お弁当と食べる順番
「お昼一緒に食べない?」
四限が終わるや否や南が俺に向かってそう言った。それに頷き、後ろを振り返る。
「颯はどうする?」
「すまないが俺は別で食う。ささみとプロテインだけの食事はマズく、人に見せるに絶えないからな」
顔を顰め、残念そうに首を振る颯。俺は首を傾げる。
「そこまでして何で筋肉にこだわるんだ?」
「それはもちろんロマンだ。男のロマン。それは筋肉。筋肉はロマン。夢だ。それが努力すれば確実に手に入る。ならば、するしかあるまい」
いい笑顔をしてそう言い放った彼に引きながら、俺は席を立つ。
「じゃあ、また後でな」
「じゃね~」
ひらっと手を振る南と共に、俺たちは中庭に急いだ。
まだ夏が明けてすぐの9月。強い日差しがジリジリと肌を焼く。俺たちはひょうたん池の前に置かれたベンチに腰かけていた。鮮烈な光に申し訳程度に取り付けられた日差し避けは敗北を喫し、ただそこにあるだけとなっている。
「昼ご飯なに?」
南が俺の弁当を覗き込んでくる。しかし、彼女が欲しがるような物珍しいものは何もない。冷凍のハンバーグに、夕飯の残りの玉子焼き。ほうれんそうのお浸し、ウインナー。
「わぁ、ふっつう」
「失礼な奴だな」
そんな事を言う人間の弁当はどんなものなのか? 俺も南の弁当を覗き込む。
「お前も普通じゃねぇか」
そこにあったのはかまぼこやちくわといった練り物系。そして、生姜焼きだった。
「逆に聞くけど普通じゃないお弁当ってなんだと思う?」
「は?」
神妙な顔をして彼女は尋ねてくる。その問いに俺は答えに詰まる。
「普通とは人間の価値観によって構成されたまやかしの存在。つまり、どこにも普通の弁当なんて存在しない。QED」
南は得意げにそう締めくくった。
「煙にまくなよ」
意味が分からない事を言って相手を納得させるのは詐欺師の常套手段である。インフォ―ムドコンセントや、セカンドオピニオン、ワールドワイドなど、横文字を使いたがるのは賢く見えるからだ。それによって相手を騙し搾取する。
同じ臭いを感じ取った俺は唇を尖らせる。
すると、彼女は舌を小さく出して頭を掻いた。光に照らされた銀糸の髪がさざ波のように揺れる。
「ま、そんな事はおいといていただきま~す」
「逃げたな」
箸でちくわを摘まんだ南を横目に俺も玉子焼きを口に放り込む。
「ところで、智己は好きなものって最後に食べる? 最初に食べる?」
「最後だな。楽しみは最後にとっておきたいタイプだ」
「え? なんで? 早く食べないとなくなっちゃうかもしれないよ?」
何故か目を丸くする南。たかが好きなものを食べる順番如きで大げさだ。けれど、このオーバーリアクションが彼女の魅力の一つでもある。
「やっぱり最後に楽しみなものがあると、ご飯が最後まで楽しいじゃないか。最初に食べると楽しみがなくなる。デザートみたいなものさ」
「う~ん。まぁそれはそうかもしれないけど」
彼女は箸で摘まんだちくわをまじまじと見つめる。その様子を見るに南はどうやらちくわが好きらしい。変わった人間だ。俺は少なくともちくわを好きとか嫌いとかいう基準で見たことがない。
「でも、私は先に食べて欲しいかなぁ」
彼女は口にちくわを放り込んだ。そして、まるでキスでも待っているかのように口をすぼめた。
「だって、大切なものは一番初めに捕まえて欲しいじゃない?」
好きな物を食べる順番。なのに、南の赤い唇が艶めいて見えて、俺の心臓が音を立てて跳ねた。
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