第四章
第四章
転送機によって移動したセイルの目に入ってきたのは、薄暗い通路だった。軍の格納庫とは違い人気は無く、異様に静かだった。後からやってきたティアも、その事に驚いていた。
セイル達はそのまま、通路を進んでいった。しかし、通路は扉によって行き止まりになっていた。セイルはどこかに開ける為のパネルが無いか探した。すると、扉の端にスイッチがある事に気がついた。
セイルがスイッチを押すと、扉はロックを解除して開いた。すると、またしても通路があった。セイル達はさらにその通路を進んでいく。だが、通路は少し歩くと終わり、広い空間にたどり着いた。
「なんだろう、ここ。少しだけ格納庫に雰囲気が似ているけど……」
「あ、ここに照明のスイッチがあります。今点けますね」
そう言ってティアが照明の明かりを点ける。しかし、そこでセイル達の目に入ったのは驚くべきものだった。
「何だ、これ? こんな機体見たこと無い」
「私もです……」
目の前にあったのは二人の見たことの無い白い色のEXISTだった。姿形は何処と無く、EX―9に似ていたが、それとは違ったものだというのが分かっていた。EX―9よりも細く、整ったボディ。しかし、それでいて力強さを感じる迫力。二つを併せ持ったこのEXISTはもはや芸術品のように見えた。ふと、セイルは機体の下に機体調整用のパネルがあるのを見つける。
近寄って電源を入れると、ディスプレイが宙に浮かび上がった。文字の羅列が流れていくと、連邦軍のマークが現れる。その後、画面は機体の様子を表示してきた。セイルは少しの間眺めたが、こういうのはティアの方が分かるだろうと思い、ディスプレイの前を譲った。
すると、ティアは少しだけディスプレイをいじり始めた。何をしているのかと思ったが、次にティアから出た言葉にセイルは驚かされる。
「この機体……、動かす事が出来る。EX―9と基本構造が似ているので、少し設定すれば出撃状態まで調整できます」
「本当に?」
「はい、数分もあればいけるかと」
その言葉に、セイルの心が揺れる。戦いに行くには今、この機体に乗る以外には道は無い。しかし、詳細の分からない機体に乗る事はさすがに抵抗があった。だが、そんな時、爆発が起こったような振動があった。どうやら、とうとう地上でも戦闘が起こり始めたみたいだ。
一刻も早く、あの場所に行き、戦わなくてはいけない。そう考えたセイルは覚悟を決めた。命令違反でも良い。戦わなくちゃいけないと」
「ティア、今から言う設定にお願いできる?」
「私はセイルさんの機体整備士です。出来ることなら、何でもやります」
そう言うティアにセイルは設定の内容を教える。ティアは指示通り、すぐに設定をし始めた。その間に、セイルは戦闘の準備をする。部屋の端に行き、持ってきていたパイロットスーツに着替える。
すると、ティアの方から声が掛かった。早くも機体の設定が終わったらしい。セイルはさっそく、ヘルメットを被って脳をPCに連動させる。そして、EXISTのPCへと命令をしようとする。
命令するには、機体の識別番号が必要だ。セイルはディスプレイに表示されている識別番号に目を向ける。その上には、この機体の名前かと思われる『アテナ』の文字があった。
セイルはさっそく、EXISTに命令をしてコックピットに向かう。コックピットに乗り込むと、すぐにコックピットを閉じた。暗闇の中、ヘルメットの通信機からティアの声が聞こえてくる。
『基本的な操作方法はEX―9と同じようです。いつも通り起動してください』
その指示に従い、セイルはEXISTを起動させる。暗かったコックピットは辺りの景色を映し出す。コンソールを呼び出し、機体のチェックを始める。武装は外壁に取り付けられていたアサルトライフルと、左腕に内蔵されている高周波ブレードだ。
出撃準備が出来たのを確認すると、ティアに声をかける。
「こっちは準備完了。問題は出撃の方法だけど、どうにか出来る?」
『はい、ここのディスプレイから操作できるみたいです。どうやら、出撃は垂直にカタパルトで地上に出るようです。ここは、地下なんですね』
ここが地下だという事にセイルは疑問を覚えた。何故、このような機体が地下に隠されていたのだろうか。不思議だった。そんな事を考えているうちに、機体に衝撃が走る。どうやら、固定されていたケーブルなどがはずれ、カタパルトに固定されたようだった。
『出撃準備完了。いつでも発射できます』
その言葉にセイルはいつも通り、目を瞑り、息を吸う。そして、ゆっくりと目を開けながら呟いた。
「Contact」
その瞬間、セイルはいつも通りにEXISTと連動した。機体の情報が流れ込み、データが脳を埋め尽くしていく。連動は順調だった。セイルはこのまま一気に出撃しようとした。
しかし、その瞬間。セイルの目の前が突如、白く染まった。一体何が起きたのかとセイルは混乱した。だが、セイルにさらに驚くべき事が起きる。白く染まった目の前に、パイロットスーツのような物を着た少女が現れたのだ。
「何だ……?」
少女はセイルの方を向いたまま、ゆっくりと近づいてくる。セイルはその光景に身動きが出来なかった。すると、少女はセイルの頬に手を当て語りかけてきた。
『やっと、私の求める人が来た……』
「求める人……?」
『私と一緒に戦って。そして、この星を、人を、守って』
少女はそう言って、セイルに抱きついてきた。しかし、その体は溶けるようにセイルの体に消えていった。だが、セイルの体にはそれにより異変が起きていた。
さっきまで無かったEXISTの情報に、膨大なデータが入り込んできたのだ。そのデータの大きさに、セイルの脳に負担がかかる。割れそうな頭の痛みにセイルは思わず、頭を抱える。しかし、そんな頭の中に先ほどの少女の声が聞こえてくる。
『私を拒まないで。受け入れて。そうすれば、楽になれるわ』
その言葉にセイルは従う。無理にデータの処理をしようとはせずに、ただあるがままにその身を任す。すると、徐々に頭の痛みが消えていった。かすかに痛む頭を押さえながら、セイルは少女に質問する。
「くっ、君は。一体……」
その質問に、少女はこう答えた。
『私はアテナ。この機体のAI』
「機体の……AI?」
AIとは、PC内にあるプログラムで構成された人工知能の事だ。少女は、自分の事をそういった。
『そう、私はあなたのサポートをする為にいる。だから、戦って、この力で』
そう少女の声が聞こえた時、セイルの目の前は突如、色を取り戻した。セイルはその事に呆然とする。そんな中、ヘルメットからティアの声が聞こえてきた。
『あの、セイルさん? どうしたんですか? もういつでも出撃できますよ?』
「ねぇ……、ティア。今、僕って何してた?」
『えっ? 今、コンタクトが完了したところですよね?』
「違う、その後」
『その後って、まだコンタクトして数秒しか経っていませんが?』
その言葉に、セイルは驚く。確かに、少女と話していた時間は数秒以上だった。しかし、ティアのかんかくでは数秒も経っていないという。
『何かあったんですか?』
「いや……、なんでもない」
ティアには今の出来事は言わない事にした。変な心配をかけてはいけないだろう。それに、今セイルの体には何の異常も無かった。これなら問題なく、出撃できるだろう。セイルは気を取り直して出撃の為に気合を入れる。今の出来事が幻だったのか本当の事だったのか分からないが、今は自分のやるべき事をやるだけだ。
「良いよ、ティア。発射して!」
『了解。五秒後に発射します』
その言葉に、セイルは反重力装置とブースターの起動をする。そして、セイルはカタパルトにより、急上昇するのだった。通路の中をEXISTが高速で通過していく。そして、機体はそのまま空に射出された。
セイルの視界に街の景色が広がる。しかし、そこにはすでに街の中に進入したヴェンテの姿があった。ヴェンテは口からエネルギーを放ち、街を破壊していた。セイルはその光景に強い怒りを覚える。
グリップを握り締めて、ライフルを構える。そして、セイルは街にいるヴェンテに向かって接近し始めた。ブースターの出力を全開にする。唸りを上げるEXISTはセイルの得意な高速戦闘用に設定してある。機体の速さは、この間のEX―9よりも桁外れに上回っていた。
瞬く間に一番近くにいたヴェンテにセイルは接近する。しかし、ヴェンテもセイルの接近に気付き、空中に飛び上がる。だが、それはセイルには好都合な事だった。ヴェンテが空中に上がるのであれば、倒した時の爆発の被害が最低限で済むのだ。せいるはこの機を逃さないように一気に攻撃を仕掛ける。
ヴェンテに向かってライフルを発射する。数発の弾丸がヴェンテに向かって飛んでいくが、それをヴェンテは避けていた。しかし、あくまでそれは囮である。こんな街に近い高度ではまだ倒すことは出来ない。その為には、わざと軽い攻撃をしてヴェンテを引き寄せる必要がある。
ヴェンテの口が淡く発光する。それはエネルギーを放つ兆候だ。セイルは、これをチャンスだと思い、自らもヴェンテの方へ向かっていく。
ヴェンテの口から、セイルに向かってエネルギーが放たれる。しかし、セイルはたくみに機体を操り、それを避けながらヴェンテの懐へもぐりこんだ。その瞬間、EXISTの左腕からブレードが現れる。高周波を放つブレードは、双方が突進する勢いによって深々とヴェンテの体に突き刺さった。
ヴェンテは断末魔を上げてそのまま動かなくなる。セイルはヴェンテに刺さったブレードを引き抜くと、すぐさまその場を離れた。そして、一拍あいた後に爆発は起きた。セイルはその光景を見ながら思った。
(この機体、凄い性能だ。これなら、単独でも戦闘が出来るかも知れない……)
上空では未だ、激しい戦闘が繰り広げられている。しかし、この力があればこの街を守れるかもしれない。そう思ったセイルは、次に見えるヴェンテの所へと向かうのだった。
*
首都ネーアにある連邦軍の本部。
そこにある司令部では、オペレーターや指揮官が声を飛ばしていた。芳しくない戦況に自然と部屋の空気が険悪になっていく。
そんな中、指揮官の一人であるアルレイド・エリオス大佐はこの街の部隊の指揮を行なっていた。今回のヴェンテの目的地を守るアルレイド大佐は、他の司令官よりも焦りをあらわにしていた。
「上空の小隊は何をしているんだ! これ以上、ヴェンテを街に下ろすんじゃない。断固として防衛ラインでヴェンテを撃破しろ!」
「ヴェンテの防衛ラインの突破率、未だ上昇中! 防衛ラインを引き下げるしか手がありません!」
「くそ! 誘導クラスターミサイル使用許可はまだか! 増援部隊は!」
「使用許可、まだ下りません! 後、最低十分は持ちこたえろと言っています」
オペレーターから返ってくる答えに、アルレイド大佐は机を叩く。それもそうだ、これ以上はもう後が無いというのに上層部からは今の戦力で持ちこたえろと言われているのだ。しかし、今の戦力でさえ少しずつ減っていっているというのに、誘導クラスターミサイルの使用どころか増援さえも来ないという。
このままではいずれどこかの防衛ラインが崩壊する事は目に見えていた。そうなったら、街には大量のヴェンテが流れ込むだろう。そうなれば、被害は計り知れない。そうなる前に、何とかしなければいけなかった。
「街に侵入したヴェンテはどうなっている!」
「現在、いくつかの小隊が応戦中。しかし、数が多く、対処の手が回っていません」
「いくつかの小隊を防衛ラインに上げろ。街のヴェンテは少数精鋭で構成すれば何とかなるはずだ!」
「了解です」
アルレイド大佐の指示によって、いくつかの小隊が防衛ラインに派遣される。しかし、これもその場しのぎ程度にしかならないだろう。本当にこの現状を変えるには、今の戦力以外の力が必要だ。
どうにもままならない状況に、アルレイド大佐はただ今は現状が保てば良い。そう思っていた。それは、もはや諦めに近いものだったのかもしれない。ヴェンテの激しい猛攻は未だにその勢いを衰えずにユリウスへ攻め込んできていた。
そんな時、オペレーターが声を上げる。
「大変です! 防衛ラインの一部が大型のヴェンテによって攻撃を受けて退避! 穴が開きました!」
想定していた最悪の事態が起きた。まさか、こんなにも早く防衛ラインが破れるとは、さすがに想定外だった。しかし、一旦破れてしまったものを直すのは大変な苦労がかかる。だが、今の戦力には戦力を立て直す為の力が残されていなかった。
「何とかして今の戦力で防衛ラインを戻せ! これ以上の進入を許すな!」
アルレイド大佐はそう命令して、何とか状況を戻そうとする。しかし、それは叶わないことだった。
「駄目です! 穴にヴェンテが集中、大量に突破されます!」
「くそ、ここまでか……」
アルレイド大佐はこれ以上の無茶な防衛は無意味だと思った。こうなれば、もう防衛ラインを下げる以外には手は無い。それは、苦渋の決断だった。しかし、そうしなければ今度は穴が開くだけでは済まされない、それ以上の結果が待っているだろう。アルレイド大佐はオペレーターに防衛ラインを下げるように命令しようとした。しかし、そんな時、オペレーターが驚きの声を上げた。
「ほ、報告です! 穴に集中していたヴェンテが次々と撃破されています! 信じられない速度です」
「どういう事だ? 持ち直したという事か?」
「いえ、違います。今、現場の小隊から連絡がありました。謎の機体が突如現れてヴェンテを倒しているようです!」
「何だと?」
「凄い……、穴の周辺のヴェンテは全滅。防衛ライン、復活しました!」
思ってもいない報告だった。もはや、防衛ラインの死守は不可能だと思っていたのに、それが本のちょっとの時間で復活できるまでになるとは想像もしなかった。しかし、その中に出てくる謎の機体というのには疑問を覚えた。
EXISTを所有して良いのは軍と決められた一部の企業だけである。しかし、軍のEXISTならば、現場の小隊が機体の正体が分からないなどとは言わないだろう。企業の改造機体という可能性もあったが、この街にそれだけの技術を持っている企業があるというのは聞いた事が無かった。
「現場の小隊に謎の機体の映像を送らせろ!」
「了解です」
しかし、アルレイド大佐には一つだけ、思い当たる節があった。しかし、その可能性は皆無だと思っていた。
(まさか、あの機体が動くはずが無い……。あの機体は、極秘扱い、それに乗りこなせる者などいないはずだ)
現場からの映像を待つ中、アルレイド大佐はそんな事を考えていた。だが、その後、ディスプレイに映される機体に目を見開いた。ディスプレイには空を高速で移動し、次々とヴェンテを撃墜していく『戦いの女神』が映し出されたのだった。
「まさか……、あの機体を、『アテナ』を操る者が現れたのか……」
アルレイド大佐はそう言ってディスプレイに視線を向けていた。その表情は、驚きと共にまるで神の奇跡が起きたかのようなものだった。
*
セイルは街のヴェンテを倒した後、空に上がっていた。街の中にいるヴェンテをいくら倒しても、次から次へと来るヴェンテを阻止しなければ意味が無いと思ったからだった。
そんな時、丁度進行方向でヴェンテの集団に襲われている小隊が見えた。いくつかの小隊が集まっていたので、恐らくこの辺りが防衛ラインなのだとセイルは考える。しかし、小隊は今にも撃墜されそうで、撤退を始めていた。
それを見逃せなかったセイルは単機でヴェンテの群れに突っ込んでいった。さすがに集団のヴェンテに向かっていくのは恐ろしかったが、今のセイルには勝てるという確信があった。
セイルは次々と、ヴェンテを撃墜していった。しかし、その数は半端なく多い。だが、セイルはヴェンテの攻撃を食らう事無く、まるで自分の手足を動かすようにEXISTを操り、ヴェンテの集団を撃墜したのだった。
何故、そんな事が出来たのかというと、それは機体の性能、セイルの腕前以外に隠された力があったからだ。それは――異様なまでのPCによる戦闘補助だった。
それは、まるで二人で機体を操っているかのように感じるような物だった。セイルの気づかない攻撃がくれば、即座に緊急回避を取り、標準調整やブースターの出力など、事細かに補助をしてくれた。それが無ければ、あの群れを撃墜する事は不可能だっただろう。
ヴェンテの集団がいなくなった時、そこにいた小隊から通信が入った。
『こちら、連邦軍所属ブレッド小隊の隊長だ。一体、あなたは何者だ?』
「こちら、連邦軍所属アース小隊のセイル准尉です。訳あってこの機体で出撃しています。それよりも、防衛ラインを保ってください。また、すぐにヴェンテがやってきます」
『分かった……。今は聴かないでおこう。しかし、単機での行動は危険だ。今すぐに小隊へ合流しろ。アース小隊はここから南に行ったところで応戦中だ』
「ありがとうございます。では、自分はこれで失礼します」
その場の小隊にお礼を言うと、セイルは方向転換をしてさっそくアース小隊の方へ飛んでいった。その場に残された小隊員は皆、セイルの強さに圧倒されていた。それだけ、今のセイルは強かったのだ。
セイルは機体のスピードを全開に上げる。一刻も早く、アース小隊の所へ援護に行きたかったのだ。道中に襲い掛かってくるヴェンテを撃墜しながら、セイルは全速力で移動していた。
そんな中、セイルに本部からの個別通信が入った。セイルはその通信を開く。すると、そこからは中年の男性の声がしてきた。
『こちら、連邦軍指揮官のアルレイド大佐だ。搭乗者に質問する。君は誰だ?』
セイルはその通信の相手に驚いた。まさか、大佐という上官が個別に通信をしてくるとは思わなかったのだ。セイルは一旦、EXISTを止めて慎重に失礼のないように答える。
「はっ、自分は連邦軍アース小隊所属、セイル・アルフィス准尉です」
『では、セイル准尉。君は一体どうやってその機体を見つけた?』
「自分の携帯電話に謎のメールが送られてきました。自分はそのメールにしたがってこの機体が保管されていた格納庫までたどり着いたのです」
『メールが……だと?』
セイルは嘘偽り無くアルレイド大佐に返答をしていく。しかし、そこから伝わってくる声は、まるで信じられない事でも聞いているかのようだった。その様子にセイルは自分が何かとてつもない事をしているのではないのかと思えてきた。
「あの、アルレイド大佐。自分はこの機体を勝手に使いました。それはやはり大変なことだったのでしょうか?」
『確かに、その機体は軍の機密に関わるものだ。しかし、今はそんな事を言っている場合ではない、その話はこの後でしよう。今はその機体でヴェンテを撃墜してくれ、もう少しすれば逆転の機会があるのだ』
「了解しました!」
『それと忠告だが、その機体を壊すなよ。その機体にはとてつもない価値があるのだからな』
そうアルレイド大佐は告げると、通信を切ってしまった。セイルはやはり、自分がとんでもない事をしたのだと思いながら、移動をし始めたのだった。ただ、今一番の心配は自分のせいで巻き込んでしまったティアへの謝罪だけだった。
しかし、今の自分にはまだやる事が残っているのだ。どうせ、罰を受けるのならばやれる事をやっておきたい。セイルはそう自分に言い聞かせると、全力でアース小隊の所へと向かっていった。
*
アース小隊は苦戦を強いられていた。他の小隊とも連携して戦っていたが、すでに疲弊は多く、もはや一刻の猶予も許されない状況だった。そんな中、前線で戦っていたのはオウガを含めた近接戦闘のスペシャリスト達だった。近接戦闘で足を止め、遠距離から打ち抜く。それが、今出来る最大限の戦い方だった。
しかし、接近するからには危険も多い。すでにオウガの機体には損傷が出始めていた。
「畜生! まだ援助攻撃は無いのかよ!」
『あと少しだ! 何とか耐えろ、オウガ!』
近くで戦うグレダ大尉の声が通信で聞こえてくる。しかし、そんな事を言われたのは今だけでない、すでにもう何回も聞いた事だ。すでに機体だけでなく、体力や精神力まで限界に近いオウガは何時までたっても来ない援軍に怒りを覚えていた。
「くそぉぉぉ!」
オウガの高周波ナイフがヴェンテの甲殻をえぐる。本来ならば、この時点でヴェンテから離れて射撃に任せるのだが、オウガはそのまま離れずにヴェンテに攻撃をし続けた。
『馬鹿野郎! 早く離れろ! 狙い撃ちにされるぞ!』
ノエルがオウガに対して警告をする。しかし、オウガはその警告を無視してそのまま攻撃をし続けた。ヴェンテは切り裂かれ、絶命する。ヴェンテの死体を乱暴に蹴り、機体から引き離す。蹴り飛ばされたヴェンテは空中で爆発して吹き飛んだ。
「平気だ! こんな奴ら皆、切り刻んでやるぜ!」
そう言って、オウガは次のヴェンテにもナイフを振りかざす。甲殻に突き刺さったナイフはどんどんとヴェンテの甲殻を切り裂いていく。危険な行為にノエルは続けて警告した。
『調子に乗るんじゃない! 落ち着け!』
「大丈夫だ! 心配しすぎなんだよ!」
そう言ってオウガはヴェンテに攻撃しながら振り返った。しかし、その時だった。オウガの目の前に一匹のヴェンテが口を光らせてオウガを睨みつけていたのだ。それを見たオウガの世背筋に冷たい感覚が広がる。それは、まさに自分が死ぬと覚悟した感覚だった。
ヴェンテの口が強く発光する。オウガは全力で避けようとするが、それは到底叶わない事だった。
『オウガ!』
ノエルの声が響く。しかし、その声さえ今のオウガにはゆっくりとした速度で聞こえた。オウガはもう駄目だと思い、目を瞑る。その瞬間、耳と体に爆発の衝撃が響く。しかし、その衝撃は決してオウガの機体が壊されたものではなかった。オウガはゆっくりと、閉じた目を開ける。
そこには、すでにヴェンテの姿は無かった。爆発によって粉々になったヴェンテは、そのまま粉塵となって地上に降り注ぐだけだった。オウガは一体何が起きたのか、分からなかった。中でも考えられる案としてノエルに通信を開く。
「なぁ……、今の、ノエルがやったのか?」
『違う、俺じゃない。あいつがやったんだ……』
その言葉に、オウガはノエルの視線の方向に目を向ける。その先には、見た事の無い機体がライフルを構えていた。
「何だ、……あいつ?」
『分からない。しかし、敵じゃない』
二人でそんな会話をしている時、恐らくは今見ている機体から通信が入る。何故、向こうがこちらの通信回線の、しかも小隊用回線を開けるのか不思議だった。しかし、オウガはその通信を開いた。しかし、そこから聞こえてきたのは本部に残っているはずのセイルの声だった。
*
「オウガ! 大丈夫だった?」
セイルは通信でオウガに安否の確認を取る。少し距離があったとはいえ、ヴェンテの爆発に少しは巻き込まれた筈だった。しかし、返ってきた答えはセイルの質問とは違う内容だった。
『セイル! 何でお前がここに? というかその機体はなんだよ!』
「あ〜、この機体? ちょっと訳ありで、軍から勝手に借りちゃったんだ」
『おまっ、それって結構なやばくないか? どう考えても軍法会議ものだろ……』
「うん……、でもいいんだ。この機体のおかげでみんなの援護が出来るんだから。問題は巻き込んだティアになんて謝ろうかだよ。それが一番の悩みどころだよ」
そう言ってセイルは場の空気を誤魔化す、そんな中。オウガとの通信にノエルとグレダ大尉までが入り込んできた。
『オウガ、そいつは誰なんだ?』
『こちらからでは回線の番号が分からない。悪いが入り込ませてもらったぞ』
「あ、ノエルにグレダ大尉。こちらセイルです」
セイルがそう言うと、向こう側から驚きの声が上がった。ノエルが絶句する中、グレダ大尉は何とか状況を理解しようとセイルに質問をしてくる。
『セイル! お前、どうやってここに?』
「えっと、訳ありで軍の機体を借りたんです。無許可だったんですけど……」
『この馬鹿野郎! お前は待機だって言っただろうが! 何で大人しくしてなかった!』
その言葉にグレダ大尉から怒声が飛んでくる。思わず、ビクリと怯んでしまった。しかし、ここで謝るだけでは今まで自分がしてきた事を否定するのと同じだった。セイルは、これ以上に怒られるのを覚悟にグレダ大尉に自分の気持ちを話すのだった。
「命令違反は十分に承知しています。でも、あのまま自分だけ本部で避難をしているなんて出来ません。僕はこのユリウスを守りたいと思ったんです。だから、僕はこの機体を見つけました。機体さえあれば皆と一緒にユリウスを守れるから」
セイルがそう言うと、少しの間だけ沈黙が流れた。セイルは何を言われるかと内心で心構えていたが、再度怒鳴り声が聞こえてくる事は無かった。その代わりに、グレダ大尉は呆れとイラつきを足したような声で言ってきた。
『分かった。なんにせよ、説教は後でたっぷり聞かせてやる。今はヴェンテを倒すぞ、セイル』
「あっ、はい!」
そう言ってグレダ大尉との通信が切れる。後で待っている説教が怖いが、今は一緒に戦ってくれると言ってくれたグレダ大尉に感謝して戦いに専念する事にする。
『セイル、この貸しはいつか絶対に返すからな!』
『あまり無茶をするな。お前らの行動は突拍子過ぎる。お守りをする俺の事も考えろ』
「あははっ、ごめんね。積もる話はこの後、帰ってから聞くよ。だから、皆無事で帰ろう」
『『了解』』
それを気に、二人とも通信が切れる。セイルは少しだけ、その余韻を味わうとすぐに戦闘態勢に入った。頭上で戦う他の小隊の人達を見上げる。そして、深く息を吸い込むと、ヴェンテ達がいる場所へ突っ込んでいった。
セイルは全力でヴェンテを撃墜していった。その動きは、その場にいた誰もが驚くような凄まじい物だった。次々と撃墜されていくヴェンテを見ながら、ある者は自分もとヴェンテを撃墜し、ある者はこの戦いは自分達の勝ちだと確信した。
そして、防衛ラインがヴェンテを押し返し始めた時、本部からの通信が入った。
『本部より、緊急警告! 今から、誘導クラスターミサイルによる一斉爆撃に入ります。直ちに表示される危険区域から脱出してください。着弾は今から二分後です』
その通信と共に、一斉に防衛ラインは撤退していく。カウントダウンが残り少なくなった頃、遠くの空から、大量の光が飛んでくるのが見えた。カウントダウンがゼロになった時、その光は一斉に弾けて無数の光の矢になった。その直後、いたる場所で爆炎があがる。それば全て、ミサイルがヴェンテに直撃した証拠だった。同時に、また本部からの通信が入る。
『本部より、空中にいるヴェンテをほぼ撃墜に成功。残りのヴェンテはミサイルの完全沈黙後、各小隊で撃墜をしてください。また、地上のヴェンテは完全に撃墜を完了。上空にだけ、注意をしてください』
本部からの通信が途切れる中、アース小隊には本部から直接通信が入っていた。セイルは今回で二度目だが、いきなりの直接通信にノエル達は驚いていた。
『本部より、アース小隊はこのまま本部へ帰還せよとの事です。直ちに帰還してください』
『アース小隊、了解。直ちに帰還する』
グレダ大尉が通信に返事をする。すると、通信はすぐに切れて終わった。通信が切れる中、グレダ大尉から声が掛かる。
『さて、本部からの命令だ。帰還するぞ』
『『了解』』
「了解……」
ようやく落ち着いたのか、冷静な判断が回復したグレダ大尉は不機嫌そうな声でそう言ってきた。セイルは重苦しい気分で返事をした。セイルはこの後に待っている、軍の大佐とグレダ大尉からの言葉がきっと辛い物だという事を考えていた。
*
アース小隊の格納庫に着くと、そこにはすでに軍の上層部からの使いが来ていた。手荒な真似はされないものの、無言の威圧感がセイル達を圧迫していた。
格納庫にはティアもいた。どうやら、セイルにアルレイド大佐からの連絡が入った後、連行されたようだ。セイルはすぐに事情を説明しながらティアに謝った。しかし、ティアはそれを笑って許してくれた。
連行されたのは、セイル、ノエル、オウガ、グレダ大尉、ティアの五人だ。転送機に入り、本部の上層部に連れられていく。そして、到着したのは大きな会議室だった。
部屋の中に入ったセイル達の目に映ったのは、三人の中年の男性だった。その中の一人が声をかける。
「よく来た。アース小隊の諸君。私はアルレイド・エリオス大佐、今回の件の最高責任者だ。横の彼らは副責任者と開発責任者だ」
アルレイド大佐に対してセイル達は一斉に敬礼をする。それを見た後、アルレイド大佐は手を前に組んで話し始めた。
「さて、今回の問題はセイル・アルフィス准尉が軍の機密である機体を勝手に使用した事についてだ。まずはあの機体について説明させてもらおう」
そうアルレイド大佐が言うと、開発責任者が手元のコンソールを操作した。すると、彼らの後ろに映像が映し出される。それは、さっきまでセイルが乗っていたあの機体だった。
「この機体は正式名称をEX―10『アテナ』という。ユリウスの連邦軍で極秘に開発されていた次世代機体だ。EX―9の性能を飛躍的に向上させ、そこに高性能の補助AIを搭載する事によって今までに無い超高性能の機体に仕上げたのがこの機体だ」
開発責任者の言葉に、そこにいた全員が驚いた。まさか、こんな物が開発されているとは思っていなかったからだ。なぜなら。今のEX―9でさえ、今の技術では最高性能の機体だという事が認められていたからだ。
「しかし、この機体には問題があった。それは、機体のPCに内蔵したAIが問題だった」
その言葉に、セイルはあの白い空間であった少女の事を思い出す。確かに、少女は自分の事をAIだと言っていた。しかし、一体どんな問題があったのだろうか。
「過去の機体起動実験にて起こった事だ。テストパイロットが初めてアテナと連動した時の事だった。連動は順調に進み、実験は成功すると思われた。しかし、それは突然に起こった。いきなり、テストパイロットが発狂したのだ」
その言葉に部屋の空気が重くなる。だが、セイルはその言葉に意味が分かっていた。自分はその間際まで近づいたからだ。あの時、AIを受け止め切れなかったら恐らくはセイルも発狂していただろう。
「それだけではすまない。テストパイロットを変えてもそれは同じだった。幸い、発狂したのは最初のパイロットだけだったが、それでも彼らは精神に大きなショックを受けて未だに後遺症が残るほどだ」
「あのアテナを危険に思った我々は、開発を中止。改善策が見つかるまでは封印をする事にした。いくら最高の性能を持っていたとしても、扱えないのでは意味が無い」
「しかし、今日になってイレギュラーが起きた。それが君だ」
三人の視線がセイルに突き刺さる。セイルはその視線を受けながら、息を呑む。
「セイル准尉、質問だ。君はどうやってあのアテナを乗りこなした?」
アルレイド大佐の質問に、セイルは答える。
「分かりません。確かに自分はあの機体を乗りこなしました。しかし、ただ普通に連動しただけです」
「それでは、特に何も無かったと?」
「ただ、連動をした時に、それが現実かどうかは分かりませんが……、アテナというAIと話をしました」
その発言にアルレイド大佐達は驚いていた。しかし、それはAIと話した事がではない。AIという存在をセイルが確認できていた事だった。
「そうか、君は選ばれたのだな……」
「選ばれた?」
アルレイド大佐は少しの間考えた後、再度セイルを見てきた。しかし、その目は先ほどまでのものとは違っていた。そして、アルレイド大佐は言ってきた。
「セイル准尉。今回、軍の機密機体を勝手に持ち出した事は相当な問題だ。しかし、君は今回の戦いにおいて大きな戦果を挙げた。君がいなければ今頃は街に大きな被害が出ていただろう。その為、厳罰は不問とする」
「本当ですか!」
「しかしだ。それだけではまだ、今回の事を不問にするには足りない。その為、セイル准尉にはアテナに乗り続けてもらう」
喜んだのも束の間、セイルには新しい命令が出た。しかし、それは理解出来ない命令だった。何故、貴重な機体に乗り続けなければいけないのだろうか。
「それは、何故ですか?」
「簡単な事だ。アテナはヴェンテに対して現状最も対抗できる手段なのだ。アテナ一機だけでヴェンテを何十匹と倒せる。それは君も味わっただろう。そんな手があるのに使わない手は無い。それこそ、宝の持ち腐れだろう」
セイルは複雑な心境だった。確かにヴェンテを倒す事はかまわない。しかし、このように軍に強制されて戦わせられるのは少しだけ、嫌な感じがした。しかし、今のセイルには断るという選択肢は残されていない。今はその選択を受け入れるしかないのだった。
「分かりました。自分はあの機体で戦います」
「うむ、それで良い。では、今日のところはこの程度にしておこう。君達も戦って帰ってきたばかりなのだからな。追って連絡する。行ってよし」
返事の代わりに敬礼をする。そして、セイル達は部屋から出て行ったのであった。転送機に入り、格納庫へ向かう。そして、格納庫に着いてすぐ、その場にいたセイル以外の皆が大きく息をついた。それを見ていたセイルは皆に謝罪の言葉を告げる。
「皆、今回は本当にごめん。凄い迷惑をかけちゃった。特に、グレダ大尉には本当に申し訳ないと思っています」
「ああ、確かにとんでもない迷惑だ。こんな滅茶苦茶な部下は初めてだ」
その言葉にセイルはがっくりと落ち込む、しかしグレダ大尉の言葉はそれで終わらなかった。
「でもな、お前ほど強い意志を持っている奴も初めてだ。同じ失敗は二度しなければ良い。それだけ覚えておけ」
「グレダ大尉……」
「ほら、格納庫の奴らにも謝りに行くぞ! まぁ、みんな怒っていないと思うけどな」
セイルはその言葉にノエル達を見る。ノエル達は笑っていた。まったくもって怒ってなどいなかった。みんなの優しさに思わず涙目になる。しかし、それを堪えてセイルは元気よく、グレダ大尉の言葉に返事をした。
そして、皆で揃って格納庫で待つ、仲間の所に向かっていった。
*
研究員は悩んでいた。どう考えても、最近の奴等の行動はアレに関わっていると感じていたからだった。確かにアレのおかげでレポートをまとめる事は出来た。上の人達も満足しているだろう。
だが、これ以上、アレをここに留めていておいて良いものなのか、悩むところであった。しかし、上の人達は奴等の動向を気にしてなんかいない。アレを廃棄などしたら何を言われるか。
結局、研究員は事態をそのままにする事にした。どうやら、奴等への対策が手に入ったらしい。そうなれば、奴等は任せるしかない。
「まだだ。まだ、奴等の研究を辞める訳にはいかない……」