第六章
第六章
連邦軍の本部内、一般事務室ではセイル達がいつものように事務をこなしていた。予定ではこの数日中にまたヴェンテがやって来る事になっている。そんな訳で、本部は警戒でピリピリとしていた。
最近のセイル達は、出撃で宇宙にまで出るようになっていた。勿論、それはセイルがアテナに乗っているからである。本当の最前線で戦うセイル達は今や、戦場慣れをし始めているところだった。
しかし、グレダ大尉はそんなセイル達にいつも気を抜くなと注意していた。それは、上官としてもっともな事だった。だが、その言葉があるからこそ、セイル達が生き残れている訳である。
「もうそろそろ、一ヶ月と二週間か。大分、ユリウスに滞在してるんだな」
「仕方ないよ。約、一週間周期でヴェンテが来るんだし、一般の宇宙船は安全を考えれば出す事ができないよ」
「本当はたったの二週間程度で帰れる予定だったんだよな。なんかもうどうでも良くなってきたけど」
「だったら、口にするな。俺達は場所こそ違うが仮にも軍に所属しているんだ。文句を言わずに働け」
ノエルがまたしてもオウガに厳しく言う。その言葉にオウガは少しイラついたようだが、我慢したようだった。そして、次の言葉を口にしていく。
「でもさ、さすがにおかしくねぇか? どう考えてもヴェンテの行動が異常すぎるぜ? こんなにヴェンテが襲ってくるなんてありえないだろ」
その言葉に、ノエルも一旦作業を中断した。どうやら、ノエルもその件にだけは疑問を持っていたらしい。オウガの言葉に答えるように考えを言ってきた。
「確かに、ユリウスのヴェンテは何かがおかしい。過去のデータを閲覧してみたが、こんなに襲撃があるのは初めてだ」
そう言って、ノエルはコンソールを少しだけ操作する。すると、ノエルの目の前に表のようなものが映し出された。オウガとセイルがそれを覗き込むように見る。それは、先ほどノエルが言っていた過去のヴェンテ襲撃記録だった。
「こういうのってさ。貴重資料とかでコピー厳禁じゃなかったか?」
「シェイラがこういう事が得意らしくてな。少しだけ頼んでみた」
「マジかよ……。あいつって腹黒そうな所があったけど、やっぱり予想通りだな」
「まぁ、その事は置いておいてだ。この資料を見てくれ」
ノエルがそう言って、表を示す。表示されているデータを見てみると、過去数年のうちにもっとも多くのヴェンテ襲撃があったのは二年前。当時のデータを見ると襲撃は一ヶ月間続いたらしい。しかし、その襲撃の規模ははるかに今に比べれば低いものであった。
「そして、こっちの資料も見て欲しい」
ノエルはそう言うと、違う資料を提示してきた。そこには、ユリウスで行われていた大規模な宇宙開発関係のニュースが表示されていた。
「これを見て分かる事はあるか?」
「いや、特にはないぜ……? というか、ヴェンテは俺達が何しようと関係なく襲ってくるだろ?」
オウガが資料を見てから少し考えて答える。しかし、セイルはその答えに反対の意見を唱えた。
「いいや、違うよ。ヴェンテには確実に意志がある。その証拠に、ほら。襲撃が始まる数日前、調査船団が帰って来てる」
「それと何の関係があるんだよ?」
「ヴェンテはエネルギーの波に敏感だよね。きっとこれは、船団が帰って来た時のワープで空間が大きく乱れた。その時の余波エネルギーを感じ取ってヴェンテが集まってきたんだよ」
セイルの推理でオウガはようやく、その事に気づいた。ノエルもその事が言いたかったようで振り返って話を続けてくる。
「セイルのいう通りだ。俺もこの時の襲撃の理由がそれだと思っている。現に、軍の研究所も同じような結果を出しているしな。だから、おそらく今回の襲撃にも、何かしらの原因があるんじゃないかと思っている」
「それも見つかったのか?」
オウガがそう言うと、ノエルは残念そうな顔をして答えた。
「いや、それが見つかっていればグレダ大尉に相談している。最近のユリウスが行っている宇宙開発関係の資料を見ても決め手になるようなものは無いんだ」
ノエルは資料を見ながら、そう答えた。オウガは自分の席に座り、がっかりとしていた。背もたれに体を預けてだらけ始める。
「あ〜、結局なにも進展してないし」
「仕方ない。今の俺達はユリウスを守るのが仕事だ。それに力を入れていればいい。後、少しすれば何とかなるだろう」
そう言って、ノエルは資料を閉じようとしていた。しかし、その資料をセイルはいつまで眺めていて何かを考えているようだった。その様子に、ノエルはセイルに質問をする。
「どうした、セイル?」
「ん〜、ちょっと考え事。確かに、宇宙開発関係で気になるものはないなぁって思って」
「なにか含みがある言い方だな。何か気になることでもあるのか?」
「いや、多分僕の気のせいだと思うんだけどね。ちょっと気になるニュースを見たからさ」
「気になるニュース?」
ノエルの言葉にセイルは携帯を出して何かを検索し始めた。少しの間、待たされるとセイルは一つの記事を出してきた。その内容は、軍によるヴェンテの研究発表であった。
軍や政府は昔からヴェンテの生態や構造について研究をしてきた。それは、勿論ただの科学的解明であったり、または効率的にヴェンテを殺す為に研究をしたものであったりした。この数百年の間で分かった事は多い。しかし、それでも未だに分からない事も多く残っていた。
そんな中、セイルが見せてきたニュースの内容は、つい最近になってヴェンテの生態が詳しく解析されたという事だった。
「これなんだけど、おかしくない?」
セイルは二人にそう質問する。二人はセイルが見せてきた記事を読む。そして、またしても先にオウガが答えてきた。
「別におかしくはないと思うぞ。生態の研究なんて今までもよくやってきたんだし。丁度、ヴェンテの死骸が手に入って、何か分かったんじゃないか?」
その答えに続くように、ノエルも答えてくる。
「確かにオウガの言う通りだ。研究が行われているのはずっと前からだし、これがヴェンテの襲来になった原因と言われても疑問がありすぎる」
二人の答えは同じだった。しかし、セイルは少しだけ困ったような顔をして、その考えを否定する。
「僕が言いたいのはそこじゃないんだ。確かに、二人のいう通りに普通に考えれば問題はないと思う。ヴェンテの死骸が手に入って、それで研究が進んだんじゃないかっていうのも。だけど、それならば生態が分かったっていうのはおかしくない?」
「なるほど、そういう事か」
「はっ? 何がおかしいんだ?」
オウガが未だに疑問を持つ中、ノエルは何かを閃いたように驚いていた。そして、考えを整理するように徐々に話し始める。
「つまりだ。俺達が仮定したようにヴェンテの死骸が手に入り、研究が進んだ。ココまではいい。だが、その後がおかしいんだ。手に入ったのはあくまで死骸。そこから、ヴェンテの生態をどうやって解析するんだ?」
ノエルの質問に、オウガは答える。
「それは、色々あるだろ。体を調べればいろんな事が分かるのは当たり前だろ?」
「確かに、その通りだ。でも考えてみろ、今更手に入った死骸程度で、急に生態が解明なんかするのか?」
「ヴェンテの死骸なんて昔から戦っているユリウスでは、多くあるはずだよ。でも、そんな死骸をずっと調べても分からなかった生態がなんで今更になって分かったのか。それが不思議なんだ」
二人が説明すると、オウガは難しい顔になって悩み始めた。そして、数分かけてようやくゆっくりと喋り始める。
「つまり、今更になって生態が分かったっていうこの研究は、おかしいって事か?」
「すこし違うかな。研究内容はちゃんとした学界で認められたものだよ。でも、それをおかしいと言いたいんじゃない。問題は、なんで死骸からヴェンテの構造じゃなくて、生態が分かったのかっていう事さ」
そこまで言われて、ようやくオウガにも理解が出来た。なぜ、死骸から分かったのが構造ではなく、生態なのか。それをセイルはずっと言いたかったのだ。
「確かに、それはおかしいな……。でも、結局は俺らの仮定があっておかしいと思える問題だろ。普通にこのタイミングで研究が進んだって事もあるんじゃないか?」
「まぁ、そう思っちゃえば終わりなんだけどね。ただ、タイミングがちょっと気になったからさ」
セイルはそう言いながら、携帯をしまった。それをきっかけにノエルも資料を消し始めようとした。しかし、そんな時に意外な声が掛かった。
「何をそんなに話していたんだい?」
その声にセイル達は振り向く。そこには、何かの資料を持ったランド曹長がいた。ランド曹長は、近寄ってくるとノエルの前に表示されていた資料を見始めた。
「あれ、これって確かコピー厳禁じゃなかったっけ? どうしてノエル君が持っているんだい?」
「あ、いえ。これは……」
「な〜んてね。別に怒りはしないよ。たまに僕もやるからね。これは秘密だよ? それで、こんな資料を開いて何を話していたんだい?」
セイル達はランド曹長の質問に答えた。今まで話していた内容を話し終わると、ランド曹長は今までの笑みを消して真剣な顔になっていた。
そして、ランド曹長はセイル達に耳を貸すように言ってきた。セイル達は何を話されるのか、疑問に思いながらいう通りにする。
「ここだけの話なんだけど。実は最近、軍の中で妙な噂があったんだ」
「噂、ですか?」
「うん。確かではないんだけど、どうやら軍のどこかでヴェンテの極秘研究が行われているんじゃないかってね」
「それじゃあ、この研究はその結果って言う訳ですか?」
「あくまで、噂だけどね。だけど、今の君たちの話を聞いて、なんだか引っ掛かりが出来たんだ。もしかしたら、本当に可能性があるかもしれない」
ランド曹長の真剣な言い方に、セイル達は息を呑む。そして、さらにランド曹長の言葉は続いた。
「もしも、僕の予想が当たっているとしたら。もしかしたら、軍は――」
ランド曹長が確信に迫ろうとしていた、その時だった。急に本部内にサイレンが響き渡る。それは予想されていたヴェンテの襲撃を告げるものだった。セイル達は即座に反応して走り始める。
「すいません、ランド曹長! 話の続きはまた後で!」
セイルはそう言って格納庫に向かっていった。ランド曹長はただ、その姿を見送るしかなかった。しかし、ランド曹長もやる事はある。振り返ると自分の持ち場へ向かっていくのだった。
*
セイル達は格納庫へとたどり着いていた。このまま、いつも通りにグレダ大尉と合流し、出撃する。そんなはずだった。しかし、たどり着いた格納庫では騒ぎが起きていた。しかも、騒ぎが起きていたのは、セイルの乗るアテナであった。
セイルは急いでアテナのところへ向かう。すると、そこではキャルとシェイラが声を上げていた。そんな二人にセイルは声をかける。
「シェイラさん、キャルさん。何があったんですか?」
「あ! セイル君! お願い、急いでアテナに止まるように命令して。じゃないと、ティアが!」
その言葉にティアがこの場に居ない事に気づく。そして、キャルの言う事の意味が分かった。
「まさか、ティアが中に!」
セイルは急いでアテナのPCに連動する。そして、コックピットを開けるように命令した。すると、コックピットはゆっくりと開き始めた。すぐさま、反重力を作り出してコックピットに向かう。
中には、やはりティアがいた。しかし、彼女は呆けたようにシートに座ったままだった。セイルはティアに声をかける。
「ティア!」
その声に反応したのか、ティアは顔を上げる。そして、セイルの顔を見たかと思うと、徐々に表情がはっきりしてきた。
「セイル……さん?」
「良かった。気が付いたんだね?」
「えっ? 私、なんでコックピットに?」
「とにかく、そこに居ちゃ駄目だ。早く降りよう」
セイルはティアに手を伸ばす。ティアもその手を握り返して反重力の中に入る。セイルに連れられてゆっくりと地面に降りていく。そして、下に付いた時にはキャルに飛びつかれていた。
「良かった、ティア。なんともない?」
「う、うん。大丈夫だよ」
「もう、なんでいきなりEXISTなんかに乗り始めるのさ!」
「ごめん……。私、何していたか覚えてない……」
その言葉を聞いたキャルとシェイラは不安そうにティアの事を見る。セイルもティアがどうしたのか心配だったが、今はそれどころではなかった。
「セイル、心配なのは分かるが、今はヴェンテのほうが優先だ。着替えに行くぞ」
「……うん。分かった」
セイルは、キャルとシェイラにティアの事を任せる。後ろ髪引かれる思いだったが、それでもセイルは行かなければいけなかった。更衣室で素早くパイロットスーツに着替える。そして、それぞれの機体に乗り込んでいた。
機体のプログラムなどを確認する。しかし、何処にも異常はなく、入っているプログラムも自分のものだった。セイルは何も問題がないのを確認すると、すぐにアテナと連動した。大きく息を吸い込み、目を閉じる。そして、一泊置いてから目を開けて唱える。
「Contact」
その瞬間、セイルの脳に莫大な情報が入ってくる。その中には勿論、この機体に搭載されているAI『アテナ』も入っているのだった。しかし、セイルの前に人の姿で現れたのは最初の時だけだった。
そんなアテナにセイルは、無駄だと分かっていながらも声をかけてみた。それは、ティアがあんな事をするにはアテナが関わっていないと出来ないと考えたからだった。
「ねぇ、アテナ。君はまさかティアを戦場に連れて行こうとしていたの?」
そんな事を頭の中で唱えてみる。しかし、やはり答えは返ってはこなかった。ただただ、そこにはデータとしてしか存在していないかのように。
その代わりに、グレダ大尉から通信が入る。今日のブリーフィングだった。
「アクシデントがあったようだが、平気かセイル」
「はい、問題ありません」
「そうか。じゃあ、今日の概要を説明する。俺達は前回と同じく最前線の宇宙にて戦う。前衛はセイルとオウガ。後衛が俺とノエルだ。何か質問はあるか?」
セイル達はグレダ大尉の質問に対して、何もないと返事をする。それを聞くと、グレダ大尉はさっそく出撃の命令を出した。
カタパルトに乗り込み、出撃の準備をする。作業こそ、ちゃんとやっているセイルであるが、頭の中はティアの事が心配で仕方がなかった。
「ティア。すぐに終わらせて帰ってくるからね」
そう意気込み、気合を入れる。目の前でランプが灯り、出撃を合図する。グレダ大尉の掛け声と共に、セイル達は出撃した。カタパルトによって加速した機体は、垂直に空へ駆け上がって行く。どんどんと小さくなっていく街を見ながら、セイル達は宇宙へと出て行くのだった。
やがて、大気圏を突破して宇宙にたどり着いた。無重力になった為、機体の反重力装置を切る。これはエネルギーの節約と同時に、余計な思考を使わない為である。
やがて、ヴェンテが来る予想地点に到着する。すでに、いくつかの小隊が集まっていた。セイル達もグレダ大尉の指示に従って拡散する。これで、戦いの準備はばっちりだった。
セイルは手に持っているレーザーライフルを構える。これは、アサルトライフルとは違って高速連射には向いていないものだ。しかし、連射力を補う弾速や威力はまさに一撃必殺といったところだろう。
もとより、遠距離射撃が得意なセイルにとっては、もっとも合っている武器だといえる。セイルの目と合わせればその威力は最大限にまで引き出されるだろう。
やがて、ヴェンテがその視界に入ってきた。前線だけあって、その数は膨大だ。並みの精神力ならば、その多さに圧倒されて戦う事も出来ないだろう。しかし、セイル達は冷静だった。そして、ヴェンテが射程距離に入った瞬間、セイルのライフルが火を噴いた。
「食らえぇ!」
エネルギーで出来た高速の弾丸が線のように尾を引いて飛んでいく。ヴェンテもそれに気づいて避けようとしたが、それは出来なかった。先頭にいたヴェンテの体を弾丸が貫く。風穴の開いたヴェンテは、そのまま失速して爆発した。
それを避けて、次々とヴェンテが押し寄せてくる。それに対して、他の小隊も銃撃を開始し始めた。ヴェンテが放つエネルギーと銃から発射される弾丸によって、両者の間に光が線を引く。
セイルも負けずにライフルを発射する。接近するヴェンテは警戒をしながら、標的から外して遠くのほうに居るヴェンテを撃ち抜いていく。
そして、ヴェンテとの距離がほとんど無くなった時、近接戦闘が始まった。隣でアサルトライフルを撃っていたオウガが射撃をやめる。ライフルを片手に持つと、反対の手で腰につけていた高周波ブレードを引き抜く。
「うおおぉぉ!」
接近してくるヴェンテに向かってオウガが突進していく。そして、出会い頭に一線。上段からの一振りがヴェンテを切り裂いた。そのままの勢いで迫ってくるヴェンテを切り裂いていく。
次々と接近してくるヴェンテはいなくなり、また射撃が始まる。
セイルは今までにないくらい集中していた。一刻も早く、本部に帰ってティアの元に行きたかったのだ。その為、セイルは全力でヴェンテを撃墜していた。ライフルからは、とめどなく弾丸が発射される。
ライフルのエネルギー残量が無くなり、弾が出なくなった。セイルはライフルのマガジンを取り替えようとする。しかし、その隙にヴェンテが襲ってきた。セイルは一旦、銃のリロードを諦める。その代わりに、左腕に格納されている高周波ブレードを出す。
「邪魔だ!」
そして、接近するヴェンテに思いっきり突き刺した。内蔵型の高周波ブレードなので、一瞬で切り裂く事は出来ないが、突き刺す事は出来る。ヴェンテの体に深々と刺さったブレードを引き抜き、その場から離れる。
そして、素早くライフルのリロードを済ませると、瀕死になったヴェンテに弾丸を撃ち込んだ。ヴェンテは撃ち抜かれた瞬間に爆発した。
セイルはブレードをしまう。そして、また射撃を繰り返すのだった。
*
一方、ユリウスの本部ではキャル達がティアを介抱していた。セイル達が出撃した後、ティアはその場に倒れてしまったのだった。看護室に連れられたティアはベッドで横になり、眠っていた。その横では、キャル達が看護士にティアの体調について聞いていた。
「それで、ティアはもう大丈夫なんですか?」
「今のところは、だけどね」
「それって、どういう意味ですか……?」
看護師の言い方に二人は不安になる。そんな二人を見て看護士は、さらに話を続けた。
「体温を測ってみたら少々熱があった。しかし、ただの熱とは思えない。十中八九、EXISTに乗ったのが原因ね。連動した際に脳に負荷が掛かったんでしょう。異常が無くて幸いだったわね」
「じゃあ、無茶さえしなければ大丈夫なんですね?」
「安静にして二日くらい寝れば治るでしょう。その間は、PCとの連動は禁止だけどね」
「良かった……」
その言葉に、キャルがほっと息を付く。ベッドのほうに近寄っていき、ティアの横に座る。看護士は立ち上がり、部屋から出て行こうとする。シェイラが頭を下げると、そのまま出て行ってしまった。
シェイラは、キャルの横に座る。そして、ティアの顔を見ながら呟いた。
「ティア、一体どうしたのかしら……」
「わかんないよ。突然、EXISTに乗り始めちゃったんだもん」
それは分かっていた事だった。しかし、言葉にせずにはいられなかったのだ。事の始まりをシェイラもキャルも見ていた。
機体の調整も終わり、その他の仕事をしていた時だった。急にサイレンが鳴り出した。すぐに格納庫の中は出撃の準備で慌しくなった。シェイラ達も出撃準備の為に、EX―9の設定をし始めた時だった。
急に横にあったセイルのEXISTがコックピットを開けたのだった。最初は何かの間違いだと思った。それ以外考えられなかったからだ。しかし、その考えはすぐにかき消された。なんと、そのままティアがコックピットに向かい始めたのだった。
そこで、ようやく回りの人達もおかしいと気づいた。しかし、すでにティアはコックピットに乗り込み、閉鎖を始めていた。それは、たった数分の事だった。そして、すぐに何とかティアを出そうと試行錯誤しているうちに、セイル達が来たのだった。
それは本当に突然の事だった。ついさっきまで普通に話していたティアが、急におかしな行動をしたのだから。
「でも、おかしいよね。なんでEXISTに連動したくらいで脳に負荷なんて掛かるの?」
「それは、分からないわ。私達が連動しているのは、あくまで中継器を経由してだし、直接の連動はもっと負荷が掛かるんじゃないかしら」
「本当にそんな事あるのかな……?」
キャルの質問に、シェイラは答えられなかった。なぜなら、そんな事は本当に限りなく可能性の低い事だと分かっていたからだ。確かに、EXISTの操縦には精神力と思考能力を使う、それは脳に負担をかけるが、それはあくまで一般のPCより少しだけだ。
もしも、そんなにも脳に負担をかけるようなPCだとしたら、扱える人間はほとんどいないだろう。なにしろ、人間の脳は多少の差はあるものの基本的なスペックには変わりは無いのだから。
「やっぱり、あの機体に何か秘密があるんだよ。絶対にそうだ……」
「その可能性はあるけど。一体なんてセイル君に聞くの?」
「普通に真正面から聞く。セイル君は悪い子じゃないし、ティアの事を心配してくれるなら教えてくれるはずだ」
キャルはそう言うと、静かになった。視線は眠っているティアのほうに向いている。少しだけ、ティアの異常行動に神経質になっているが、少し経てば落ち着くだろう。警戒解除の連絡はまだ流れない。シェイラはこのまま、事態が落ち着いていく事を願っていた。
*
戦闘開始から約二時間。
ようやく戦闘を終えたセイル達は帰還を始めていた。後続の警戒部隊に前線を任せて、ユリウスの本部に向かっていた。
今回も、アース小隊には大きな損害は無かった。それもこれも、セイルのおかげである。その戦いぶりに、同じ前線のオウガも褒めているくらいだった。
本部の格納庫に着くと、EXISTの格納作業が始まった。作業といっても、指定の位置まで歩けば後は自動的にハンガーに格納してくれる簡単なものだ。
格納が終わると、ようやく外に出られる。長い戦いで疲れていたが、まだここで休む訳にはいかなかった。ティアに会って話さなくてはいけない。そう思って、セイルは格納庫の中を見渡していた。だが、ティアの姿は何処にも見えなかった。
セイルはいやな予感を覚えた。やはり、自分が出撃してから何かあったのだと思い、心配が一層強くなった。
格納が終わり、ようやく外に出る。ヘルメットを取り、キャルとシェイラにティアの事を聞こうと思って探そうとした。しかし、その二人は何故かセイルを待っていたかのように、アテナの前にいた。
「あの、ティアがいないようですけど、何かあったんですか?」
「ティアは今、看護室で寝ているわ。脳に負担が掛かって熱を出しているの」
「それって……、大丈夫なんですか!」
「看護士が言うには二日くらい安静にしていれば問題は無いそうよ」
その言葉に、セイルは少しだけ安心する。アテナと連動した事による弊害が、その程度で済んだのは幸運だったと思った。
「あの、様子を見に行っても平気ですか?」
「それは構わないけど」
「それじゃ、今着替えてきます!」
そう言って、セイルが振り返ったときだった。
「ちょっと待って。その前に質問があるんだ」
今まで黙っていたキャルが、少しだけ攻撃的な声で質問を投げかけてきた。セイルは立ち止まり、キャルのほうに振り向く。
「ねぇ、セイル君。セイル君はさ、ティアがあんな変な行動を起こした理由。分かるんじゃない」
「ちょっと、キャル!」
あまりにも直接的な質問に、シェイラがキャルに止めに掛かろうとする。しかし、キャルはやめようとしなかった。それどころか、セイルが全ての秘密を知っているかのように、いってきたのだった。
「ティアがおかしくなったのは、確実にあの機体のせいなんでしょ? あの機体は一体何なのさ!」
キャルが大声を上げた為に周りの人もセイル達に注目していた。そんな中、セイルは今まで見た事の無いキャルの怒りに驚いていた。そして、キャルの質問の内容にも。
確かに、セイルにはティアがあんな行動を取る原因になったかもしれないものを知っている。それは、セイルとあの場に居た人達しか知らない事だ。だが、それを答える事はセイルには出来なかった。
「ごめんなさい。答える事はできません……」
「どうして! セイル君はティアの事が心配じゃないの?」
「ティアの事は心配です。でも、これは機密事項なんです。答える事はできません」
「機密事項……?」
セイルは今言える全てを喋った。本来はあの機体が機密事項に関わる事も伏せなければならなかったが、それを教えたのはセイルなりの思いやりなのだろう。しかし、それはキャルにとっては逆効果だった。
「やっぱり、あの機体が原因なんだね……」
キャルは拳を硬く握り締めた。それは、憎しみと怒りの混ざったものだった。そして、その矛先はセイルに向かった。
「セイル君は、あの機体が危険だと分かっていてティアに整備させていたの?」
「仕方なかったんです。それに、安全な処置をしていたから平気だと思っていました」
「安全って、現にティアは危険な目にあっているじゃない!」
キャルの怒りはどんどんと上がっていった。今にもセイルに食って掛かりそうなくらいにキャルは激昂していた。そんな、キャルに宥めの声をシェイラはかけていたが、まったくもって効果は無かった。
しかし、そこでようやくグレダ大尉が話しに割り込んできた。
「二人とも、それ以上話すのはやめておけ。これは上官命令だ」
「グレダ大尉……」
グレダ大尉がキャルの前に立つ。それは無言の威圧感を持って、この場を収めようとしたものだった。しかし、興奮したキャルには多少の抑制効果しかなかった。
「邪魔をしないで下さい!」
グレダ大尉に対しても、キャルは怒鳴りつけていた。しかし、グレダ大尉はそんなものにはまったく動じずにいた。そして、周りにいた整備士に対して命令をした。
「おい、こいつを連れて行け。これ以上騒がれると見逃せない問題になる。頭を冷やしてこい」
周りにいた整備士がキャルの事を拘束した。未だにセイル達に怒鳴り声を上げていたが、身動きを取れなくなり、事務室に連れられていくと、さすがに叫ばなくなった。その場に残っていたセイルは、キャルに言われた言葉が頭について離れなかった。そんなセイルに、グレダ大尉は肩を叩いて、その場から立ち去っていくのだった。
セイルはオウガ達と共に着替えて、本部に戻った。ティアの所に行こうと思ったが、罪悪感から行く事は出来なかった。ティアの事をシェイラに任せると、セイル達は今日の戦闘の報告書を作り始めた。
三人の間には会話は無かった。別に気まずかった訳ではない、ただ今は何も言わなくていいと判断しただけだった。
そんな時、セイル達の前にランド曹長がやってきた。ランド曹長はなにやら険しい表情をして、セイル達に話しかけてきた。
「悪いね、忙しいときに。でも、こっちも大変な事が分かったんだ」
ランド曹長の言葉にノエルが答える。
「何が分かったんですか?」
「君達が話していた事だ。嫌な予感がして、さっきの戦闘中に軍のPCにハッキングを仕掛けたんだ」
その言葉に、セイル達は驚く。まさか、ランド曹長みたいな人がそんな事をするとは思ってもいなかったからだ。ランド曹長は辺りを気にしながら、続きを話してきた。
「まだ、全部が分かった訳じゃないけど、その断片を掴む事が出来たんだ。どうやら、軍の生物研究所で何かをやっているらしい」
「何か、ですか?」
「そこまでは分からなかったんだ。でも、十中八九はヴェンテに関係している事だろうね。かなり厳重にセキュリティが掛かっていたから、やばい関係のものだねと考えられる。もしかしたら、それがヴェンテ襲撃の原因かもしれない」
セイル達は、ランド曹長の話しにさらなる衝撃を受けた。まさか、自分達がちょっと考えていた事が本当になるかもしれないなんて想像もしていなかった。しかし、それと同時に興奮もあった。何しろ、その秘密を暴けばこの騒ぎを解決出来るかもしれないのだ。
「でも、それが分かってもどうやって調査するんだ? 軍の研究所なんてそう簡単に見せてくれねぇだろ?」
「軍の上層部に話をしてみたらいいんじゃないかな?」
「駄目だな、軍の研究所でやっている事だ。逆に上層部は敵だと考えたほうがいいだろう」
セイル達は、どうやってその原因を調べるか話し合った。しかし、自分達の力では何も出来ないという結論しか出てこなかった。しかし、そんな事を話していると、ランド曹長がこんな話を持ちかけてきた。
「君達だけでは何も出来ないかもしれない。でも、僕とグレダの知り合いを使えば、何とかなるかもしれない。この件、僕に任せてもらえないかい?」
「本当ですか!」
「ああ、戦闘では役に立たないけど、情報戦や調査とかは僕の分野だ。きっと、原因を掴んで見せるよ。ユリウスを守る為だ、犯罪ギリギリまでやってやるさ!」
そう言って、ランド曹長は笑って見せた。思わぬ協力に、セイル達は希望を見出した。もしも、ランド曹長が本当に原因を掴んでくれたら、この戦いも終わる。地球に帰れるのだ。
「調査には少し時間が掛かるかもしれない。勿論、全力で調査するけどね。その間、ユリウスの安全は任せるよ」
「「「はい!」」」
セイル達はランド曹長に返事をする。それぞれに希望を抱きながら、後ちょっとの戦いを勝ち抜こうと、心に刻むのだった。
(あと少しだ……)
セイルは拳をぎゅっと握り締める。この戦いが終われば、ティアに負担をかけなくて済む。もうこれ以上、彼女にアテナを触れさせてはいけないと考えていた。
*
看護室のベッドの上で目覚めたティアは、痛みの走る頭を抑えながら自分がどうしてこんなところにいるのか、悩んでいた。
「あっ、そうか。私、倒れたんだ……」
ふらふらとする頭を活動させる。すると、徐々に倒れる前の記憶が戻ってきたのだった。その中に、ノイズがかかったようなところがあった。曖昧な記憶を必死に呼び起こそうとする。そして、ゆっくりと思い出すのだった。
「そうだ。アテナに乗り込んで、出撃しようとしていたんだ。でも、失敗しちゃった……」
ティアはゆっくりと立ち上がる。そして、歩き出していた。向かっている場所は、格納庫だった。向かっている途中にティアは一人で呟いていた。
「次は、絶対に失敗しないようにしなきゃ……」