第一章
第一章
「あ〜、暇だ……」
船内の中にある一室。そこでは三人の少年がくつろいでいた。
一人はソファーの上で体を小刻みに揺さぶり、何かを待ち堪えているようにしている少年だ。名前はオウガ・ブラッシュ。短く切ってある髪の毛は癖なのか針のように逆立っている。少々、目つきが悪いその顔が、退屈と混ざり合ってさらに不機嫌に見える。
そして、その横で携帯端末のディスプレイに映る小説を読んでいるのがノエル・ユーフェル。オウガとは違い、落ち着いた様子で読書を進める彼はオウガよりも二歳年上だ。その為か、彼からは大人びた雰囲気が感じられる。実際に、彼は先ほどから表情を変えずにじっと小説を読んでいる。動くのは、たまに目の前に流れてくる髪の毛を掻き分けるくらいである。
そして、最後に残ったのがセイル・アルフィスだ。セイルはソファーには座らずに、部屋にある窓からずっと外を眺めていた。窓には彼の顔が映りこみ、鏡のようになっている。そこには、独特的な青い瞳が映りこんできた。大人しそうで純粋な表情が、何かを待ち遠しく待っている様子がよくわかる。
「なぁ、何時まで部屋に篭ってなきゃいけないんだよ?」
「さっき船内アナウンスがあっただろう。もうあと少しで通常空間に出るんだ。それまで、大人しくしてろ」
オウガが痺れを切らしたようにノエルに質問をする。それに対し、ノエルは子供をあやすようにさらりと答え、また読書に戻ってしまう。その態度にオウガは不服を持ったのか、今度はセイルに愚痴をこぼす。
「なぁ、セイルもそう思うだろ?」
「ん〜、そんな事ないよ。それよりも、僕はあの瞬間が好きだから。今は集中していたいかな」
「あの瞬間って、通常空間に戻る時か?」
「うん、そう!」
その嬉しそうな言葉にオウガはがっくりと肩を落とす。
「そんなもの見たってしょうがないだろう。それよりも、まだ通常空間を見ていた方がマシじゃないのか?」
「そんな事ないよ! この亜空間から出る瞬間のエネルギー残留子が綺麗なんだから!」
セイルがそんな風に力説する中、船内にアナウンスが流れる。
『ただいまより、本船は亜空間より通常空間へ戻ります。乗客の皆様は船内の部屋にお戻りいただくようにお願いします』
アナウンスが流れると同時に、セイルはさらに窓へと顔を近づけた。窓の外では光のトンネルを通っているような光景が見える。しかし、しばらくするとそのトンネルは徐々に乱れ始め、スパークするようにはじけ始めた。それはまるで、花火のような光景だった。
「うわぁぁ……」
その光景を見てセイルは感動の声を上げる。それを見ていたオウガは何がそんなに面白いのか悩んでいた。しかし、セイルはさらに歓声の声を上げた。
「あっ! ねぇ、見えたよ! 惑星ユリウス!」
その声にさすがにオウガとノエルも窓際にやってくる。そして、窓の外に映るエメラルドグリーンの惑星を眺めた。
「やっと到着だな」
「ああ、やっと始まるんだ」
「僕達の――パイロット資格試験が!」
*
西暦2102年。人類は宇宙空間に膨大に漂うエネルギー物質、ダークマターの解析に成功した。その結果、ダークマターを利用した技術が発達し、人類の文明は急速的に進化を遂げていった。
地球上でのエネルギー問題は無くなり、さらにはその膨大なエネルギーによって今まで不可能だと言われてきた物理法則を凌駕する事に成功したのだ。その成果によって、人類は空想上の産物であったワープや物質生成を出来るようになったのだった。
そして、西暦2157年。人類はとうとう、太陽系を脱出して銀河へと進出したのだった。それを境に西暦は新しく変わり、新西暦となった。
しかし、その数百年後に人類は危機的状況に陥る事になる。それは、人類が銀河への進出を果たし、出会った生物だった。
その名前は――ヴェンテ。
人類は新たな地球外生物との遭遇に歓喜していた。それさえも、人類が一歩成長した証だったから。しかし、実態は違った。ヴェンテは人類を捕食物として認識し、襲い掛かるようになったのだった。だが、ヴェンテの脅威に晒される中、それでも人類は銀河の調査を止めなかった。
それは少しでも、人類に近い生物を見つけ出したいという目的があったからだった。そして、その目的は果たされる事になる。
新西暦435年。人類はようやく、自分達と同じ程度の知力を持つ種族に出会った。それが惑星ユリウスに住む人類だった。人類はその後、数年の時間をかけて惑星ユリウスの人類と意思の疎通を交わす事になる。
そして、それと同時にユリウスもヴェンテの被害に苦しんでいる事が分かったのだった。ユリウスは地球人類から多くの技術を学んだ。そして、お互いの技術が程なく均等になった時、地球とユリウスはヴェンテから身を守る術を共同で開発し始めたのだった。
そして、開発されたのが対ヴェンテ用人型戦闘兵器EXISTだ。人類の技術を全て使い作り出したEXISTは、襲い掛かるヴェンテに対しての切り札となった。ヴェンテに対抗できる術を持った人類は更なる繁栄を目指すのだった。
*
ユリウスの宇宙空港のロビーにたどり着いたセイル達は制服姿で、迎えの人を待っていた。空中に浮かび上がっている時刻表は、全てホログラフィックで表記されており、絶え間なくその時刻を変えている。
セイル達はEXISTのパイロットになる予定の候補生だ。毎年、多くのパイロットが育成され戦いに行く中、彼らはその中でもエリートの部類として派遣された候補生である。
それは名誉な事であり、パイロットとしても誇れる事なのだ。そんな三人は特別試験として、惑星ユリウスに向かい、実践で合否を判断するという事だった。
セイルはロビーの階段付近で、迎えの人をその目で探していた。セイルの青い目はただ青いだけではない、人体改造を受けた証である。セイルの目は改造された目であり、視力は6.0くらいある。
しかし、それはセイルだけの事ではない。パイロットになる者は何処かしらを人体改造している。それはEXISTに乗る為だ。EXISTはその操縦性の難しさから、通常の人間では機体の能力を最大限に引き出せないという事がネックだった。
その為、人類はより効率的にEXISTを動かす為に、脳にマイクロチップを埋め込み、脳とPCを連動できるようにした。それは脳から伝わる電気信号を解析し、PCと連動させる事が出来る物だ。
PCと連動した脳は、PCのサポートを受けて脳の処理速度が格段に向上する。考えた事をそのままPCを中継して命令できるのだ。それにより、EXISTはより効率的に動けるようになったのだ。
それ以外にも、このチップはよりデータの処理を簡単に出来る為、一般人にも普及している。現代の人類の大半は、このチップを脳に埋め込んでいるくらいだ。
セイルはじっとその瞳で遠くまで眺める。溢れかえる人の中に、軍服を着ている人を探し出す。しばらくロビーを見渡したセイルは、今居るところから少し離れた場所に軍服を着た人を見つける。それを二人に伝えた。
「見つけたよ。こことは反対の待ち場所に軍服を着た人がいる」
「よくやった。さっさと行くぞ。待たせては失礼だ」
ノエルがそう言って荷物を抱える。セイルも階段から飛び降り、荷物を抱えて後ろをついていく。人ごみの中をすり抜けて反対側の待ち場所に向かっていくと、途中で向こうの人も気付いたのか、セイル達の方を向いて手を振ってきた。
セイル達はそのまま迎えの人の方へ近づいていく。そして、ようやく人ごみをすり抜けて彼の元へつく事が出来た。
「やあ、お疲れ様。君達が今期のパイロット候補だね?」
その質問と同時に、セイル達は敬礼をする。そして、順番に自己紹介をこなしていった。
「パイロット候補生、ノエル・ユーフェルです。お出迎え、ありがとうございます」
「オウガ・ブラッシュです」
「セイル・アルフィスです」
きちんとした態度に、迎えの人は敬礼を返しながら笑みをこぼしてくれた。
「あはは、そんなにかしこまらなくて良いよ。何せ、合格したら僕より上官になるんだから。ああ、自己紹介がまだだったね。種族はユーラノイド。階級は曹長。ランド・アッシュって言います。よろしくね」
明るく振舞うランド曹長に対して、セイルは笑顔を見せた。それを見たランド曹長はさっそく歩き出そうとする。
「それじゃ、さっそく行こうか」
すると、その後姿には不自然な物が見えていた。ランド曹長の腰辺りから犬の尻尾が生えていたのだ。思わず、セイル達はその尻尾を凝視してしまう。そんなセイル達の視線に気付いたのかランド曹長が説明してくれる。
「ああ、そういえば君達ヒューマノイドにはないんだよね、先祖返り」
惑星ユリウスに住む種族、ユーラノイドの外見はまったくといって良いほど地球人と同じである。しかし、彼らには特徴がある。それが先祖返りだ。彼らの体には古代先祖の血が強く残っているらしく。体の一部が動物の物になるのだ。稀に先祖返りが現れない者もいるが……。
その為に区別化の為、惑星ユリウスに住んでいた人々をユーラノイド。地球に住んでいた人をヒューマノイドと呼ぶ事になっている。
「でも、地球でもユーラノイドは見るでしょ? そんなに珍しい?」
「あ、いえ。地球ではユーラノイドの方はあまり先祖返りの部分を見せないので、少し驚いただけです。失礼しました」
「あはは、そっか。だったらこっちでは早く慣れないと。こっちでは皆これが普通なんだしね」
そう言うとランド曹長は再び歩き出した。今度こそ、セイル達もその後ろをついていく。ランド曹長の言う通り、空港の中だけでも多くのユーラノイドが、自分達の姿を偽り無くさらけ出していた。それは、セイル達にユリウスへ来た事を実感させるものだった。
ロビーから出たセイル達はようやく空港の外へ出る。街並みこそ地球と変わりはしない。しかし、空気の匂い、空の色、それらは地球と違っているのがセイルにはよく分かった。
セイル達はランド曹長の案内によって駐車場まで来た。ランド曹長は小さめのワゴン車の前に着くと、ポケットからリモコンを取り出してボタンを押した。すると、車は自動的にエンジンを回し始める。
「さぁさぁ、乗って乗って。小型のワゴン車だからちょっと狭いかもしれないけど我慢してね。本当は軍の車を借りたかったんだけど、候補生の出迎えには勿体ないって言われちゃって。これ、僕の私物なんだ」
「いえ、出迎えていただいただけ、ありがたいです」
ランド曹長の言葉にすかさずノエルが謝礼の言葉を述べる。
「そうですよ。本当にありがとうございます」
それに続いてセイルも感謝の言葉を述べる。こんな時、すぐにああいう言葉が出るのはノエルが年上なんだと実感させる時だ。それが少しだけ、セイルを悔しがらせた。
車に荷物を積み込むと、さっそくセイル達は後部座席に座り込む。確かに閉鎖感があり、狭いように感じたが、実際はそんな事も無く、ゆったりと座れる事が出来た。
「それじゃ、出発するからシートベルトつけてね」
ランド曹長の言う通りにセイル達はシートベルトをつける。それを確認すると、車は発進した。空港の前に広がる広い道路だったが、それもすぐに変わり、街の中に入っていった。
街の中は少しだけ地球とは違っていた。それは圧倒的に木々などの自然が多かったのだ。今のユリウスの季節は地球での春に該当する。街路樹は勿論の事だが、大型の店先にも手入れされた植木などが並べられていた。その光景に、セイルは感動の声を上げる。
「凄いですね。街の中にこんなにも自然があるだなんて」
「そう言ってくれると嬉しいね。何しろ、ユリウスの売りは自然の保護が一番だから。いくら文明が発達しても自然を忘れる事無かれ。僕らの誇りだよ」
「地球は自然が極端に減っちゃいましたからね。それに比べて、ユリウスの自然保護には驚かされます」
そういうセイルの声には少しだけ寂しさが混じっていた。それを見越したようにランド曹長が慰めの言葉をくれる。
「これもヒューマノドのおかげだよ。もし、君達がこの星に来なかったら、多分ユリウスも地球と同じような事になっていたさ。ヒューマノイドとは文明の発達具合も似ていたしね。だからこそ、自然保護の技術を伝えてくれたヒューマノイドのおかげで、今もユリウスはこんなに豊かなんだ」
ランド曹長はそう言って微笑んだ。それを見たセイルはほっとしたように街並みを見渡す。
「そうそう、この後の予定だけど。到着してそうそうに悪いんだけど、君達の試験官になる人に会ってもらえるかな? 何しろ小隊の隊長だからさ、忙しいそうで今日を逃すと試験日まで会える時間が無いんだって。一応顔合わせしておきたいでしょ?」
「あ、はい。それは問題ないです。こちらとしても挨拶に伺いたいと思っていました」
「了解。それじゃあ、このまま軍の基地まで向かっちゃうね」
そう言うとランド曹長は運転に集中し始めた。話す話題がなくなったのか、車内には沈黙が漂う。しかし、そんな雰囲気を気にしないオウガは小声でセイルに話しかけた。
「お前もよく外ばっか見ていて飽きないな……」
「何で、どんな場所でも景色って見ていて楽しくない?」
「俺は景色を見ているよりも、動いている方が好きだ」
そう言ってオウガは握りこぶしを見せてきた。そんな態度にノエルが相変わらず小説を読みながら突っ込んでくる。
「お前は少し自重すべきだ。そんな事じゃ試験までの間に張り切りすぎでミスをするぞ」
しかし、その言葉にオウガは余裕を持って切り返した。
「へっ、ミスなんかする訳無いだろ。俺達は仮にも軍のパイロット候補生だぜ。こんな事でミスなんかしていたら試験に落ちても自業自得だ」
「その自信が空回りしなきゃ良いんだけどな」
「なんだって!」
ノエルの言葉にオウガが憤怒する。このような喧嘩はいつもの事だ。オウガが何かを言って、ノエルがそれを否定し、喧嘩になる。そして、それを仲裁するのがセイルになる。
「ちょっと、せっかくユリウスまで来ているのに喧嘩なんて止めなよ。それにランド曹長だっているんだよ。候補生の僕達がこれじゃ示しがつかないじゃないか」
その言葉に、いきり立っていたオウガが気まずそうになる。ノエルも咳払いをして読書に戻ってしまう。しかし、そんな事にもランド曹長は笑って済ましてくれた。
*
車に揺られて一時間程度、ようやく車は目的地に着く。目の前にあるのはユリウスの連邦軍基地である。
ユリウスは主に四つの大陸から構成されている。その中でも今回、セイル達がいるのはテンペストと呼ばれる大陸だ。テンペストはもう一つの大陸、ハイアルドと隣接しており、テンペストが北半球、ハイアルドが南半球に位置するようになっている。
そのテンペストの主国イルスの首都ネーアに連邦軍の本基地は存在している。つまり、この基地はテンペストの連邦軍の本拠地に当たる事になる。目の前には威厳のある本部が建っており、その周囲を警備兵が厳重に見張っている。
車から降りたセイル達は今度こそ、その物々しさに緊張の色を隠せなかった。特に車の中では元気だったオウガが今では直立不動で固まっている。少しでも緊張を崩すようにセイルは基地の感想を言葉に出してみる。
「凄いですね……。なんか緊張しちゃいます」
「あはは、確かにちょっとごたごたしてピリピリしているけど平気だよ。それに、これくらいで緊張していたら試験官に会ったら喋れなくなっちゃうよ?」
「試験官の方はどんな人なのですか?」
ノエルがランド曹長に質問をする。しかし、その質問にランド曹長は不愉快そうな顔をした後に、考えるようにしてこう言った。
「あ〜、うん。彼とはこっちの訓練校で一緒だったんだけど、そうだね、一言で表せば……」
「表せば?」
「堅物で強面だけど、馬鹿な奴……、って感じかな」
その一言に、セイル達はそれぞれ頭の中で試験官を想像する。セイルも言葉の通りに想像するが、さすがにランド曹長の一言だけでは完璧な想像は出来なかった。
「まぁ、普通の上官として接すれば良いと思うけどね。それじゃ、さっそく会いに行こうか」
そう言ってランド曹長は歩き出した。司令部に入ると、とりあえず荷物を置いてくるように言われた。セイル達はランド曹長の案内でロッカールームに荷物を置く事になる。
ロッカールームを後にしたセイル達は、徐々に近づいてくる試験官との顔合わせに緊張を隠せずにいた。いつもはクールで余裕を持っているノエルでさえ、今はいつもよりも何となく動きがぎこちないように見える。
そんなノエルが緊張しているのに、セイルとオウガが緊張していないはずが無かった。オウガはガチガチになっており、セイルも心臓の鼓動が高まっていた。
オウガの緊張がピークに達している時、前を歩いていたランド曹長が歩みを止めた。そして、こちらに対して話しかけてくる。
「はい、ここが君達の試験官の部屋だよ。僕が先に入るから、緊張しないでね」
そう言ったランド曹長は部屋の横にあるボタンを押す。そして、マイクに向かって声を出す。
「グレダ大尉。ランド・アッシュ曹長です。予定通りに今期のパイロット候補生三人を連れてきました。失礼します」
そう言って、ランド曹長はそのまま部屋の中に入って行った。セイル達もその後ろについて部屋の中に入る。
部屋の真ん中には仕事机があった。そして、その正面には顎鬚を生やしている中年の男性がこっちを見たまま、書類に向かってペンを持ち、黙っていた。
ここに来てセイル達はさっきのランド曹長の言葉を思い出す。堅物で強面。その通りだった。セイル達は、目の前に座る試験官を前に何も喋る事が出来なかった。それほどに、試験官からはただならぬオーラが漂っていたのだ。
しばらくの間、部屋の中には沈黙が続いていた。しかし、それはいつまでたっても終わらなかった。その様子に、セイル達も何かがおかしいと思い始めていた。しかし、目の前にいる試験官は何時までも黙ったままだった。
すると、ランド曹長が試験官の元へと近づいていった。セイル達は一体何があるのかと緊迫した。しかし、次の瞬間にランド曹長が起こした行動は、セイル達の度肝を抜く事になった。
「まったく、この馬鹿は……」
そう言ったランド曹長は、いきなり机の上にあったデータのファイルで試験官の頭を引っぱたいたのだった。その出来事にセイル達は別の意味で固まる。
次の瞬間、頭を叩かれた試験管は勢いよく立ち上がり、叫んでいた。
「何だ! 今の衝撃は! まさか……、襲撃か!」
「いい加減に目を覚ませ、この馬鹿大尉!」
まるでコントのようなやり取りに、セイル達は無言で呆けている事しか出来なかった。それもそうだろう。さっきまであれほどに威厳あらたかに座っていた試験官が、まさか目を開けたまま居眠りをしていたなどとは思いつかない。
試験官は叩かれた頭を撫でながら部屋の中を見渡していた。そして、次に口を開いた時に発した言葉は、さらにセイル達を驚かすものだった。
「あ? なんだ、ランド。何のようで来たんだ?」
その言葉にさすがのランド曹長も、ため息をついて肩を落としていた。しかし、気を取り直したランド曹長は口調を戻して今の状況を説明する。
「グレダ大尉。現在は勤務時間中です。今期のパイロット候補生との顔合わせ。忘れていたとは言わせませんよ」
ランド曹長の睨みと口調にようやく現状を理解した試験官は慌てて体裁を保とうとする。
「あ、ああ。そうだったな。うん。覚えているぞ、ランド曹長」
声のトーンを落とし、真面目な様子を見せた試験官だったが、すでにそこには威厳など無かった。ノエルはいつも通りの様子に戻り、オウガは落胆の表情を見せ、セイルは苦笑いを浮かべていた。
「あー、ごほん。お前らが今期のパイロット候補生か。よく来たな。俺の名前はグレダ・ガンスター。種族はヒューマノイド。階級は大尉だ。今回、お前らのパイロット試験の監督をする事になった。よろしくな」
そう言うと、グレダ大尉はセイル達をゆっくりと一瞥していった。
「ほぅ、今回は結構良い面の奴が集まったじゃないか。これは試験が楽しみだなぁ。おっと、そっちの自己紹介がまだだな。順番にしてくれ、名前と得意な戦闘分野とPRをよろしく」
そう言われたセイル達は、気を引き締めて自己紹介を始める。一番はやはり年長のノエルからだ。
「ノエル・ユーフェルといいます。戦闘分野は全般的にこなせます。それ以外では指揮系統と精密作業を得意とします」
「名前はオウガ・ブラッシュ。得意な戦闘分野は近接戦闘。他には広範囲殲滅戦が得意です」
「セイル・アルフィスといいます。得意な戦闘分野は射撃戦闘。それ以外には遠距離射撃や高速戦闘が得意です」
セイル達は言われた通りに自分達の紹介をしていく。その間、グレダ大尉はセイル達から眼を離す事は無かった。紹介が終わると、グレダ大尉はにやりと笑う。
「よし。お前らの得意分野は分かった。今のは試験内容の判定に入れるから、覚えていろよ」
「「「はい!」」」
三人が揃って返事をする。それを見て、グレダ大尉は立ち上がった。
「よーし。これで顔合わせ終了だ。この後はお前らどうするんだ?」
「この後、彼らは試験までの間、宿泊する部屋に行ってもらう事になります」
「それじゃあ、まだ時間はたっぷり余っているって事だな?」
「ええ、そうですけど……?」
そうランド曹長が答えると、グレダ大尉は嬉しそうにしてセイル達に近寄っていった。突然の行動にセイル達は少しだけ後ずさる。
「よっしゃ、それじゃあ飯でも食いに行こう! こっちに来た祝いだ、奢ってやるぞ!」
突拍子の無い発言にセイル達は困惑する。そんなセイル達を見かねて、ランド曹長がグレダ大尉に食って掛かる。
「グレダ大尉。試験前の余計な接触は止めてください。規定違反に引っかかりますよ」
「大丈夫だって、うっかりでも試験内容なんか漏らす訳がないだろう。これはプライベートなお付き合いだ」
「そんな事言って。彼らは長旅の後で疲れているんです。少しは彼らの事を考えてから発言してください」
「あ〜、そんな事無いよなぁ? ユリウスの伝統料理、食ってみたいだろ?」
そんな質問に、セイルとノエルは気の引けた返事しか出来なかった。しかし、オウガはすでに伝統料理と聞いて喉を鳴らしていた。
「ランド曹長だってまだ昼飯を食ってないだろ? 丁度良いじゃねぇか。仲良く飯食おうぜ」
そう言われて、ランド曹長もお腹を押さえる。どうやら、指摘通りまだ昼食を取っていないようだった。少しだけ悩んだランド曹長は、仕方なくグレダ大尉の提案を飲む事にした。
「分かりました。今回だけですからね」
「おっしゃ。それじゃさっそく商店街に行くか」
グレダ大尉の強引な提案により、昼食をご馳走になる事になったセイル達は最初こそ戸惑っていたものの、これがグレダ大尉の歓迎なのだと分かると、喜んでご馳走になる事にした。
*
グレダ大尉が出かける仕度を終わり、部屋の戸締りを確認する。そして、ようやく商店街に向かおうとした時だった。
突如、本部の中に緊急警報を知らせるサイレンが鳴り響いた。セイル達は急の出来事にただ唖然と立ち尽くすのみだった。しかし、そんな中、グレダ大尉の動きだけは違っていた。
グレダ大尉は閉めた部屋の鍵を開けると、すぐさま部屋の中にある通信機でどこかと連絡を取り始めたのだった。尋常でない事態が起こったと理解したのはその直後だった。セイルは事態を把握する為に、ランド曹長に質問をする。
「ランド曹長、これは……?」
その質問にランド曹長は厳しい顔をして答えた。
「現れたんだ――ヴェンテがね」
「ヴェンテが!」
その答えにセイル達は驚くと共に、緊張感をあらわにした。それもそうだろう。まさかこんなにも早く、ヴェンテの襲来をこの身で実感する事になるとは思ってもいなかったのだから。
「これが、僕達がずっと昔から乗り越えてきた現実なんだ」
重苦しい緊張感が漂う中、さらにスピーカーから現状の説明が伝わってくる。
『現在、宇宙空間にて偵察隊が戦闘中。敵は予想以上に多い模様。地上にいる第一小隊から第八小隊は速やかに戦闘態勢に入り、現場へ急行せよ。またそれ以外の小隊は地上にて戦闘態勢にて待機せよ』
スピーカーからの連絡が途絶えると同時にランド曹長がセイル達に声をかける。
「さぁ、君達は軍内部のシェルターへ。また後で、ここで会おう」
その指示に従い、セイル達は移動しようとしていたところだった。そんな中、またしてもスピーカーから連絡が入る。
『緊急事態発生。偵察部隊の多くが撃墜された。その為、多くのヴェンテがユリウスの大気圏内に侵入した模様。全小隊は即座に戦闘準備に入れ』
「なんだって!」
その連絡は、ランド曹長をも驚かせるものだった。そして、セイル達もその意味を理解していた。そう、今から数分と経たないうちにここにもヴェンテが来るかもしれないのだ。それは生身の人類にとっては恐ろしい事だ。セイル達はこの緊急事態に嫌な汗をかき始める。
そんな時、部屋の中から怒鳴り声が聞こえてきた。そして、それと同時にグレダ大尉が飛び出してくる。そんなグレダ大尉にランド曹長が声をかける。
「何か問題でもあったのか?」
その質問にグレダ大尉は苦痛の表情を見せながら壁を叩いて答えた。
「俺の小隊の奴らが全員潰された! くそ、こんな事あってたまるか! 畜生!」
その答えにランド曹長は同じく苦痛そうな表情を見せた。しかし、すぐにその表情を消して真面目な顔に戻る。
「今すぐに空いている隊員をグレダ大尉の下につかせます。後で合流させるので、先にグレダ大尉は戦闘準備を」
「駄目だ。そんなんじゃ遅い! もうあいつらはすぐそこにまで来ているんだ」
そんなやり取りが目の前でされている中、セイル達はシェルターに避難せず、その場に立ち尽くしていた。それは恐怖で動けないのではない。自ら動かなかったのだ。そして、その思いはいつの間にか勝手に動き出していた。
「僕も……、僕にも戦わせてください!」
ランド曹長とグレダ大尉が話し合う中、セイルの言葉がその途中に割り込んだ。その後ろでは、セイルと同じ目をした二人が立っていた。一瞬、何を言ったのか理解できなかったランド曹長は、その意味を理解して即座に反対する。
「何を言っているんだ! 君達はまだ候補生なんだ。いくら戦う事が出来るといっても出撃させる訳にはいかない!」
「でも、このまま黙っている訳にはいきません! お願いです!」
セイル達を止めようとするランド曹長の前に、グレダ大尉が立ちはだかる。そして、今までに無い気迫で問い詰めてきた。
「一つ聞きたい事がある。お前らは、この戦いで死ぬ可能性もあるんだ。中途半端に戦えるから戦う。そんな事じゃ、やっていけない。それでも、お前らはかまわないんだな?」
「勿論です。俺はこの星が、人が傷つくのを黙って見ているなんて出来ない。その為なら、死ぬ覚悟も出来ています!」
「俺も同じだ。俺らはあいつらを倒す為にここまで来たんだ。のこのこ逃げるなんて出来ねぇ!」
「自分も同じです。今この星の人を守れる力があるのに黙っている訳にはいきません」
セイル達は自分達の強い意志を伝える。それを聞き届けたグレダ大尉は振り返って言った。
「分かった。緊急的にお前らを俺の下に配属する。格納庫へ急ぐぞ!」
「大尉! 良いんですか!」
「こいつらの意思は本物だ。それに今はなりふりを構ってられない」
そう言ってグレダ大尉は走り出した。その後をセイル達もついていく。そんな中、最後を走っていたセイルはこんな事をランド曹長に言い残した。
「ランド曹長。絶対帰ってきますから!」
そして、そのままセイルは走り去っていってしまった。