第二章
第二章
グレダ大尉の後ろを追いかけて走っていたセイル達はようやく目的の場所にたどり着く。そこはEXISTの格納されている格納庫への転送室だった。部屋の中には多くの小型転送機があり、次々と人が転送されていっている。
その中の一つをグレダ大尉が確保する。転送機の横にあるコンソールを少しだけいじると、すぐにグレダ大尉は転送機の中に入っていった。
「良いか、設定はそのままで転送機に入れば良い。早くしろよ」
そう言ったグレダ大尉の体は光の渦に包まれると、次の瞬間にはいなくなっていた。これもワープの原理を応用した物だ。グレダ大尉の指示に従い、順番に転送機の中に入っていく。
最後に残ったのはセイルだった。セイルも早く追いつく為に、転送機の中に入る。そして、体を光が包んだと思った次の瞬間には、周りの景色は変わっていた。そこは先ほどまでの転送室ではなく、広い格納庫だった。
先に到着していたノエル達の場所にセイルも走って追いつく。すると、その先には夢のような光景があった。目の前にはずらりと並んだ最新式のEXIST『EX―9』が四機も並んでいたのだ。いつも訓練用の機体を使っていたセイル達にとってこれほどまでに嬉しい事はないだろう。
EX―9に見とれていると、少し離れた場所からグレダ大尉の声が掛かる。
「お前ら、さっさとパイロットスーツに着替えるぞ。着いて来い」
そう言ってセイル達はまたしても走り出す。倉庫の一角にあった扉の中に入ると、そこはロッカールームになっていた。
「お前らはそこのネームプレートのついていないロッカーを使え、その中にスーツとヘルメットが入っている。急いで着替えろ。着替え終わったらすぐにさっきの場所に集まれ良いな」
その言葉に従ってセイル達はロッカーからパイロットスーツを取り出し、さっそく着替え始める。その間に着替え終わったグレダ大尉はさっさと部屋を出て行ってしまった。
ぶかぶかのパイロットスーツは、まず一通り着込んでから体に合わせてアジャストする。腰のあたりについていたアジャストボタンを押すと、空気が抜けるような音がして体に適したサイズになってくれる。
着替え終わったセイル達は、最後にロッカーからヘルメットを取り出す。そして、急いで部屋を出て行った。先ほどの場所ではグレダ大尉が整備士らしき人と話しをしている。
走ってグレダ大尉の元に集まると、さっそくグレダ大尉からブリーフィングが始まった。
「良いか、俺達の役目は街の保護と、民間人の避難の手助けだ。現在、先遣隊が空中で戦っているが、じきにその包囲網を越えて数匹のヴェンテが降りてくる。俺達はそいつを撃墜するんだ。あくまで、俺達の役目は補助だ。それを忘れるんじゃねぇぞ!」
その言葉にセイル達は大きくうなずく、その間に後ろのほうで整備士の人がグレダ大尉に何かのサインを出していた。
「今回、お前達には初期設定のEX―9に乗ってもらう。慣れていない機体で動かし辛いだろうが、それは出撃している間に修正しろ。俺からは以上だ。何か質問はあるか?」
その言葉にセイル達は首を横に振る。それを見たグレダ大尉はセイル達を見てこう言った。
「それではブリーフィングを終わる。各人それぞれの機体に乗り込め」
そう言ってグレダ大尉は足早に自分のEXISTの方へ行ってしまった。セイル達は一度お互いの顔を見合う。そして、こう言った。
「お前ら、くれぐれも気をつけろよ。これは実戦なんだからな」
「ノエルこそ、ヘマすんじゃねえぞ。死んだりしたら承知しないからな」
「大丈夫だよ、きっと帰ってこれる。三人とも無事にね」
そして、セイル達は拳をぶつけ合うと、それぞれの機体に向かって走っていった。
*
セイルはさっそく、EX―9のコックピットへ向かう。ヘルメットを被り、内蔵されているEXIST操縦専用のPCと脳を連動させる。その瞬間から、セイルの思考はPCの補助を受けて瞬く間にするべき事を優先して処理するようになる。
まず、EX―9のPCに命令を送り、体の周囲に反重力場を作り出させた。セイルの体は浮きあがり、そのままコックピットへ向かっていく。
コックピットに入り込むと、シートに体を固定した。コックピットのハッチが閉まり、一瞬だけ暗闇が広がる。しかし、すぐに暗闇は消え去る。コックピットの中はホログラフィックによって辺りの景色を映し出した。
手元にあるボタンを押して、コンソールを呼び出す。機体の状態をチェックして以上が無い事を確認する。その間に、グレダ大尉から通信が入る。
『各機、準備は出来たか?』
『あと少しで完了です。問題ありません』
『俺も同じだ。問題なし』
ノエル達が応答していく中、セイルも自分の機体に問題が無い事を確認すると、それを伝えた。
「こちらも問題ありません。いつでもいけます」
一拍の間をおいて、再度グレダ大尉から通信が入る。
『よし、これより俺達、コールサイン『アース小隊』は街の中心部付近に移動する。移動後は待機だ。各機、移動を開始する』
「了解」
その返事と共に、格納庫の中にサイレンが響き渡る。足元にいる整備士達が格納庫の奥に避難していく。そして、格納庫のシャッターが開いていく。
セイルはこの時、目を瞑っていた。これはセイルがEXISTと連動する前に行なう、習慣のようなものだ。ゆっくりと息を吸い込み、かすかに目を開ける。まるでこれから海の中に入り込むかのように。
そして、セイルはしっかりと目を開けると唱えた。
「Contact」
その瞬間、セイルの意識はEX―9と連動した。EX―9に搭載されているPCから、膨大な量のデータが頭の中に流れ込んでくる。しかし、そんなデータすら今のセイルには問題の無いものだった。
流れ込んでくるデータがEX―9の情報を事細かに教えてくれる。各部の起動状態、動作状況、エネルギーの消費率など。それら全てを把握したセイルはすでにEX―9と一体化していた。
前方ではグレダ大尉がすでにカタパルトに乗って移動していた。それに続いてノエル達もカタパルトに乗ろうとしている。セイルも遅れずと、移動し始める。
カタパルトに乗ると、脚部が固定された。それを確認すると、反重力装置と背中に搭載されているブースターを徐々に稼動させていく。ブースターの出力が一定値を越えると、滑走路は吹き荒れる風と熱で唸りをあげていた。
それを見計らい、目の前にある出撃のサインが点灯する。そして、それと同時にグレダ大尉の声が響いた。
『全機、出撃!』
その瞬間、アフターバーナーを全開にする。カタパルトとブースターによる急激な発進にセイルの体をGが襲う。しかし、その衝撃は反重力によって軽減されたものであり、苦痛にはならなかった。
一瞬にして空中に上がった機体は安定を取り始める。グレダ大尉を先頭に編隊を組んで飛んでいく。セイルはその最後尾を飛んでいた。目的地までの飛行ルートを確認すると、セイルは機体の調整をし始めた。
セイルの戦闘スタイルは射撃が基本だ。それも、ただの射撃ではなく機体のスピードを生かし、高速で動きながら相手をかく乱し、撃ち落すというものである。その為、機体の調整は誰よりも欠かせない作業だ。
上空を警戒する中、セイルは着実にEX―9を自分好みの機体に調整し始めていた。そんな中、セイルはふと空中を見上げた。遥か上空では爆炎があがっており、戦闘状況が劣勢である事を物語っていた。
(これが本当の命を懸けた戦い……)
遥か上空で繰り広げられている戦闘を見ながら、セイルはそんな事を思っていた。これから自分達が向かうのは、模擬戦闘なんかじゃない。本当の命を懸けた戦いだという事を実感しながら。
そんな時、セイルの目が上空から降ってくる一つの影を捉えた。それは視力6.0のセイルだからこそ捕らえられたものであり、それに反応できたのもセイルが高速戦闘を可能とする反射速度があったからだった。
そう、それは紛れもなくヴェンテだった。赤黒い甲殻に包まれた体、そこから生えている六本の足、そして頭から突起している角。禍々しいその姿にセイルは息を呑む。しかし、それはほんの少しの間だけだった。
「グレダ大尉! 上空からヴェンテが接近中です!」
『何っ!』
セイルは即座に回線を開いて上空から来るヴェンテの事を知らせる。その報告にグレダ大尉が飛行を停止して、素早く上空を見上げる。それに続くように、ノエル達も空を見上げる。
その時にはすでにヴェンテの姿は、はっきりと確認できるくらいに近づいていた。
『各機、射撃用意! 絶対に地上に下ろすんじゃねぇぞ!』
セイルは即座に射撃体勢を取る。手に持っているのは対ヴェンテ用のアサルトライフルだ。圧縮したエネルギー弾を高速連射できる代物である。
射撃体勢を取ると、セイルは手元にあるマニュアル操縦用のグリップを握り締め、射撃用のボタンに触れる。本来は撃つという行動も、考えるだけで出来る。しかし、セイルはあえてそれをせずに、ライフルを撃つ時は己の肉体で操縦をするのだ。それがセイルの射撃の腕にも繋がる秘訣にもなっている。
落ちてくるヴェンテに標準を合わせる。ヘルメットに表示されるカーソルを調整しながら、着実にその姿を捉えていく。そして、ヴェンテがライフルの射程内に入った瞬間、セイルは躊躇わずにボタンを押した。
「食らえっ!」
その瞬間、ライフルから弾丸が発射される。鈍い音とマズルフラッシュと共に放たれる光の弾丸は一直線にヴェンテの方向へ飛んでいく。しかし、弾丸に気付いたヴェンテは甲殻の隙間からエネルギーを噴出し、弾丸の射線から体を逸らして弾丸を回避した。
しかし、今度はセイルの射撃に続き、グレダ大尉達による一斉射撃が始まった。空中にいるヴェンテに向かって次々と弾丸が発射される。だが、ヴェンテは今度も弾丸を避けようとする。
向かってくる弾丸を器用にかわすヴェンテの動きはとても俊敏だった。グレダ大尉達の放つ弾丸は、正確にヴェンテに向かって飛んでいくが、後ちょっとというところで避けられてしまう。
『畜生! まったく当たらねぇ!』
『くっ、なんて俊敏さなんだ』
ノエルとオウガが次々とライフルを撃ちながら、そんな文句を口にする。そんな中、セイルだけはさっきの射撃以降、発射していなかった。それは、今のままではいくら撃っても当たらないと感じたからだった。その為、セイルは射撃用のプログラムを組み直しているところだった。
(今の射撃プログラムじゃ当たらない。もっと、相手の先を読んで撃つようにしなきゃ……)
セイルは物凄い速度でプログラムを書き換えていく。後、数秒もあればプログラムは書き換え終わる速度だった。しかし、ヴェンテも同じくもう近くまで迫っていた。だが、セイルは慌てなかった。
ヴェンテが迫ってくる恐怖に打ち勝ち、何よりもプログラムを完成させる事だけを考えて行動したのだ。その結果、プログラムの書き換えはヴェンテの接近よりも先に終わった。
『セイル! 避けろ!』
グレダ大尉が忠告をしてくる。しかし、セイルはヴェンテを避けようとはしなかった。
セイルは再度、ヴェンテに向かって照準を当てる。新しくなったプログラムはさっそく、ヴェンテを標準に捕らえる。だが、すぐそこまで迫っているヴェンテの姿はもはや、肉眼でも捉えられる距離にあった。しかし、セイルは諦めずにライフルを発射した。
再度発射された弾丸はヴェンテの方向へ向かって飛んでいく。しかし、やはりその弾丸も避けられてしまった。だが、先ほどまでとは違う事があった。それは、ヴェンテが移動した先にも弾丸が飛んでいたのだ。
弾丸は今度こそ、ヴェンテに直撃した。体を弾丸が貫き、命を奪う。それと同時に、ヴェンテの移動も止まった。
「よし!」
セイルはヴェンテを撃ち倒した事に喜ぶ。しかし、次の瞬間、怒鳴り声と共に体に衝撃が走った。
『この馬鹿野郎! さっさとヴェンテから離れろ!』
衝撃の正体はグレダ大尉がセイルのEX―9を、体当たりするようにして引っ張っていたからであった。セイルはその行動に、一瞬疑問を抱いた。しかし、その瞬間それをかき消すような爆発が目の前で起こった。
それが一体なんなのか、セイルが理解するのには時間はかからなかった。
「あ……、そうか。体内のエネルギー爆発か……」
爆発したのは死んだヴェンテの体だった。今のヴェンテの爆発は体の構造に関係している。ヴェンテは体の中に高エネルギーを溜めておける臓器がある。それにより、ヴェンテは空中を移動したりするのだが、ヴェンテが死ぬとその臓器は暴走を起こし、爆発を起こすのだ。
セイルはヴェンテをこの手で撃ち落とした喜びのあまりに、その事を忘れていたのだった。しかし、それは命に関わるミスであり、グレダ大尉は猛烈に怒っていた。
『おい、セイル! 何ですぐにヴェンテから離れなかった!』
「す、すいません」
『もう少しで爆発に巻き込まれていたんだぞ! ヴェンテを倒したからってすぐに気を抜くんじゃねぇ! それでも候補生か!』
言い訳の出来ない言葉にセイルは、ただ無言になるしかなかった。しかし、そんな時間もすぐに過ぎていく。
『すでに上の防衛が崩れ始めている。さっさと防衛ポイントまで急ぐぞ……』
「了解……」
グレダ大尉がそう言って移動をし始める。気を落としたままのセイルは、その後ろを暗い気持ちでついていくしかなかった。そんな中、オウガから通信が入る。
『セイル、気にすんなよ。初めての実戦なんだからしょうがないって』
「でも、ミスをした事には変わりないよ。今のは怒られて当然だ……」
『まぁ、確かにそうだけど。ヴェンテを倒したんだから、それでお相子って事にしとけよ。そうじゃねぇと気が持たないぜ?』
「うん、そうしとくよ。ありがとう、オウガ」
そう言って、セイルは通信を切った。しかし、そうは言ってもセイルの内心は先ほどのミスの事で一杯一杯だった。脳裏には目の前で起こった爆発が、まだはっきりと焼きついている。
(次は絶対にミスをしないようにしなきゃ)
セイルはそう心の中で気を引き締める。これからの戦闘で必要になるのは、強い意志と正確な戦いだ。その為には、小さなミスも許されない。そう心の中に刻みつけたのだった。
*
セイル達は防衛ポイントに到着していた。民間人の避難はすでに終わっており、残っているのはヴェンテとの戦闘だけだった。
防衛ポイントについてから数十分。すでにセイル達は三体のヴェンテを倒していた。グレダ大尉は稀に見る規模の襲撃だと驚いていた。
しかし、さすがにヴェンテも少なくなったのか、先ほどからヴェンテが来る気配は無かった。セイルの目にも、ヴェンテの姿は入らず。ようやく、戦いは終わりを告げようとしていた。
『もうそろそろ、終わりだな。各機、本部から戦闘終了の連絡が入るまで油断するんじゃねぇぞ』
グレダ大尉の忠告にセイル達は返事をした。セイル達は気を抜かずに、そのまま上空を見上げていた。そんな中、本部から緊急連絡が入る。
『本部より、警告! 街の中心部に向かって大型のヴェンテが二体進入! アース小隊の方へ高速で移動中です!』
本部からの警告にセイル達は驚愕する。通常のヴェンテでさえ四人がかりで精一杯だというのに、ここに来て大型のヴェンテが二体もやってくるというのだ。その事に、セイル達の緊張が一気に高まる。
しかし、グレダ大尉はそれでも冷静に行動していた。周辺にいる同じ小隊に向かって援護要請をしていたのだった。そのおかげがあって、上空に向かっていくつかの小隊が上がっていく。
『良いか、今から来る奴はさっきまでの奴らとは桁が違うぞ! 生半可に撃っても死なない。容赦なく全弾撃ち込む気持ちでいけ!』
その言葉にセイルはブリップを握る力が強くなる。そして、上空に対する警戒心も数倍に増していた。そして、その数十秒後。上空で派手な爆炎が立ち上がった。上空での戦闘が始まったのだ。
その様子に、セイルは息を呑む。いつヴェンテが降りてきても良いように、その意識を集中しようとほんの数秒だけ、その視線を下に向ける。だが、そんなセイルの視界の端に影のような物が動いた。
(気のせいか? 何かいたような……)
セイルはその正体を確認する為に、視線をその方向へ向けた。そして、影が動いたと思われる場所をもう一度だけ、じっくりと確認した。そして、動いている影の正体を確認した時、セイルは驚いた。なんと、そこにはまだ避難のしていない民間人がいたのだ。
(何でまだ民間人が! 逃げ遅れたのか!)
セイルはすぐに、民間人の事をグレダ大尉に報告しようとした。しかし、それよりも先に上空の小隊から、連絡が入る。
『こちら、バースト小隊! 一体だけ逃してしまった! 現在そちらに向かって降下中! 手傷は負わせている。後はそっちで何とかしてくれ!』
その報告に、セイルは視線を上空に向ける。すると、そこには急降下してくる大型のヴェンテの姿があった。グレダ大尉達は即座にヴェンテに向かって射撃を開始する。しかし、セイルは民間人を危難させる方が優先だと判断し、民間人の元へ向かおうとする。
「こちら、セイル。街の中に民間人を発見! 先に避難をさせます!」
その通信に、グレダ大尉が驚きの声を上げる。
『何だと! くそ、こんな時に! 分かった、民間人を先に避難させろ』
「了解」
セイルは機体の方向を反転させ、地上に向かっていく。その姿は、すぐに近くなりはっきりと見えるようになっていた。
民間人は自分と同じ、十六歳くらいの女の子だった。建物の陰に隠れながら上空を見上げている様子は、恐怖に染まっている。セイルは外部スピーカーの音源を開き、その女の子に声を掛ける。
『そこの女の子。その場を動かないでじっとしていてくれ!』
こちらの声に気付いたのか、女の子はその場から動かなくなった。セイルは、ブースターの出力を弱め、ゆっくりと下降していく。そして、そのまま街の中に着陸した。セイルはコックピットを開けて、機体から体を出す。
「君、大丈夫かい? 怪我とかは無い?」
そう声を掛けると、ようやく彼女は建物の陰から出てきた。アッシュブロンドのショートカットの女の子はニット帽を深く被っており、顔がよく見えなかった。しかし、女の子は怯えながらもこちらを見上げてきた。
「は、はい。大丈夫です……」
恐怖に耐えながら出した女の子の声は、弱弱しいがとても澄み渡るような綺麗な声だった。声と同じく、その容姿も可憐で大人しそうな女の子だった。
「僕は軍の関係者だ。これから君を避難させるから、大人しく指示に従ってくれ」
「あ、はい、分かりました」
女の子はセイルの言葉を聞くと、安心したように表情を和らげた。セイルは女の子を、コックピットの中に乗せようと、反重力場を作り出そうとした。
しかし、そんな時、上空のグレダ大尉から通信が入る。
『気をつけろ、セイル! ヴェンテがそっちに行ってしまった!』
その通信にセイルは驚き、緊急的に振り返る。すると、丁度ヴェンテがグレダ大尉達の脇をすり抜け、こちらに突進してきていた。それに気付いたのか、女の子が後ろで悲鳴を上げる。
セイルは女の子を庇うようにEX―9を盾にして立たせた。その瞬間、ヴェンテはEX―9にしがみつくように体当たりをしてくる。その衝撃に、耐え切れずEX―9は倒れこんでしまう。
目の前には、獰猛なヴェンテが口大きく開けて襲い掛かってきていた。セイルはその光景に恐怖を隠せずにはいられなかった。しかし、そのヴェンテは視線をセイルにではなく、すぐそばにいる女の子へと向けた。
その瞬間、EX―9の腕を押さえていたヴェンテの腕が女の子に向かって伸びた。それに気付いたセイルは必死にそれを阻止しようとする。
「その子に手を出すな!」
押さえられていた左腕の力が弱くなり、何とか動かす事が出来るようになる。セイルは左腕で女の子へ向けられるヴェンテの腕を掴んだ。ヴェンテはその事が気に食わなかったのか、敵意を再度、こちらに向けてきた。
セイルはヴェンテの腕を引っ張り、体勢を入れ替える。今度は、ヴェンテの上に馬乗りになり、腕の自由を取り戻す。セイルは自由になった右腕をEX―9の足へと持っていく。その瞬間、足の装甲が開いてそこからナイフが出てくる。
セイルはそれを掴むと、素早くヴェンテの体に突き刺した。その瞬間、ヴェンテの甲殻が火花を散らして削れていく。EX―9に装備されているのは高周波ナイフだ。振動によって物質を切り裂くこのナイフを食らっては、さすがのヴェンテも耐えられないだろう。
その証拠に、ヴェンテは耳障りな悲鳴を上げてもがいていた。やがて、ナイフがその体に深い一筋を入れる頃にはヴェンテは動かなくなり始めていた。
『セイル、女の子は救助した。お前も早く逃げろ!』
その間に、手助けに来てくれたノエルが女の子を連れて遠ざかっていく。それを確認すると、セイルはひとまず安心した。
(よし、後は皆に任せて、ヴェンテから離れよう)
そう思い、セイルはヴェンテから離れようとした。ナイフから手を放し、ヴェンテから離れようとする。しかし、その前に急にヴェンテが息を吹き返し、セイルのEX―9を再び掴んできた。
「そんな!」
驚きの声を上げるセイルはヴェンテを振り払おうとした。だが、ヴェンテの拘束は固く。その束縛から逃れられなかった。そんな時、ヴェンテの体に入っていた傷口から光が漏れ出すのが見えた。
(っ! 爆発する!)
セイルは背筋が凍った。この至近距離であの爆発を食らったらどうなるか、想像したからだ。その瞬間、セイルはコックピットを脱出した。反重力を使って無理やりコックピットから飛び出たセイルはそのまま地面を転がる。
しかし、セイルはすぐさま起き上がり、走り出す。今出せる力の限り、セイルは走ってヴェンテから距離を取った。後ろではヴェンテの体が、異様な膨張をし始めていた。そして、セイルが建物の影に入ろうとした瞬間、爆発は起きた。
凄まじい爆風が街を破壊しながら、セイルを巻き込んだ。セイルは吹き飛ばされるように、建物の壁に叩きつけられる。その衝撃でセイルは意識を失った。薄れいく意識の中、通信で誰かが呼びかけていたが、それに答える事は出来なかった。