9話目 ウサ耳検事の罠
「だ、断言したね」
「はい」
ニャン太はハッキリとうなずいた。
「合いカギで開けると、【警報】が発動しました」
「それは……学園の外壁と同じ、魔法の【警報】かな?」
「はい」
聞き間違いじゃなかった。
内心で頭を抱えつつ、表面上は平静を装った。
「ええと……そのチャレンジは、いつやったのかな?」
「ゴールデンウィーク明けなんで、1ヶ月ぐらい前ですね。今の代は、ぼく達が最初に突破したんですが、蔵の警備が改悪……じゃない、改善されてたんです。先生たちにこってり絞られて、そのときカギも没収されました」
「挑んだメンバーは、カレーを食べてた3人かな?」
「はい。ぼくと河童と狢です」
はあ……合いカギがツブされた。
狢は狸族と同じ反応が出る。つまり、開かずの蔵には入っていない。唯一蔵に入ったのは、猫族のニャン太だけ。そして、彼はもう1つのカギと一緒にアリバイがある。
「ぬっふっふ……。け・ん・じゃ、サトリく~ん?」
検事は、指振りと同時に耳振りも披露してくれた。
「カギについては、調べがついている。合いカギで開けることは出来るが、それを使うと、職員室では【警報】が発動する仕組みだったのだよ」
「ま、待つッチ、検事……」
――おいおい。僕以上に、魔女が呆気に取られてるんだが。
「じ、自分のところには、報告が来てないッチよ……?」
「おお、マジョルカ刑事は蔵の調査で忙しかったからな。職員室周りは、別の刑事から報告を受けたのだよ」
「……!」
口をあんぐりと開けるマジョルカ。あー、うん。僕へのイヤがらせの、巻き添えを食った形だな。
「まっあ~、今回はピクリとも反応していないので、ムシムシ無視~だ」
暑苦しい。ムシムシするな。
くそっ、だから合いカギを聞いても動揺してなかったのか。むしろ、「罠にハマった~」と、笑いをこらえてたんだろう。
「ふんむぅ……宇佐美検事」
ゴリ裁判長が苦言を呈した。
「今のやり方は、あまり感心しませんな」
「おっと、これは裁判長、失礼をばいたしました。提出した資料には、職員室の【警報】についても含まれておりますので、ご心配なく。また、こたびは現場の刑事の負担を考慮して、分担で情報を開示することにしておりました。情報が前後して、申し訳ございません」
立て板に水のごとく、スラスラと弁解する。
マジョルカの目が恨みがましく注がれていた。
「チッ……ウザ耳が」
「ん~? 何か言ったかね、マジョルカ刑事?」
「いいえ~、なんでもないッチよ~」
キャラ守れよ、魔女。まあ、気持ちは分かるが。
共通の相手に対しては団結するが、当事者同士は必ずしも仲良しじゃないんだよな。
僕は大きく息を吐いて、検事側がよこした資料に目を通した。職員室の欄を見ると、小さな文字ながら、たしかに、蔵の【警報】うんぬんと書いてある。
――まとめて表示してほしいね。やり口が汚い。
マトモな開示がされているかどうか、開かずの蔵のデータを改めてチェックした。美術品倉庫だけあって、湿度を一定に保ったり、【防火】、【防水】、【防腐】、【防音】など、次々とセキュリティの足された歴史が書いてある。
――ん、ちょっと待て。
【防音】? 僕の時代にはなかったな。
「ニャン太くん。君の分かる範囲でいいけど、蔵の【防音】って、ナゼ足されたのかな?」
「ああ、それは、1つ前の代に、蔵でウルサくした人がいたんだそうです。その対策で、『開かずの蔵』全体に【防音】がついたって、とっ捕まったときに教頭先生が言ってました」
なるほどな。
もはや蔵は、教師側にとって悪ガキホイホイになってるんだ。
「ニャン太くん。その【防音】だけど、どこかが開いてたら聞こえるかな?」
「はい。例えば玄関が開いてれば、内と外で話せます。でも、閉まってたら、お互いにまったく聞こえません」
ふむふむ。イメージしたとおりの魔法だ。――おっと、合いカギトラップの衝撃が強くて、道について聞くのを忘れるところだった。
「ニャン太くん達は、道で足止めされてると言ったね。原因を知ってるかな?」
「はい。なんでも、土曜日に鬼がケンカしたとかで、道に大穴が空いてたんです」
ゴホッ!
「ああ……ごめん、ニャン太くん。少しむせたダケだ。――続けて」
「あ、はい。えっと、それの補修作業を3時からしてたって聞きました」
「なるほど。それが3時半に終わって、通れるようになったんだね」
「はい」
開始時間は伝聞だが、ウソをつく理由はないな。
“雀鈴。君も会っていないね?”
“え、ええ”
つまり、3時に仕事を始めたんだろう。
しかし……道の大穴だと?
鬼津が空けた穴だろ、それ!
クソッ、昨日の不良め! ケンカの場所は、最後まで「高等科の敷地内」としか言わなかったからな。被害者の青鬼も言わなかったからスルーしたが、事件にメチャクチャ関係してるじゃないか!
「ニャン太くん。足止めされている間、何か蔵の方で音はした?」
「いいえ、何も。先生の死体を発見したときも、北側のスライドドアは閉まってましたし、【防音】は効いてたと思います」
うーむ、音漏れもなし……か。
やれやれ。ウザ耳検事には、派手にイヤがらせを食らったな。スペアキーの方向は完全にダメだ。
そもそも、カギを開けて扉を通った時点で、その種族が【妖気感知】に引っ掛かるからな。鬼、猫、ネズミ以外は、出入りすら不可能ときた。蔵にずっと潜伏していた線も、マジョルカの【生命感知】で消えている。
「あ、あたし窓割った」
ポロッと。
雀鈴が呟いた。
――はぁ?
次の瞬間、彼女は法廷中の凝視を集める。
「あっ……!」
雀鈴は、思わず口を覆った。
“ご、ごめんなさい!”
“大丈夫だよ、落ち着いて”
“あたし、念話のつもりで……!”
“それが真実なんだよね? なら、何も問題はない。心配ないよ”
僕自身の動揺を押し殺しつつ、パニックに襲われた雀鈴を必死になだめる。
「ぬっふっふ……」
ウサ耳検事の鼻メガネが、ギラリと輝いた。
「この耳が、しっかと聞きましたよ~?」
検事は、両耳を互い違いに曲げ伸ばしした。
「被告人……。あなた今、なんとおっしゃいました?」
「え、えっと……」
「検事」
強引にカットする。
「まだ、僕の反対尋問中ですよ」
「おぉっと、これは失礼、サトリ王子くん」
両手を挙げておどけてみせる。
「ではどうぞ、続けてください」
僕は、極力ゆったりと息を吐いた。
「――弁護側、以上です」
くそっ! ウザ耳検事め!!
「ぬっふっふ……。いやぁ、聞いてしまった以上は、仕方ありませんねえ」
耳をなでなでしていたウザ耳は、ゴリ裁判長のほうを向いた。
「裁判長。検察側は、少々予定を変更して、雀鈴被告人を証人としたいのですが」
――キビしい。




