、エレベーターは停止した。ドアが開き、廊下が広がる。そこをセイル達は船長に進んでいくのだった。

 そんな時、ある研究室をランド曹長が見つける。そこには、PCがずらりと並んでおり、どうやらデータの管理室のようだった。ランド曹長は、PCを起動して情報を調べるといった。証拠をつかむ為だそうだ。

「俺もここに残ります。ランド曹長だけを残してはいけませんから」

 セイル達は、ノエルの言う通りにして先に進む事にした。一刻も早く、ヴェンテの幼生態を見つけなければいけない。効率的に作業をするにはそれが一番だった。ノエル達と別れて廊下を進んでいく。そして、研究所の中心に迫っていくのだった。


                    *


 研究員の所にはすぐに連絡が入った。その内容は、研究所の放棄を求めるテロリストが侵入したという事だった。研究員は慌ててその様子を探った。すると、テロリスト達はなぜか知らないが、研究所の地下に入り込んでいる事が分かった。

 研究員は心の底からまずいと思った。もしも、地下にいるヴェンテの幼生態が見つかったらとんでもない事になる。この事が世間にバレたら、自分の命はないだろう。せっかく功績を残せたのにこんな事で台無しになるなんて考えられなかった。

 しかし、そんな時。研究所のサーバーに進入があった。それも、地下からのアクセスだ。どうやら、テロリストはサーバーから研究所のデータを引き出そうとしているらしかった。だが、ここでおかしな事に気づく。テロリストがこんな事をするだろうか?

 それに、サーバーにアクセスしている人間は、かなりのやり手だ。一般人とは考えられない。そこで、一つの仮定が浮かんだ。

「まさか、軍の人間が気づいたのか!」

 だとすると、余計に厄介な事だった。あくまで、自分の事を支持している軍の上層部は、一部である。もしも、自分を支持していない上層部の人間に報告されたら、世間にバレる以上に問題だ。

 研究員は、机の引き出しから拳銃を取り出した。もしも、この事がバレるのならば自分の命が危ない。だったら、先に証拠を隠滅すればいいのだ。幸い、侵入者はダークマターの結晶体を持ち込んでいるらしい。それを爆発させれば、この研究所を残さず消す事ができる。

 死ぬのであっても、後世に自分の汚点が残るのは嫌だ。だったら、今のままで死んでやる。

 そう思いながら、研究員は地下へと降りていくのだった。


                    *


 セイル達は、研究所の中心のあたりで異様に厳重な扉を見つけた。扉には鍵がかかっていたが、ランド曹長が調べてくれたパスワードで開ける事ができた。ゆっくりと扉が開いていく。そして、セイル達は部屋の中に入っていった。

 部屋は広い空間だった。しかし、その部屋の真ん中には大きな円筒状のカプセルがあった。セイル達はそのカプセルを眺めていた。

「これが……、ヴェンテの幼生態」

 カプセルの中には、人の二倍くらいの大きさのヴェンテが入っていた。その体には何かのチューブが痛々しく刺さっており、ひどいものだった。

「酷い事しやがる。これが人間のしてることかよ!」

「人間、いい奴らばかりじゃあねぇのさ。それよりも、始めるぞ」

 そう言いながら、グレダ大尉がカプセルに近寄っていく。それと同時に、服の中から手のひら大の箱を出した。箱を開くと、その中には厳重に緩衝材に包まれた薄紫色に光る結晶体があった。今度こそ、本物のダークマターの結晶体である。

 グレダ大尉は、服の中から次々とスイッチやコードを取り出していく。それを全て繋ぎ合わせた時には、時限発火装置が出来上がっていた。タイマーには、十分の数字が浮かび上がっており、後はスイッチを押すだけだった。

「よし、準備は終わったぞ。後は自動的にやってくれる」

「これで、やっと問題が終わるんですね」

「グレダ大尉、早くしようぜ!」

「分かっている。それじゃあ、スイッチを入れるぞ」

 グレダ大尉がスイッチに手を伸ばした、その時だった。突如、部屋の中に銃声が響いた。何事かとセイル達が振り向くと、そこには白衣を着た研究員が拳銃を構えて立ち塞がっていた。研究員は怒りをあらわにして、セイル達を睨んでいた。

「待て、俺の体についている物が見えないのか!」

「構うものか! どうせバレるのなら、みんなまとめて殺してやる! 私の功績を汚してなるものか!」

 セイル達は、すぐにこの研究員がここの管理者だという事を理解した。そして、彼が本気で死のうとしている事もだ。グレダ大尉の後ろには、本物のダークマターがある。もしも、部屋にいる状態で爆発したら、ただでは済まない。みんな、本当に死んでしまうだろう。その為、グレダ大尉は二人に指示を出した。

「セイル、オウガ。俺の事は気にするな。次にあいつが撃ったら、撃ち返せ」

「そんな、無茶です!」

「そうだ。さすがにグレダ大尉でもまずいって!」

「みんなで死ぬよりはマシだろう?」

 そう言って、グレダ大尉は研究員に向かって走り出した。怯えた研究員は、その引き金を引く。その瞬間、銃声と共にグレダ大尉が床に転げ倒れた。

 セイルとオウガは、グレダ大尉の指示通りに拳銃を発砲する。研究員の体に弾は命中し、血が滲み出ていた。どうやら、拳銃の威力は調整されていたらしく、致命傷にはならないようだった。しかし、動きを封じ込めるには十分なものだった。

 研究員は、その場に倒れた。息はしているが、手当てをせずに放っておけばいずれは死ぬだろう。だが、こうなったのも因果応報だろう。セイルとオウガは、研究員を一瞥したが助けようとはしなかった。

 セイルとオウガは、グレダ大尉のそばに駆け寄った。倒れたグレダ大尉は息を荒くしていたが、意識は保っているようだった。

「へへっ、あいつがへたくそで良かったぜ。急所は何とか外れたようだ……」

「グレダ大尉、喋らないでください! それでも、ひどい出血なんですよ!」

「無茶するなぁ。逆に尊敬するくらいに……」

 グレダ大尉はセイルの肩を借りて、立ち上がる。そして、ゆっくりと歩き始めた。

「ああ、そうだ。オウガ、スイッチを入れてきてくれ。十分もあれば脱出できるだろ」

「了解!」

 そう言いながら、オウガは活き活きとしてスイッチを入れる。電子音と共に、タイマーのカウントが減り始めた。それを確認すると、すぐにセイル達のほうに向かっていく。そして、セイル達は来た道を戻っていくのだった。

 戻っていった先には、すでにノエル達が待っていた。グレダ大尉の怪我を見ると、ランド曹長が驚いていたが、説明をすると理解したようで早く脱出して治療をしようと言い出した。

 セイルとオウガに肩を貸してもらいながら、グレダ大尉は何とか研究所のフェンスまで戻ってこれた。さすがに、フェンスは手を貸せないので一人で上ってもらったが、その時には大分体力が無くなっているらしくてぐったりとしていた。

 車に戻り、ようやくスカーフを取る。みんな集中をしていた為、疲れていた。そんな中、研究所のほうから地響きが聞こえてきた。地下に仕掛けたダークマターが爆発したんだろう。その音を聞いて、セイル達は喜んでいた。これで、ユリウスにヴェンテが来る理由が無くなったのだから。


                    *


 しかし、夜が明けてすぐにセイル達は軍の本部に呼び出された。

 内容は分からない。だが、事態は緊張したものだそうだ。セイル達は、疲れを残したまま本部へ向かった。そして、グレダ大尉達の所へ行くと、すぐに事態の詳しい内容を聞く事になった。

 本部にいたグレダ大尉は、顔色が悪かった。それもそうだろう。数時間前に銃で撃ちぬかれたのだ、いくら処置をしたところで、すぐに状態が良くなる訳ではない。そんなグレダ大尉の変わりに、事情を話してくれたのはランド曹長だった。

「疲れているだろうけど、よく聞いてほしい。今朝方、ユリウスの軌道上を飛んでいたレーダーが、ユリウスに向かって飛来している小惑星を確認した」

「小惑星、ですか?」

「ああ、結構な大きさらしい。コースはドンピシャでユリウスに直撃だそうだ」

「その程度なら、EXISTに反物質砲でも持たせて撃たせれば問題は無いと思いますが?」

 ノエルの素早い判断に、セイルとオウガも頷く。しかし、ランド曹長やグレダ大尉は重苦しい表情のままだった。何があるのかと不思議に思っていたセイル達だったが、次にランド曹長の口から出た言葉に驚愕した。

「問題はそれだけじゃないんだ。その小惑星には――ヴェンテが大量に住み着いているらしい。いわば、ヴェンテの巣だ」

「ヴェンテの……巣ですか?」

「そう、小惑星には一回の襲撃の約三倍の数のヴェンテが住み着いているらしい。その周りにも、巣を護衛するようにヴェンテの大群が飛んでいるそうだ。こうなると、おそらく反物質砲を撃つ暇が無いだろう」

 改めて、ヴェンテの数を聞き事態の緊急さを理解する。しかし、それと同時になぜ、ヴェンテがまだ襲ってくるのかが分からなかった。研究所にいたヴェンテの幼生態は対処したはずだ。もう、ヴェンテが襲ってくる理由は無いはずであり、ユリウスには平和が戻るはずだった。

「これから君達は、グレダ大尉と共に宇宙に向かってもらう。今回の戦いは、連邦軍総出で戦う最大級の戦いになる事が予測されている。気を引き締めて戦ってくれ」

 セイル達はその指示に頷いた。しかし、セイルはそれが不満で仕方なかった。本人は顔に出していないつもりだったらしいが、ランド曹長には分かったらしく。補足的な説明をしてきた。

「おそらく、僕達の行動は遅かったんだ。もう少しだけ早く行動をしていたら、こんな事にはならなかったかもしれないね……」

「今はそんなことを後悔しても意味が無い。それよりも、目の前にある事に集中しろ」

 そう言って、グレダ大尉が席から体を起こす。重そうな足取りだったが、それでも戦う意志は消えていなかった。扉に近づき、外に出ようとする。しかし、それよりも先に扉は開いた。部屋の中に入ってきたのは、息を切らせているシェイラだった。

「シェイラ? どうしたんだ?」

「大変なの! また、ティアが!」

 その言葉だけで、セイルには嫌な想像ができた。シェイラがこんなにも慌てるという事は一つしかない。またしても、ティアがアテナに乗り込んだに違いなかった。

 セイルは、最後まで話しを聞かずに部屋から飛び出した。今なら、まだ間に合うかもしれない。そう思いながら、格納庫へと全力で走るのだった。

 転送室に着き、すぐさま格納庫への転送番号を入れて転送機に入る。一瞬にして格納庫に転送されたセイルは、すぐに走り出した。通路を抜けてEXISTの所へたどり着いたセイルはその場の光景に目を疑った。

 ハンガーでは、整備士達が空中に浮いてもがいていた。反重力で身動きが取れないようにされているのだろう。目の前ではアテナが起動しており、今にもカタパルトに乗り込もうとしているところだった。

「ティア!」

 セイルは乗り込んでいるだろうティアに向かって声をかける。すると、アテナは少しだけその動きを止めた。頭が回転し、セイルのほうをアテナの目が映し出す。その隙に、セイルはコンソールへと近寄った。PCに連動し、前のようにコックピットを開けようとする。しかし、コンソールには制御不能の文字が現れるだけだった。

「くそっ! 止まれ、アテナ!」

 そんな中、コンソールに通信の表示が現れる。セイルは、すぐに回線を開いてティアに声をかけた。

「ティア、お願いだ! そこから出てきてくれ!」

 セイルの問いかけに、ティアは無言だった。しかし、たった一言だけ、セイルに向けて放たれた言葉があった。

『セイル……さん……』

「ティア?」

 その一言だけを最後に、すぐに通信は切れてしまった。そして、またしてもアテナが動き出したのだった。セイルは何とかしてアテナを止めようとする。だが、何をしてもコンソールには制御不可能と表示されるだけだった。

「ティアーーッ!」

 セイルはティアに向かって叫ぶ。カタパルトに乗り込み、外へ向かっているアテナを追いかけながら。

 アテナのブースターが点火される。周りには熱い空気が吹き荒れ、その場にいる事さえも辛いものになる。それでも、セイルはアテナを追いかけた。

 しかし、無常にもアテナは飛び立つ。

 残されたセイルは、飛び立つアテナを見つめながら、ティアの名前を叫ぶしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ