第五章
第五章
一定周期で襲ってくるヴェンテに対して対抗策を持った人類は、徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。勿論、対抗策というのはセイルの操縦するアテナの事である。常に前線で戦うセイル達は連邦軍の中でも目立つ存在になっていた。
その中でも、セイルは一番の注目を浴びていた。それもそうだろう、他の部隊にはEX―9の改造機体と伝えてあるが軍に一つしかない機体に乗って戦っているのだから。そんなセイルは今日も多くの戦果を挙げて帰ってきた。
ティアはそんなセイルを誇りに思っていた。このユリウスと自分達を命がけで護ってくれるセイル達には、いくら感謝しても足りないくらいだろう。ティアはそんなセイル達の事が、ちょっとだけ羨ましかった。
自分もサポートだけではなく、セイルと同じ場所に行き、一緒に戦いたいと思うほどだった。しかし、いくらそんな事を思っていてもティアはまだか弱い女性である。成人した女性なら厳しい試験を受けた後、パイロットにはなれるが、それに耐えられるほどティアは強くない。叶わない願いを心のうちに秘めながら、ティアはセイルの機体を整備するのだった。
「はぁ……」
不意に溜息が出た。今の仕事に不満がある訳ではないが、なんとなく出たものだった。アテナの整備用プログラムに連動しながら、不備や問題がないかチェックしていく。一通りのチェックが終わったところで、最後にPCの自己チェックプログラムを走らせるのだった。
しかし、そんな時にもティアは何かに悩んでいるようだった。だが、考えている事が自然と口から漏れていた。
「最近、セイルさんと会話してないなぁ……」
ティアのいう会話とは、つまりは世間話の事である。勿論、仕事関係の事では会話はしているが、それ以外にも話したい事はたくさんある。それは、交流の為でもあるし、ティア自身がしたいと思っていた事だった。
「なんか、退屈……」
そんな事を呟いた時だった。
「そんなに退屈なの?」
「えっ?」
急に掛けられた声にティアは振り向く。しかし、そこには誰もいなかった。周りでは今も忙しそうに他の整備士が走り回っている。だが、ティアの耳にははっきりと自分と同じくらいの女の子の声が聞こえていた。
(なに、今の……?)
突然起きた出来事にティアは困惑していた。しかし、そんな中アテナの自己チェックプログラムが終わった事を知らせる。ティアは今の声はきっとボーッとしていたから聞こえたものだと思い込む事にした。現代科学の発達した今だからこそ、幽霊なんて存在は貴重になっている。しかし、逆に貴重になったからこそ怖いものもあるのだ。
「はぁ……」
ティアは本日二回目の溜息を吐いた。アテナとの連動を解除すると、さっさと事務室に戻ろうとする。しかし、そんなティアに声がかかる。
「そんなに退屈なの?」
「きゃあっ!」
先ほどと同じ言葉が聞こえた為に、ティアは悲鳴を上げて飛び跳ねる。しかし、振り返った先には今度こそ、人がいた。
「何をそんなに驚いているのさ?」
「キャルが急に声を掛けるからでしょう」
「な、なんだ。シェイラとキャルか。驚かさないでよ」
ティアはほっと胸を撫で下ろす。やはり、さっきの声は空耳だったようだ。もしかしたら、他の整備士の人が気まぐれに声を掛けたのかもしれない。
「いや、驚かすつもりはなかったんだけど。まぁ、それは置いといて、退屈そうだねぇ」
「そんな事ないわよ。セイルさんの機体は特別なんだから忙しいの」
「そんな事言っちゃって。もう機体のチェックを終わらせているのに、一体何が忙しいのかな? それに、退屈だ〜って顔に書いてあるよ?」
そう指摘されたティアは思わず顔に手を当てていた。自分ではそんなつもりは無かったが、他人に分かるほど、考えていたらしい。そんな様子を見ていたキャルは少しだけ考えると、ティアに近寄ってこう言ってきた。
「そっか、そっか。セイルくんの事で悩んでいたのかな?」
「ちっ、違うわよ!」
ついムキになって否定してしまったが、それは逆効果だった。キャルはシェイラと耳打ちをし合うと笑いながら話しかけてきた。ティアにはその笑い方がいつも自分をろくでもない事に巻き込む事を知っていた。
「んふふ、そうか。やっぱりティアの悩みはセイルくんなんだね? だったら話が早い! 悩んでなんかいないでさっさと解決しちゃおう!」
「ちょっと! 何で勝手に話を進めているのよ!」
ティアに怒鳴られているキャルだったが、そんな事は気にせずに、どこかに電話を掛け始めていた。やがて相手が出たのか、話をし始める。
「あ、オウガ? うん、僕だよ。ねぇ、明日三人は暇? 暇なら気分転換に僕達が街に連れて行ってあげるよ」
「ちょっ、何を勝手に――むぐぅ」
暴れるティアをシェイラが押さえつける。体格の小さいティアでは抵抗が出来なかった。そのおかげで、ティアはシェイラの腕の中で暴れる事しか出来ない。
「うん、わかった。それじゃあ、待ち合わせは本部を出てすぐの交差点でね。特に、セイル君は絶対に連れてきてね。え? なんでって? それはオウガには関係ないよ。それじゃ」
そう言ってキャルは電話を切ってしまった。それと同時にシェイラがティアを開放する。ティアはキャルを睨んで目を離さなかった。その表情にキャルは少しだけ怯える。
「ティア〜、顔が怖い事になってるよ〜?」
「誰のせいよ!」
「いいじゃない、これで心置きなくセイルくんとお話出来るんだから」
ティアが怒る中、キャルはそんな事を気にせず話を進めていた。それに対し、ティアは顔を真っ赤にして叫んでいる。
「私、絶対に行かないから!」
「え〜、でもさっき三人でって言っちゃったし、今更行けませんっていうのはちょっと失礼じゃないのかな?」
「そ、それは」
「セイル君、自分の整備士だけがいなかったらきっと寂しいよね」
キャルがティアをどんどんと追い詰めていく。ティアはキャルの言葉に反応しながら、怒りを押し殺しているようだった。そんなティアに、最後にシェイラが放った言葉が突き刺さった。そして、ティアは仕方なく翌日の気晴らしに参加する事になったのだった。
*
翌日。
セイル達はキャルの約束どおりに待ち合わせの場所に来ていた。三人は制服などではなくそれぞれの私服を着ていた。ノエルは落ち着いたシックな感じ、オウガは動きやすそうならラフな感じ、セイルは青を基本にした爽やかな感じの服を着ている。
セイル達は交差点にてティア達を探していた。時間はすでに待ち合わせの時間になっている。十分前には着いていたので待ち合わせに遅れるという事はなかったが、具体的な場所を指定されていなかったので途方にくれていた。しかし、待っている時間もそう長くは無かった。
ティア達は三人そろってやってきた。キャルが気軽そうに「ごめんね〜」などと言ってきたが別にそれを咎める事はしない。セイル達はそれぞれ気にしていない事を告げた。そんな中、セイル達の視線はティア達の方へ向いていた。
これまではティア達の整備服姿しか見ていなかったのだ。そんなセイル達にはティア達の私服姿が輝かしかった。
まず、目に付いたのはキャルだった。ボーイッシュな彼女はやはり、私服もそんなに女の子っぽいと言えるようなものではなかった。女性向けのジーンズにTシャツとパーカー、そんな簡単な格好だった。しかし、決して似合っていないという訳ではない、それはそれで似合っているのだ。
そして、シェイラだ。彼女にはやはり、大人っぽいというイメージがあっただけに、私服も想像できていた。多少、ゴシックっぽくなってはいるものの、黒を基本色にしたスカートなどは彼女に似合っていた。アクセサリーにシルバーのブレスレットなどを付けているのも、その服装を一層に目立たせていた。
最後に、ティアだ。今日の彼女は珍しく、ニット帽を被っていなかった。そのせいか、恥かしそうに赤面していた。そんな彼女はワンピースにカーディガンという大人しい感じの服装だった。
特に、セイルはティアの姿から目を逸らさなかった。それほどまでに彼女の姿に釘付けになっていたのだ。そんな視線に気づいたティアはセイルに話しかけてきた。
「あの、私、変じゃないですか?」
「ううん、そんな事ないよ。似合っているよ!」
「そ、そうですか? なら、良かった。選んだかいがありました」
ティアはそう言って喜んでいた。その様子にセイルは安心する。他の二人も同じような話をしていた。それが終わると、キャルがその場を仕切り始める。
「さて、三人はどこに行きたい? ユリウスに来てからも、仕事続きであんまり外には出てないんでしょ? その点、僕達はこの街についてはプロッフェッショナルだよ。どんな店でも知っているからどんと聞いてよ!」
そう言われてセイル達は顔を合わせる。呼ばれて集まったのは良いものの、具体的にどんな場所を回るとは考えていなかったのだ。そんな彼らは、それぞれに返事をする。
「別に何処だろうとかまわない」
「どこでもいいぜ」
「僕も、どこでもいいです」
セイル達の返答にキャルはがっくりと肩を落とす。それもそうだ、せっかく期待して色々な場所をお勧めしようと思ったのに、全員にどこでもいいと言われたのなら、落ち込みたくもなるだろう。
キャルは仕方なく、三人の興味があるものを聞いてみる事にした。
「じゃあさ、三人の趣味とか好きな事を教えてよ。それに合わせて場所を考えるからさ」
その発言にセイル達はまた深く悩み始める。その間、待つ事になったキャルは女性二人を集めて話していた。
「はぁ、結構思っていたけど、彼らって相当な仕事馬鹿だね。遊ぶ事に興味は無いのかな……」
「そんな事は無いと思うわよ? この間、オウガくんがゲームの話をしていたし」
「単に、この街に何があるのか分からないから迷っているだけじゃないの?」
「ん〜、それならいいんだけど」
そう言ってセイル達の方を見直す。すると、セイル達は声を合わせるように答えてきた。声はまるで揃えたのではないのかと思うほどに揃っていた。
「静かなところがいい。カフェとかあればそういう場所で」
「体を動かせるところか、ゲームのある場所がいいな」
「自然の多い所とかいいな。後は、この街の名所とか」
セイル達の答えは見事にバラバラだった。答えた後、お互いの行きたい場所に対して文句を言っていたが、それ以上にキャルが頭を抑えて悩んでいた。
「まさか、こんなにばらばらに言ってくるとは思いもしなかったよ……。どうしようかなぁ」
キャルはそう言うと、腕を組んで考え始めた。しばらくの間、セイル達と自分達を交互に見やっていたが、その後にいいアイディアが浮かんだのか笑みを浮かべた。そして、こう言い始めたのだった。
「そんじゃさ、丁度お互い三人ずついるんだし、それぞれ担当の相手を案内するって事にしようか。それなら皆好きな所にいけるもんね」
その発言にセイル達は頷いた。確かに、そのほうが効率もいいし、自由に動けるだろう。しかし、その発言にティアが一人だけ小声で訴えてきた。
「ちょっ、キャル!」
「何さ、別に問題は無いでしょ? 丁度二人っきりにもなれるし、誰にも邪魔されないで話しが出来るいい機会じゃない。気楽に話せばいいんだよ」
そう言うと、キャルはすぐにティアの元を離れてオウガを引っ張り始めた。それに続くようにシェイラもノエルを案内し始める。そして、その場に残ったのはティアとセイルだけだった。残されたティアは溜息をセイルに気づかれないように小さく吐いた。そして、こうなってしまったのは仕方ないと思い、セイルに声を掛ける。
「あの、それじゃあ案内します。公園とかでいいですか?」
「うん、構わないよ。街を歩けるならそれでいいし」
そう言って二人もようやく歩き出した。ティアは未だに少しだけ距離を取っていたが、それでも二人は会話をしながら歩いて行くのだった
*
セイルとティアは街の中にある自然公園に来ていた。自然公園は街の中でも特に自然があり、休日には子供連れの親子やカップルもよく来る街の癒し場だった。もうすぐ夏がやって来る為、公園の中は緑に溢れていた。
「すごい所だね、まるで小さな森の中にいるみたいだ」
「地球にはこういう場所はないんですか?」
「うーん。あんまりこういう場所はないかな。確かに、公園とかはあるけれどこんな大きな木々があるのは多分、珍しいと思う」
その答えにティアは少しだけ悲しむそぶりを見せる。それはティア自身も自然を好む者の一人だからだろう。ティアは続けて質問をする。
「男の人が自然を好きって言うのは珍しくないですか? 何か思い入れでもあるんですか?」
「そうだなぁ、地球では男の人でも結構自然が好きって言う人は多いよ? 今の地球は砂漠化が深刻な問題だからね。自然を大切にするのは勿論だし、貴重な自然は保護するように一生懸命だしね」
そこで、一旦セイルは口を閉じる。その後、ゆっくりとした口調でその続きを話し始める。
「僕が自然を好きなのは、昔に家族で見た景色が忘れられないからなんだ」
「見た景色?」
「うん。地球のある場所で見た景色なんだけどね。辺りには一面の花が咲いていてさ、子供だった僕にはそこがまるで天国のように思えたんだ。それほどまでにすごい景色だったんだよ」
「それ、分かります! 私も小さい頃はよくお花畑で遊んでいましたから。あれってすごい幻想的ですよね」
ティアはセイルの言う景色を頭の中で想像した。その中で、思い出したのは、昔住んでいた場所にあった花畑の事だった。
「それ以来かな。僕が自然を好きになったのは。もっともっと、いろんな景色を見てみたいと思ったんだ」
「今でもそこには行くんですか?」
「いや、そこは数年前にヴェンテの襲撃を受けて焼け野原になっちゃった。運が悪いよね、地球なんていろんな場所があるのにさ」
そんな事を笑って言うセイルに、ティアは少しだけ違和感を覚えた。その正体は何だけ分からなかったが、これ以上は聞くべきでないと感じるのだった。ティアはその話を切り上げて次の話に移ろうとする。
「えっと、セイルさんはどうしてパイロットになったんですか?」
「ん〜? 結構簡単な動機だよ? さっき言った場所で両親がヴェンテに殺されてね。それから、残された家族を守りたいと思ったんだよ。だから、みずから志願してパイロットになったんだ」
その言葉に、ティアはまたしてもやってしまったと思う。さっきから自分の質問はセイルの過去傷を抉っているだけだった。セイルが重い内容を気軽に話しているせいもあるが、方向を導いているのは確実にティアだった。そんなティアに気づいたのか、セイルは慌ててティアをフォローし始める。
「えっと、ごめんね。なんか暗い話ばっかりで。せっかくティアが話してくれているのに」
「そんな、私のほうこそ、ごめんなさい。答えにくい事ばっかり質問して……」
そう言うと、二人は黙ってしまった。次の話題が見つからなくなったのだ。ティアはそんな気まずい雰囲気になってしまった事に、とても落ち込んでいた。しかし、セイルがそんなティアを気遣って逆に質問をし始めた。
「ねぇ、ティアはなんでEXISTの整備士なんてやってるの?」
「私ですか?」
「うん、ティアみたいな娘が、整備士やってるのは不思議だなと思って、あんまり女の子は機械なんて好きじゃないんじゃない?」
「そうですね、確かに珍しいと思います。訓練校でも女子は少なかったですから。他の二人は知りませんけど、私は好きですよ、機械」
そう言って、セイルの質問に答えていく。自分にはセイルみたいな暗い過去は幸い無い。普通に話してもネガティブな話にはならないだろう。
「こんな事言うと、変だと思われるかもしれませんが、本当は私、パイロットになりたいんです」
「ティアが……、パイロット?」
「やっぱり、変ですか?」
「いや、パイロットを目指している女性もいるからおかしくは無いけど、相当大変だって聞いたよ?」
それはセイルのいう通りだ。女性がパイロットになるには相当きつい訓練を超えた人しかなれない。だから、ティア自身も自分はパイロットにはなれないと分かっていた。
「でも、私みたいな貧弱はどう頑張ってもなれる訳無いです。だから、せめて手助けだけでも出来るようにって整備士になったんです」
「確かに、それなら問題は無いけど」
「何も出来ないよりはマシです。少しでもこの星を守れるなら守りたい。それが、私が整備士になった理由です」
「そっか、ティアは本当にユリウスが好きなんだね」
「はい! それに、この星はセイルさん達が守ってくれるから、私なんかが戦わなくても安心です!」
「そ、そうかな?」
いつの間にか、セイル達は笑って話していた。それは、セイルが話の話題を変えたせいもあったが、それ以外にお互いの事を知り合えたのが一番の効果だった。そんなセイル達は、自然公園を出る事になった。
時間はもうすぐ十二時だ。昼食を取るにはちょっと早いが、結構歩いた為に二人ともお腹が減っていた。そんな訳で、二人はどこかで昼食を取ろうと考えていた。
「どこか、お勧めの場所ってある?」
「え〜っと、そうですね。どんなのが食べたいですか?」
「この間、ユリウスの伝統料理は食べちゃったからな。今度はこの街で人気のものがいいかな? あ、勿論安いものでね」
セイルの注文にティアは少しだけ考える。セイルの注文にぴったりの人気料理はあっただろうか。そんな事を考えている時、ふと携帯が鳴り出した。着信を見てみると相手はキャルだった。ティアは電話に出る。
『あ、もしもしティア? 今何処にいる?』
「今、自然公園を出て街に戻っているところだけど?」
『じゃあ、まだお昼は食べてないんだね。良かった〜。シェイラと相談してさ、お昼はもう一回集まって皆で食べたほうがいいんじゃないかって言っていたんだよ。んで、今からいつものファミレスに集まろうって話したんだけど、来れる?』
「うん、平気。丁度、今こっちでも何処で食べようか考えていたところなの」
『おっけー。んじゃ、先に行って待ってるから』
そう言うと、電話は切れた。セイルが誰からの電話か聞いてきたので、キャルから皆で昼食を食べようという提案が出されたのを話した。
セイルは、それを了承した。遅れてはいけないという事でさっそく、集合場所に向かう。急いで行こうとするのが少しだけ寂しかった。しかし、ティアはこれでも十分に話せたんだと思い、満足するのであった。
*
数日後。
ティアはいつも通り、アテナの最終チェックをしていた。これが終わればいつでも万全の状態で出撃が出来るだろう。
PCと連動して、プログラムと各部の状態をチェックしていく。すでに、初日にほとんどの調整を終えていたアテナは万全の状態だが二回はチェックをしないと気がすまなかった。これはティアのこだわりで、時間がある時は自分の納得いく状態で二回チェックをしなければ落ち着かないというものだった。
訓練校で唯一、この癖のみが欠点だと言われて以来直そうとしているのだが、そう簡単には直りはしなかった。
「はぁ……」
ティアの口から溜息がこぼれる。ティア自身もなぜ、溜息を吐いたのか分からなかった。この間まで溜息を吐いていたのは、セイルと話が出来なかったからだ。しかし、それはあの日に様々な事を話したおかげで気にならなくなっていた。だが、現に今こうして溜息が出るのは何かを悩んでいる証拠なのだろう。
それは後数日でまた、ヴェンテがやって来るからかもしれない。毎回、ヴェンテが来る頃には胸が締め付けられるような気持ちになる。また、自分は守られているばかりでユリウスの為に戦えないのだと。
しかし、そんな事を思っていてもティアには今、EXISTを整備するしか出来る事は無いのだ。だが、出撃するセイルを見るたびに何かをしたいという気持ちは高まっていくばかりだった。
自分と同じ年の男の子が戦いに行けるのに、自分はなんて非力なんだと思った。そう考えれば考えるほど、ティアは落ち込んでいった。
しかし、そんな時にまたあの声が聞こえてきたのだった。それは、この間の整備の時に聞いた少女の声だ。
「何をそんなに悩んでいるの?」
突然聞こえてきた声に少しだけ驚く。しかし、この間とは違いその声に怯える事はなかった。
「悩んでなんかいないよ。ただ、何も出来ない自分が情けないだけ」
「何で何も出来ないの?」
「だって、私には力が無いもの。私にはEXISTに乗るだけの体力が無い、精神力が無い。だから、整備をするしかないの」
そう言って、ティアは自虐的になる。そう言葉にする事によって、自分は整備しか出来ないという現実を見直すのだった。だが、次にティアに掛けられた言葉は耳を疑うものだった。
「だったら、私が力を貸してあげる。そうすれば、あなたは戦えるわ」
「そんな……。無理だよ。出来るはずがない!」
「大丈夫……。私を受け入れて……」
少女との会話はそれで終わった。それと同時に丁度、最終チェックも終わったところだった。ティアはセイルのプログラムを保存する。これで、全ての工程が終わりだった。
丁度、その工程を見ていたのかキャルが声をかけてきた。チェックが終わったのなら、ご飯を食べに行こうという事だった。しかし、ティアはまだやる事があるからと断った。
「なーに? まだなんかやるの? ほんと、ティアは頑張り屋だね〜」
「そんな事ないよ。これもやらなきゃいけない事だもの」
「まぁ、いいけどね。でも、無茶しちゃ駄目だよ。お腹すいたら一旦中止しなよ?」
「うん、そうする」
キャルはそういうと、本部のほうに向かっていった。その背中を見送りながら、ティアは再度、EXISTの調整をし始める。
しかし、開いていたのはプログラムのほうだった。基礎構成プログラムを基本に、次々とパラメータを変えていく。それは、先ほどまでのセイルのプログラムではない。設定の数値は操縦者に負担がかからないように調整された、女性向けのものだった。
「私が、この星を……守る……」
ティアは黙々とプログラムを書き換えていった。そう呟いたティアの表情は使命感に燃えている。まるで、何かに操られているか、魅了されているように。