エピローグ
エピローグ
ヴェンテとの大戦が終わって、数日後。
ユリウスは落ち着きを取り戻し、復興に追われていた。連邦軍もようやく終わったヴェンテの襲撃に肩の力を抜いていた。
休暇をもらったノエルとオウガは、花束を持って出かけていた。お互い、何も喋らずにただ目的地へと向かっていた。目的地は病院である。ティアはあの後、精密検査の為に入院していた。そのお見舞いに来ていたのだ。
病院にたどり着き、病室に向かう。ノックをすると、中から「どうぞ」と返事があった。二人は扉を開けると、静かに病室に入る。
「こんにちは、検査のほうは順調かい?」
「よっ! お見舞いに来たぜ!」
「ノエルさん、オウガさん」
二人の訪問に、ティアは喜んで笑顔を見せた。ノエルが花束を渡すと、ベッドから起き上がり、花瓶のほうへと歩いていた。
「わざわざ、ありがとうございます。お時間大丈夫なんですか?」
「ああ、休暇が出てね。やる事も無いから行こうって事になったんだ。それに、シェイラ達に様子を見てきてくれと言われたしね」
「元気そうで良かったぜ。前みたいに倒れるんじゃないかってキャルが心配してたぜ」
「もう、キャルったら……」
花瓶に花を入れようとしていると、大きさが合わなくてあふれ出てしまった。困った顔をしたティアは病室を出て行こうとする。
「すいません。ちょっと、花瓶を借りてきます。適当に座っていてください」
「そんなに歩いて平気なのか? 何なら俺が行くが……」
「平気ですよ。検査入院なんですから」
そう言うと、ティアはそのまま病室を出て行った。やる事も無くなったので病室にあったパイプ椅子に腰を降ろす。そして、ため息をついていた。
「元気で良かったな……」
「ああ、これも全部セイルのおかげだぜ」
「そうだな。あいつの言う通りにしなければどうなっていたか」
「全滅してただろ。多分……」
二人の間に、再び沈黙が下りる。ノエルもオウガも、あの時のヴェンテとの戦いを思い出しているようだった。
そんな中、病室の扉が開いてティアが入ってくる。
「良かったぁ。ちょうどいい大きさの花瓶がありました」
しかし、そう言うティアの手には花瓶がなかった。その代わり、その後ろから入ってきた人物が花瓶を持っていた。
「あ〜、ノエルとオウガ、来てたんだ。なんだよ、僕の所には一度も来てないのに」
後ろから入ってきたのは、頭や腕に包帯を巻いたセイルだった。ノエルとオウガの姿を見ると、そう言って怒り出していた。
「お前の見舞いはティアの後に行こうと思ってたんだよ。というか、普通に歩き回ってるじゃねぇか!」
「見舞いの必要が無くなったな」
「うわ〜、二人とも酷い! 僕は正真正銘の怪我人なのに!」
セイルは二人に対してそう言って怒っていた。それを二人は、意地悪な言葉で切り替えしていた。しかし、その内心では心底元気な姿を見れて喜んでいた。
セイルと別れ、連邦軍に戻った時。再びヴェンテの巣に向かおうとしたアース小隊は、軍の命令によってそれを止められていた。軍の命令に怒るグレダ大尉達だったが、強制的に確保されてセイルを迎えに行く事は出来なかった。
それどころか、セイルの為の援軍さえも出撃される事は無かった。絶望的な状況下で、グレダ大尉達は何もする事が出来なかったのだった。その後、小惑星破壊の連絡があった時は、その絶望がアース小隊を襲った。セイルは助からなかったのだと。
だが、その数分後にアース小隊に連絡が入った。それは、連邦軍の機体と思わしきものが、大陸ガイアスの海域に墜落したという知らせだった。その時、グレダ大尉達はなぜか、それがセイルの機体だと思った。そして、自ら志願して機体を確認しに行ったところ、それはやはりセイルの乗っていたアレスだった。
セイルは、ヴェンテとの激闘の末、迫っていたヴェンテの巣に着地していたのだった。その後、巣を足場にユリウスまで接近、反物質砲が撃たれる前に飛び離れた。そして、そのままユリウスの引力圏内に入り、戻ってきたのだった。
「でも、怪我もたいした事が無くて本当に良かったです。全治一週間程度なんですよね?」
「うん、怪我のほとんどは着陸時のものだから、そんなには酷くないんだ。反重力装置が生きてなかったらやばかったね」
「悪運の強いやつだぜ」
そう言って、みんなで笑いあっていた。これで、何も問題なく。やっと平穏な生活に戻れるのだと。
「そうだ。後数週間で地球行きの船が出せるそうだって、伝えに来たんだった」
「俺らはあの機体の事を黙っていれば帰ってもいいそうだ。どうする?」
その言葉に、ティアの顔に少しだけかなしそうな表情が浮かぶ。しかし、セイルはその表情を見ずに答えていた。
「僕は、このままユリウスに残るよ。そう決めたんだ」
「本当いいのか? 妹さんは地球に居るんだろ?」
「あ〜、それは何とか説得してこっちに来てもらうつもりなんだ。怒られるだろうけど……」
ノエルとオウガは、お互いの顔を見合っていた。しかし、言葉は交わさずに居た。だが、考えは一緒だった。
「だったら、俺らも残るぜ。お前だけ残しとくと、何するかわかんないからな」
「セイルとお前が、の間違いだろう。自分もトラブルメイカーだという事を忘れるな」
「はぁ! 何だと!」
ノエルの言葉に、オウガが怒りだす。その場でオウガが殴りかかるが、それを見事にノエルがかわしていた。
「ちょっと、病室で暴れるなよ」
そう言ってセイルは二人の仲裁に入ろうとする。しかし、その前にティアが服の端をつかんできて止めてきた。セイルは何かと思っていると、ティアは悩むように聞いてきた。
「どうして、ユリウスに残るんですか?」
「えっと、それは……」
セイルはティアから目を向けて、なんと言おうか考えていた。アテナには自分の気持ちをはっきりと言っていたが、ティアには恥ずかしすぎてそんな事は言えない。セイルは、考えたすえに適当に誤魔化す事にした。
「ん〜と、秘密かな」
「えっ?」
「いつか、教えてあげるよ。言えるようになったらね」
「なっ、何ですかそれ! 気になるじゃないで――きゃ!」
誤魔化されたティアはセイルに詰め寄ろうとした。しかし、ベッドの端に足を引っ掛けてしまい、転びそうになる。しかし、目の前に居るセイルに捕まり、何とか転ぶ事は回避できた。しかし、それはセイルに抱きつくような形になっており、セイルが顔を赤くしていた。
しかし、ティアはすぐには退かなかった。抱きついたまま、動かずにセイルの様子を見ていた。
「あの、えっと、ティア?」
「セイルさんが、答えてくれなきゃ離れません……」
「そ、そんな!」
病室の中が別の意味で沈黙する。いつの間にか暴れていたノエルとオウガも静かになり、セイル達を観察していた。しかし、そんな沈黙も長くは続かなかった。
「ティアー、元気にしてる〜?」
勢いよく入ってきたのはキャルだった。手には果物の詰め合わせがあり、見舞いに来たことが分かる。
「こら、キャル。ここは病院よ。静かにしなさい」
その後ろからシェイラもやってきていた。しかし、二人は病室の入り口でその歩みを止める事になる。二人の視界にはノエルとオウガが入っていない。その為、二人にはセイルとティアが、二人っきりの病室で抱き合っているように見えたのだ。
「な、なななっ!」
「ティア、あなた……」
二人が驚く中、ようやくティアはセイルから離れる。その時には、自分が何をしていたのか分かったようで顔を真っ赤に染めていた。開いた口が開かないキャルはその場で、ぶるぶると震えた後、大声を出しながらティアに抱きついていた。
部屋の中では、ノエルとオウガが笑いを堪えているようにして、蹲っていた。それをシェイラが見つけると、呆れたような、笑っているような表情をして、キャルをティアから引き離そうとしていた。
セイルは、一気ににぎやかになった病室の中で、声を出して笑っていた。
自分はこのユリウスを、この笑顔を守りたい。それは、いつまでも終わらない仕事だけど、それは義務だからやるんじゃない。
そう、それは自分が守りたいからやる事――意志が存在するんだ。