愛すべき妹と忘却の彼方
その後、南と別れ俺は自宅の玄関を開けた。
驚いた事に、南の家とは歩いて三分ほどしかない近所だ。それに気づいた時、彼女は「まるで小説みたいだね」と笑っていたけれど、本当にその通りだと思う。美少女な幼馴染との楽しい学校生活。しかし、そんな誰もが憧れるような物語を邪魔する悪魔がいる。
「ただいま~」
靴を脱ぎ捨て、廊下に出る。そして、リビングに入った。
「おかえり」
そこには愛すべき愚妹がアイスの棒を咥えながらスマホを弄っていた。彼女もまた両親の引っ越し好きに翻弄された被害者の一人だ。今でこそ一軒家に腰を据えているが、それまではアパートを2年に1度変え、転勤するという異常な事をしていた。
「お母さんが洗濯物畳んどいてっさ」
「っさってなんだよ。光葉もやれよ」
「私はやらない」
彼女はそう言い残し、アイス棒をぽいっとゴミ箱に放り投げて、2階に続く階段を上っていく。自分も通っていた静修中学の制服を着たまま、不貞腐れたように肩を落とした妹の姿に、俺は少し不安になった。
水泳をやっていたせいで色素が抜け茶色になった肩ほどまである髪。明るい印象を与えるそれとは打って変わって冷たい印象を与える切れ長な黒曜の瞳に、細い眉。薄紅色の唇は兄妹という贔屓目に見ても可愛らしい。
そして、それゆえに光葉は敵を作りやすい。
俺はまだ慣れない新居の匂いに顔を顰めながら、制服を脱いだ。重い学制服から解放され、軽くなった肩を軽く回す。
「洗濯物かぁ」
奴は強敵である。めんどくさく、それが誰のものか分けなくてはならない。光葉が嫌がるのも納得だ。
しかし、やらねばならない。昔のように喋らなくなったといっても、可愛い妹だ。兄としてその頼みを聞かないわけにはいかない。
それに転校初日、彼女が上手くやれたどうかも不安だった。光葉は怜のように周りを圧倒するような魅力を持っていない。それでいて、南のようにムードメーカーという訳でもない。中途半端な妹は、中途半端でない容姿を持っている。それが悲劇を招いた事は想像に難くない。
小学校の時は同じ学校だった。だから守ってやれた。しかし、今はそうではない。
その上、
「俺の事なんてもう嫌いだろうしなぁ」
洗濯物を畳むために階段を上る。自分で言った言葉に自分で傷つく。
光葉の部屋のドアは閉じられていた。昔は何が好きで、何が嫌いかすら知っていた。けれど、今は何をしているのかすら知らない。
南との関係のように変わらないものもあった。
けれど、時は残酷で、容赦なく人を変える。
俺は静かに「みつは」と書かれたネームプレートがかけられたドアの前を通り過ぎた。
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